第38話 西風旅団・新生(1)☆



 ※



 ゼンが、フェルズを旅立ってからの『西風旅団』の2年半は、”伸び悩み”の期間、と本人達は思っている。


 最初の1、2カ月は、とにかく全員なにかもう気が抜けてしまって、色々細かいポカをして、討伐任務や採取任務に失敗と成功を交互に繰り返すような、不安定な日々が続いた。


 それは、ゼンという、色々細かく全員の状態を気遣い、さりげなく、誰も気づかない様なところまでいつのまにかやってあったりする、フォロー上手がいなくなったせいでもあり、また、冒険者の先輩として、自分達が手本にならなければ、とメンバー全員のやる気が異様に高い状態を維持し続けられた、モチベーションの高さが、迷宮攻略や、野外討伐任務の成功率の高さに繋がっていた。


 色々な要素が複雑に絡み合って、それが奇跡的な程に上手く行っていたのが、ゼンがいた短い期間だったのだが、彼等はむしろ、それこそが普通の状態だと勘違いしてしまっていた。


 2カ月が過ぎた辺りで、こんな事ではいけない、修行の旅に出たゼンが帰って来た時に、自分達もまた、少年に誇れるぐらいの冒険者になっていなければいけない、と気合を一新し、張り切って再出発を誓ったのだが、それは思った程上手くはいかなかった。


 ゼンがいた頃の、上手く行き過ぎた状態を目指しているのだから、そもそも戦力減となっているのに、同じ様にやろうとしても無理がある。


 そうやって、2番目の初級迷宮(ダンジョン)攻略は遅々として進まず、ただ焦りばかりで気負う心に身体は追い付かない、そんな日々をまた2カ月ほど費やし、やっと、自分達の戦力不足を痛感した彼等は、追加メンバーの募集を開始する。


 ただし、フェルズに来るまでの苦い教訓を生かして、募集メンバーは、女性のみ、とした。


 これは、男性陣が、ハーレムパーティーを目指した訳では勿論なく、美少女揃いの女性陣目当ての馬鹿を防ぐ意味合いが強かった。


 そして、待望の追加メンバーは、募集してから3週間後にやっと希望者が現れた。


 獣人族の女剣士、年齢は24と冒険者としては若手の(旅団メンバーとは10近く歳の差があるが)ルーガルだった。


 ルーガルは、気さくで明るく、すぐに旅団メンバーと馴染み、これは上手く行くのでは、と思われたが、いざ、迷宮での戦闘に入ると、致命的な相性の悪さを露呈する事になった。


 同じ剣士で前衛の、リュウエンとの相性が最悪に悪かったのだ。


 ルーガルも、リュウエンと同じ、バスターソードの使い手だったのだが、これは、武器を振り回し、戦闘で、剣の効果範囲が広いので、仲間の前衛もそれを注意しなければいけない、戦闘力が高くても扱いの難しい武器なのだが、それが2人で前衛に出るのだ。


 どちらも、攻撃の範囲が重なってしまい、何度も武器と武器をぶつけ合ってしまう事が続いた。そして、お互いがお互いを邪魔に思ってしまう様になるのに、それ程時間はかからなかった。


 どちらかが武器を変えるか、もっと良好な距離を保って戦闘をすればいいのに、どちらも自分が前に出て、仲間の負担を軽くしようとする、まったく同じタイプの剣士であったが為に、どちらも譲らず、結局、ルーガルは2カ月ともたずに西風旅団を去る事になった。


 そして、次の募集に来たのは、28歳の魔術師、モルガンだった。


 募集は前衛だったが、ルーガルが去り、色々と思考錯誤していた彼等は、モルガンの参加を了承し、後衛の妙に厚い、バランスの悪いパーティーとなった。


 それでも、魔術を攻撃の軸として、戦闘を進めれば、それ程悪い選択ではないのでは、との考えから、戦闘をそうした作戦で進める事とし、何回か迷宮探索に出かけたが、モルガンは、1カ月ともたずに脱落。パーティーに置手紙だけ残し、去って行った。


 原因は、ハッキリ言ってしまえば、サリサリサだった。


 一回り以上に年の離れた、同じ魔術師。モルガンは最初、自分がサリサを教え導く先輩として、パーティーに参加したつもりだった。


 そして彼女は迷宮での戦闘で、その魔術師としての格の差、サリサの天才ぶりを嫌と言う程見せつけられ、すっかり自信を喪失し、パーティーでの自分の居場所のなさを痛感して、旅団を去ってしまったのだ。


