第101話 早朝の鍛錬☆



 ※



「特殊な防御壁を張る魔具を、ハルアに作ってもらったんです」


 早朝、それなりに深酒をした気もするのだが、リュウもラルクもゼンに合わせるように起きて、朝日が昇ったばかりの中庭に降りて来ていた。


 中庭を訓練場に、とゼンが言っていたのは知っていたが、もう防御壁の用意までさせていたとは、リュウもラルクも知らなかった。


 ゼン自身、こんなに早く造ってくれると思ってもいなかったのだが。


「なんで、あのハルアに?」


「単純に、錬金術師とかに知り合いがいない事と……」


「ギルマスに言えば、紹介してもらえたんじゃないのか?」


「……そのギルマスが、ハルアを推したんです。優秀な術者ではある、と」


「含みのある言い方だなぁ。それで、代金の方は?」


「最終日になる前に1日、は無理なので半日デートを、と」


 ゼンが微妙に渋い顔をしているのはその為らしい。


「これを、中庭の、建物の手前の四つ角に配置して、今起動しています。そうすると―――」


 ゼンは収納具に入れていた人の頭より大きな岩を取り出し、城の食堂の方に軽く放り投げた。


 すると、その1メートル手前ぐらいで急に減速し、何かに捕まったみたいに、空中で岩は止まってしまった。


「これだと分かりにくいかな。つまり、最終防壁の手前に、衝撃を受け止める、柔らかな緩衝防壁があるんです。1メートルの厚みで。


 リュウさん、走って行って、あそこに肩から突っ込んでみて下さい。城の方じゃない、こっちの方がやりやすいでしょう」


 ゼンはコの字型の城の建物から少し外れた場所を指し示す。


「分かった。やってみよう」


 リュウがそれなりの速度で走って、肩から当たる姿勢でその辺りに行くと、何か柔らかな、スライムでもあるかのような緩衝物にはばまれ、それ以上は行けなかった。当たった時の衝撃は、ほとんど感じなかった。そのまま、何かにくるまれたように動けなくもなった。


「ゼン、この場所に食い込んだようになっている、今の状態はどうすればいいんだ?」


「身体から気を、軽く発散させるみたいにして下さい弾かれます」


 リュウが言われたようにやると、内側の方へポンという感じに押し戻された。


「へぇ、面白いな。思いっきり突っ込んでも怪我しない訳か」


「“気”で自身に鎧をしている場合は、だからすぐに戻されます」


「やってみっか」


 ラルクは自身に“気”の鎧を作り、リュウの隣りの場所に突っ込んだ。リュウと同じように衝撃を吸収され止まったが、すぐに弾力性のある防壁に弾かれ、元の方向に放り出される。ラルクはなんとか身体の向きを変え、転ばない様に足でバランスを取った。


「っとっとっと。いきなり弾かれると、態勢が崩されるな。素直に一回はまった方がいいかもしれないな」


「かもです。これからやってもらうのは、“気”を足に集中する事なので、多分、“気”をそっちに以外に使う余裕が、最初の内はないと思うので」


「足に?」


 ゼンは頷く。


「これから二人に教えるのは“瞬動”と言われる移動法です。ふたりには、攻撃にはどうこういう程の欠点はありませんし、上位の人は、これを結構使います。ロナが、俺の後ろに最後にまわった動き、見えましたか?あれが“瞬動”なんですけど」


「いや、いきなり消えたように見えた。ゼンの横の方に行ったらしいところまでは分かったが」


「同じく、だな」


 リュウもラルクも視界の強化は常にしていたが、あの動きは完全に追い切れなかった。


「あれがそうなんです。ロナは“瞬動”をかなり使いこなしているので、あの時は2回は使ってます。俺の横、後ろ方向に飛び、そして俺の真後ろに飛ぶ。“瞬動”というのは、簡単に言ってしまううと、跳躍です。


