第180話 微熱



 ※



 ゼンが自室まで戻ると、サリサが荒い呼吸で、紅い顔をしてゼンのベッドに横たわっていた。


「さ、サリサ、どうしたの!」


「あ、ゼン。その……ちょっとクラクラしてきて……」


 額に手をあてると、凄く熱い。熱があるのは間違いない。


「やっぱり、一月の戦いの記憶や、ミーミル知恵の神から流し込まれた知識まで移したんだ。情報量が多過ぎたんだね」


 サリサをそれらを生真面目に考え、更なる考察までしていたのだから、熱が出ても当然。許容量を超えて脳細胞が過負荷を起こしたのだろう。


「簡単に言うと、知恵熱、ね。情けない……」


 意識自体はハッキリしているので、そんな気丈な台詞(セリフ)も吐ける。


「ともかく氷嚢……いや、濡らしたタオルを絞って冷やした方がいいか」


 ゼンは自室にある物でそれらの用意をし、洗面器の様な浅い容器に水を出し、タオルを浸して搾り、それを凍らない程度に冷やしてサリサの額に乗せる。


「……冷たくて、気持ちいい……」


 サリサが心地よさそうに、表情を緩める。


「ローブは脱いだ方がいいかな。あ、それを言うなら、自室のベッドの方がくつろげるか」


「やだ。また私が眠っている間に、ゼン何処かに行きそうで怖い……」


 熱のせいか、サリサがやたらと素直で可愛かった。


「ま、まあ、ここで寝る事自体は構わないけど、アリシアとかには知らせておかないと。今更どこかに出かけたりしないから、安心して」


 ゼンは一度サリサの手を軽く握ってから、部屋を出て、アリシアを探しに行く。


 二人の自室をノックしたが、返事は帰って来なかった。どうやら、まだ食堂にいるようだ。


 1階に降りて、食堂に顔を覗かせると、やはりアリシアはその場にいた。


 ゼンが、サリサが少し体調を崩して、熱が出ているようだ、と伝えると、「熱が出る様な事したの~~?」とアリシアはからかい口調だったが、それとは裏腹に、すぐに立ち上がって、ゼンの部屋へと速足で急ぐ。


 心配そうな顔をするリュウとラルクには、病気とかではないので大袈裟にしないで、とサリサ本人の言葉を伝えた。


 女子は病気でなくとも体調っを崩すことはあるな、と二人はその場に残ったが、爆炎隊の、ギリ、マイアは立ち上がって一緒について来た。


 同じ女性だからこそ、心配になったのかもしれない。


 二人とも、サリサ、アリシアとは打ち解けた仲であったので、別に構わないだろう、と判断して、アリシアと一緒に自室に入れた。


 アリシアは、横になっているサリサの額に手をあて、熱をはかり、何かブツブツ呟いたのは、診察系統の術なのだろう。


 そこで、一時的な変調で、治癒術などで治せる類いの物ではない、と判断したところで、やっとアリシアは本当に安心したようだ。


 軽い態度を取っていても、二人は本当に仲の良い親友なのだ、と実感させられる一場面だった。


 ゼンは、用意してあったお茶の葉を、さらに継ぎ足して、お湯を温め直し、3人分のお茶と果物を追加して、少し離れた場所の椅子に座って、女性陣が姦しく、それでもサリサの体調を思って控えめにおしゃべりするのを、何とはなしに眺めていた。


 サリサは、ゼンの事を心配して、この所少し寝不足だったから、そのせいかも、と言い訳がましく言っていたが、その事自体が嘘ではなかったので、爆炎隊の二人は自然に納得したようだった。


 それからしばらくして、お見舞いが済んだギリとマイアが、ゼンに手を振り、お辞儀して退室して行くと、アリシアはサリサと小声で話し合い、ゼンに「ちょっと待っててね~」と声をかけてから部屋を出て、またすぐに戻って来た。


 サリサの部屋着などの着替えを持って来たようだ。


「ゼン君、少しだけ部屋を出ていてね~」


 と笑顔で圧力をかけて来る。


 サリサを着替えさせるのだろう。ゼンは逆らわず、廊下に出て、手持無沙汰な時間となる。


 丁度良く、使用人の女の子が不思議そうな顔をして通りかかるので、サリサの具合が良くなく、今アリシアが着替えさせているので、その汚れ物を洗濯室に運ぶのを頼んだ。


 なので、しばらく二人で廊下で待機していた。その間、フェルゼンでの子供達の様子等も聞き、皆、ゼンが長い期間の不在が初めてだったので、やはり、かなり心配をかけていたようだ。


 それでもザラの言いつけをちゃんと守り、みんなで仕事に励んでいました、と聞くと、ゼンも戻って来れて本当に良かった、ともう何度目かの実感をまたするのだった。


 それから、出て来たアリシアが、すぐ使用人の女の子の気づき、「お願いね~」と洗濯物を手渡しする。


 皆がすっかりここの生活に馴染んでいるのが嬉しい。微笑ましい。この、何気ない日常を続けていける事の、当り前のような幸福に、掛け替えのない価値を感じるゼンだった。



 ※



 それからしばらくして、ザラが帰って来たので、ゼンがザラと再会の喜びに少しばかり浸ってから、サリサが床についているので、ゼンの部屋で、ミンシャ、リャンカ、アルティエールを呼んでの、婚約確認?の様な話合いをした。


 アリシアは、サリサを着替えさせた後もそのままゼンの部屋に自然に居座っていたので、婚約者ではないが、彼女も話合いに加わっている。


 元々、恋愛判定、という不思議な特技を持っているアリシアに、アルティエールの状態を判定してもらう役目もあったので都合よくありはしたのだが。


 もう全員に話は通っていたらしいが、それでも改めて、という事で、ミンシャ、リャンカは少し緊張して、アルティエールは傲岸不遜に偉そうで、何かチグハグな印象を受けたが、ザラはニコニコ終始笑顔で全てを受け入れる風なのは変わらず、サリサも、多少熱がひき、楽になったのか、増えた婚約者三人と、これから仲良くやっていこう、的な主旨の話をしていた。


