宵君 Ⅲ


「……時に暁光よ。私は明日、隣国の皇帝に、此度の戦の沙汰について談義するため拝謁仕はいえつつかまつるのだが、供に青桐あおぎりを貸してはくれぬか。遠野のせがれだけでは心許ないのだ」


「青桐を?」


「左様。奴……繁國しげくには腕は立つがな。未だ歳若く、いかに相手を籠絡ろうらくせんと渦巻く談議などは得手ではない。山部と橋本は、先の戦の功への褒美は何が良いか尋ねたところ、故郷に顔を見せたいと申したのでそのようにした」


「成程。そういうことであれば喜んで。青桐にはすぐ、明日の支度をするよう申し付けましょう」


 暁光の返事に礼を述べ、盃の酒を飲み干すと、宵君はさて、と腰を上げた。


「そろそろおいとまする。其方が酔っ払って私に甘える姿など、この家の者に見られでもしたら大事よ。御門の件、しかと承った。青桐にはよしなに伝えてくれ」


「御意。道中暗うなって参りました、供の者をつけさせます」


「心遣い、痛み入る」


 門扉もんぴまでお見送りしようと宵君の背中を追った暁光は、道すがら家の者に青桐への言伝を頼んだ。


 青桐は生真面目で寡黙かもくな男だが、気難しいというわけではない。宵君も暁光も、幼い頃から青桐の説教を受けながら育ったのだが、存外あの小煩い青桐の文句を聞くのはやぶさかではないのである。宵君より三つ上、暁光より十ばかり上の彼は、名を青桐鯨一郎といった。宵君は、青桐のその体躯とかけて"鯨"と呼びからかうのが好きなようだ。その度青桐は、呆れたような顔をして、


「私が鯨なれば、宵殿はさながらふかにございまするな。油断をすれば私の横腹に咬みつき、食い千切ってしまわれる」


 と言い返すのだ。

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