 足の裏に気を集中っせ、爆発させる。爆発させるように、“気”を吹き出す?ちょっと表現が難しいんですが、そうやって一気に跳躍する。そんな感じです」


 こういった“気”を利用した動きの説明は、口では中々説明が難しい。


「……正直言って、何が何だか分からんぞ」


「……1回やって見せますから、“気”がどう動くか、を見てて下さい」


 ゼンは前かがみになり、前方へ走る姿勢を取る。二人の強化した視界には、ゼンの“気”が足に、足の裏に集中するのが見えた、そして、閃光。


 爆発した、弾けた、と思った時に、ゼンはその先の緩衝防壁に当たっていた。


「これが、“瞬動”です。多分、やって行く内に分かると思いますが、こうして跳躍するのは、それ程難しくありません。


 問題はこれを自在に制御して、止まる事と、飛ぶ距離を調節して、ロナのようにある程度自由に動けるようになるのが、最終的な目標です」


 ゼンは緩衝防壁にはまった状態から出て来て、二人の方へと歩く。


「ともかく、最初の内は止まるのが難しいのと、足の方にどうしても“気”を集中させてしまうので、他は何も出来ないと思います。それで、この緩衝防壁の方に何度も“瞬動”して止まり、なるべく怪我や、痛い思いはしないように、と造ってもらったんです」


「なるほど。こういう風な動きで、上級はガンガン動き回って、攻撃をし合うのか」


 リュウもラルクも、よく、上級同士の動きで、見えない程の戦い、というのがあるが、それがこの移動法を使う者同士の戦いである事が今ハッキリと理解出来た。


「そんな感じです。でも、“瞬動”には大きな欠点があります。


 跳躍なので、途中で止まれない。そこに合わせてカウンター攻撃を出されたり、あるいは剣を抜き身で置かれるだけで、そこに突っ込む事になってしまいます。


 だから、最終的には細かい調整を覚える必要があるんです」


 “気”を感じて起きて来たらしい獣王国の闘技術の師範代であるロナッファは、ゼンが指導する様子を興味深く、傍に来て眺めていた。


「これは、何度も挑戦する反復練習が必要なので、気長に考えてやって下さい。普通に何カ月も、人によっては何年もかかるものなので」


 ゼンはそう最後に注意すると、ロナッファに向き合う。


「ロナ、この二人に、今“瞬動”を教え始めたところなんだけど、君の方からも、指導してもらえないかな?」


 ゼンはこれから爆炎隊の“気”の指導もしなければならない。二人だけにかかりっきりになる訳にはいかないのだ。


「私の指導代は、高いぞ?」


 ロナッファは、料金分、何を請求しようかな、と楽しく考えているようだ。


「いきなり押し掛けて来たのを泊めたのに?」


「う……」


「いや、冗談だよ。1日1回、俺と素手での組手。それじゃ駄目?」


「いや、それでいい!望むところだ!」


 ロナッファは、頼んでもやりたい事を言われ、すぐに食いついた。


「じゃあ、俺は爆炎隊と、リーランが同じC級だから、俺が受けた“気”の制御法を教える。俺がどう教えるかは、後でリーランから聞ける。俺も、ロナの指導法を二人から聞ける。五分の条件で、いいんじゃないかな」


