第100話 歓迎会&引っ越し祝い☆
※
「師匠が、料理をするなんて、ビックリです……」
「前に王都に滞在していた時は……そうか、国難を排した英雄に、料理する機会などないか」
「はい。こちらがもてなすべき相手でしたから、基本的に王城で。私が連れまわした時は、出店や屋台の物を珍しそうに食べていました」
ロナッファとリーランは、小声で厨房に立ち忙しく調理するゼンを見て、素直に感心するのだった。野営の時の適当な調理以外、貴族令嬢な二人は料理等まともにした事がないからだ。
夕食は、西風旅団とスーリア、爆炎隊、そしてロナッファ達二人が別のテーブルにつき、奥の空いている席に使用人の子供達が、配膳の手伝いなどをする子供達とは別に、ザラと一緒の席についていた。
本来は、使用人用の食堂は隣室にあるのだが、今は食堂の席がいくらでも空いている状態だ。
爆炎隊や旅団は、同室で一緒に食事でもまるでこだわらない。
ロナッファとリーランは食事前にそれでいいかと尋ねられた。
貴族が使用人と食事等、席を分けていてもあり得ない話だが、そこは自由奔放な獣人族だ。二人とも気にしない、との事で、引っ越してきた初日のお祝いなので、特別に今日はこちらで子供達も食事をする事になった。
ゼンは、ここの住人と使用人との食事を分けて作ったりはしない。
理由は「そんなの面倒だろ?」で終りだ。
いい物を食べさせ過ぎて、ここ以外に出た時に困るのでは、との意見には、ここにいた時はいい物が食えた、違う所では違う物を食べる。そうして順応するものだろう、との事。
ここら辺の無頓着さ、面倒くさがりなのは師匠譲りなのか、その意見を変えるつもりはない様なので、従魔達はただそれに従うまでだ。
旅団のメンバーも、スラムの子供達の事はゼン任せで口出しをするつもりはない。虐待しているのならともかく、逆なら何も言う事はないのだ。
自分達で使用人は雇った経験などないのだし。
あるいは、これから参加するパーティーが何か言って来る事があるかもしれないが、その時はその時の事。適時対応していけばいいだけの話だ。
そもそも、子供達の食費、衣料費、そして住居の賃貸料等は今のところ全てゼンが出している。それに誰が文句を言うというのか。
さて。その、引っ込祝い兼爆炎隊の歓迎会を兼ねた夕食は、豪華で珍しい物ばかりが次々と出されていった。
見た目、普通のサラダやスープかと思うと、味がまるで違う。3種以上の物で出汁をとっているのか、舌が鋭敏なので、料理の食材当てなどが得意なロナッファなのだが、その彼女でさえも、何から出汁を取っているのか分からなかった。
別に、料理評論をしたい訳ではないので、その濃厚で芳醇、味わい深いスープを舌で楽しみ、飲み下すと、それだけで幸せな気分になって来る。
満足感が凄い。もうこれだけでもいいのでは、と思えるぐらいだ。
それでも出されたサラダには手が伸びる。
すると、普通のサラダに見えていた物のいくつかが、花の様な形、動物の様な形に切られていて、何事かと驚く。他にも、花びらまで再現された、本物の花かと見紛う物まである。
驚いて、配膳していたゼンに聞くと。
「それは包丁細工で、“飾り切り”と言います。意味合いとしては、タレやドレッシング、煮物にした時の味が野菜にしみ込みやすい、とかもあるんですが、基本は客と料理人を楽しませる遊び心、だと俺が料理を習った料理人の先生の教えなんです。
料理は、見て、嗅いで、歯ごたえとかの食感を楽しんで、そして味なんだそうです。
“飾り切り”は、その『見る』と『食感』の部分で、食べる人を楽しませるんですが、料理人も楽しく作らなければ、味がより美味しくならない、と先生は持論を持っていまして、遊び心を持って、不必要と思えるくらいに凝った飾り作りを楽しむのだ、と。
