第128話 実験最終日 ☆



 ※



「……私って、嫌な女だなぁ……」


「なに、しみじみ、変な事言ってるの~~?」


 サリサの、思わず漏れた言葉に、アリシアはすぐ反応した。


 アルティエールとの話し合いが終わった後の、ザラは子供達の世話に戻り、精霊王(ユグドラシス)も、充分楽しめました、と謎の言葉を残して去った後の話だ。


「ん~~。説得する為に、色々偉そうな事言っちゃってるけど、私自身、恋愛なんて、まだまだ初心者で、解ってる事なんて、ずっと少ないのに、まるで全部解ってます、みたいに、さ」


「別に、間違った事は言ってないし~~、サリーは自分の解る範囲内で、ちゃんとアルティさんを説得出来たと思うよ~~」


「そうかなぁ……」


「そうだよ。それに、何千年も生きてるのに、恋愛してない様な不器用な人には、丁度良かったんじゃないのかな~」


「不器用って……。まあ、そうなのかな。何故かエルフの祖なのに攻撃的だったし、別方面に器用さを振り切ったみたいな人ではあったけど。


 あの人にとっては、人間の子供を拾って飼った、その記憶が一番、恋愛に近い、大事で悲しい記憶みたいだったから。興味を持ったゼンを、さらって閉じ込めたい、と思うぐらい、極端から極端に走る人だものね」


(ただ、疑問だったのは、自分の子を、何人も産んだ事のある女性が、その子供を、愛情を持って育てたりしなかったのだろうか?ただ、血を残す為に、産んだ事“だけ”があって、一人も育てていない、みたいな印象が……。それに伴侶も……)


「あの人は、危ないよ、怖いよ。サリー、よく堂々と話せるなぁ、って感心したよ」


「私は、かなりやせ我慢して。……その割に、シアはニコニコしてたけど?」


「あー、あれは、サリーがゼン君の為に頑張ってるのが微笑ましかったのと、なんか、アルティさんが、しつけの出来てない小型犬がキャンキャン吠えて、暴れてるみたいで……」


「ちょっと!本人にそんな事言わないでよ!」


 確かに、ゼンと同じくらいの背丈で、あの未成熟で小柄な体型を見ると、そんな印象も、無きにしも非ず、なのだが、あれは小型犬の皮を被っただけの、中身は強大な魔獣と言っても過言ではない、力の塊りの様な持ち主なのだ。


 ゼンが、“あれ”と戦った、と聞いて、サリサはゼンの正気を疑ったぐらいの、上位の存在だ。……まあ、ゼンは、精霊王(ユグドラシス)にも平気で剣を向けるぐらいに、無鉄砲な所があるのだが、それと同等の話だった。


「言わないよ~~。私だって、人を見る目ぐらい、ありますから~~」


「そうかなぁ。シアは、誰彼構わずに、喧嘩売っているみたいな失礼な事、言ってる事あると思うけど」


「そんな訳ないじゃない~~」


 とケラケラ笑うが、結構やっているし、サリサ自身、何言ってるの?と思うような事を言われた覚えがある。つまりは天然で、怖いもの知らずで、危機意識に欠けているのだ。


 よく王都なんかで、誘拐されないものだと感心するぐらいに。


 見習い神官を、いくら美少女でもさらう様な度胸のある悪党は、王都でもいない、という事なのだろう。


 アリシアの、王都での神術修行時代を思い出して、冷や汗すら出るサリサなのだ。


「……それはそれとして、私が、アルティさんみたいな力があったら、あんな事をしようって気持ちも分かるし、実際してしまうかもしれないから、偉そうな事言ってる自分が、嫌になるのよ」


「あんな事って、ゼン君をさらう、とかって話?」


「そう。大事な人を、危険な目に晒したくない。それならいっそ、どこか遠くにさらって、誰の目にも届かない所に閉じ込めて、ずっと自分と二人だけで、一緒の時を過ごす……」