「うむ、それも悪くないな」


 そうしてゼンは、リュウ達はロナッファに任せて、ダルケン達、戦士系の者を集める。


「やっぱり、“気”を感じて目が覚めますか?」


「ああ、あれだけ派手だと起きるな」


「城の方に、そういった類いの遮蔽シールドを考えます。早朝訓練でみんな起こされるのは、迷惑になる人達も出るでしょうから」


「そうだな。術士も、そういう感覚は鋭いからな」


 それから、ゼンは中庭の緩衝防壁の説明をした後で、前にリュウ達にしたのと同じ“気”の指導法をするつもりだが、自分が教えていいかをまず確かめる。


「いや、こちらは勿論大歓迎だ。何故、わざわざ確認をするんだ?」


「年下の子供から教えられたくない、と言う人もいるのでは、と」


「後続は知らんが、俺達は大丈夫だ。むしろ光栄だよ。『流水の弟子』から直に習えるなんてな」


「ありがとうございます。ご期待にそえるかどうかは分かりませんが」


 他もこうだといいのだが、素直に従わない場合は、一回痛い目を見せるしかないだろう。


「リーランは、獣牙流とは違うけど、こういうやり方もあると思って、学んで欲しい。フォルゲンにも教えたからね」


 ゼンは、ダルケン達とは少し離れた場所にいるリーランにそう話しかける。


「師匠は私の師匠なのに、兄さまに先に教えたのですね」


 リーランが不満そうに言うが、それはお門違いな文句だ。


「……勝手に師匠言ってるのは、君ら兄妹だけだからね」


 特にリーランは、最初の模擬試合以来、何もやっていないのに、何の師匠になったというのだろうか。


「ともかく、教えるから、学ぶ気があるなら、聞いていなさい」


 リーランはあくまでついでで、本命は爆炎隊なのだ。


「かなり“気”の基本から話をしますが、皆さんも、別の流派や何かでもう学んだ事かもしれませんけど、復習するような気で覚えて下さい」


「ゼン、その“気”の指導法は、流水なのか?」


「いえ、『流水』ではなく、帝国の気功武術なんかのやり方で、“気”の習得法として分かりやすいから、と俺も最初はこちらで学んで始めました。


 『流水』は、口で教えられるものではなく、見て覚えるしかない、と師匠は言ってました。俺も、正直言って説明は、出来ないんですよ。教えたくない、とかじゃなく」


 ゼンは何と言っていいか悩んで困る。余りにも『流水』は感覚的なのだ。


「いや、単に気になって聞いただけなんだ。流水を学ばせろ、とかでは、一応ない。出来るのなら学ぶがな」


 そうして、ゼンは、リュウ達にしたのと同様の説明をし、指導をして、様子を見た。


 やはり、ダルケン達も、独学なのか我流なのか、“気”の根本的な強化法、制御法、が曖昧で、効率的に使えてもいなかった。特に目の強化は余り重視していなかった様だ。


 目の強化を軽視するのは、何かそういう悪い傾向でもあるのだろうか?


 一番にそれを叩きこまれたゼンとしては不思議なところだ。


 鍛錬を始めてから1時間以上は経っただろう。


「そろそろ朝食にしましょうか。で、30分ほど食休みした後、また良ければやりますが?」


「ああ、もちろん!なんか、すでに強化された感じがするんだが、気のせいか?」


 ダルケンは、わずかな指導ですでに実感出来る手応えがあって嬉しそうだ。


 ギリなどは、いつもより速く動け過ぎて、強化後の動きを完全に制御出来ていなかったが、それだけの成果に目を輝かせている。他も全員が似たような反応だ。


「いえ、ちゃんと効果出てるみたいです」


 それだけダルケン達のやり方が雑だった、という事なのだが、あえてそれは口にしなかった。


「師匠、私は?私は?」


 ゼンに腕に飛びついて、自己主張するリーランは可愛いくはあるが、押しが強過ぎて困る。


「リーランも“気”が強くなってると思うよ」


「やったー!」


 リーランの場合は、まだ“気”の基本しか習っていない感じで、体術を優先していたようなのだが、勝手に先を教えてしまって良かったのだろうか?


 まあ、師範代がいるのだし、多分大丈夫だろう。レグナード将軍ならむしろ喜びそうだし。


 ゼンはそのままロナ達を呼びに行く。


「リュウさん、ラルクさん、朝食にしましょう。ロナも」


「ん?そうだな。腹がへってはなんとやら、か。力を蓄えてからだな」


 緩衝防壁にはまっている二人も、手を振っているので了解したようだ。


「どうですか?二人は」


「そう一朝一夕で出来るものではないからな。一応、跳躍移動までは出来るようにはなったところか」


「充分早いじゃないですか」


「そうだな。飲み込みが早いと思う。問題はこれからだがな。リーランの方は……気のせいか?一回り“気”が大きく強くなっているような……?」


「そういう指導ですから」


 まだ初心者に毛が生えた程度の違いだと思う。


「わ、私にも!」


 ロナッファは、何か対抗心でも刺激されたのか、そんな事を言ってくる。


「リーランに聞けば分かりますよ」


「……私も、ゼンの指導を受けてみたいのだが……」


(そんな変わった事はしていない筈だし、余り意味ないと思うのだけどなぁ……)


