第73話 フェルズへ☆  



 ※



 『悪魔の壁 デモンズ・ウォール』の見張り当番であった二人の冒険者ギルド職員は、転移符を使ったのとは違う場所、違う大規模な魔法陣は出現するのを見て、久しぶりに迷宮(ダンジョン)制覇(クリア)を果たしたパーティーが現れたのだと気づき、色めきだった。


 中級迷宮を攻略し切ったパーティーとはすなわち、後の上級冒険者候補だ。


「しかし、今ここに籠ったパーティーで、そこまで行くような猛者は……」


 二人は考え、同じ結論に達する。だがそれはあり得ない。確かそのパーティーは、転移符で途中の階から始める予定と聞いていたが、それは10階からだ。


 そして、そのパーティーが『悪魔の壁 デモンズ・ウォール』に入ってから、まだ4日しか経っていないのだ。1日10階以上のペースでここの探索を進めたパーティー等いないし、聞いた事もない。


 そんな非常識としか言いようがない探索、上級冒険者でもやらない。


 ここの最短制覇記録は、2カ月、というのがあるが、それは上級冒険者が出したものだ。


 確かに、問題のパーティーは、初日に10階まで進める快挙をなしたが、それはあくまで迷宮(ダンジョン)の低層で、色々な偶然や幸運が重なっての事だろう。いわゆる、初心者的幸運(ビキナーズ・ラック)というものだ。


 それと同じペースで進める程、中級迷宮は甘いものではない。


 だが、それでも、二人とも期待してしまう。なにせ、“その”パーティーには、今やフェルズでその名が口にされない事がない程の有名人。大陸中を周って活躍している英雄の弟子で、彼自身もまた英雄と呼ぶに相応しい功績をなした少年がいるのだから……。


 転移の魔法陣の光がおさまり、そこに現れたのは期待違わず、まさに予想通りの最年少パーティー、『西風旅団』の姿がそこにはあった。


「嘘、だろ……」


 予想はしていたが、それが現実となると話は違う。彼等は初日合わせて、たったの5日でこの『悪魔の壁 デモンズ・ウォール』を制覇(クリア)してしまったのだ。最短記録の更新、どころの騒ぎではない。最早不滅の大記録だ。


 と、その『西風旅団』の様子がおかしい。皆、疲労困憊なのはいい。仕方ないだろう。だが、そこにあの、少年の姿がなく、気づけば、一番背が高く体格のいいリーダーの少年、リュウが横抱きに抱えている、小さな人影がいる。まさか!?


 ギルド職員二人が慌てて駆け寄ると、その意味が分かったのだろう。リーダーの脇にいた少年、ラルクが急いで手を振って、その誤解を正す。


「あ~、すいません、大丈夫ですから。ゼンは、その……最後のボス戦で力を使い過ぎて、衰弱した状態にあるだけです。死んだりはしてませんから」


 その言葉にギルド職員二人はそっと胸を撫で下ろす。不滅の大記録を打ち立てて、英雄が帰らぬ人となる、等という、感動的ではあるが、計り知れない損失となる出来事の生き証人にならずに済んだのだ。


「力……そうか、スキル技の多用とかしたのか。そうだな。それだけの事でもしなければ、こんな凄い偉業を成し遂げられる訳もない、か」


 もう一人もうんうん頷く。


 当たらずとも遠からず、な感じだが、リュウ達は曖昧に笑って否定も肯定もしない。


「それで、すいません。ロープか何かあったら貸して……いや、売ってもらえませんか?こいつ抱えて、もう一人背中に背負うつもりなので、落ちない様に縛りたいんです」


「うん?分かった、そうだな。ついでに、他にも持って来てやろう。ちょっと待っててくれ」


 元冒険者、なギルド職員が勇んで彼等の寝泊まりする小屋へと走って行く。


「いやぁ、しかし、戻って来て早々これ、か。これからどれ程の偉業を君等は成し遂げてしまうのか、想像も出来んな……」


 残ったギルド職員はしみじみと、リュウの腕の中で弱った様子の少年を見ながらつぶやく。


「……全部、こいつのお陰ですけどね」


「いやいや。迷宮(ダンジョン)が剣士一人の腕でどうにかなるものじゃない事ぐらい、俺等だってちゃんと理解してるよ。お前さん等は、それだけの実力を持ったパーティーだってな。自信を持っていいと思うぞ」


