宵君 Ⅱ
「宵殿、
下馬した宵君を迎えたのは彼の旧友、宵君が美しき朱鬼と称えた
二人はまだ幼き御門に代わり、この沖去という京を護り、周辺の列強の侵略を幾度も退けた若き名将と言えよう。
「何、あの程度の敵など他愛もない。
「またご
酒の席を用意してあります。そう言って宵君を自邸の縁側へ導く暁光の下心は、最早見え透いている。だから宵君は含み笑い、「では甘えよう」と肩を並べた。
縁側に腰を下ろせば、眼前には腕の良い庭師の施した
「……して、今度は何だ」
「貴方に少しばかりお願いがございまして。と言うより、相談かな……」
「申してみよ」
隣に腰を下ろし、宵君の盃に酌をしながら、朱の色男は肩を竦めた。あぁ、この顔は女絡みの相談か、と宵君は察し、にやりと口角を上げる。うっそりと目を細め、先を促す掠れ声と、笑い方ひとつをとっても瑞々しい艶を帯びていた。
「女の扱いなど、自力で何とかなろう?」
「いやそれが……」
歳とともに折り重ねられたような色香が、宵君の花のかんばせが失せて尚、女房どもを騒がせるのだろう。勝るとも劣らない品格の暁光でさえ、宵君を隣にすれば盃を傾ける手も頼りない。
「その……御門のことなのですが」
「あぁ、あのませたお嬢がどうかしたか」
「宵殿、誰が聞いているとも……」
「構わんだろう。皆そう思っているさ。近頃の御門といえば、政の類は私に任せきりで、其方と歌詠みや
「……えぇ、実は相談と言うのも、そのことでございまして」
苦笑いを浮かべ、暁光は盃を煽った。宵君はそういうことか、と伏目で笑い、権威のある御方に気に入られるというのも時には難儀なものだな、と呟く。
「しかしなればこそ、其方は気に入られているのだから一言きっぱりと申し上げればよかろう。多分、其方が言えば御門は聞くぞ」
「申し上げたところその、求婚されまして」
「は?」
「お
「しかし、御門はまだ十二の童。其方にももう正室が居るではないか。御門とてそれが解らぬ只の童ではない。そうまで其方に懸想していたとは……」
如何してお断りしたものかと途方に暮れる暁光を見かね、宵君は呆れ口を開いた。
「
「かたじけない……」
「何、其方は私の義弟も同然。無下に捨て置くわけもなしに。それに、私もそう長くはない故、御門には政の一から百までを早う覚えて頂かねばならん」
酒瓶を傾ける手を止め、暁光は先程までよりいくらか厳かな声を漏らす。
「……やはり、病状は
そんな暁光にどこか
「此の世に治す術がないのでは、
表情を曇らす暁光を余所に、当の宵君は随分と楽観的である。
ーー幼少の折より幾度も病に臥してきた彼にとっては、不治の病と
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