でも、こういうのはいつもはやりません。お祝い事用に、豪華な見た目にする為のものでもあります。大量に、たくさん料理を作る場合は、さすがに包丁細工を凝る時間もありませんからね。
綺麗で面白いものですが、勿体がらずに食べちゃって下さいね。とっておいても食材は腐ってしまいますから」
と丁寧に解説した後、他の料理の配膳と調理に戻って行った。
「……ゼンは、調理人としても一流なのか?高レベルの調理補正のスキルとか持っていそうだな」
「……かもしれませんね。どれも、今まで食べた事がない程美味しいです」
子供達は、お花だ動物だ、と面白がりながらも、それにすぐパクついて喜んで食べている。
あれが正しい食べ方なのだろう。食べるのが勿体ない程見事なものだが、それを取っておくのは無意味なのだ。
かなり強く、B級にランク付けされたその魔物は鋭いクチバシや足の爪、そして羽毛を全方位に飛ばし、その投げ槍にも匹敵する羽には麻痺毒があり、羽毛そのものには防刃耐性があるという、剣士には中々倒し難い敵なのだが、ここでは単なる食材である。
それらの肉を適当な大きさに切り分け、タレに付け込み、小麦粉や芋から作る粉で衣にして油で揚げる。
油で揚げる製法は、勇者の異世界での製法らしいのだが、伝わってからもう年月がかなり経っているので、こちらでも普通にフライや天ぷらモドキが作られるようになっている。
今回のは、味付きのから揚げだ。前回の時は、あえて味付けせず、塩コショウ等で食べるものにしたが、色々迷う様なので、余り選択式にはしない方がいいか、とゼンは考えている。
パンやご飯等も、選択式にした場合、こちらの予想通りにならなければどちらかが余る事になる時もあるだろう。その場合、次の日の朝にまわしてもいいのだが、ご飯にしろパンにしろ、出来立て、焼き立ての方が美味いのだ。
なので、今日はご飯の日、明日はパンの日、等決めていく方がいいかな、と思っている。
それはこれから先の、大勢での集団生活での予定で、今日はご飯とパン、好きな方を選んでもらっている。結構両方食べる人もいるので、作る方としては作り甲斐がある。
メインの料理は、勇者が泣いて喜んだという品目。
上級豚と上級牛の肉の合い挽き。ひき肉を作り混ぜた物で、肉の割合でも味が変わるという。今回は豚6に牛4と、それ程差のない割合だ。それらに塩コショウで軽く味付け、パン粉を混ぜ、粘りが出る位に混ぜ合わせた後、手で往復させて空気を抜き、形を整え、焼くのだが、その際に中にチーズを挟んで入れる。
チーズ入りハンバーグに、半熟目玉焼きをのせ、肉汁にケチャップ等を混ぜた特製ソースを作り、かける。(ケチャップは元々似た物がこの世界にもあった)
後、草食系の地竜の肉のステーキ。ところどころ切れ目を入れ、ソースがしみ込むようにして、ワインと肉汁を合わせ、漁礁や酢等も少し混ぜ味をととのえた特製のソースをかける。
目玉焼きのせチーズ入りハンバーグとドラゴン・ステーキ。
これは、召喚された勇者が大抵若い学生で、それ程凝った料理を知る物がいなかったが為に、こういう単純な料理が喜ばれたのだと言う。(ファミレスで出るような……)
とにもかくにも、素材は高級なものばかりで、それを、味をしっかりと確かめ作る者も一流なら、もうそれはとんでもなく美味い物が出来上がる。
付け合わせの野菜は、飾り切りで花のように切られた人参や芋が、バターで炒められ、それだけでも美味しいが、ハンバーグやステーキのソースにつけると更に美味しくなる。
「うわ、卵の黄身がソースに混ざると、それも味が変わって美味しくなる~~」
スーリアも大喜びだ。
他にも、ゼンが得意とする、色々なもので出汁をとり、各種香辛料をふんだんに使った味わい深いポトフもある。
スラムの子供達の席では、自分達が口にした事すらない、余りにも美味しい物を食べた衝撃で泣きだす子供達までいて、ザラがあやすのに苦労していた。