 この時点で、西風旅団の面々は、他人と協調して、信頼し合った仲間でなければお互いの命を預け合えない、冒険者のパーティーとしての難しに、初めて当り前の意味で向き合う事になった、と言えた。


 そもそも同郷の、気心の知れあった者同士で組んだのが、西風旅団なのだが、本来冒険者のパーティーとは、いきなり会った様々な特徴のある連中が、お互い上手くいくかどうかを探り合いながら困難を乗り越え、何度も抜けた、参加した、を繰り返し、ようやく最終的に、うまくいく、自分の居場所と思えるパーティーを見つけ出す、出会いの運が大きく作用する難しい仲間探しなのだ。


 それを経験せずに作ったパーティーであるが故に、相性が悪ければ簡単にメンバーが抜ける事が理解出来ず、無駄にショックを受け、自分達に何か悪い所があったのでは、という無意味な反省をしたりして、無為な時間の浪費をしてしまっている事に、まだ若く未熟な彼等はなかなか気づけないでいた。


 そうして、迷走の1年が過ぎる頃に、”やっと”2つ目の初級ダンジョンをクリアし、E級への昇級試験を受けて、なんとかそれをクリアし晴れてE級のランクとなれた訳だ。


 だが彼等はこれを、”やっと”、”遅い”自分達は”伸び悩んでいる”と思い込んでいたが、それこそが大きな勘違いだった。


 そもそも、冒険者ランクは、A級までは下がJ級から始まる、Aを入れて10段階のクラスがある訳だが、ローゼン王国の成人が15歳で、Aまで1年に1回昇級が出来るのなら、25歳でA級になれる計算になってしまう。


 当然、常識的に見てそんな訳はなく、16歳でE級昇格、等と言うのは、普通に考えたらあり得ない程早い昇級スピードなのだ。


 ただ彼等は、それぞれの推薦と、最初に戦果をあげたオークの村討伐の功績から、14歳でI級からの飛び級出発となっていた。


 そして、フェルズに来るまでにも、いくつかの討伐任務で成果を上げ、H級までランクを順調に上げていた。


 ちなみに、常識的な冒険者レベルの見方は、B~C級は、40歳台でやっとなれるベテランか達人のクラス。D~E級は30台でもなんとかなれるか?、F~Gは20台で、というのが人間を例として見た場合の、レベルと歳の、相応に常識的な関係だった。


 AやSは、選ばれた人外的な天才のなる級であって、普通なら手の届かないクラスだ。それでも実績を重ね、なんとかA級になれる者は、何人かいるがそれも大抵が才能豊かな優秀者だ。


 だから、16歳でE級というのがどれ程異常かが分かるだろう。


 そして、フェルズに来て、初級ダンジョンの攻略許可を得る為に、若干15歳でG級昇格試験を受け、それをクリアしてランクアップした、最早エリート街道まっしぐらな、脅威の新人パーティーなのだ。


 それが、最初の初級迷宮、ロックゲート 岩の門で、異常進化をしたボスとの連戦に勝利し、その仕組み(メカニズム)を解明した、として異例のF級昇格となったのだ。


 それもまた、異常な出世昇級だった。


 だから、すでに4人は十分昇級していたし、1年で1昇級は決して遅くはない、むしろ早い部類なのだが、それを親切に忠告する者も、助言をしてくれる先輩も、西風旅団には皆無に近かった。


 唯一、相談出来そうなゴウセルは、ゼンの不在に、彼等以上のショックを受けていて、彼等西風旅団の面々を見ると、ゼンがいる時を連想して、余計に悲しくなるらしく、思う様に相談には行けなくなってしまった。


 後、もう一人のギルマス・レフライアは、ゼンとゴウセルを介して、多少親しくなっただけであり、ゼンが不在の今は、関係性が薄くて気軽に相談には行けない。


 そもそも、ギルドという組織のトップに、気軽に、自分達のパーティー運営が上手くいきません、中々昇級出来ません、なんて軽い、相談ができる勇気のある者は、流石に旅団にはいなかった。