「二人だけって、私は?」


「なんでシアを連れてくのよ!後、これは、私があんな途方もない力の持ち主だったら、って仮定の話だから。冗談にもならない、夢想的な話よ」


「……でも、サリサリサはもう、“選んで”しまったんだから、そんな事したら、駄目だよ、意味ないよ」


 アリシアが、平坦な声色で言う。


「……解ってるわよ。今更そんな事しても、無駄だし無意味だし……」


 そんな事が実現出来たとしても、ゼンはザラに心を残して、それでもサリサの意志は尊重するかもしれない。


 サリサも、ゼンに無理を強いている事を理解して、それでもその独占的な、閉鎖的な楽園の生活をしたとしても、それは表面上だけの、虚構で仮初の幸せに過ぎない。


 お互いがお互いの無理に気づきつつ、平穏に暮らしたとしても、そこに真の安らぎはない。


 人のいない場所に行こうと、今の場所に留まろうと、大して変わりがないのだ。


「いいじゃない。無意味な想像を楽しむぐらい……」


 出来ればあの子を、小さな箱の空間に閉じ込めて、自分だけが愛でる対象にしたい。まだそんな、未練がましい独占欲が残っている。


「駄目だよ、絶対“戻って”来なきゃ……」


 またアリシアが、平坦な声色で言う。


「?シア、何を言って……」


 様子がおかしい。


 サリサが、今まで見ていなかったシアの表情を見ると、それは虚ろで、何も現わしてはいなかった。


「シア?ちょっと?」


 サリサがアリシアの両肩を掴み、激しく揺さぶると、アリシアは、最初ガクガクと、されるがままだったが、数度繰り返してようやく正気付いた。


「あれ?サリー、痛いよ」


「痛いとかいいから、どこまで覚えてる?」


「へ?え~と、サリーがゼン君をさらいたいとか、乙女なボケを披露したところ?」


「ボケじゃないから!それじゃ、駄目とか意味ないとか、戻って、とかは?」


「ほえ?意味ない事は、聞けば解るけど、私は乙女を否定したりしないよ~」


「……もういい」


 またアリシアには記憶がない。なら、今のは託宣?まるで、私達が何処かに行くみたいな?


 サリサにはその意味は、その時は分からず、その後しばらくも、別に変った事は起こらず、だからそれは、ずっと先の、忘れた頃の話になった。



 ※



 全三日の戦闘演習は、何事もなく無事に終わった。


 多少、ヒヤっとした場面もあったのだが、ゼンが援護して、事なきを得た。


 三日目は昼までで切り上げ、迷宮(ダンジョン)の入り口の見張り番の、ギルド職員二人に挨拶して、それぞれ馬車に乗る。


 五人の冒険者と、四頭の従魔を乗せた、ギルドの特別馬車は、フェルズへの帰路に着いた。

 

 学者と研究者を乗せたもう一台の馬車が、それに追随している。


 一行が上級迷宮(ハイ・ダンジョン)で得た戦利品は、それなりな額になるので、後日に精算して、四人に等分される予定だ。


「え、教官を入れて、五等分じゃないんですか?」


 カーチャやオルガ、マーク、フォルゲンが、戦利品の分け方に不満を漏らす。


 身体の大きな魔狼のシルバは、真ん中に伏せの姿勢でなるべく邪魔にならない様にしている。


「俺は、後ろで待機してただけなんだから、貰えないよ。教官としての給料は、ギルドから出るし」


「待機って、後方で沸いた魔獣、何匹も倒してるじゃないですか」


「そうですよ。後ろをキッチリ守ってもらえたから、こちらも戦闘に専念出来たんです」


「師匠、俺もおかしいと思いますよ。だって、戦利品全部まとめてんだから、師匠の分が少なかったとしても、ゼロにはならないじゃないッスか」


「まあそうだけど、実際、参加じゃなく、見届け役だしなぁ」


「危ない所を、助けても貰ってるのに……」


「教官、ちょっとお話があります」


 そこでマークが、真剣な顔で、馬車の中なのに、わざわざ立ち上がって話し出す。


 マークは、三十代前半の、上級冒険者としては異例の若さの剣士だ。表情の読めない細目で、地味な顔立ちをしているが、腕は立ち、この被験者達のまとめ役的な立場になっている。


「なんですか?」


 そのマークの話だ。真面目に聞かない訳にはいかない。


「……俺達は最初、かなり態度が悪くて、アレの影響もあったかもしれませんが、内心では教官の事、馬鹿にして態度悪くて、迷宮(ダンジョン)でも怒鳴ったりして、すいませんでした!


