第178話 報告と言い訳と
※
ゼンの座るベッドの前で、腰に手をあて仁王立ちするのは、誰あろう、ゼンの婚約者で、パーティーの最強魔術師、出番が随分なかったサリサ嬢です。
「……言うべき事は?」
氷点下の眼差しで、ゼンを凍り付かせる。
「えと、その、ごめん……」
「何に対しての謝罪なの!謝ればいいってものじゃないでしょ?それに、二人っきりになったんだから、最初からよ!」
「最初って……ああ、あの、ただいま、戻りました」
「何で敬語なのよ!」
「つい、迫力に押されて……。うん、ただいま。なんとか、神様に頼まれた事、やり遂げて無事に帰って来れたよ」
「はい、おかえりなさい。……本当に、無事に、なの?何か危ない事もあったみたいだって、リャンカちゃんから聞いたわよ」
サリサは、ゼンの言葉に満足して、その隣に寄り添うように座った。
「……いない間に、従魔の二人と仲良くなったんだね。ちゃん呼びで、そんな話もするなんて」
「ちゃん呼びは、みんなそうよ。ここのマスコット的な存在で、生活の要、メイド長様達だし。
私の方はそれとは別。同じ婚約者同士ですからね、そりゃあ、親しくもなるわ」
「……え!その事、二人が喋ったの?!」
従魔達から、そんな話は聞いていない。
「言ってないわよ。ただ、貴方と念話で連絡取り合って、絶対ごねると思ってたのに、その後、二人ともデレデレになっちゃって、仕事がおろそかになってたから、問い詰めたのよ」
「あ~、そうなんだ……」
ゼンの身体から、一気に力が抜けてしまった。
どう話し、どう切り出せばいいのか、迷って悩み、密かに苦悩していたのだ。
「それと、アルティさんとの事も。出発する前に、アルティさんの想いが、そうなりかけてたのは、態度とか様子で見えていたから、それがこの期間で熟するのは予想出来てたけど、ゼンの方までそうなるとは思っていなかったわ。苦手な感じだったじゃない?」
「……そんな事まで分かるの?もしかして、アリシアに聞いた?」
彼女が、人の恋愛する心を見分けられるらしい、との話は一応聞いていた。
「シアに聞かなくても、同じ人を好きになっていると、そういうのって自然と分かるの。
ゼンも、アルティさんを見る眼差しが、今と前とじゃ全然違うわ。暖かく、優しく、気遣っていて、しかもすでに心が通じ合ってる感じがするから……」
それを見たサリサは、少しだけ、心が痛んだ。
「そんなに変わっているかな。自覚はないけど……」
「三番目はめでたく確定よね。ちゃんと両想いなら、取引の報酬とか打算的な話を考えなくてもいいのだし」
「それは、そうなんだけど……。サリサは、嫌じゃないの?怒らないの?」
「ん~~。ゼンが何を言いたいかは分かるわ。そりゃあ、当然、多少の嫉妬はあるわ。怒るのは、変よね。私の方が勧めていたんだから。
それに、従魔の二人の事は、何となく分かってたから。あの子達が、従魔という役目以上に、ゼンに一途なのは、態度や言動からも分かるし、私達を時々、恨めし気な感じで見てたから」
そこでサリサは、少し苦笑いする。
「ゼンが、それをすぐに受け入れないのは、何か考えがあっての事だと思って黙ってたの。まだ私には、従魔持ちの事情や心情を、完全に理解出来ているとは言い難いから」
どうやら、ほとんどお見通しだったようだ。ゼンも舌を巻く、サリサの正確な分析力だ。
「アルティさんの事は、ずっと戦いの旅だったんだし、そういう流れになるのは、分からなくもないけど、私が怒る様な事、したの?」
「い、いや、してないしてない!ない、と思う。あの施設に帰って来てから、キスしたぐらい、かな……」
なんだか、浮気報告をしている様な感じで、凄く気まずい。
「なら普通に許容範囲でしょ。いきなり妊娠とかだと、真面目に考えてしまうけど……」
