第99話 二つの想い☆



 ※



「ゼン、一体どうなってるんだ?」


「ここの事って、まだ知ってる人そんなにいないんじゃないの~?」


 旅団のメンバーと、一塊になってホールの端でコソコソ話すゼン。


「それが、俺にも何が何だかサッパリ。義母さんが口を滑らせたのかなぁ……」


 と、そこに、もう一人の帰宅者が。


「たっだいま~~。あれ?玄関ホールで大勢、何してるの?」


 ラルクの新妻、スーリアだった。


「お、スーリアも帰宅か、丁度いい。今日から我等もここに世話になるのでな。よろしく頼むぞ」


「スーリアさん、早速新居にやって来ました!遊びにじゃありませんけど」


 獣王国の二人の女性、ロナッファとリーランは、帰って来たばかりのスーリアに、とても親しげに話しかけている。


「え”!あれあれ?ロナッファさんと、リーランさん?……」


 挙動不審なスーリアの様子で、情報漏洩の元が分かるのであった。


「……仕方ないですね。ここに住む事自体を秘密になんて、出来ませんから」


「そうね。無理があるわ」


「時間の問題だったか……」


「しょうがないね~~」


「……すまんな。そういえば、なんか獣人繋がりで知り合ったとは、聞いていたんだが……」


 納得した五人。ともかくも、ダルケンにはゼンが大まかな事情を説明するのだった。


「―――で、お二人には、旅団の区画の空き部屋に、お二人一緒の部屋に泊ってもらいます。いいですか?」


「ほうほう。勿論、構わない。押し掛けた身であるし、私は護衛だからな。一緒の部屋でないと困るぐらいだ」


「師匠のお宅なら、護衛なんて不用かもしれませんよ」


「確かに、な」


 なんて言いながら豪快に笑い合う二人。ゼンは頭痛がしてくるのだった。


「ところで、ゼンの部屋は?」


「…………偶然ですが、その隣りです」


「なんと僥倖な!」


「やった!最高の環境です!」


 旅団の区画は、左端から、ラルクとスーリア、アリシアとサリサ、リュウ、ゼンとなって、中央側の端の部屋が空いていたのだ。


「……意味不明に喜ばないで下さい。隣りだからって、気軽に遊びにとか来ないで下さいよ」


「師匠、冷たいです!」


「一戦交えた仲ではないか。そう身構えんでもいいでもいいと思うのだがな」


 ロナッファは、何か別の意味に聞こえるような台詞(セリフ)を言っている。


「……魔術鍵(マジック・キー)の登録しますから、一緒に来て下さい」


 ゼンは二人を連れて二階へと上がって行く。


 残された住民一同の中、ダルケンが笑いながらリュウ達の所に来る。


「いやあ、あの一戦も見てて知ってたが、流石は獣王国だな。ゼンが肉食獣の前に並ぶエサに見えたぞ」


「笑いどころじゃないですよ、ダルケンさん」


 リュウは情けない声を出す。


「いやいや。小説の観客(モブ)気分を味わえる事になるとは思わなかった。中々貴重な体験だよ」


 ダルケンは他人事だから、そうも楽しんでいられるのだろう。


「噂には聞いた事があるが、獣王国の女性は凄い積極的だな。まさか住居に押し掛けて来るとはな」


「本来お守りする筈の将軍のご子息が、ゼンと同じ仕事でギルドから動けない身の上なんで、暇を持て余してるんでしょう。


 ゼンも忙しくて中々捕まえられず、丁度、一人暮らしではないけど、義父の屋敷から出ましたからね。最悪のタイミングで、その事を知ったみたいで、獣人だから嗅覚が、とかじゃないんですが、嗅ぎつけられたみたいな感じだなぁ」


 なんとなく一同は、二人の闖入者の騒ぎに呆気にとられ、その場に残っていると、ゼンが疲れた顔して下りて来た。


 ほとんどの住人がまだそこに残っているのに気づくと、顔を上げて、“気”を込めた声で皆の注意を引く。


「あ、まだこっちにいたんですね。ならお知らせがあります。


 言い忘れ、ではなく書き忘れか。あの紙に書いた食事のコースの事なんですが、実施はある程度人数が揃ってからやりますので、しばらくは適当に日替わりで作りますから、何か希望あったら言って下さい。


 今日は、俺も一緒に、引っ越し祝いと、爆炎隊の皆さんの歓迎会も兼ねてご馳走作りますから、期待していて下さい。まるで、あの二人の歓迎会みたいにもなって、嫌なんですが……」