 でも、従魔を得て、教官の講義を受けている内に、正気に戻れた感じなのか、教官の、ランクとか関係ない強さ、見識の深さとかに触れて、逆に今では心酔していると言いますか……。


 とにかく、俺達は、俺は特に、教官には凄い感謝してるんです!教官は、俺の冒険者人生を、運命を変えてくれました!仲間達より先に治療してもらえた事、従魔を得た事には、罪悪感もあるんですが、それでも、この試験研究に参加して、本当に良かった!幸運でした!


 何より、これからの人生の相棒になってくれる従魔、ピュアと出会わせてくれた事には、感謝以上の思いがあって、適当なお礼の言葉が見つかりませんが、本当に、ありがとうございました!」


 マークはそこまで一息で言うと、肩の荷が下りた顔をして、馬車の椅子に座り直す。


 続けて、ダークエルフのオルガも話し出す。


「私も、おおむね同じ感じだ。最初の頃の謝罪と、感謝だね。


 すまなかった、ありがとう。手抜きっぽいけど、それ以上の言葉はないよ。


 クロマルとの出会いも、教官なしにはあり得なかっただろう。だから、心よりの感謝を……」


 短いが、実感のこもった真実の言葉だった。最後に、片目をつぶり、いらんウィンクを飛ばすのが余計だった。


 ハーフエルフの、耳は普通なカーチャも、必要ないのに手を上げ、話し出す。


「わ、私も、その最初の頃の態度は、わ、忘れて欲しいです!でも、すみませんでした!


 わ、私は、その、シラユキが、皆とは違って進化個体でも何でもない、と落ち込んでいた時に、女王(クィーン)の事を教えて、慰めていただき、本当にありがとうございます。


 私はあの時、この子も私と同じで、“選ばれない”特別じゃない子なんだって思い込んで……だから、あの時は私自身も、救われた様な気持ちになって……」


 その後、紅くなって何かワチャワチャと手を振って、追い払うような素振りをした。


「だ、だから、少しでもその御恩返しのお力になれれば、とクラン参加を志願しました。


 シ、シラユキも、ゼン教官が大好きなので、是非いっしょの所に行きたい、と言いまして、私も、シラユキの望みはなるべく叶えてあげたいので!」


 足元のシラユキが、何かカーチャに対して言っている様だが、カーチャは、うんうんと意味不明に頷いて、シラユキの頭を撫でているだけで、その言葉にとり合っていない感じがした。


 カーチャが終わった後、フォルゲンも、頭をガシガシ決まり悪げに掻いた後で言う。


「俺は、その、最初色々勘違いして師匠を悪者扱いして、悪かった。いや、もう何度も謝罪してるんだけど、皆に合わせて一応。


 で、色々教えてもらったし、マジで師匠は師匠なんで、なんとか親父を説得して、戻って来るつもりだから、よろしくお願いしまッス!」


 フォルゲンだけ、大分他とは意味合いが違うようだが、それはフェルズの“あの件”に関わっていないせいもあるのだろう。説得は、失敗して欲しいものだ。


 フォルゲンの後を、一周まわってマークが引き受ける。


「と、四人全員が、ゼン教官にはお世話になり、何かお礼がしたい、と常々話してたんです。


 なのに、この戦闘演習での分け前も受け取らない、では、我々としては、恩がかさむ一方なんですよ。冒険者が、正当な報酬を受け取らないのは、筋が通りません。どうか、教官も等分で、今回の利益を受け取ってもらえませんか?」


