第74話 悪魔の壁の報告☆



 ※



「―――つまり、貴方達は、『悪魔の壁 デモンズ・ウォール』で2体の異常と思える強さの階層ボスと戦い、最後のボス戦になる筈の50階で、謎の“黒い廊下”と出くわし、進んでも扉へはたどり着けずに、異常を感じ引き返すと、その“黒い廊下”が縮まった様な“黒い小部屋”に閉じ込められていた、と」


 ギルマス・レフライアは、今まで聞いた話の要点をまとめながら、西風旅団のメンバーに確認する。


 リュウは、ラルク、アリシア、サリサはそれぞれ神妙そうな顔をして頷く。


 この、ゴウセルの屋敷の応接間には、西風旅団の4人と、屋敷の主人であるゴウセルと、会長補佐のライナー、ギルマスのレフライアとその秘書ファナの合計8名がいた。椅子が足りない事もあって、ライナーとファナはそれぞれの主の後ろに立っている。


 ちなみに、ライナーとファナは従魔の事もある程度は、前もって説明され、知識がある。


「ゼンは、フェルズに帰る道すがら、あれが『悪魔の壁 デモンズ・ウォール』の名前の元となった、あの迷宮(ダンジョン)特有の『試練』なのではないか、と……」


「あいつ、あの状態でそんな事話してたの?」


 その話を聞いていなかったラルクスとサリサが驚きの声をあげる。


「ああ、小声でな。無理するな、と言っても止めなくて」


「ゼン君、結構強情だよね」


 リュウの背中からそれを聞いていたアリシアは地獄耳。


「成程。だからこそ、その『試練』が、悪魔が主(メイン)ではなく、壁が問題だと気づいて、その破壊を試みた訳なのね」


(その危機的状況で、そこまで考えを巡らせて、生還への道を探り当てるなんて、普通の冒険者に出来る様な事じゃないわ。さすが、私の義息子☆)


 難しい顔をして、浮かれた事考える、頭お花畑なレフライア……。


「それにしても、聞いた限りでは、とんでもない硬度の壁だったようね。サリサリサが魔力を込めた弓矢を造り、ラルクスがそれをスキル技で力を込めて討って、なおかつゼン君が『流水』の技を同時に当ててもビクともせず、で、駄目押しの力技で小さな穴をあけるに至った、と」


「そちらの話の補足を、私の方で出来ますが……」


 降って湧いたように聞こえた声は、いつの間にか応接間に来ていた金髪碧眼のメイド少女、従魔のリャンカであった。


「ゼン君の付き添いの方はいいの?リャンカ」


 レフライアは、自分の呪いを解いてくれた恩人の術士と念願の再会が出来て顔をほころばせる。


「はい。数日ぶりです。お義母様。それと改めて、初めまして、お義父様。ラミアのリャンカと申します。


 主様(あるじ)にはミンシャがついていますし、実際、今の状態では何が出来る訳でもないので」


 リャンカはゴウセルにもニッコリ微笑み、頭を優雅にさげている。


「お、お義母様と、お義父様?」


 ゴウセルがいきなり衝撃的な呼ばれように驚愕する。


「はい。主(あるじ)様のお義母様、お義父様ならば、私にとっても父母も同然ですので」


 如才ない笑みを浮かべているリャンカ。


「ああ、そういう。びっくりした。俺は、ゼンと結婚の約束でもしてるのかと」


 ゴウセルは驚きを笑って誤魔化すが、


「いえ、私は別にそうなっても全然構わないのですが……」


 テレてしなをつくるリャンカは、綺麗な上辺とは違ってかなりの策士らしく、この機会にゼンの養父母に自分をアピールする気満々のようだ。


「ま、まあ、その話はゼンが起きれる様になってからにでも聞くとして、話の補足というのは?」


「主(あるじ)様が私達を実体化させたのは、自分に代わって今回の事の説明をさせたかったからなのが、理由の半分でして」 


「えー、と半分?残りは何なのかしら?」


「残りは、皆様方のお世話です。私もミンシャも、未熟なれど、主(あるじ)様から直に全てを習い覚えていますので、料理もきっと、ご満足いただけるものかと」


 つまり、自分が動けない間の食事や他の雑事をしてもらう為に、二人を無理してまで実体化させた、というのだ。どこまで気遣うのやら。


「そ、そう。それは楽しみね」


 ゼンが動けない事で密かにその事をガッカリ落胆していたレフライアは、それを見透かされた様な気になって、気まずげにゴホンと咳をする。それに器量良しの義娘まで出来た?


