亀裂

嘉阮での事件を切っ掛けに、京の諸人もろびとは大いにざわめいた。暁光がおおやけに宵君への謝罪を行うことで一件落着とも思われたが、繁國の父・遠野を含め、山部、橋本と幻驢芭の有力家臣たちは次々と白爪へ非難の声を上げた。


緊急に開かれた会議の席で、精神的に憔悴しょうすいしている青桐に代わり出席したのは、白爪家との歴史深い酒熾さかおきであった。対する幻驢芭家からは、帰郷の旅から戻った橋本が会議の場である白爪邸に赴き、その語気態度には怒りを顕わにした。


「上様をお守りすべく付き従うた青桐殿がかえって火種となり、上様にお怪我させるとは如何なることか!」


「誠に面目次第もない、しかし、青桐とて此度の件は予期せぬところ。宵殿をお守りせねばと避けなんだものを、いわば宵殿がご自分の判断にて割って入ったとお聞きしたが」


「何!? 上様が勝手に庇ったと申すか!」


「……左様」


「何たる無礼! よもや其方ら白爪殿は、まつりごとのみならず戦上手でもあられる上様を疎ましく思い、刺客を雇って摂政の座から退けんと画策したのではないか!?」


「誰がそのような恐れ多きことを!」


もはや会議とは名ばかり、冷静さを欠いた口論でしかない。何とか橋本を宥めようと落ち着いた物腰で居た酒熾だが、暁光の人柄や白爪の矜恃を疑う言葉には腰を上げた。


「橋本殿、幾ら何でもそのような言動は慎みなされ。其方らの怒りは尤も、しかし幻驢芭殿と我が主白爪家は、永く深きえにしに結ばれた間柄、巨大なる両家の亀裂は、即ちこの沖去の亀裂。我らは斯くも呆気なく割れて良い仲にはござらん。どうか今一度、冷静な議論をお願い申し上げる」


「……むぅ、左様であった。……先の発言は撤回しよう。深くお詫び申し上げる」


「……」


橋本が頭を下げたので、酒熾もまた一礼した。漸く本題に入れると息をついた酒熾に、橋本は先程より静かな口調で告げた。


「嘉阮での件、青桐殿に非在らざるは我らとて承知しておる。しかし問題は、白爪殿の末端の者が買った私怨で、上様が利き手にお怪我を負われたということじゃ。抑そも、上様は借りた家臣を傷物にして返せば、白爪殿との軋轢あつれき、また幻驢芭家の汚点となろうと刹那にご判断なされ、青桐殿に代わり刺客の刃をお受けなさったとのこと」


「……左様であられたか。私も先の発言を改めよう。青桐をお助け頂き、感謝致します」


両者和解したところで、どちらに非があるわけでもないこの件に、如何に片をつけたものか、という課題に唸る。両者の懸念は、白爪、幻驢芭両家の家臣達、そして民衆の動揺を如何に穏便に鎮めたものか、又、件の童の両親を襲った白爪の末端とは一体何者かであった。


「真にそのような者がおって、まだ生きておるのなら、当人を問い質すのがよろしかろうな」


「忍びの者に探らせよう。一度持ち帰り、上様にお話せねばなるまい」


「うむ。今日においては、真に有意義な席であった。両家が今一度手を携えて、問題解決に向き合う機会となった」


半ば再びの衝突を避けるように、会議は早々にお開きとなった。ともあれ、重臣らの間だけでも蟠りが解けたことは、進展である。

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