 事情に通じているからこその暖かい言葉。


「……はい、ありがとうございます」


 リュウ達全員、その言葉だけで今までの苦労が報われたような気になってしまう。


 だが、ゼンがこの迷宮攻略で果たした役割が大きい事実は変わらないのだ。自分達ももっと、彼の負担を減らせられるように鍛錬しようと、そう心の中で誓う面々なのであった。


 それからしばらくして、小屋へと走って行った職員は、注文通りの縄と、他にも気のきいた物を持ってきてくれた。


「それって、認識阻害のマント?」


「ああ。何かの任務様に常備してあるんだ。その子は有名人だからな。それにくるんで運んでやれ。後、緊急通過用の、ギルドの証明書。怪我がなくても、一刻も早くフェルス内に入れた方がいいだろ?今から行くと、商隊やらなにやらで人がごった返す時間だ」


「すみません、何から何までお世話になってしまって……」


「いいって事よ。実は、ギルマスから連絡が来ていてな。もし、お前達が出て来る事があれば、一刻も早く戻れるように手配してくれ、と」


「ああ、成程。ギルマスが……」


 従魔の件で、だろう。


「まあそれがなくても、これぐらいは未来の英雄様――いや、もうすでに英雄なのか――を気遣うのは、こちらとしては当然だ」


「……ありがとうございます。何とお礼を言っていいやら……」


「あ、そうだ。多分、あれがそうなんだ~~」


 突然、アリシアが意味不明につぶやき、収納具からゴソゴソ何かを取り出す。


「なんか、ゼン君が朝に、昼用にって作ってた物が、二人分大目に作られてて、なんで?って聞いたら、今日中に制覇(クリア)出来たらその時に、って」


 アリシアが、収納具から取り出したのは二人分の昼食用のお弁当だった。


「俺達、に?」


「そうみたいです。気遣い上手な子だから~~」


 手渡された物は、『流水』の弟子が、自ら作った物だと言う。


 小さな英雄に気遣われて、ギルド職員二人の感動もひとしおだ。


 リュウ達は、ゼンを認識阻害のマントでくるみ、それをリュウが抱き上げ、背中にはアリシアがおぶさり、一応縄で固定する。


「……二人には重量軽減かけるから」


 サリサはそう言うと、小さく呪文を詠唱し、ゼンとアリシアに杖を向ける。


「お、かなり軽くなったな。サリサは大丈夫か?」


「フェルズまで飛ぶくらいなら何とかね」


 多少顔色が悪いが、全員が疲労し、消耗している。


「それじゃ、行きますんで。色々ありがとうございました!」


 リュウが改めて礼を言い、全員が頭を下げてから出発する。


 目指すはフェルズ。4日ぶり(?)の帰還だ。迷宮(ダンジョン)内に籠っていると時間の感覚が曖昧になる。もっと長く潜っていた様な気がするのだ。(具体的には、連載19回分とか)




「おー、迷宮(ダンジョン)で鍛えられたのか、前より速く走れてる気がするぞ」


「いや、気のせいじゃないな。確実に速くなってるよ。俺もお前も」


 帰還途上でそんな会話が交わせるぐらいに、以前より楽になっているのだ。


 アリシアがリュウの背中で、速い速いと喜んでいる。上空からサリサは、それを少し呆れた目で見ている。何にせよ、速く帰れるのはいい事だ。



 実際に、フエルズに門前まで来るのに、今回は1時間を5分は切っていた。前は1時間と10分ぐらいかかっていたのだから、目覚ましい進歩を遂げている。


 突然、凄い速度で街道以外の荒れた道から走って現れた冒険者に、その場に並んでフェルズの中に入る順番待ちをしていた列に並んでいたっ商人の商隊や、それ以外の者も、全員目を丸くして驚いていた。