「で、ゼン君側の補足を、貴方がしてくれると」


「主(あるじ)様は私達に隠し事はしません。いえ、秘密の事はある様ですが……」


 そこでうろんげな目つきでサリサを見る。眼力に押されてサリサは目をそらしてしまった。


「ともかくも、あの場での行動も、その意味も私達には、いえ私達以上に分かっている人はいないと思いますので、ご説明させていただきます」


「じゃあ、お願い出来るかしら。サリサの話だと、貴方達の力を借りた反動で、今ゼン君は衰弱して動けない状態になったらしい、と」


「はい。それを私達は同調(シンクロ)と呼んでいます。主様と従魔の魂を重ねて、一時的に、ですが、本来の数倍の力を得る事が出来ます。


 従魔はそれぞれ得意なものが違うので、その状況に合わせて従魔を選び、同調(シンクロ)して力や速さ等を得る訳です。


 その代わりとなる反動、代償は、その使う力の割合での、長時間衰弱状態で、行動不能になってしまうものなのです。使い始めてから十分後にそうなります。従魔の方は五分後に。つまり、その強化状態は5分しかもちません。残り5分の時間差が何なのかは謎なのですが。


 これは、主(あるじ)様の“奥の手”、だったのです……」


「それを使わざるを得ない程の状況だった、と」


「そうです。それに、あの時主(あるじ)様の使った、“虚空”という技は主(あるじ)のお師匠様、ラザン様の技で、まだ主(あるじ)様は習得出来ていない技でした。それを剣狼 ソ-ド・ウルフのゾートと同調(シンクロ)し無理して再現しようとしたのです」


「ラザンの“虚空”……。それって、どんな技なのか聞いてもいいのかしら?」


「すみません、私は術士ですし、主(あるじ)のお師匠様の事なので、主(あるじ)様から直接お伺いするのがよろしいかと」


「そう、ね。わかった。その事はいいわ。それで?」


「あの時は、そうしたラルクス様の矢と主(あるじ)様の技を合わせ、それでも通じていないように一見見えたのですが、その時、主(あるじ)様は頬に風を感じまして!」


 頬を紅潮させ、主の活躍を話すリャンカはそれは嬉しそうだ。


「風?ああ、つまり、壁には目に見えなくても、ヒビか穴かが開いて、そこから空気が流れ込んでいた……」


 自分も戦士として、その場の状況を的確に判断しなけれなならないレフライアならではの察しで、他に気づいたのはライナーぐらいだった。


「はい!主(あるじ)様はそう判断して、今度は力の強い、岩熊(ロック・ベア)のボンガとも同調(シンクロ)して、打撃系の技を使い、何とか穴をあける事に成功したのです!」


「え、それって二人同時に、つまり3人同調(シンクロ)した事にならない?それって平気なの?」


 レフライアの痛い所をつく指摘で、リャンカは顔を曇らせる。


「修行中の実験では、試した事のないケースですので、絶対大丈夫、と言えるものではないと思います……。一応、行動に支障は起きていないのですが。


 それで、二人との全力同調(シンクロ)なので、今まで試した場合ですと、一人全力で丸一日。今回は二人なので、丸二日、衰弱状態が続くと思われます。その上、無理して私達二人の実体化までして……」


「その衰弱状態、というのは、何らかの手段で短縮出来ないの?回復薬(ポーション)とか治癒術とかで」


「色々試しましたが、駄目みたいです。同調(シンクロ)の代償として、従魔の法則(ルール)内で決められた事柄なのかもしれない、と主(あるじ)様は話しておられました」


「そう……。従魔の事に詳しいのは、パラケスとゼン君が一番だものね。で、その衰弱の始まる時間の前に、迷宮のボスを倒した、と」


「はい。サリサリササマもかなり消耗されていましたので、自分が動けなくなると、敵との力の均衡 パワー・バランスが崩れて、苦戦、もしくは全滅もあり得るかも、と」


 一瞬だけどこかが棒読みになった。


「そうね。無駄に力を消耗してからの連戦。そうなったとしてもおかしくはないのよね」


 リャンカの補足もあって、これで大まかな状況は分かったが、内容を考えるに、とんでもない話であると判断出来る。ゼンや西風旅団の戦いぶりが凄い、とかそういう話ではない。いや、凄いは凄いのだが。