「……分かりました。ギルマスには、そう話しておきますから」


 でないと相手を困らせるだけだと、ゼンは納得したのだった。


 馬車を急がせて、およそ3時間の行程で、一行はフェルズにと戻って来た。


 後は、研究棟の従魔研で、戦闘演習の成功を報告し、ささやかながらそれを祝う。


 本部の入り口近くに止められた馬車から降りた一行は、カーチャの、光の精霊魔術により、透明化した従魔達を囲む形で本部に入り、研究棟へと向かう。


 光の屈折を変化させた透明化も、ぶつかればその存在が分ってしまうので、研究者と学者を先頭に、従魔の横を遮る感じで被験者達が並び、ゼンはしんがりだ。


 巨大な魔狼のシルバの上に、ピュアとクロマルが大人しく乗っかり、その脇をシラユキが軽快な足取りで並走する。


 小走りに進む一行を遮る者はいない。職員達の方は通達されているので、声をかける者もいない。スーリアが、小さくゼンに手を振っていたので、仕方なく振り返した。


 研究棟へとつながる廊下にまで進んで、皆ホっと息をつく。


 これ以上は、一般の入場者はいない。関係者のみの区画だ。


 従魔達には、指輪とは違う、護符がそれぞれ貼られ、それが従魔研への入場許可だ。


 研究棟に入り、2階への階段を上がれば、そこが彼がひと月過ごした、懐かしの従魔研の閉鎖階層だ。


 一行が上に上がった途端、大きな拍手が起こった。


 戦闘演習の成功は、使い魔を飛ばせる術者が、演習の様子を見に、二日目に来ていたのでその成功は本部にもう届いていた。当然、従魔研にも、だ。


 一行はそのまま、まだ空いていた空き室に大勢が座れる大き目のテーブルが並べられ、その上に色々な料理の載った祝いの席が設けられていた。


 そこには、すでにギルマスとファナ秘書官、ニルヴァーシュ主任と補佐のエリン(今はゼンの補佐)がいて、立ち上がって他と同じに拍手していた。ハルアもだ。


 研究員、学者、廊下で拍手していたその他のスタッフも、その部屋に入り、それぞれが席に着いた。まだ従魔研のメンバーは、部屋に入り切らない程の人数ではない。


 全員が着席した所で、戦闘演習に同行していた研究員のエルフの女性が、拡声機能のある、棒状の魔具を持ち、今回の成功、戦利品の山を、高揚した顔で説明し、持って来た記録クリスタルの映像をその場で再生する。


 それは、ゼンが今回の戦闘映像を撮るように頼まれたものだった。


 映し出されたのは、上級迷宮(ハイ・ダンジョン)の魔獣相手に、見事な連携で戦う、被験者の冒険者と従魔達。


 上空からホワイト・ハーピィ純白妖鳥のピュアが、補助(デバフ)をメンバーに飛ばし、それを受け、前衛のフォルゲンが、金属製のトゲが付いたナックル・ダスターで、マークが、愛用の剣で、魔獣を圧倒する様子が分かる。


 白銀狼王(シルバー・ウルフ・キング)のシルバと、雪豹女王(スノー・パンサー・クィーン)のシラユキが、スキルの遠距離攻撃を飛ばしつつ、時には接近戦で前衛の援護を忘れない。


 空から黒鋼鷲(ブラックスティール・イーグル)のクロマルが、周囲を警戒しつつ、風のスキル技を飛ばす。それに呼応する様に、主人のダークエルフ、オルガが弓を続けざまに放ち、魔獣達に見事命中する。


 ハーフエルフのカーチャが、後衛から精霊魔術の威力の高いものを、魔獣の群れの真ん中に放つ。それに混乱したところを、前衛の攻撃と従魔達のスキルが飛ぶ。


 映像の全てが、従魔と冒険者の素晴らしい活躍を映し出していた。


 勿論三日の演習中には、微妙な戦闘内容のものもあったのだが、それは馬車の中で編集作業をしたのだろう。映っている映像の中にそれはなかった。


 そして最後に、後方でつまらなそうにして、後方から湧く魔獣を片手間で斬り捨てているゼンが映し出され、室内の笑いを誘った。


(……そう言えば、最終日、研究者の人とカーチャが、何かコソコソ話してたな……)