 馬車を使わず、身体強化を使って走って移動する冒険者等、そうそういるものではない。


 背負っていた少女を、固定していた縄を切って降ろしていると、その近くに魔術師の少女が上空から降りて来た。


 その冒険者達は、並ぶ列の見張りをしていた門番に何か見せて、緊急用の出入り口に入って行くのだ。当然、貴族でもない者がそんな事をすれば、騒がれるのは当然の話だった。


 その冒険者から何か渡された門番は、驚いてそれを返そうとするのだが、無理にそれを押し付けられ、表面上は渋々と言った感じに受け取って、こちらに戻って来る。


 そして、不平不満で騒ぐ列に並ぶ者達に、大声で告げた。


「今のは、迷宮攻略に行っていた冒険者一行なのだが、途中負傷者が出たので、急ぎ帰還した所だ。ギルドの証明書も持っていたので、通行を許可したのだが―――」


 だからと言って、長時間列に並ぶ者の不満がやわらぐ訳ではない。まだブツブツとつぶやき、騒ぐ商人や傭兵、普通の一般人達。それも、次の一言で一変する。


「ここに並ぶ者達に悪い事をしたから、と、金貨が渡された。ここに並ぶ者達に、何か飲み物でも食べ物でも、適当に振る舞ってくれ、と言われてな」


 しばしの静寂、そして大歓声。耳を塞がなければ、鼓膜が破れるのでは?と心配になるぐらいの大声だ。


 他の門番達も、彼の所に集まって来る。


「おい、今の本当か?金貨って、銀貨の間違いなんじゃ?」


「いや、本当なんだよ。買って持って来なきゃいけないからな、俺等も自由に飲み食いしてくれ、と言われた。使い切ってもいい、とまで言われたぞ」


「おお、剛毅な。何者だよ」


「気づいてなかったのか?例の最年少パーティーだよ。『超速』のいる」


「ああ、そうか、成程な!」


「あれ?でも肝心の『超速』がいなかった様だが?」


「ほら、あのマントにくるんでた、怪我人風のが……」


 言葉を濁し、最後までは言わない。


「え、『超速』、怪我したのか?」


「いや、重傷とか、そんなんじゃないらしいが、流石に詳しくは聞けなかった」


「まあ、迷宮(ダンジョン)なんかじゃ、なんでもあり、だしな」


「そういう事だ。じゃあ、適当に食べ物、いや、これだけいるんだ、屋台に声かけて来てもらおう。全員腹いっぱい食ったとしても、どうせ残るんだからな。屋台を色々呼んで騒ごう」


「いいのかよ、それ。面白そうだが」


「いいですよね、隊長!」


 いつのまのか背後に来ていた、門番をしている兵の隊長をしている、背の高い中年兵士に、金貨を渡された門番は声かける。


「ああ、ちゃんと列並んでる奴の手続き済ませれば、いいんじゃないか?その代わり、緩んで変な奴に忍び込まれたりするなよ。


 後、俺は詰め所にいるから、食べ物とかそっちに持って来てくれよな」


 話の分かる隊長であった。



 ※



 一方、フェルズ内に入ったリュウ達は、これからどこに行くかで迷う。


「怪我ではない、にしても、ギルドの治療室に連れて行った方がいいのかな」


 とリュウが誰にともなく言うと、マントに包まれ抱き抱えているゼンが何かつぶやいている。


「ゼン、意識はあるのか?なんだ?」


 リュウが耳をゼンの側に寄せてつぶやきを聞き取ろうとするが、


「?」


「ゼンは何だって?」


「いや、なんか、女の子の名前を―――」


 言いかけるその眼前に、突然二人のメイド服を着た少女が現れる。一人は犬耳で、碧髪の、随分愛らしい少女だ。獣人か?もう一人は金髪碧眼の、アリシアやサリサと同等ぐらいなんかじゃないかと思えるぐらいの目鼻立ちの整った美少女だった。


「今の状態で、二人も実体化させるなんて、無茶です、主様」


「むー、ご主人様、無理し過ぎですの」


 二人が、リュウの抱える少年に言っているのは明らかで、だからこそ気づいた。話も前もって聞いていたのだから。


「従魔の、“ミンシャ”と、“リャンカ”、なの、か?」


「はい、ですの」


「お初にお目にかかります、私、従魔のリャンカといいます」


「あ、み、ミンシャですの」


 余りに雑な挨拶の後の完璧な自己紹介で、ミンシャは慌てて名前を言う。


「主様から、後の事は任せる、と仰せつかっておりますので、とりあえずは、主様のお義父様の屋敷に。ギルドの方には、心配をおかけしたくない人がいるとの事。そちらの方々もご承知の事ですが……」


