嘉阮 Ⅱ

「――隣国の摂政殿よ、ご足労であった。此度の進軍の由は、その……」


「将軍の独断であられた、でしょうか」


「そ、そうじゃ。詫びとして将軍には切腹を申しつけた。欲しければ、鼻でも首でも骨でも好きにお持ちになられよ」


二万五千の軍勢を差し向けた威勢は何処へやら、玉座に座す皇帝は肩を丸め、忙しなく視線を泳がせた。宵君の顔は再び陶器に覆われ、その双眸そうぼうに直に睨まれていないのが救いであろう、豪奢ごうしゃな上座が隋分と居心地悪い様子である。


「そう怯えられずともよろしい。それに、我が御門は老将の首よりも、南蛮の珍しい品や菓子の方がお気に召す筈」


「な、ならば戻られる前に、我が国を自由に見て回られよ、今、今、手形を差し上げよう、無償で何でもお持ちになれるように……」


「なんと、恐れ多いことだ。しかし既に供の者を一人買い物へ行かせてしまったし……」


「なれば! 返金致す、これで足るかの?」


木切れに走り書き、印をした手形とともに皇帝が引っ張り出したのは、宵君が繁國に預けた額の倍以上の金であった。


「はぁ……感服致した、陛下は懐の深い御方だ。身に余る恩賜おんし、受け取るはいやしきと存ずるが、受け取らぬもまた陛下の御心を無下にする行為なれば。有り難く頂戴するとしよう」


「い、否、否! これしきと思われまするな、貴国と川を挟んだ北西の山岳、平野、水路……山脈の麓まで、全て差し上げようぞ。開拓資金や人員も此方から遣わそう、何卒、何卒此度の将軍の無礼、お許し下され」


「なんと! 青桐、聞いたか。我らにこれだけの施しを授けた上、太っ腹なことよの。これは恐れ入った、これより先五十年、此方から貴国に進軍することは致しますまい」


宵君の言葉に、皇帝は大変安堵した様子であった。初めからこの国は、沖去の恐ろしい鬼軍師の報復ばかりを恐れていたのだ。それが「死ぬまで攻めぬ」と言っているのだから、とかく命拾いしたとの思いで一杯なのである。


「ま、真であるな?」


「無論。斯様に陛下の御心深く、潤沢なる国を、如何して好んで敵に回しましょうか。恐ろしいことだ」


貴国を今一度追求するは愚か者のすることよ、と宵君が声を上げて笑うと、皇帝も浮かんだ脂汗を袖で払いながら、上擦った声音で笑った。


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