「な、ないない!大体、ずっと神様達の、目の届く所にいたようなものだから、そんな事出来ないよ!」
「ふ~ん。神様がいなかったら、どうなってたか分からない様な口ぶりね」
「そ、そんな事はないってば!」
「ごめん、冗談よ。それだけ、厳しい場面もあったんでしょ?」
「……自分のミスで、アルが死ぬかもしれない事があった。そのせいで、自分の心を自覚したような気がする……」
「うん。生死のかかった戦いを乗り越えた男女の絆が強くなるのは、当然の成り行きよね。
でも、私より、アルティさんを好きになっちゃったりした?」
少し意地悪な質問をする。
それは普通に心変わりで、まるで意味合いの違う話になる。
「……それはない。サリサが好きで、ザラも好きなのは変わりようがないよ。従魔の二人、ミンシャやリャンカも大事で。でもそれは、それぞれが少し違う“好き”で……」
「なら、問題はないじゃない。何で気後れして、悩んでるの?」
早々に自室に引っ込んでしまった事を言っている。
「……だって、いっぺんに三人も増えるなんて、非常識だし、その……サリサが悲しむかな、って思って……」
「あー、うん。そっか、私の事、気遣ってくれてるのね。そうね。人数増えたら、ゼンと二人で過ごせる時間は、確かに減るでしょうから、悲しくもあるか。でもそれも、仕方のない事よ」
サリサはわざと軽く言っている。ゼンの負担を軽くする為に。
その覚悟はあったし、自分で勧めた事だ。そして、従魔の子達の事を考えれば、増えない訳がなかった。
「ザラは、なんでか、私はあくまでついでです、みたいに、全部そのまま受け入れるつもりみたいで、実際そうなんだろうけど、サリサにはやっぱり、辛い思いさせてる気がして……」
ザラの受け身な姿勢は、やはりスラム出の、身分の低さから来るもので、そういう意味では、ゼンと似た者同士だ。
「そういう風に悩み、考えてくれてるなら、それは私の好きなゼンだから、大丈夫よ。私は、うん。普通に小市民だから、嫉妬もするし、悲しくもあり、辛くもある。
けど、そんな風に、自分の好きな人が、他の大勢の女性から好かれ愛されるのは、誇らしくもあり、嬉しくもあるの。妻が増えるのも同様に。嬉しさと悲しさなんかは等分で、相殺されるのよ。
綺麗になくなったりはしないけれど、それが女なの。男とは違うのよ」
「……男と女の違い、難しいな。俺は、むしろ開き直った方がいいんじゃないかと考えた。もう、俺は、前の“俺”じゃないんだから、開き直って、この状況を受け入れて、楽しめば、って。
でも、そんな事考えてみても、実際は開き直れたりはしないんだ。いきなり違う自分になれたりする訳ないんだから、そう考えても、グジグジ悩まなくなったりしなかったよ……」
悩んで結論を出しても、それで簡単に人が変われる訳ではない。
ゼンは単に、方向性として、そちらを向いた方がいいと思っただけだ。それでも実際に向きは変わっていなかった。
「私は、それでいいと思ってるわよ。どんどん女の子受け入れて、ハーレムだ、万歳、なんて楽しむ男なんて、こちらから願い下げよ。
そもそも、ハーレムって実際は、そんなに軽い物じゃないから。一人一人を受け入れて、その人の人生、その物全部を背負うの。養うの。しかも、ただお金を与えて養うんじゃないの。愛するんだから、そこには、絶対的な義務や責任を伴なうものだわ。
王族や貴族なんかは、ただその財産や地位に物を言わせて、そういう事をしたりするけど、あれは後々、相続だの跡継ぎだので絶対に揉めるの。むしろ人数が多い分、火種も多いのね。それで骨肉の争いとかって、血が繋がっているのに醜い争いが起きる。
……この話、もしかして前もしたかしら?……まあ、別に、何度してもいいか」
