刺客 Ⅲ
帰った宵君の姿を見て、幻驢芭、白爪両家の者は大いに狼狽えた。初めは逆上した嘉阮の皇帝の仕業かと問われたので、宵君は「皇帝は関わりなきことながら、先の戦の恨みを買ったためだ」と答えたが、青桐がそれではなりませんと真実を全て話してしまった。
「今頃、暁光からきつく
「あの青桐が、自分のせいでお前に怪我をさせただなんて黙ってるわけがないだろ。愚直さだけが取り柄のような男なのに」
堕們の笑い声を聞きながら、宵君は大人しく手当を受けていた。血を流し過ぎた指がなかなか伸びず苦労したようだったが、流石幻驢芭お抱えのお匙といったところか、その手際に迷いはない。
「あの男の頑固さは時に厄介だのう……」
「お前が言うか? 幾ら何でも、止血くらいはして帰ってきて欲しいね。血が固まって洗い流す手間が増えるし、貧血の処置も増えるし……あんなに血を垂れ流しながら帰ってくるなんて、何を考えてるんだか……」
「仕方がなかろう、其方以外に傷口など触らせとうないのだ。それにしても、咄嗟に利き手で受けたのは至らなかったな……明日までに使えるようにせよ」
「またそんな無茶な……」
「兄君っ!」
堕們が眉間に皺を寄せたところで、勢いよく室の襖が開け放たれた。息を弾ませて現れ、両目に大粒の涙を溜めているのは幻驢芭次男・明頼。宵君の弟である。
「兄君が
「明頼、其方はちと落ち着きなさい。兄は大事ない故」
「大事なければあのように点々と道に血痕が続きまするか?!」
「それほど垂らしてはおらん」
「なれど、なれど……ああぁ兄君~~~!」
其方は大袈裟だのう、と笑う宵君とは対照的に、明頼はよろめいてその膝へにじり寄り、ついには「おいたわしや……」と泣き出した。
「まぁまぁ、明日にはこの堕們がいたわしゅうない姿にしてくれよう」
「……」
「堕們殿……兄君のこと、しかと御頼み申し上げる」
「……はいはい」
呆れて物も言えぬ堕們を、宵君は面白そうに眺める。――しかし、本来咎無き青桐があまり暁光に叱られるのも不憫であるな。明日にでも、私から庇い立てしてやるとするか。酒が飲みたいと言って、あっさりと堕們に却下されながら、宵君はそんなことを考えた。
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