 と、アリシア、サリサの女性陣を、何故かきつい眼差しで見る。


「そうなのか?」


「あ、うん。まだ言ってなかったけど、ゼン君の関係者が、治療室にいるの~~」


「……そういう訳なのよ」


 ザラの話は、かなり重い内容なので、男性陣にはまだ話せていない二人だった。


「やっぱり蚊帳の外だよなぁ……。よし、ゴウセルさんの屋敷に行こう」


「まあ、愚痴るなや。事情があるんだろうさ」


 機嫌良くとりなすラルクは、ゼンに言われていたメイド少女二人が、思っていた以上の上物(表現が悪いが)であった事に浮かれているのだ。


 合計7人になった一行は、リュウを先頭に、ゴウセルの屋敷へ急ぐ。


 従魔でメイドな二人は、大人しく一番最後に付き従っているが、女性陣を、特にサリサを見る目つきが厳しいのは気のせいではないであろう。


 泥棒猫、死すべしですの、とか、まあ、それなりの様ですが主様に釣り合うかと言うと……、とか何か不穏な雰囲気を発していた。


 ゴウセルの屋敷に着くと、そこには早馬を飛ばして王都から戻っていたライナーがいた。


 ゴウセルとライナーは、衰弱し、今は最後の力でミンシャとリャンカを実体化させて気を失っているゼンを、驚き、慌てて出迎えた。すぐにゼンは自室の寝室に運ばれ、寝かされる。その横にはミンシャとリャンカが付き添っている。


 西風旅団の面々は、ゼンが何故こんな状態になったのかを説明しなければならない。


 面倒で長い話になりそうだ、とためらっていると、ギルドに門番からの連絡があったので、急遽仕事を中断してまでして帰って来たギルマス・レフライアが、お久しぶりのファナを連れて現れた。


 同じ説明を二度しないで済むと、旅団の面々は喜ぶが、ファナが凄まじく不機嫌だ。


 自分がちょっといない間に、レフライアはゴウセルと復縁(?)してしまっていて、商会での詐欺だの借金だのも綺麗サッパリ解決。


 おまけにゴウセルには、英雄となって帰って来た『流水』の弟子と養子縁組をして親子になっていて、レフライアもいきなり優秀な義息子が出来ちゃうのよ、と息子自慢をしてきて、最早この世の春、と幸せいっぱいな顔をしている。


 どうやら、ゴウセルの借金や詐欺等がうまく片付いてしまったのも、全ては英雄になって突然戻って来た少年が原因らしいのだ。


 ファナの心境は複雑怪奇だ。尊敬するレフライアの幸せを願っているのだから、今こうして諸々の不幸な要因が片付いたのを喜ぶべきなのに、格下にしか思えないゴウセルとの結婚が喜べない。


 今回、ゼンが持ち込んだ素材が王都のオークションで法外な高値で売れて、ゴウセルは今や物凄い大金持ちとなる、なのに喜べない。


 結局の所、誰であっても喜べないのだろう。そういう自分を自覚してしまって、それで余計に不機嫌になっている、ギルマス秘書官のファナさんでした。












*******

オマケ


ミ「出番ですの!華麗に登場、ですの!」

リ「主様ったら、ご無理してまで、私に看病して欲しかったんですね」(ポッ)

ミ「ポ、じゃないですの!リャンカ邪魔ですの!」

リ「挨拶もちゃんと出来ない最強さんこそ……」

(ギスギス)


セ「こ、怖い…。ゾートさん、ボンガさん、速く復帰して下さい……」

ガ「触らぬ神に祟りなし……」

ル「あれ?るーは?なんで呼ばれないんだお?」

セ「…あの場面で幼女出して、何か意味あるんですか?」

ル「るー、ようじょじゃないお。雛だお?」

セ「…子守もいないし、ガエイさん、そっぽ向かないで!」(懇願)

ガ「寝た子は起こすな……」

ゼ「まだ寝てませんよ~~」

ル「お?お?なんだお?」

 

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