サリサは、少し空を見て考えるが、いいや、と自分で納得する。
「とにかく、享楽的な面しか見てなくて、単純に、そんな状況を深い考えもなく受け入れている馬鹿になんて、ゼンはならなくていいのよ」
サリサは、ゼンの手を強く握って、言い聞かせるように強調する。
「悩む事は悪い事じゃないわ。悩み過ぎるのも問題だけど、考え無しでいていい事なんかじゃないから。これからも、考え、悩みながら、それでも前に進むの。生きている限りずっと。人間って、そういう生き物でしょ?」
「うん……。なんだか、戦って来た俺よりも、よっぽどサリサの方が強いみたいだ」
「それも男と女の違いかしら。実戦の事じゃないし、恋は戦いだけど、それは心理戦よね」
「俺、心理戦にも長けてるつもりだったけど?」
「まだまだ未熟って事よ。私だって、自慢出来る程のものじゃないけど、それは立場の違いとかもあるし、年齢の、経験の違いだってあるでしょ」
「そう、だね……」
なんとなく、ゼンはサリサに一生勝てないんじゃないだろうか、そんな予感がする。それを一般に「尻に敷かれる」と表現する。
「ま、この話はここでおしまい。ザラさんが帰ってきたら、三人の事を報告する。私は別段、気にしたりしてないから。
それより、どんな敵とどう戦ってたの?私は、よっぽどそっちの方が気になってたわ」
これは本当の事だ。
ゼンが嫌いな神様関連の話であった事もあり、サリサはゼンが無茶しないか、神に逆らったりしていないか、と気が気ではなかった。
「あー、その話は、少し面倒で、長くなるけど、とりあえず知識とかもないと理解が難しいだろうから、俺の方の知識と記憶を、サリサに移すよ」
「そんな事出来るの?」
サリサは、軽く言うゼンに目を丸くして驚く。
「やり方を教わった、と言うか、流し込まれた。情報とかをね。それに、そのやり方も含まれてたみたいで、頭の中がゴチャゴチャしてる」
ゼンは顔を歪めて、頭を押さえる。
「サリサ、額を出して。俺のと合わせて、そのままジっとして……」
ゼンからサリサに、記憶と情報の伝達が成立する。
手でもやれる様だったが、ゼンがサリサを身近に感じたかったので、そちらの方式を採用した。
「―――これって、かなりの量ね……」
「うん。自分の中で整理出来るまで少しかかるだろうから、そのまま……」
目をつぶって、ゼンと額を合わせていたサリサの額から一旦離れたゼンは、また衝動的に唇を合わせていた。
「―――ゼン、驚くから、急にそういう事しないで」
「あ、うん。ごめん……」
離れていて、会いたかった相手の無防備な顔を見て、つい行動してしまうゼンだった。
「……なんか、話が、思ってたのよりも、大き過ぎて、なんて言ったらいいか……」
サリサはそれよりも、記憶の整理に必死だった。
確かに、自分は女神を二人、器として身体を貸して、ゼンに加護を与えていたのだ。
女神二人に加護を与えさせる事態が、軽いもの等ではないとは思っていた。
それ以外にも、人造の器に二柱の神もいたのだ。
そして、海に沈んだ文明の兵器群。
何か、とんでもない話だろう、とは思っていたのだが……。
サリサは、ゼンがして来た瀬戸際までの厳しい戦いの意味と、その重い責任の重圧に、戦慄しない訳にはいかなかったのだった……。
*******
オマケ
ア「あれが、本妻の貫禄なのじゃろうか……」
ミ「魔術師なのに、かなり怖いんですの!」
リ「……ちょっと逆らい難い迫力が……」
ジ「……なんでか、こわいね」
ザ「サリサさんって、綺麗で素敵ですよね」
「………」(本妻は違う、的な沈黙x4
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