旅団や爆炎隊、獣王国の席では、もう無言でただむさぼるようにバクバクと食べていた。
爆炎隊は、前の“休憩室”の時もそうだったのだが、何かツボに入ったのか、涙ながらに食べる者などもいて、ある種異様な食卓風景だった。
一応酒も用意してあるが、今は皆、料理に夢中な様なので、食べ終わって落ち着いてから出す事になりそうだ。
もう調理は終わり、給仕や配膳をしていた子供達も仲間の席に座って遅まきながら食事を始める。ミンシャやリャンカもそちらの席だ。
ゼンも、旅団の席につき、自分の食事を始めようとしたその時、その『本』を見つけてしまった。ラルクが、中途のいい所まで話が進んでいたので、つい持ってきてしまった、脇に置いていた『流水の剣士の旅路』。
「ふぎゃあっ!!」
今まで聞いた事もない、奇妙な悲鳴のような、間の抜けた声。それが、まだ他の誰かなら、こうも不自然に聞こえなかったかもしれない。
その声は、いつもどこか泰然として、冷静で、余裕を持ってなんにでも対処するゼンだったからこそ、余計におかしく聞こえた。
そして声を上げたゼンの様子もおかしかった。今まで誰も見た事がないと言える程に顔を真っ赤にして、口を開け、ガクガク震えている。
「ぜ、ゼンどうしたんだ?」
リュウが言い終わるよりも早く、ゼンは誰の目にも止まらない様な速度で動いていた。
リュウ達のテーブルを超え隣りの無人のテーブルの端に、いつの間にかゼンはいた。その手に、『流水の剣士の旅路』の本を持って。
「え?あれ?ここにあった本か、あれ」
ラルクが、自分が持ち込んできた本がない事に気づき、声をあげる。
「こ、ここここの、本、どうし、て……」
ゼンが、ドモリながら何か言おうとするも、困惑し過ぎていて声がうまく出ないようだ。
「ご主人様!」
ミンシャが見かねて、水の入ったコップを手にゼンに近づき、それを手渡す。
ゼンはそれを一気に飲み干し、やっと少し平静に戻れたのか、大きく息をついてから、ミンシャに礼を言っている。
「……なぜ、この本がここにあるんですか?これは、ここにあっちゃいけない本です!僕が、中央本部とかけ合って、フェルズに“だけ”は売らない、入れない、と確約してもらった本です!」
ゼンはがきっぱりと言ったその内容で、旅団と爆炎隊のメンバーは、何故フェルズにだけこの本が流通されていないのかが分かったのだった。
「……この本は、燃やします。いいですね?」
「ゲッ……」
モルジバが呻きに似た声をあげる。それは彼の本なのだから、当然だ。
ゼンは、自分が作る熱で料理が出来るほどの使い手だ。本一冊その場で燃やす事など、たやすい事だろう。
ゼンが、“気”を集め、その本を燃やそうとしたその時、立ち上がったのは、
「ゼン、やめなさい!」
サリサだった。
ゼンの動きが凍り付く。顔は真っ赤なままだ。余程あの本が、このフェルズにあるのが嫌なのだろう。それは、その性格を知る旅団メンバーなら納得の話だった。
「まず、その本はラルクの物じゃないの。爆炎隊の、モルジバさんの物よ。あなたは、勝手に人の物を燃やす権利が、自分にあると思っているの?」
サリサは冷静に、冷徹に事実を指摘する。頭のいいゼンなら、当然理解している筈だ。それなのに、そんな無法な行いをしようとする程に、我を忘れているのだ。
「で、でも……僕は……」
ゼンは苦しそうに、切れ切れに洩らす言葉。
サリサは、それも気になっていた。ゼンは出会った時から「オレ」と言っていた。ゼンの今の表情や様子は、本来の歳の子供の素が出ているようだが、幼児退行している訳ではない。
なのに、何故「僕」と言っているのだろうか。
「それに、あなたが今言った、フェルズにだけこの本を入れないという、そんな身勝手を通すなんて、どうかしているわ。
あなたが本当は恥ずかしがり屋で、こんな目立った物に自分が書かれている、それを嫌がるのは、分からないでもないけれど、それは情報規制?情報統制?