 それに、あの”伝説”の開催式のせいで無意味と言っていい程に、レフライアの名声は高まり、どこそこから演説して欲しいだの、王都で勲章授与等、だの、レフライアにとっては最早どうでもいい話が色々舞い込んできて、それらを断ったり無視したり(オイ)して、ギルマスとしての本来の仕事以外も忙しく、ゴウセルと会う時間すら削られていたので、ギルマスに相談、というのは事実上不可能であった。


 魔界の魔族の友和派からも、演説や勲章の話等来ていたのだが、こちらは丁寧にお断りしつつ、友和派とは冒険者ギルドとして友好を深め、これからも連絡を密に取り、種族間の和平を目指す方向で話し合いは進んでいた。


 なので、やはりギルマスに相談は無理な話で、もしそれを実行しようとしても”ファナ”という、ギルマスのタイムスケジュール管理を任されたぶ厚い壁に阻まれ、実行不可能であっただろう。


 リュウエンは、検定官で元B級冒険者のレオに、前衛の剣士として、何か助言(アドバイス)をもらえないかと、何度か会ってみたが、彼はリュウとはまったく違う、器用で楽天的な万能型の剣士で、それでいてバスターソードは使った事がなかったので、こちらの相談も、余り有益な物にはならなかった。


 結局、若く未熟な冒険者である西風旅団には、経験豊富な熟練したベテランの、指導者なり先輩の助言者なりがあれば、もっと冒険者本来の地味さや苦労の多さ、中々昇級出来ない苦悩等が分かり、自分達がどれ程恵まれているか、異例中の異例で昇級しているかが分かったかもしれない。


 だが、そうした者がいなかった為に、結局は自分達だけで、無意味に悩み、苦しみながら、それでもなんとか3番目の初級迷宮の攻略を、彼等自身の力のみで進めるしかなかった。


 そうしてまた、3番目の初級迷宮を、1年と少しかかって攻略(初級迷宮でも、1年で攻略するのは異常である。普通に2、3年かけるPTの方が圧倒的に多い)、またそこで昇級試験を受けるのだが、この検定では、ギルド側の方で密かに揉めた試験だった。


 強さそのものは、申し分ないのだが、若さや未熟さ故の不安定さが残る西風旅団を、D級という、中級迷宮の入場が出来る様になる最低クラスに通してしまっていいものかどうか。


 果たして、彼等を、初級とは完全に一段難易度の違う迷宮に送り込んで、無事帰って来れるかどうか、試験結果はすぐには出ず、珍しく審議対象となって、後日の発表となった。


 ギルドでの審議は、荒れに荒れ、真っ二つに分かれた。まだ時期尚早として、今回の昇級は見送るべき、との意見と、実際の強さが検定基準を十分越えているのに、それをしないのはいかがなものか、と昇級を押す意見。


 結局判定は、ギルドの長であるレフライアに押し付けられた。


 レフライアも迷ったが、すでに『流水』のラザンとその弟子の、余りに異常で華々しい活躍は、もう一般的な噂や話題として世間に流布されており、彼等がそれを伝え聞き、余計に焦りを募らせている事が分かっているレフライアは、最終的にD級の昇級を許可してしまった。


 それが、ゼンがフェルズに戻って来る3カ月程前の事であり、西風旅団は昇級を受け、念入りに準備をした上で、最初の中級迷宮『』に挑むのだが、見事に失敗し、それでも最初の遭遇戦が入り口近くで行われた為に、なんとか彼等は生還し、しばしの療養期間を見て、それから何度か挑むのだが、その都度惨敗し、すでに負ける事を前提として、逃走の準備は万端であったので、生きて帰っては来るのだが、彼等が行き詰っているのは明白だった。


 その昇級を最終的に決めたレフライアが責任を感じ、何か有効な手を打ちたいとは思うのだが、水面下で進められていたゴウセル商会の乗っ取り問題が、王都で一挙に表面化し、破産がほぼ確実視されるゴウセルが、婚約の解消を申し出て来たり、と2つの問題が急速に悪化し、レフライアもどちらにどういう手を打つべきか混乱し、手をこまねいていた、まさにその時、ゼンが突然帰郷して来たのだった……。



 ※



 レフライアは、昨日も当り前の様にゴウセルの所でゼンの素晴らしい料理を食べてから泊まり、今朝もゼンの作ってくれた、極上の朝食を食べていた。


 パンを牛乳や蜂蜜に浸し、それをフライパンで焼き、最後にバターを一乗せする、一風変わったパンの食べ方だったが、それがまた甘くて美味くて絶品だった。


 ゴウセルはそんなに甘過ぎるのは苦手という事で、蜂蜜の量を減らし、その人の好みで味の調整までしてくれるその気遣い!