 ゼンは最後にそう愚痴をこぼすと、食堂の方、厨房へと急ぎ足で去って行った。


「ほうほう。昼の、あの二人の料理も充分美味かったと思うのだが?」


「ああ、あの二人は、ゼンに料理を習って手伝っていたから、ほとんど同じぐらいの腕前になっているとは言ってましたが、本家はゼンなので、多分凄いのが出ますよ。ゴウセルさんの屋敷で食べたのも凄かったから。


 それと、多分今日はお酒を出してくれるでしょう。ゼンは、戻って来た時のお土産用とか言って、自分は飲まないのに、沢山大陸各地でお酒を買い込んで、収納具にしまってあるので」


「うお、それはやばそうだな。大陸各地の銘酒にご馳走とか、本来の目的と違うところでも得が出来るとは、他の2つんPTも、もっと本気で誘ってやれば良かったかな?俺等ばっかり得していて、悪い気がして来るぞ」


 とまたガハハハと豪快に笑う。本当に悪いと思っているのか疑問だ。


「さあ、いつまでここにいても仕方がない。そろそろ部屋に戻れ。しばらくしたら、俺達の歓迎祝い、引っ越し祝いも兼ねたご馳走だそうだぞ。今のうちに、腹を空かせておけよ」


 そこに、見かけは普通の、黒豹獣人族のザックが、ダルケンの側に寄って来る。


「リーダー。あの虎の、ボルグって、公爵家の名だと思うぞ」


「……つまりは王家の血統か。レグナード将軍は伯爵だったよな?」


「ああ。師範代がどうとか言う以前に、護衛やお目付け役で来るような人ではない筈だ」


「ふむ。獣王に何か考えがあっての事か。分かった。この事は、俺からゼンに伝えておこう」


「任せたよ」


「ダルケンさん……」


 今のやり取りを聞いていたリュウが不安そうな声でダルケンに問いかける。


「ん?大丈夫だ。向こうさんが隠すつもりがないんだから、大した意味はない。俺等に国賓待遇を要求している訳でもないんだ。気にするな」


 ダルケンは軽く言うと、ゼンを追って食堂の方へ大股で歩み去って行った。


「ま、ダルケンさんの言う通り、こっちが心配する事じゃないぜ。大方、ゼンの強い血筋の子供でもこさえて来い、とか言われたんじゃね?」


「おい、それって……」


「そのまんまな意味だ。大丈夫、ここで夜這いなんて出来んだろ。いくら隣同士だからって、壁をぶち破りでもしない限り、ゼンは中に入れんだろう」


「……あんまり直接的な表現は止めなさいよ。ここは子供達もいるのよ」


 サリサが眉を顰めてラルクに注意する。


 確かに、お客を出迎えに、数人の気が利く子供達がミンシャ達の側で待機していたのだ。


「あ、や、すまん……」


「ラック~ン。もしかして、私、失敗しちゃった?」


 スーリアが不安そうな表情を浮かべ、ラルクの所に速足でやって来る。


「いや、いいんだ。別にここは秘密の隠れ家じゃないからな。スーリアが言わなくても、どこかで分かる情報だ。気にしなくていいのさ。さあ、着替えもしてないんだ。部屋に行こうぜ」


「う、うん……」


「スーリア、大丈夫よ。押し掛けて来た向こうが変なんだから」


「積極的で、困っちゃうよね~~」


 二人に普通の顔で慰められ、安心したスーリアはラルクと2階の自室へと上がって行く。


「何はともあれ、ゼンが適当にあしらうのを期待するしかないな。俺達も戻ろう」


「そうだね~」


「千客万来。これ以上のお客が来ない事を祈るわ……」


 サリサは真面目に祈りそうな気分だった。



 ※



「公爵?ああ、そういえば宰相の人が、ボルグと言ってましたね」


 ゼンは、料理を下ごしらえする手も休めずに、ダルケンの話を聞いている。


「おう。つまりは王族だな。獣王様は、『流水』に偉くご執心だな」


「国難を救った英雄、とか言ってますからね。こっちでなく、師匠の方へ行けばいいのに、と思いますが、師匠は各地を転々と飛び回ってるだろうからなぁ……。


 あ、ミンシャ、そっちは水洗いして。リャンカはそれをみじん切りで」


 はいですの。わかりましたわ、と二人は忙しく主の指示で機敏に働く。


「ま、そういう事だ。余りいても料理の邪魔になるだろう。また、後でな」


「はい。知らせてくれて、ありがとうございます」


(義母さんも知ってるだろうに、何故言わないのかなぁ……)



