第179話 帰って来た日常
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「ちょ、ちょっと待って、これって本当の事……なのよね?」
サリサは、ゼンからその記憶を直接流し込まれた為、最初はその情報量の多さに混乱していたが、その中身を整理し、一つ一つ吟味して行き、今回の事態の内容を理解して行ったが、分かってみると、事の余りの大きさに、困惑を隠せなかった。
「あー、うん。信じ難い話で、戸惑うのは分るよ。記憶のねつ造、とかではないから。俺も最初、何が何だかって感じだったし、そもそも、話の規模(スケール)からして、かなりおかしいから」
「そうよね。これって、魔王の復活がどうとか、よりも、ずっと深刻じゃない!星を壊すの壊さないのって……。それなのに、ゼンとアルティさんの二人だけでやらせるなんて……」
海水の水を全て、手桶一つで掻き出せ、と言うに等しい難行だ。
「対抗できる兵器が、機神(デウス・マキナ)のジークだけで、他と差があり過ぎるからそうなったらしいけどね。後、適合率がどうの、と。それが、一定数値以上じゃないと乗れなくて、俺にはそれがあったらしい。
機神(デウス・マキナ)は、科学技術と魔法技術のはいぶりっど、とか言ったかな。両方に精通した天才技術者が造った物らしくて、乗り手さえ確保出来て、量産出来たら、神々を滅ぼす事も出来たんじゃないか、と。
記憶見れば分かるとは思うけど、俺も理解し切れているかどうか、不安だから説明捕捉してるんだけど」
「あ、うん。それはむしろありがたいから。私も、情報量が多いから、混乱してる……、しない方がおかしいわよ。
それにしても……。もうちょっと考えさせてね。可能性の世界とか、宇宙とか、中々に難しい話が多いから」
「うん。じゃあ、俺はその間に、お茶の準備でもしてるから」
ゼンはベッドから立ち上がり、お茶の葉や、茶器を出し、鉄製のポットに日常魔術で水を入れ、それを自分で持って暖める。一度沸騰させてから、しばらく冷まして、そのお湯でお茶を入れた。
後、連絡の中継地としていた島で取れた果実の内、食べやすそうな物を選んで皮をむき、食べやすい大きさに切って小皿に並べた。
ベットの前に小テーブルを寄せて、それらを乗せ、お茶の準備が終わった。
サリサはその間、身じろぎもせず、腕を組み、目を閉じて、ブツブツ何か呟きながら、一心に考え込んでいた。
「サリサ、お茶の用意出来たから、飲みながらでも考えたら?」
「あ、うん。そうね……」
サリサは少し上の空っぽかったが、ちゃんと手を伸ばしてカップを取り、お茶をすすっている。
「俺は厨房の方に、貰って来た海の食材を、保管用の収納場所に入れて来るから。今夜の食事の準備とかもあるし」
「わかったー……」
サリサが手を上げて、了承の意を見せたので、ゼンは部屋を出て、また1階の食堂に向かう。
食堂には、まだ爆炎隊の皆も、西風旅団の3人もいたので、ゼンは適当な海の魔物の話をしながら、色々な、大小さまざまな魚や海老、蟹などを見せ、彼等は内陸地ではめったにお目にかかれない、新鮮な魚貝類に、今夜の食事を想像してまた盛り上がっていた。
ゼンは厨房内で、ジークに簡単な仕事を教えていたミンシャとリャンカに、食堂に設置された、時間遅延や、温度を一定以下にする術が施された収納場所に、魚貝類や、島で取ってきた果実類も渡し、それぞれ保管に適した温度で区分けした場所に入れていった。
その際、婚約関連の話をしたが、どうやらゼラにもそれは伝わっている様なので、本当に、単なる確認、としての紹介、となるだけみたいだ。
アルティエールは元々、三番目を協力の報酬として話がされていたので、そちらも確定した事後報告のようなものになるだろう。
色々と考え、悩んでいたゼンは取り越し苦労をしていたようだ。
後、ザラは早退でも、少し遅くなるかもしれません、とリャンカに言われた。
今、ギルドの治癒術士は、『人間弱体党』による偏った考えに洗脳されていた上級冒険者達の、心のケアに追われている。
いくら、洗脳によって他者から自分の考えが歪められていた、とはいえ、長年それが真実と思い、当り前に生きて来た常識が、一瞬で覆されたのだ。
自分の、冒険者としての自意識の存在基盤をいきなり否定され、ぶち壊されたに等しい出来事だった。その為に、洗脳の影響が完全になくなっても、自分達がして来た事の愚かしさ、間違った信念を信じ切ってやって来た行動の全てを、思い返して落ち込む者が大勢いる。