 ゼンも色々困り果て、途中中断もやむなしかも、と考えていた様だが、これは、神々の造りし迷宮(ダンジョン)が、まるで正常に機能しているとは思えないからだ。


 階層ボスの異常、というのが一番おかしい。多少、希少種(レア)や異常種(ユニーク)などの、強めの階層ボスが出る事はある。


 しかし、エルダー・トレントは、その階層に出るトレントの2段階上の、いや実際はもう1段階、発見されていないトレントがいるだけで、3段階上なのでは?と言われている位強い。『冒険者殺し』の異名までつけられているのだ。出る訳がない。


 それに戦利品の金額もおかしい。大金貨十枚って、それは普通に中級の迷宮ボスから出る金額だ。


 死神(デス・マスター)もおかしい。ランク的には、エルダー・トレントよりマシだが、この階層には、死神(デス・マスター)に連なる魔物はいない。ファナに、ギルドから取り寄せてもらった資料にもない。そんな魔物が何故急に階層ボスとして出るのか?


 そして、最初に死神(デス・マスター)を倒したら、まだ1体隠れていて仲間を呼び、合体して巨大化した、なんて、他の冒険者だったら起きたまま夢見るな!と殴って追い返すだろう。


 それぐらい荒唐無稽な話だ。そんな性質、特質を持った魔物ではない。まるで違う魔物との戦いを聞いた気分になった。


 そしてここでも大金貨十枚だ。


 最後の、『悪魔の壁 デモンズ・ウォール』特有の『試練』というのは、発動条件がまだ分からないが、言っては悪いのだが、それがいつ発動してもおかしくない探索内容だった、と思ってしまう。


 なにせ、最初からの日数を合わせても、たったの五日で中級の迷宮(ダンジョン)を制覇(クリア)してしまったのだ。最速とか最短とか、そういう次元の話ではない。あの子達は、迷宮(ダンジョン)の天井に穴でも開けて、近道作って登ったのか?と思ってしまうぐらい出鱈目な速さだ。


 聞いてみると、全部ハッキリ言ってしまえば、『流水』の弟子のせい。『超速』のゼンなんてフェルズ内では呼ばれてしまっているが、まさにその二つ名に相応しい、面目躍如な活躍、と言っていいだろう。


 迷宮(ダンジョン)なんて場所は、迷って当り前。道に迷って戻れずに全滅する冒険者だって、決して珍しい話ではないのだ。


 それが、最短ルートが案内出来て、“休憩室”の大体の場所まで分かり、魔物を避けたり、逆に倒す為に探す事も出来る。鍵付き部屋の案内まで出来る。


(なに、それ?迷宮の主 ダンジョン・マスターか何かなの?優秀過ぎるにも限度ってものがあるでしょうに!羨まし過ぎる!現役時代だったら、絶対無理にでも勧誘(スカウト)する!逃がしたりはしない!……コホン。興奮し過ぎたかしら?)


 だが、それでも、『悪魔の壁 デモンズ・ウォール』の『試練』も、その壁の異常な強度は、おかし過ぎる。これは、彼等の実力を精査した上での、強度設定になった、と考えるべきなのだろうか?


 中級迷宮の『試練』としては、難し過ぎるのだが……。ロックゲート 岩の門のオーク・キングの方がまだ全然普通だ。あれはただ強いボスを倒せばいいだけの話。


 『悪魔の壁 デモンズ・ウォール』の『試練』は、壁から無限湧きする倒すと強くなる悪魔だの、謎解き有の、時間制限で左右の壁が迫るの有の、破壊困難な壁の破壊有の、自分が現役のA級だった時でも、こんなものから脱出出来る自信はない。いや、完全無理だ。絶対死んでる。


 どうにもこれは、迷宮の設定が、操作されている気がする。難易度設定や、出現する魔物までもが変えられている、と言っていいのだ。そうとしか思えない。


 そして、神々が造った迷宮なのだから、それをいじって遊んだのも当然……。


 心当たりがなくもない。神々にだって、中には〇〇なのもいるのだから。


 どうにかしなくてはいけない。ギルドマスターとして、当然の責務だ。


 そんな風に、適当に敵が変わる迷宮(ダンジョン)等という、ただでさえ危険な場所なのに、より危険で不安定になった場所に、いったい誰が潜ると言うのか。


 迷宮(ダンジョン)は、一定以上の人が潜らなくなったら、魔物が大量に外に暴走(スタンピード)するように設定にしている癖に、何を考えているのか。


 そして、もしこれが他の迷宮(ダンジョン)でも起こったりしたら、対応出来るのは、極僅かの優秀な冒険者のみ、だ。


 今のところ、そんな話は聞いていない。冒険者から報告はされていない。


 なら、彼等だけが、“標的”として選ばれてしまったのだろうか?