 アルティエールの判定は、勿論、合格で、特に今回の戦いでは、ゼンと一緒に、力を合わせて戦い、無時に戻って来れたのも、アルティエールの尽力あってこそ、と本当の内情を知るサリサだからこその説得力ある話に、その横柄な態度も皆、気にならなくなったようであった。


 全体的に、和やかに話合いは終わったのだが、唯一、わずかに不満げな様子があったのは、アリシアだった。


 彼女は、基本的に人見知りも何もしない、(ゼンの師匠を除く)温和でホワワンとした緩い人柄で、ここにいる全員と、それなりに親しくしていたが、それと親友の『サリサ』は完全に別枠らしく、ゼンの婚約者が増える事を、サリサ本人が認めていても、余り歓迎はしていないようだ。


 ゼンや、アリシアをよく知るサリサと、野生な第六感の鋭いアルティエールのみが、その事に気付いたようであったが。


 ゼン自身、それがいい事だとは思えないので、後でコッソリ、「サリサを大事に、ないがしろになんかしたら、承知しないんだから~」と迫力のない声で言われても、ゼンには結構こたえるのだった。


 それからゼンは、厨房で従魔の二人と料理をし、その腕を久しぶりに振るったが、食事は、サリサがまだ熱っぽかったので、自室に運び、そちらで食事をする事にした。


 帰って来た主賓抜きでの食堂は、それでもそうそう味わえない、海の食材をふんだんに使った、ゼン自身の絶品料理とあって、かなりの盛り上がりを見せた。


 すでにそれらの虜になりつつある爆炎隊のメンバー等は、迷宮(ダンジョン)での味気ない食事はともかく、街の高級食堂の食事にすら物足りなくなりつつある自分達は、この先大丈夫なのだろうか、とかなり将来的な不安に頭を悩ませるのだった。


 アリシアも、サリサの看病についたままだったので(実際、病気ではないので、ついてなくていいとサリサは言ったのだが)、ゼンの部屋で3人、食事を取る事になった。


「やっぱりゼン君に料理は美味しいね~~」


 と、舌鼓を打つアリシアは、折角の二人っきりの食事を邪魔している自覚はない。


 変なところで天然なのだった。


 別に、二人だけで食事をする事にこだわりなどない二人だったが、なんで三人で食事しているんだろうか、と不思議にはなる。


「アリシア、リュウさん、ほっといてもいいの?」


「?なんで~?リユウ君だって子供じゃないんだから、一人で食事くらい出来るよ~~」


「そ、そう、なのかな……」


「シアはこういう子だから、余り気にしない方がいいわよ」


 親友のサリサにだって、理解不能なところがるのがアリシアなのだ。性別も歳も違うゼンなら尚更、理解しようと思わない方がいい気すらする。


「あれ?もしかして、悪口言われてる?プンプンだよ?」


「悪口じゃないわよ。目の前でしないでしょ。悪口なら」


「あ、そっか。そうだよね~~」


 サリサの、理屈になっていない様な言葉にも納得する。それがアリシアなのだ。


「……まあ、そっちはいいとして、アルが、『その熱、夜になったら嫌でも治る』とか言ってたのはなんだろう。一晩寝て、起きたら、とかなら分かるんだけど……」


「ハイエルフ様的な勘、とかじゃないの?」


「予知って感じじゃなかったね~~」


 そんな便利な力があれば、対ヴォイド戦で使っていただろう。


「じゃあ、俺は食器下げて来るけど、デザートは二人とも……」


「食べる~~」


「いただくわ」


「うん、分かった。持って来るよ」


 食欲がない訳ではないし、大丈夫だろう。ゼンは、アルの謎かけの方が気になった。



 ※



 ゼンが、デザートの、先程出した果実とは別の果物で作ったゼリーを、余分に持って来たのは、それこそ何かの予感があったからかもしれない。


 自室に戻って来ると、三人の女性がいた。


 サリサとアリシアと、あと一人、まるで見覚えがないのに、なぜか知っている様な気になる、長い黒髪の女性。


「私の分、ありますのね。本当に優秀な子」


 コロコロと上品に笑うその顔は、物凄い美人だ、とは分かりはするのだが、何故かうまく記憶に残らない、まるで不確定な印象の―――


「……ノート夜の女神?」


「大正解~~」


 パチパチと無邪気な笑顔で手を叩く、その印象も漠然としている。


 その隣で、何故か一緒になって手を叩いているアリシアもかなり謎だった。


 サリサは、頭痛がする、と言いたげで、物憂げそうに片手で頭を押さえていた……











*******

オマケ


ロ「……何だろう。何かに、激しく遅れを取ったような気分に……」

リ「ロナ様もですか?私もなんです……」

フ「ちぃ、どうしても親父を説得出来ん。リーランからも、何とか言ってくれ!」

リ「黙ってて下さい。兄さま。今はそれどころじゃありません」

ロ「そうだぞ、我等は大事な話をしている」

フ「ひでぇ!俺の話が大事じゃないって言うんですか?」

ロ「連絡はまだだが、急ぎフェルズに戻ろう」

リ「そうですね、ロナ様」

フ「おい、俺も連れてってくれよ~~」

リ「兄さまは跡継ぎとして、しっかりお家をお守り下さい」(ニコ)

ロ「頑張るのだな、期待しているぞ、次期当主」

フ「こんな心にこもってない励ましは初めてだ!」

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