大袈裟かもしれないけど、一都市に流されるべき情報を、身勝手な理由で規制しようなんて、間違っている!そうは思わないの?」
「…………」
ゼンは答えない。ただ固まっている。
「それに、その本にはあなたの事だけじゃない、むしろ主(メイン)はあなたの師匠であるラザンの活躍がえがかれている本でしょ?
それを、あなた一人の個人的な理由で、ラザンの第二の故郷とも呼べるこの地の住人が、その本を読めないなんて、絶対おかしい!そうじゃない?」
「……サリサの言う事の方が正しい。分かってる。それでも僕は……」
苦虫を噛み潰したような、渋い顔。
「ゼン、あなた、その本をちゃんと最後まで読んだ?」
「え?いや、途中までで、読むのが恥ずかしくなって……」
「なら、ちゃんと最後まで読みなさい。あなたは、その本に書かれた、作者の想いを理解してない。途中までならそれが分からないのが当り前だけど、あなたは読むべき。読まないといけない。
その本は、あなたとグロリアさん?が一緒に作った、と言ってもいい、そういう本でしょ?なら、その本の事をちゃんと理解した、その上で、私が言った事を考えて欲しい」
「……分かった」
「その本は、返して、くれるわよね?」
ゼンは小さく頷き、ラルクの所まで歩み寄り、本を渡した。
そして、自分の席に戻る。
ゼンは意気消沈していて、まるで小さな子供に戻ったような感じだった。
それでサリサは、あの真っ赤になったゼンを、どこかで見たような気がしていたのだが、やっと思い出せた。
ゼンが旅立つずっと前、旅団のメンバーが、ゼンを旅団に迎える歓迎会をして、皆に「大好き」と伝えた、あの時の顔だった……。
そうした小さな騒ぎはあったものの、美味しい料理の誘惑には勝てず、引っ越しを祝う会、爆炎隊の歓迎会はそのまま、何事もなかったかのように続いた。
勿論それぞれに、今の騒ぎに対して思う事は色々あったのだろうが、とりあえずそれは棚上げして、皆が美味い料理を食べ、そして出された各地の銘酒と呼べる酒、麦酒(エール)、火酒、果実酒、ワイン、蜂蜜酒等々を、成人した者達は堪能した。
子供達の方にも、色々な地方の果実水が振る舞われていた。
サリサはなんとなく、今のやり取りの勢いで、今日なんとかゼンと話し合い、あの日の事を問い詰められるのではないか、と画策していた。
今のゼンは、あの本の事で弱気になっている。そこに付け込むのは卑怯かもしれないが、もうそんな事を言っていても仕方がない。別に勝負する訳ではないのだ。
サリサはふと、自分の所に置いてあったグラスを取る。
飲んでみると、前にゴウセルの屋敷で歓迎会をした時に、一番美味しくて飲みやすいと思った果実酒だった。
今日、ゼンと話す為に、余り酔っぱらってしまってはいけないから、飲む量は抑えていこう。
そう思っているのだが、さっき飲んだグラスには、まだ半分ぐらい量が残っていた。
ほとんど飲み切ったと思っていたけれど、気のせいかな?サリサは余り気にせず、またその口当たりのいい果実酒を飲む。
本当に美味しいし、つまみの肉や何もかも美味しいので、気分が良くなってくる。なぜかまだグラスには、半分ほどお酒が残っている。
さほど疑問に思わず、サリサはそれを飲み、つまみを食べ飲み、と、わんこそば状態になっているのも気づかずに、かなりの量、酒を飲み過ぎて、良い心地になっていた。
ゼンは、やっとサリサが潰れる寸前になっているのを確かめてから、“隠形”を解いて、お酒をつぐのをやめたのだった……。
※
「サリー、なんでこんなに酔うほど飲んだのかなぁ~」
「珍しいんですか?」
「うん。そんなにお酒、強い方じゃないから、いつもほどほどに飲んでるよ」
アリシアとギリがサリサと肩を組み、両側から支えて運んでいた。
「かなりお酒臭いし、一回風呂入れちゃおうか~」