 もう嫁!嫁にするしかない!


「……レフライア、考えてる事が顔に出ているから、声には出すなよ……」


 ゴウセルは少し渋い顔をしてから、義息子の作ってくれた朝食を、彼もとても満足げに食べている。


 ゼンの料理の為に、ラザンは彼を手放したがらなかった様だが、ここでその料理を食べていると、ラザンのその行為も馬鹿には出来ない、いや、当然だろうと思えてしまうのだった。


 料理だけではない。昨日ゼンは、自分の出身場所であるスラムにおもむき、ゴウセルの所で雇われ、一斉に荷物の持ち逃げをした子供達と会い、説得して改心させてしまった様だ。


 夕方、彼に連れられて来た、10人の少年は、涙ながらにゴウセルに謝り、スラムの子供を人質として、その悪事を強要された事情を説明するのだった。


 ゴウセルは当然彼等を許し、商会の仕事が再開出来るようになったらまた雇う事を約束するのだった。


 その、ゴウセルの商会乗っ取り計画の一端であった悪事を強要して来た裏組織は、ゼンがそのままその場所を襲撃して、そのボス以下数名に、犯罪の証言をする事を確約させ、組織の構成員全員の無力化までしていた。


 おまけに、ゼンがその昔命を救われ、その組織に囚われていた女性治癒術士までも救出し、その女性は今はギルドの治療施設で保護されている。


 細かな事を言えば他にも、竜騎士と、ライナーを王都に送る交渉をしていたり、スラムの子供を集め、孤児院入りを説得し、6名の子供を孤児院に送り届けたり、他にも、スラムにある裏組織はあらかた無力化(ある程度痛めつけた?)していたり、組織の用心棒をしていた馬鹿な冒険者を捕まえていたり、と、もう八面六臂の大活躍。


 もうゼンは一人でなく、彼が複数いて、それがそれぞれ動き回って行動していたのでは、と思えてしまえるぐらいの行動力だ。(ギルマスは無駄に鋭い)


 街の奴隷商の方で何かも騒ぎがあった様だが、流石にそれは関係ないだろう。


 たった1日で、それだけの大活躍をしてしまっている。表彰とかした方がいいのだろうか?


 とりあえず、犯罪の証言をする、という組織のボス他幹部数名は、フェルズにある官憲の方で移送の手続きを進めてもらった。後日には王都へ発つだろう。


「ゼン君、今日はどうするの?」


「そう、ですね。こちらで出来る、ゴウセル関連の事は済んだみたいなので、1日早いけど、旅団のみんなの所に行こうかなぁ、と」


「ふむふむ。いいわね」


「ん。あいつらも、早くゼンと合流したいだろう。行ってやれよ」


「うん。宿はずっと同じ?」


「そうだな。変えたって話は聞かないな」


「宿暮らしは、やめさせた方がいいかな、って思ってるんだ」


「ああ、それは俺も賛成だが、どうするつもりだ?」


「どこかの家借りて、家事は俺と、後任せられるのが数人、心当たりあるから」


「……え!この家出るのか?」


 ゴウセルは思わず驚いて、大きな声が出てしまった、


「だって、いくらなんでも、そろそろ結婚するでしょ、二人。新婚家庭の、邪魔かなあ、と思って」


「いやいや邪魔なんかじゃないぞ!」


「そうよ、ゼン君ずっといていいのよ!」


 なんとなく、レフライアは料理目当てな感じがした。


「普通に気まずいよ。まあ、すぐって話じゃないから。最低でも、今探索してる中級迷宮の攻略が終わってからかな?