彼等は今、ギルドの訓練場が簡易的な入院場所となり、そこで治療を受けている。
その中でも、柔軟な精神で、間違えたならこれからやり直し、それを取り戻せばいい、とすぐさま冒険者に復帰するタフな心の持ち主もいたが、それはあくまで一部に過ぎない。
逆の極端な例では、自分の冒険者としての自信を完全に喪失し、引退して故郷の村や街まで帰ってしまった者達も、数名いた。
残りは、未だ心の傷が癒えずに、精神的に落ち込む患者達だ。
ゼンがいなくなってすぐの時期は、特にその状態がひどく、治癒術が使える者、精神系の術が使える者は大忙しの天手古舞で、フェルズのギルド内部はかなりせわしい状態だったらしい。
職員が総出で交代制を取り、患者となった冒険者達の世話をしていたので、受付嬢であったスーリアもそれは例外ではなく、ザラやマルセナも多忙で、時にギルドに泊る日々もあったのだと言う。
今は、状態が落ち着いて、かなりマシになっているという話だ。
それに、ある程度落ち着いた患者には、無理に低位の魔物を狩ってもらい、従魔術の従魔を造ってもらって、治療に役立てているそうだ。
これには、かなり劇的な効果があって、従魔を得た冒険者は、従魔からの慰めや、心の繋がった存在を得た事で精神が安定し、自分が得た従魔の為にも立ち直らなければ、と思える様になるのだそうだ。従魔のいるゼンにはよく解る話だ。
ギルドの方針で、いずれは全員の患者に従魔をいきわたらせ、治療の最終段階にしたいと考えているらしい。
ところで、話は変わり、二人に任せたジークの事だが、ジークは、中身が機械であるだけに、一度教えた事は決して忘れず、精確な動きと手順で、テキパキ言われた事をこなしていた。
本人は、戦闘以外での日常のこまごまとした作業をやるのが楽しくてしょうがないらしく、ゼンに聞かれても、とにかく嬉しくて楽しい、とそればかり繰り返していた。
まだ表情が硬いようだが、それは感情と表情筋の連動が上手くいっていないから、だとかで、随時調整していくので、その内自然になるだろう、との事だ。
本人が楽しくやれているのだし、これなら周囲に溶け込むのも時間の問題だと思えた。
後は、その重量を普通の状態に保つ、重力魔術の直接付与か、それを出来るアクセサリーな魔具でも造ってもらえば、あの重量による不幸な事故等は避けられるだろう。
ジーク自身が自覚していても、これからは使用人の子供達と一緒の時間が増える筈だ。何か間違いが起こって、双方が悲しい思いをしない様に準備しておかなければ、とゼンは思う。
忘れない内に、と自室に戻る前に、アルティエールと従者メリッサの部屋に行くと、アルは普通にベッドでグータラしていた。彼女は転移が使えるので、余り自室にこもる事はなく、すぐにフェルズの街中や、そうでなければ転移で適当な場所に行ってしまう事も多い。
色々と、他の者とは時間の感覚がズレたハイエルフならではの行動で、それは放浪癖と呼んでも差し支えないものだった。いきなり2~3日いなくなったりもするのだから。
だが、今回の事で、ゼンとの婚約が本決まりになれば、少しは落ち着いてくれるのではないだろうか、とはゼンの希望的な考えだった。
「なんじゃ?イチャコラは終わったのかや?」
さすがに今回の事で、多少の疲労が残っているのか、アルはグテーっとだらしない状態で、ゼンに変な話を振る。
「……サリサには、今回に事を、俺の記憶を移して見せたから、そんな風になってないよ。今、それらの情報を整理して吟味して、考察中、みたいな感じ。
魔術師的にも、考える事が多いだろうし、普通の人間がいきなり知るには多過ぎる、未知の知識とかもあるから」
「ああ、うむ。成程、本妻殿も大変じゃな。あの者以外には、打ち明けぬのかや?」
「う~ん。義父さん義母さんに、と思わなくもないけど、もうあれが、ここの実生活で何か影響のある事じゃないし、言わない方が、余計な心配をかけないかな、と思うんだ」
「ふむ。まあ、そうじゃな。常人にアレ等の情報、知識は、荷が勝ちすぎるじゃろうて。
ギルマスには、必要であればわしの方で、情報を限定して流しても良い。全部が全部、馬鹿正直に教えても、混乱させるだけじゃろうからな」
「うん。サリサにも、そうした方が良かったかなぁ……」
「本妻殿の気性からして、それはないじゃろう。隠し事をすると怒るタイプじゃろ?」
「そう、なんだよね……」
ゼン自身、隠し事が好きではないが、サリサはそれを鋭く見抜き、追及して来るだろう。抵抗するのは、無意味だ。