 ※



 ロナッファ達は、余り家具がいれていないので、やたら広く感じる部屋に、ゼンが急きょ運び込んでくれた応接セットのテーブルやソファでくつろいでいた。


 お茶やらは、リャンカが表見上おしとやかに(中身は邪魔者増えた~)、運び、シズシズと退室して行った。


 ベッドは最初一つだったが、まだ塞がっていない部屋のベッドをゼンが運び込み、布団も予備のものを置いて行った。リャンカがそれをベッドメイクしてある。


「メイドも優秀。まるで普通に城だな」


「師匠の住む所ですもの!でもロナッファさ…じゃなくて、ロナッファ」


「どちらでも構わんぞ。家名を言ったからな。もう分かっておるだろうて」


「……じゃあ、ロナッファ様は、どうするつもりですか?」


「どう、するか。曖昧な表現だな。正直、叔父上に言われ、余り乗り気でなく来たのだが、国外で私を、ああも簡単にあしらう者がいるとは、思いも寄らなかった」


 ロナッファは、肩ひじをソファ肘置きに置き、頬杖をつきながら楽しそうに小さく笑う。


「……師匠は、私の師匠なんですから。兄さままで、私の真似してるし、ロナッファ様は、ロナッファ様で、そんな狂暴な眼で獲物を狙う顔付になっているし、私、困ってしまいます」


「何も困る事はないだろう。目的は一緒だ。いや、リーランはもっと目標は低いかな。私は、強き者の血を王家に迎え入れたいだけだ」


「露骨~~。わ、私だって、いずれは師匠の子を産みたいと思いますけど、さすがにまだ早いかなぁ、と」


 頬を染めて恥じらうリーランは、ロナッファから見ても可愛く愛嬌がある。自分などよりも余程可能性がりそうな気がしないでもない。


「難しいのは、ゼンが色仕掛けに乗りそうもない所と、私のような年上が好みかどうか、かな。後、ここにもそれなりに障害はいるようだな」


「障害、ですか?」


「メイドの魔族、犬と蛇かな?に刺す様な敵意を感じた。後、ゼンの仲間らしき黒髪の魔術師。他にもいたようだが……」


「師匠はどこでもモテモテですね。あの本の通りです」


「『流水の剣士の旅路』か。私も興味が出て来た。持って来ているか?」


「はい。私の収納具は、重量軽減の方が強いので、重い物でも入れてます」


「ゼンがいない間は、それで無聊を慰めるとしよう」



 ※



 サリサは困っていた。


 ゼンが忙しいのは充分理解している。だから我慢して来た。


 従魔に伝言を頼んでも、忙しいから後日、の一点張りなのだ。


 共同生活が始まれば、まだ機会はあるだろう。


 そう思っていたのに、『爆炎隊』の参加と、獣王国の雌野獣が二匹紛れ込んで来た。


 クランの参加予定者が増えるのは喜ばしい事なのに、なんだか邪魔者が増えて行くように思えてしまうのは、自分の心が狭いからなのか、しばし真剣に悩む。


 今日は、さすがに無理だろうか?


 でも、こんな事をしている内に、どんどんと時は過ぎ、あの時の鮮烈な記憶は色褪せて行く。


 そして3日後は、クランの本格的な勧誘会だ。


 もしもいきなり上手くいったりしたら、5パーティー分の住人が増え、ゼンの仕事は当然増える。パーティー間の調整や、仲介など、他に出来る者、任せられる者がいれば話は別だが、そうした人材がいると、無闇に楽観視する程サリサはお気楽ではないのだ。


 だから、少なくともその前に、何とかゼンと二人で話さなければいけない。


 あの時の言葉の意味を、ゼンに問いたださなければならないのだ!



 ※



 ゼンは困っていた。


 サリサが自分との会話を望んでいるのは分かっているのだが、今、それに応じれる気がしないのだ。


 ならばいつ?と問われたら、いつか、となる。まるで答えるつもりがないように思われるかもしれないが、ゼンは真剣に考えている。


 共同生活が始まると、逃げ場がなくなってしまう。だから、ではないのだが、早めに勧誘の声をかけていた爆炎隊が、すぐに来てくれたのは嬉しい誤算だった。


 このままなし崩しに出来ないだろうか?出来る訳がない。


 いくら人が増えようとも、暇がない程に忙しくなろうとも、サリサの記憶がなくなる訳ではないのだ。先延ばしの日数が増えるだけに過ぎない。


 だのに、ゼンにはまだ覚悟が出来ていない。


 思えば、再会してからはサリサを怒らせてばかりな気がする。こちらの事を思って叱ってくれてもいるとは思うが、時々嫌われているのでは?と思える程に激しい怒りがあったりもする。