 ロナッファとリーランをここの鍛錬に参加させたのは、どう考えても二人が暇を持て余していたからだ。


 それでゼンは、自分に暇な時間にせまって来られても困るので、二人を組む込んだのだが、結果的に余り変わっていない様で、失敗したかなぁ、と密かに思う。


「はぁ。じゃあ、朝食の後で……」


「うむ!」


 満面の笑みで喜ぶロナッファは少女のようだ。多分、20代半ばだと思うのだが……。



 ※



「う~ん。ちょっと騒がしいけど、清々しい朝だね、おはよう、サリ~~」


 アリシアはう~んと伸びをして、新しい朝日を浴びながら親友に朝の挨拶をする。


「……??どしたの?サリー。何だか、目が座ってるみたいだけど~」


 サリサが怖い顔をして、窓の外の騒ぎを睨んでいるのは、安眠を妨害されたからではないようだ。


「昨夜、なんであんなに酔っぱらったのかが、分かったからよ!」


「へぇ、それで~~?」


「ゼンが、私のグラスに気付かれないようにして、お酒を継ぎ足してたの!」


 サリサはビシっとアリシアを指さして言う。アリシアには関係ないのに。


「気づかれないようにって、ゼン君、サリーの真ん前の席にいたんだよ?そんなの無理でしょ」


 アリシアは、ケラケラ笑って否定するが、案外そうでもないのだ。


「あの摩訶不思議剣術なら何だって出来るわよ!実際、私、ゼンが目の前にいたのを、ほとんど見てないんだから!意識してないんだから!」


 それはどう考えても不自然なのだ。


「え?あれあれ?私も、食事中、席についてからのゼン君を、あんまり見てない気がするね。爆炎隊の方に行ってたとかじゃないの~~」


「じゃない!どうせまた、気配を消すか何かしてたんだわ、あいつってば、もう!もう!」


 適当に言ってるだけなのに、サリサは鋭い。地団太踏んで悔しがっている。


 サリサは、昨夜、なんとかゼンと話す機会を作って問い詰めようと考えていたので、それが完全に潰されたような形になって腹を立てていた。


 別にゼンは、サリサの行動が全てお見通し、とかでやった訳ではないのだが、結果的にはサリサの行動を未然に防げたのであった。


「こうなったらもう、私も最終手段に訴えるんだから……。シア!」


「はい?」


 アリシアはベッドの上で小首をかしげる。


「午後から、私の話を聞いて欲しいの。あの、ドーラとゼンが揉めた日にあった事を、全部説明するから!」


「あ、うん~。分かったけど、それがなんで最終手段なの~?」


「……出来れば、相談したくなかったから」


「なに、それ~。サリーってば、ひどくない~?」


「ひどくない!シアはなんかこう、真剣みに欠けるとこがあるんだもの。それに、私達の事、曲解して、変な方向にばかり考えてるし」


「え~~?でも、その話は、そっち方向の話じゃないの~~?」


 アリシアはニマニマ押さえられない笑みを手で押し隠すが、まるで隠れてない。


「……とにかく、シアはその時の話の意味を、一緒に考えて欲しいの!私もずっと考えてて、大体は分かってると思うのだけど、何かが足りない気もして……」


「そこでこの、恋愛大明神なアリシアちゃんの出番なのね!任せて~、こう見えて、恋愛事なら大先輩ですから~~」


 アリシアは、フンス、と鼻息荒く受け合う。


「……そういう所が、激しく不安なんだけど……」












******

オマケ


獣人組 in お風呂


ロ「おお、広い、でかい。快適な風呂だな」

リ「ですね。個人の邸宅で、この規模のお風呂はないです」

ス「……なんで私、こっち組なんですか?」

ロ「お主は貴重な情報源……でなく、もはや友であろう?」

リ「そうですよ。もうすっかり仲良し!」

ス「そこまで仲良くなった覚え、ありませんから…うう」

リ「冷たいなぁ。こうして一緒にお風呂も入って、裸の付き合いですよ!」

ス「お風呂に何か着て入らないからじゃないですか…」

ロ「それはそれとして、あの黒髪の魔術師は、ゼンとは親しいのか?」

ス「え。サリサですか?さあ?普通に親しいと思いますけど。チームメイトなんだし」

リ「なにかとても、師匠の事をよく分かってる風でしたね」

ス「ああ、あの本の話。私、よく意味が分かってないので、そう言われましても…」

ロ「旅立つ前から知り合いなのだろう?」

ス「それは勿論。最初からパーティーに加入予定で、皆と一緒に戦える様になる為の修行の旅だと、ラックンから聞いてますから」

ロ「むむむ。修行の理由自体だと…」

リ「それは大問題です!」

ス「だから、私をスパイみたいに使わないで下さいよ。ギルマスにでも聞いて下さい~~」


質問攻めで三人とものぼせたとか。

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