 二人も、すぐに結婚出来るかは怪しいでしょ?」


「あ、ああ、そうだな。少なくとも、王都に行ったライナーが、何らかの成果を上げてくれないとな……」


 借金持ちの商人がギルマスと結婚は出来ない。それがゴウセルのけじめだ。


「私は、全然そういうの気にしないんだけど、やっぱり男の見栄、なのかしら?」


「見栄というよりも、俺が、立派なギルマス様と少しでも釣り合う男でありたいんだよ」


「それが見栄じゃないの?」


「男の矜持、かな?」


「わたしは、あなたが例え一文無しでも結婚したいのに……」


「それじゃヒモだよ……」


 ゴウセルは力なく笑う。またラブラブして来た。


「……じゃあ、俺はそろそろ行くね」


 朝食の食器はもう洗ってある。掃除は、昨日目立つ所はしたから、帰ってからでもいいか。

 

「おう、気をつけてな」


「行ってらっしゃい。あ、今日は迷宮なの?」


 レフライアが少し心配そうに聞く。


「いや、野外の……適当に山の中で、弱い魔物相手にリハビリかな、と思ってる。


 前にやられた魔物に苦手意識とかあるみたいだから、それを少しでも慣れさせて、克服出来ないかな、と、俺が勝手に考えてるだけだけどね」


「いいんじないかしら。あの子達も、別に反対しないでしょ。色々行き詰ってたみたいだし」


「そうだな。俺ももっと余裕ある時なら相談とか聞けたんだが……」


 ゴウセルが心苦しそうな顔をする。


「仕方ないよ。こんなに色々あったんじゃ。俺の方に連絡欲しかったけど、始終大陸中を飛び回ってたから、連絡つかなかったかなぁ……」


「ゴウセルは心配かけたくないって、連絡禁止にしてたのよ。そんな場合じゃないのに」


「それこそ、親の見栄なんだよ……」


「見栄で破産してたら、俺、困るよ」


 ゼンは、出発の準備をしながら苦笑している。


「一応、間に合ったみたいだからいいけどさ……」


 ゴウセルは照れ臭いのかボリボリ頭をかいている。レフライアはそんなゴウセルをさも愛しそうに見ているのだ。


 またラブラブしそうだったので、ゼンは準備を切り上げた。


「じゃ、今度こそ行くね。昼は一応作ってある。か、義母さんの分もお弁当にしてあるから、持って行ってね」


「うん、ありがと。愛してる~~」


「旅団の連中にはよろしく伝えておいてくれ」


 ゴウセルは手をあげて、ゼンを見送る。


 ゼンは頷き、屋敷を出るのであった。



 ※



(一回、ザラの様子を見てから、みんなの所に行こう……)


 ゼンはギルド本部への道を急ぐ。気配を極力消して。


 ザラを運んだ時は、気が急いていて、そんな事はしていなかった。


 怪我人を運んでる、と言ったから、呼び止められはしなかったが、人ごみの中を駆け抜けたし、何か問題とかになってないといいけど……。


 何故か少し嫌な予感がするのだった。



 ギルド本部の2階にある治療室に、ノックをして返事をもらってから入ると、昨日と同じ雰囲気の柔らかな、ギルド専属の治癒術士、マルセナがゼンを出迎えてくれた。


「もうザラさんは、すっかり落ち着いているから、普通に食事しても大丈夫そう。消化のいい物を選ぶし、変に無理をさせたりしないから安心してね」


「ありがとうございます」


 とてもいい人のようで、ザラを安心して任せられるので助かる。


 いざとなったら、ゴウセルに頼み込んで、自分が引き取ろうかとも思っていたのだが。


「おはよう、ザラ。今日は昨日より顔色いいね」


「おはよう……その、ゼン?ふふ、なんだか慣れないわ……」


 ベッドの上で上体を起こしているザラは、まだ自分の状況や、自分を助けてくれた少年が立派に成長している事に戸惑っている様だ。


「安心して、身体を休めていればいいよ。治療費とかあるなら、俺が払っておくから」


「至れり尽くせりで怖いぐらい。いいのかしら……」


 ゼンは、近くにあった簡易イスを引き寄せて、ザラのベッドの横に座る。


「いいに決まってるよ。


 ザラが、あんなひどい条件で、あの部屋に閉じ込められていなかったら、俺はあいつらに殺されていたかもしれないんだから」


「そう……なのかしらね。今のあなたを見ていると、そんな条件なんてなくても、自分でどうにかしてしまいそうだけど」


「今は、師匠との、厳しい修行の旅の後だからそう見えるだけだよ。実際、最初に行ったあの時は、殺されかけていたんだから……」


 最初の、にがく苦しく重い、敗北の記憶。


「……俺はもう、ザラは自分で始末をつけてしまったと思い込んで、もう取り戻せないと諦めて、それなのにザラはずっとずっとあそこに……。俺は、自分で自分が許せない……」