 それを、確かめるのがゼンは怖いのだ。


 仲間としては、認められているとは思う。頼れ、とも言ってもらえた。


 でも、それと“あれ”とは話が別だ。自分の汚さ、醜さを、ゼンはよく分かっている。(と思い込んでいる)


 それに、明確に拒絶された。


 あの、自分の意志のない、操り人形の様な状態で、サリサに迫って、――、しようとして、手痛い頭突きをくらった。


 普通に意識のない人間にされたら、それが想い人だろうが嫌いな人だろうが、拒絶するのは当り前の事なのだが、ゼンにはそれがよく分かっていない。


 ただ、額の痛みと、強く拒絶された、その事実だけが心に刻み付けられていた。


 その事を考えるだけで、深く落ち込むし、死にたくもなる。そんな事をしようとした自分も殺したくなる。墓穴を掘って埋まりたくなる。


 忙しさにかまけて忘れようとしていた、心の痛みがぶり返す。


 やはり、封印しておくのが正解だったのではないだろうか?


 心が痛い。胸が痛い。明確にどこ、とは言えないのが不思議なくらいに痛い。


 苦しい。無意味にただ胸が苦しくなる。


 サリサはよく、ゼンの事を好きだと言う子や女性の事を、ちゃんと考えてやれ、と言っていた。封印していた時は、よく意味が分かっていなかったが、なくなると分かる。


 彼女らの恋心をよく分かってやれ、というのはつまり、それらにちゃんと向き合って、答えを出してやれ、出来るにならつき合ってやれ、という事で、つまりは、自分はサリサに脈の無い、単なる仲間で子供で、ともかく眼中にない、恋を語らう者の範疇外なのだろう、と。


(薄々は分かっていたし、そうだろうと予想してもいた。『流水の弟子』だの英雄だのと持てはやされても、自分は単なるチビのガキで、サリサは昔からその自分を知っているのだ。


 少しばかり強くなったからって、それが何になると言うのだろうか。


 いや、何かにはなっているのだろう。ゴウセルが勧めてくれた通りに、自分がスラム出である事を気にする者は、今はもういない。


 むしろ、そんな何もない状態から、よくここまで強くなれたものだと、褒める者の方が圧倒的に多かった。


 昔は、普通の人とすら、身分の違いを感じていたものだが、今は違う。


 だから、自分は少しいい気になり過ぎていたのかもしれない……)


 ゼンの自省は、広く深く強い。


 ラザンに、今日反省すべき点は、と聞かれ、百まで数えた所で呆れて止められた時があった。


 今日、と言ったのに、そう言えば、あの日もこの日もと、反省する点を連鎖的に増やしてキリがないのだ。以来、反省禁止とまで言われた。


 言われたのに止めていなかった。ゼンにとって、自省とか反省は、生き物が空気を吸うように、常にしている、癖以上に繰り返す反射行動だったからだ。


 それでも、なるべくはしない様にしていたが。


 ゼンは頭がいい割に、自分の事に対する見方には偏りがある。自省が強いので、短所ばかりに注目し拡大思考して、長所に対してはやたらと厳しい。


 だから、自分が人に好かれる、という意味が、恋愛抜きにしてもよく分かっていない。だから、そういった人達を『物好き』に分類して、そこで思考停止する。


 物好きだから、自分の様なものを好きと言う、変わり者達。ありがたくはあるが、そこからは何も発展しない。しようがない。


 自分の、昔のフェルズにいた頃の、ごく親しい者達は別で、それこそがゼンの“特別枠”なのだ。


 その中でも、“想い”を封じ込めて、仲間である状態を維持し続けようする程に特別だったのが―――












*******

オマケ


ミ「縄張りに入り込んだ雌猫は!」

リ「断固排除!」

ミ「ですの!」


ゾ「こういう時は息が合うのな、あいつら」

セ「基本、仲良しだったりするんですよ。強敵(ライバル)でもありますけど」

ボ「そうそう」

ガ「近親憎悪」

ル「るーだけなかまはずれ、ズルいお?」


ゼ「一応客だから、めったな事しないでくれよ……」


ミ「ご主人様、元気ないですの!」

リ「お疲れなら、肩でもお揉みしましょうか?」

ル「るーとあそぶお!」


ゾ「……反応はえーな。ルフまで」

セ「やっぱり女の子だから?」

ボ「微笑ましい」

ガ「疾風迅雷、風林火山」

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