「神の器として、あの場に呼ばれたのじゃし、仕方なかろうて。話さねば、どちらかの女神を呼んで、直接聞くかもしれんぞい」
「……あり得るね。ま、その話はもういいよ。来たのは、ジークの重量の事」
「うむ?」
「今は、重力魔術で普通の重さにしてるんだろうけど、それが半永久的に効果が続く訳じゃないんでしょ?だから、ハルアと、その術を付与した装身具(アクセサリ)なんかの魔具を造ってもらえないかと思って」
「ふむ。そうじゃな。一応今は、二日ぐらいは続くようにかけたが、かけ直すのは確かに面倒じゃし、わしが持続時間を忘れる事もありそうじゃ。魔具を二つ三つほど造って、魔力が切れる前に交換し、それを補給する方が良いじゃろうな」
「それって、“気”でも出来る?」
「本質的に同じ物じゃなから、出来るが、お主はそれ以前に、日常魔術に、“気”を変換して使っているじゃろうが」
「……そう言えばそうだった」
「従魔達も魔力や“気”を使える。誰かに補充してもらう様に言い含めれば、ジークが忘れる事はない。風呂でも外さん様に言わんとな。ハル坊には、錆びない材質の物で造らせるか」
「……お風呂、入る必要あるの?」
「生物ではないから、垢やフケ、汗等が出る訳ではないが、働けば汚れる。防水仕様じゃから、普通に入れる筈じゃぞ」
「……本気で凄いね」
「それだけではない。あれは、お主に合わせて、今の年齢設定の身体じゃが、月日が経つにつれ、ちゃんと成長する。背は伸び、手足も身体も。ある程度の年齢で止まるので、エルフと似た様な仕様じゃな」
「……ムーザルの技術って……」
無駄に凄い。
「だから、髪の色や肌、目の色の組み合わせ以外は、どこかの亜人、とでも言っておけば押し通るのじゃ。あの色は、補助用自動人形(サポート・アンドロイド)の証。でもなければ、普通の人間との見分けがつかなくなるからじゃろう。
なにせ、夜の相手も務められる機能もあるのじゃからな」
「………はぁ?!」
意外な事を聞いて、ゼンが驚きの声をあげる。
「何を驚く事がある。一般の補助用自動人形(サポート・アンドロイド)じゃ。主人に望まれれば、その相手を務めるのは普通じゃろう。セクサロイド、という奴じゃな」
アルティエールは、ゼンがその手の話を好まないのを知っていてニヤニヤ笑っている。
「……アルって、知識だけで実践経験がる訳でもないのに、無駄によく知ってるよね」
「野蛮な生殖行為に、知的好奇心がわくのは、それをしないハイエルフだからこそ、じゃな」
その顔に、テレも何もないので、本当にそうらしい。
「年頃になったら、アレも嫁に加えねばならなくなると思うぞ」
更に追い打ちで、嫌な事を言う。
「……ジークは、精神年齢的には、赤ん坊にも等しいんじゃなかったっけ?」
「で、あっても、女は早熟じゃ。すぐに成長する。心も、身体も。お主には、アレに対しての責任がある。ゆめゆめ忘れぬ事じゃ」
責任って、これを使って戦えと押し付けられて、名前を付けて、一緒に戦った、それだけなのに?と思わないでもないが、それだけでジークには充分な理由となるのだろう。
「……ともかく、ハルアとジークの装身具(アクセサリ)の件、忘れないでね」
力の抜けたゼンは、そう確認してからアルの部屋を出た。
「わしも今回は、自分の腹を痛めて子を産む経験を、せねばならぬのう……」
ゼンがいなくなった後、アルがそう呟いてたいたのも知らず……。
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オマケ
ミ「素直で優秀な後輩が増えて、ミンシャは嬉しいですの!」
ジ「ありがとうございます、みんしゃせんぱい!」
リ「みんなと中にいる場合は、それでもいいけど、仕事中はチーフ呼びね」
ジ「はい、りゃんかせんぱい!」
ル「むー。るーもお外で仕事したいお!」
ジ「わたしも、るーせんぱいとしおしごと、いっしょにしたいです!」
ル「おー、素直な後輩、るーも嬉しいお!」
ゾ「……やべぇな。ただでさえ、女性上位な従魔の力関係が、同数になって更に悪く……」
セ「ゾートさん、ボクはもうとっくに諦めてますよ…」
ボ「女の子達強いけど、仲良しだし別にいいんじゃ?」
ガ「女性上位、それが世の常、流れ……」
ゾ「いや、人間社会だと、女性は弱く、保護の対象らしいぞ。ここがおかしい」
セ「でも、主様のPTも結構……」
(言わぬが花な現状であった)
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