「このように、戦闘演習全三日は、ほとんど問題なく、大成功と言っていい成果をあげ、終了いたしました!」


 また室内に、割れんばかりの拍手が湧く。


 拡声魔具は主任のニルヴァーシュに渡され、主任が挨拶する。


「これで、従魔の研究育成期間は終わり、晴れて、我々、従魔研の最初の課題は終わりました。


 残念ながら、公開は事情があって先送りですが、我々の研究は継続して行われます。これは、一つの通過点に過ぎない事を忘れない様に。


 でも、誰もが知らなかった未知の技術の検証を、我々は見事に成し得ました。他の各国のギルドでも、これ程順調に、優秀な成果を上げた所はありません。


 勿論、これは私達だけが成し得たのでがなく、優秀な被験者の冒険者四名と、従魔術の研究補佐をしていただき、パラケス翁からこの技術を我々にもたらしてくれた『流水の弟子』のお陰なのは、言うまでもありません。


 彼等に盛大な感謝をしつつ、この席でその成功を祝いましょう!」


 ニルヴァーシュの挨拶にも、皆、力のこもった拍手を送り、宴席が始まった。


 流石に昼間で、研究棟内である為か飲み物は比較的アルコール度の低い、ジュースの様なお酒が出されていた。


 ゼンの席は、何故かギルマスの横で、逆隣りは、この宴席だけの為に治療室から来たザラだった。


 ゼンが、レフライアに、戦利品を自分も入れて等分の話をすると、「当り前でしょ」と呆れた顔をされた。


「ゼン君、あなたがもう多くの素材やら何やらで財産があるのは分かるけど、余り無欲過ぎるのは、ストイックを気取っている様で、嫌味に見えるわよ」


「……そう、なんですか?」


「そうよ。そもそも冒険者なんて、もっとガツガツしてるのが普通なんだから。強くなって、少しでも上の迷宮(ダンジョン)に行って魔物を狩るのは、お金と名誉の為、それが冒険者の単純明快な姿なの。それを否定する様な事は、言わない様にした方がいいわよ」


「はあ。でも師匠は……」


「あれを手本に考えるのは止めなさい!規格外の変な人なんだから。見習うのは、剣の腕だけで充分よ。ゼン君だって、彼の変人具合は解っているでしょ?」


「それは、まあ確かに……」


 尊敬する師匠だが、色々変なのは、否定出来ない事実ではある。


「……この料理、結構美味しいですね」


「うん、そうね。随分、腕を上げたから。ゴウセルの所の料理長に頼んだの。最初は、ミンシャちゃん達に、と思ったけど、今彼女達は、貴方抜きでクランの食事作ってて、忙しくて無理そうだったから」


