刺客

「恐ろしいのは鮫殿の方でございましょう、追求はせぬと仰せながら、あれから門番の態度も右大臣殿の下世話なちょっかいも、洗いざらい皇帝陛下にお聞かせし、追加の詫びの品まで……」


「何、事実を喋ってみたら、先方から勝手にくれるというのだ、貰っておこうではないか」


宮殿を後にし、繁國と落ち合うべく街中を歩きながら、青桐は深く息を吐き出した。


「そう気負い込むでない、臓腑が弱るぞ。景気づけにどうだ、花街に顔でも出すか。きっと女将は青鳥せいちょうの身を案じておるぞ、会って挨拶の一つでも寄越すのが筋ではないか?」


青鳥とは、遊郭上がりの元芸妓で、青桐の側室である美瞳みとという者の源氏名だ。


「お戯れを……遊郭の類とはもう関わりなき身、縁を切らせてやるのが美瞳の為でございましょう」


「はあぁ……お前は頭が固くて敵わん。つまらん。"お主らが散々いびった青鳥が隣国の名高き名将に身請けされ、側室として娶られ幸せに暮らしておる"と嫌味の一つでも言いに行けと申すに。青鳥は何方かといえばその方が好みだと思うが」


「……それは真でございまするか」


「あれはお前が思うより血生臭い性根だ。好いた男の前で猫を被っておるのよ」


「……それでも、左様なことは致さん。さて、そろそろ遠野殿を見つけねば」


真面目な男よの、とにんまりと楽しげな宵君に会釈し、青桐は一歩程前へ歩み出た。その時である。人の群れの中から躍り出た小柄な影が、青桐の懐に飛び込んだ。


「おのれ白爪め! おとうとおっかあの仇じゃ!」


「!? 何を……」


青桐が振り向いたのが、一瞬遅れた。どん、とその影を受け止めた身体から、砂利に落ちたのは血であった。道を染める赤に人々は悲鳴を上げ、我先にとその場を離れる者と、野次馬根性で向かってくる者とがぶつかり合い、騒然としている。思いがけぬ事態に呆然としていた青桐ははっとし、自身と刺客との間に割って入った宵君が怪我をしていることに青ざめた。刺客は短刀の切っ先を、青桐に向けていたのだ。


「宵殿!」


「……大事ない、はらではない故」


「しかし……!」


宵君がほれ、と見せた身体には、確かに傷は認められない。だが咄嗟に刀身を鷲掴んだ右の手は、動揺した刺客が離した短刀を握り込んだまま絶えず血を流している。


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