「お風呂って、アルコールが余計まわるんじゃ?」
「そうなの?なら、軽くかな~」
「私も、サリサさんの面倒、見ますよ」
二人に後ろから続いていたマイアが言う。
「お願いします~。あ、私、着替え取ってくるから~」
「ギリ、私達のも。私のは、タンスに入れてあるから」
マイアはギリに自分の分も頼む。
「うん、分かる分かる。脱衣所に椅子あるから、そこに座らせていこうか」
「広くて、脱衣所にも色々ちゃんと置いてあるから、使い勝手いいね。このお風呂」
「うん。でも、みんなで使っていって、どんどん改良して、もっと良くして行こう、ってゼン君言ってたよ~」
脱衣所の椅子のサリサを座らせた後は、二人は着替えを取りに二階へと行く。マイアはサリサの見張りだ。
「そう言えば、あの騒ぎは意外でした。結構、子供な所があるんですね。ゼンさん」
「う~~ん。ゼン君は、結構無理して、大人な態度演じてるとこがあるから、多分、あれが素に近いんじゃないかな~~」
「そうなんですか?なんか、親しみやすさが増したかも……」
二階に上がってから、それぞれの部屋で着替えを取り、また階段の所で合流。
「住む所にお風呂あるのは、いいですね。つくづくそう思います」
「そうだね~。私達、髪長いのもあって、公衆浴場(テルマエ)遠いから、行くのあんまり好きじゃなかったの。色んな人いるし~」
「分かります。賑やかにも限度ありますよね。時々、変な人も……」
「うんうん~」
二人は脱衣所に入ると、カゴに着替えを入れ、サリサをなんとか脱がして、風呂に行く。
それぞれタオルで身体を隠している。
「それにしても大きい。軽く十人以上入れますね」
風呂場と、その広い浴槽を見て、初めて見た時もそうだったが、感嘆の声を上げる。
「うん。でも、全7パーティー揃ったら、時間で交代制になるかな、ってゼン君言ってた。でも、多分それは男性側だけだね~」
「そうですね。術士は7人に、私やアリシアさんで9人。他にも女戦士とかいても、そう多くはないでしょうし」
三人は、アリシアを支えながら、適温のお湯がいっぱいの浴槽につかった。
「うわ、綺麗なお湯。今日まだ誰も使ってないかな」
「そうかも。そういうの、一番風呂って言うんだって~」
「へ~。なんか感動。お風呂に最初とか、贅沢~~」
「本当、綺麗でいいわね」
公衆浴場(テルマエ)の風呂は、色々な人の汚れでにごっているのが普通だ。
「あ、ちょっとお酒さめたかも……」
「サリー大丈夫?飲み過ぎだよ~」
「うん、なんでだか、自分でも不思議で……」
「ここって、窓から中庭とか、城の一部見えますけど、大丈夫なんですか?」
「あ、うん。大丈夫だよ。ここの外側全部、不可視のフィールドに常時覆われているから~」
「ああ、こっち側は透けるけど、庭側からは見えないんですね」
「そうそう。庭から見ると、ここは白い壁に見えるの」
「ちゃんと考えてますね」
ギリはホっと安堵する。
「男性の方は何もしてないけど、偶然見えちゃうと嫌だから、同じ様にしてもらう方がいいかな~」
「……そうね。向こうにとってはどうでもいいんでしょうけど、私等の方が見たくないし」
「ゼン君に言っておこう~」
「ふむふむ。ところで、その洗い場にあるのは、石鹸と、何ですかあれは」
「あれは、髪を洗う用の、専用液みたいなの、らしいよ~」
「ああ、聞いた事あります。石鹸だと、髪が痛むから、勇者の世界にはそういうのあるって」
「うん。どういう成分か言える人いなくて、たまたまそれを持ってこちら側に来た人の現物を研究して、でなんとか作れるようになったんだって~」
「へ~。そうなんですか」
「本当は、作った大陸中央部の近場にしか流通してないんだけど、ゼン君が収納具に買って持って来たのを、今ギルドで量産出来るようにしてるんだって。だから公衆浴場(テルマエ)でも、そろそろ売られるって言ってたよ~」