 ゼンを始めとして、色々優秀で個性的な面々だ。そうした“標的”になっても、おかしくはないのかもしれない。


 レフライアは大きくため息をついて、これを解決するには、ある人物の協力を得なければいいけない、と考え、その人物、神術士のアリシアを見つめる。


「アリシア。今回の迷宮(ダンジョン)の異常をどうにかするのに、貴方の力が必要になると、私は考えているの。協力してもらえないかしら?」


 突然のギルマスのご指名に、さすがの天然アリシアも戸惑う。


「私、ですか~?なんで私が~?」


「それは、多分貴方にしか出来なくて、貴方の専門の話でもあるからよ」


 レフライアは真面目で真剣だ。他に頼るアテがない訳ではないが、時間がかかり過ぎるだろう。


「はぁ。私で出来る事であれば~~、協力するにやぶさかではないです~~」


 やる気があるんだかないんだか分からない口ぶりでアリシアは言う。


「じゃあ、二日か三日後くらいまでは、フェルズにいて欲しいの。こちらも準備とか、連絡する所とかあるから」


「それは、構いませんよ~~。だって、昇級試験とかあるし、ゼン君が起きれるようになってから相談する事もたくさん~~」


 そう言って、横の、リーダーで恋人なリュウを見る。


 その視線の意味が分かって、リュウも慌てて、相談事がある事を思い出した。


「すいません、ギルマス。今までの事とは関係ないのですが、うちのパーティーの事で相談があるのですが。うちのみの話にならない、規模の大きい話なんですが……」


「何かしら?今やゼン君と貴方のパーティー、『西風旅団』は色々な意味で、ギルドにとっても重要な存在だから、大抵の事では相談にのれると思うのだけど」


 アリシアに頼み事がある事もあって、レフライアは色よい返事をする。


 そこでリュウは、ゼンの話した、上級までの昇級を目指す『クラン』結成の構想を話して聞かせた。当然、発案者がゼンである事も合わせて、勧誘の話、『クラン』でまとめて暮らす屋敷の話など、ゼンが聞かせてくれた諸々全てを話した。


 もっと軽い相談事かと思って聞いていたレフライアは、その大胆で突飛なのだが、現実性のある構想を、聞いている内に面白い、と思い、もしかしたら、自分が出来なかった、フェルズの冒険者の意識改革を、この話によって少しでも出来るのでは?と考えるのだった。


 ゴウセルも交えたその話は、旅団全員も加わり、遅くまで熱く語り合う事になった。


 結局、夕食の時間までその話は続き、また今日も旅団メンバーはゴウセルの屋敷に泊る事になり、ミンシャとリャンカの作った、ゼンに勝るとも劣らない、素晴らしい料理を堪能するのだった。










*******

オマケ


(つんつんクンクン)

ミ「はぁ~~、ご主人様の匂い、好きですの~~」

(ドゲシ)

リ「人がいない間のどさくさに紛れて、何してるのよ、犬娘!」

ミ「蛇女、人を足蹴にして、覚悟は出来てるんですの~?」

リ「覚悟ね。好きにしたら。腕力でかなう訳ないんだから。まあ、主様にはバッチリ全部、暴力振るわれた事も含めて報告するけどね」

ミ「ズ、ズルイですの!汚いですの!」

リ「ズルくありません~。汚くありません~。私は従魔のお勤めをちゃんとこなすだけですわ」

ミ「ぐぐぅ…。謝るですの!だから、この事は内密ですの……」

リ「え~、どうしよっかな~」

ミ「むう、仕方ないですの。秘蔵の、ご主人様の〇〇を……」

リ「え、なにあんた!こんなの持ってたの?!」

ミ「欲しくないですの?ホラホラ~~ですの~」

リ「ぐう、汚い、でも欲しい……」

(似た様なやり取りが延々と続く)

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