「ああ、はい。何かお土産でも買って、ねぎらいます。そうか、あの料理長さんの……」


 どうりで基本的に、ミンシャ達の味に似ている訳だ。


「……ゼンは、怪我とか何もないのね?」


 隣で、三日も留守にしたせいか、ゼンを心配してザラが尋ねて来る。


「うん、あの映像見ても分かっただろうけど、俺は後ろで見てただけの比較的楽な仕事だったから。怪我どころか、余り疲れてもいないよ」


 ゼンは真面目に、自分の身体の状態をザラに報告する。


 婚約してから、留守にする事がなかった。でも、これからは迷宮(ダンジョン)に籠って長く家を空ける事もある。ザラには慣れてもらわなくてはいけない。


 そういう込み入った話は、帰ってからする。


 確か、演習に行く前の日がサリサだったので、今日はザラになる筈。丁度いい機会だ。


 ―――そうして、小宴席は終わり、ギルマスが、最後に話をする。


「従魔研の皆さん、被験者の冒険者達、お疲れ様でした。皆さんの努力と献身が実って、今回の成功に繋がったのでしょう。


 我々は今、大きな時代の節目にいます。世界が変わる、その瞬間に居合わせた、幸運な目撃者であり、生き証人となるでしょう。でも、それだけではありません。


 その変化に、我々が参加している、つまり、我々が歴史の変わる瞬間を、世界の変革を押し進めているのです。その、大いなる自覚を胸に、我々は前に進んでいます。


 “フェルズの変革”も、有能な協力者を得た事で、最良の状態で始められるでしょう。


 その時には、従魔術の公開も間近です。万全の準備をして、お待ちください」


 ギルドマスターの話は、その場にいた全ての者の心を、強く打った。


 大いなる高揚が、皆の心を熱くした。


 『世界の変革』そして『フェルズの変革』。どちらも重大で、大変な話だ。


 それに自分達が関わっている事の自覚は、身が引き締まる思いがした。


「最後に、それらを我々にもたらしてくれた、重要な鍵となってくれた人からも、話をしてもらいましょう」


 レフライアは、隣りに座るゼンの肩を叩いて立たせる。


 事前に何の相談も何もない、急な話だ。何をどう話せ、と言うのか。


 ゼンが恨めし気な眼差しを義母に向けても、ギルマスは平然としてそれを受け流す。


「……俺は、ギルマスの様に、世界うんぬんの話は分かりませんので、従魔の話をします。


 従魔術の従魔は、魔石に自分の力を注いで再生した事からも分かる様に、自分の魂の分身、自分の手足も同然の存在です。その絆の強さ、太さから、従魔持ちになった人なら分かるでしょう。


 恐らくは、血の繋がった家族以上の存在になります。


 何故なら従魔は、自分が死ねば、必ず死ぬ、完全に一蓮托生、主人の死は、己の死、それが、従魔術で生まれる従魔の、絶対不変の法則なんです。回避する方法は、今のところ見つかっていません。


 魔物使役術士(テイマー)の従魔は、主人が死ねば、契約がなくなり、野生に戻るだけですが、従魔術の従魔には、それが当てはまりません。


 だから、これも自覚して欲しい。自分の命は、最早、自分一人の物ではない事を。従魔達は、従魔の本能として、それを納得し、受け入れている様ですが、そんな事は関係ありません!


 勿論、人間、自分の命が一番大事で、死にたがる人等いない。冒険者なら尚更。


 でも、冒険者の仕事は、常に死と隣り合わせの過酷なもので、絶体絶命の、窮地の身におちいる事もあるでしょう。その時も、決して諦めずに、最後まで、あがいてあがいて、従魔と共に生き延びて下さい。


 俺の好きな冒険者の言葉に、『冒険者の勝利条件は、最後まで生き残る事』というのがあります。魔物を倒すのでも、自分が勝った、討伐した、でもなく、生き残る事、です。


 これは、従魔持ちの冒険者には、二重三重に大事な事です。皆さんは、いずれ、複数の魔物を従魔にするでしょう。


 だけどそれは、複数の命を抱え込んでいる、と同義なんです。


 自分の死は、従魔達の死。自分も、従魔が増える度に、その事を心に刻み付け、絶対に諦めない、死ねない理由として、常に考えています……。


 ……すみません、なんか、長い、変な話になっちゃって。こんな所で終ります」


 ゼンが、困った顔をして座ると、パチパチと、拍手は重く、静かに、皆が何か厳粛な顔をして、頷いている。


 被験者の四人は、どうしてか、涙を流す者までいた。


 フォルゲンは男泣きに、マークーは静かに、オルガはそっぽを向きながら、カーチャはシラユキを抱きしめながら、皆が涙を流していた。


「えーと。湿っぽくしちゃいましたね。すいません」


 ゼンがレフライアに言って、横を向くと、レフライアも泣いてた。


「……いいのよ。浮かれてばかりじゃ、いられないんだからね」


 はあ、そうですか、とゼンはやっぱり困った顔をするのであった。












*******

オマケ


ミ「あ、あたしが絶対ご主人様を、死なせたりしないですの!」

リ「……私さえいれば大丈夫ですから。でも、主様がそんな風に思ってたなんて、感動です」

ミ「おまえのスキルが絶対かなんて、保証はないですの」

リ「治癒術だって使えますぅ。無意味に強い犬先輩と違ってぇ~」

ミ「無意味って何ですの!しかも、あたしはチーフですの!」


セ「また始まった。でも、主様に感動は同意ですね」

ゾ「だな。責任感強い人だからな~。それが理由で死ねないなんて、本当に、主らしいよな」

ボ「俺も泣きそう……」

ガ「我号泣……」

ル「お?」(一人だけ、分かってない)

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