「……それでは、これは有料?」
「いえ、この小城の消耗品は、基本的に無料よ。ゼンはそう言ってた」
まだ酔いの残るサリサは、濁った眼をしているが、思考は明晰なようだ。
「随分と気前がいいんですね」
「クランの為の先行投資、とか言ってたよ~」
「……なるほど。上級迷宮(ハイ・ダンジョン)で当り前のように探索出来るようになれば、その素材や報酬は、ケチケチした小物の値段なんか気にならない程の収入になりますからね」
マイアは、中級とは一段違う上級の報酬を考え、納得する。
「そうそう。だから、このお城は、メンバーが日常でいかに快適に過ごせるか、の安らぎの場として機能させたいんだって~~」
「考える事が壮大で、とにかく凄い……。
ああ、お風呂ってこんなに広くゆったり入れると、ずっと入っていたくなるわ。でも限界、のぼせそう……」
「ほどほどにして、身体洗おう。
あ、本当は、身体洗ってからお風呂は入るとか言ってた~~」
アリシアが今更な事を言う。
「そうなんですか?」
「……最初だし、仕方ないでしょ」
「この次からでいいわよね」
女子はワイワイガヤガヤ賑やかでも華やかだ。
「あ、ヘチマ置いてある。あたし、これで擦るの好きなんだ。汚れが凄く落ちる感じで」
「わかるわかる」
「泡立ちいい石鹸もあるし、いいなぁ、ここ」
「この、壁についてるのは何ですか?」
「あ、それ魔具だよ。そこから外して、ここ押すと、お風呂と同じ温度のお湯が、雨みたいに出るの。なんて言ったけ?サリー」
「確か、シャワとかそんな……シャワ-かな?」
「ああ、聞いた事あります。うわ、凄い……」
ツツの様な物の端の丸くなった箇所の平面からお湯が出るのを、ギリは感動して、押したり押さなかったりを繰り返している。
「それで、身体や髪を洗った後、流すのよ。そこからは綺麗なお湯しか出ないから、綺麗サッパリ汚れを落とせるって訳なの。便利よね」
「ここは天国です……」
「ギリ、気持ち分かるけど、早く終わらせましょう。ここにずっといると、熱気でそれだけでのぼせそう」
「あ、うん。ごめん」
それでも4人は、キャアキャア楽しく騒ぎながら身体や髪を洗い、お互いでシャワーをかけ合ったりして遊んだりもした。
※
あの後、少しお湯につかってから出て、着替えを終えると、アリシアとサリサは、ギリ、マイアと別れ、自室に戻って来た。
二人ともすぐに自分のベッドに横たわる。
「なんか、楽しい。家族で旅行行った時の事、思い出しちゃった……」
「うん、こんなに楽しいに、本当に久しぶり~。
なんか、ゼン君が、気心の知れた仲間を増やさなきゃって言ってた意味が、少し分かったような気がする~~」
「そう、ね。シア、ごめん、私、もう寝るね。酔いのせいで、凄く眠い……」
サリサは、言ってるそばから寝息を立て始めた。
「サリー、寝間着……。仕方ないなぁ」
アリシアはサリサのローブを脱がせ、なんとか脱力したサリサに寝間着を着せ、毛布をかける。
「おやすみなさい。ふふふ、ここで初めての夜なのに、こんなに幸せな気分になるなんて思ってなかったなぁ……」
アリシアもしっかり着替えた後でベッドに入り、すぐ眠りについたのであった……。
*******
オマケ
ミ「チーフはビシっとご主人様を補佐~~ですの!」
リ「チィッ!」
(リャンカもコップを持っていたが一歩で遅れた)
ミ「出遅れる、その一歩が致命的~ですの!」
リ「先輩が端っこ座ってたからなだけですよ!」
ミ「運も実力の内、ですの!」
ゾ「主の精神的な危機はどうでもいいのか?」
セ「ホクらにはどうしようもありませんし、だからなのかも」
ガ「主殿……心配です」
ボ「そうだよね」
ル「るーも、しんぱい……」
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