刺客 Ⅱ

「あ……」


しんと静まった空間で、初めに声を上げたのは刺客であった。やっとその姿を認めると、なんとそれは年端もいかぬ童で、宵君の手許を凝視しながら震えている。


「あ、お、俺……今朝からずっと、あんたらを尾けてて……幻驢芭と、白爪の、家紋が見えて、それで、お、俺が狙ったのはそのお侍で、ま、幻驢芭様を、お公家くげ様を傷つける気は……」


「……其方、白爪が親の仇と申しておったな。それは真か?」


息を荒げながらひれ伏す童の声を遮り、宵君は青桐が自らの狩衣の袖を裂くのを横目で見た。刃を握り込んだままの手を青桐から庇うように左手で覆い、童に視線を戻す。


「え……あ、あの……」


「其方の親を殺したというのは、この者か?」


「へ……ち、違います……その人じゃ、ないけど……」


「ならば」


宵君は一度目を伏せ、左手で短刀の柄を持ち、固く握られた右手から肉に喰い込む刃を無理矢理引きずり出した。


「宵殿! 何を……!?」


「お前の手当は無用。……さて小僧、これは其方の刀だ、返そう」


ぬらぬらと血に塗れた短刀を戸惑う童に握らせ、その前に片膝をつくと、宵君は左手でその頭を優しく撫でた。


「顔を憶えているのなら、希望はあるな。父君と母君の仇、必ずや討ち果たしなさい」


立ち上がる際、僅かによろめいた肩を慌てて支えた青桐だが、裂かれた狩衣の切れ端は行き場を無くしたままである。騒ぎを聞きつけた繁國と合流し、どうして上様がお怪我なさっている、貴殿が着いていながら一体何故、と彼に一頻り詰られたあと、幾度もせめて止血だけでもと声を掛けたが、とうとう宵君は京に到着するまで一切の手当を受けなかった。

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