 そんな、強く膝の上で血が出るぐらい握りしめられた拳に、ザラをそっと手を重ねる。


「もう、そんな事は忘れて。あなたが、私が生きてるのを知って、何度もあの建物に来てしまったら、それこそあいつらに捕まって殺されていたかもしれない」


 ザラは静かに、満足げな微笑みを浮かべている。


「でもあなたは、強くなって、スラムの子供達まで助けて、私を救い出してくれた。


 それでいいの。あなたがそんなに立派に強くなって、色々な人を救える様な英雄になっただなんて、中々信じられないんだけど、でもそうなのよね。


 なら私は、あなたが強くなるまでの時間を稼いであげられた、そんな風に思うと、全然その時間は無駄ではなかったと、無為ではなかったと、思える。だから、大丈夫よ……」


 それは、結果論でしかない、とゼンは思う。


 けれど、正しいのかもしれない。『流水』の強さや、従魔達の助けを得て、ゼンはやっとザラを解放してあげられたのだ。


 昔の無力な少年にも、ただ名前だけ与えられた、普通の『ゼン』にも、それは出来なかっただろう。『流水』の弟子、だからこそ成し得た事はたくさんある。


 これも、その一つだったのだろうか。達成感はあるのに、どこか苦しい。


 いっそ、ザラのその、無意味で苦しく長い時の記憶を……。


<主(あるじ)様、それは駄目です>


 リャンカの、いつになく真面目な調子の念話。


<……なぜ?>


<それは、その記憶すらもう、その人にとって、かけがえのなく大切な時間となってしまったからです。


 主(あるじ)様を助け、主(あるじ)様を強く立派な、大勢の人々にとってもかけがえのない存在へと成長させる事が出来た、誇らしい記憶。


 それを、勝手に取り上げるのは、許される行為だとは思えません……>


<そうか?そうなのかな……。うん、ありがとう、リャンカ……>


 ゼンは顔を上げ、ザラを見つめる。


 以前の様に、いや、それ以上に、この女性(ひと)は、聖母の様に慈愛に満ちている。


 毒で死にかけた馬鹿なガキを助け、スラムの人々を治療し、己が犠牲になる事を少しも厭わない。


「……ザラのお母さんは、正しかったんだね。ザラは、とても美人だ……」


 ザラの頬がポっと紅く染まて、思わず重ねていた手を外す。


「あ、ま、マルセナさんが、こちら側、綺麗に治してくれたから、そのせいかもしれない…」


 ザラは無意味に、かつて火傷に見せていた側の頬を自分の手で撫でこする。


「俺は、あの頃もう見慣れてたから、あの火傷風の顔も愛嬌があって良かったと思うけどね」


 追い打ちの様に言われてザラは増々紅くなる。


「……ゼンは、色々口がうまくなったのね。へ、変なお世辞は言わない方がいいわよ……」


「?俺は、お世辞って言った事ないよ。思った事しか口にしないから」


「そういうのは、女性を勘違いさせ……、もしかして、まだ意味が分からないの?」


「何を勘違いさせたかは分からないけど、嫌な気分にさせたなら謝るよ。ごめん」


 ザラは何故か、深い深いため息をついた。


「……いえ、大丈夫よ、なんでもないから」


「そう?それならいいけど。あ、そうだ。果物なら食べてもいいかな。昨日、子供達にもあげたのが、まだまだあるから」


 ゼンは立ち上がって、マルセナに聞きに行った。どうやら大丈夫のようだ。


 また曲芸の様に果物を剣で分割し、半分をマルセナに渡した。憧れの英雄が、手ずから斬った果物をもらって、マルセナは大感激の様だ。


「食べても大丈夫だってさ。はい、ザラの分」


 昨日より細かく、食べやすい大きさに斬られていた。昨日は飢えている子供達の事を考え、大き目に分けたのだ。


 その上、どうやったのか、皮まで綺麗に剥いてある。


 斬り分けられ、綺麗に木の皿の上に並べられた果実。


 ザラは勧められるがままに、皿の上の果実を手に取って、食べてみる。果実を食べるなんて、生まれて初めてだ。


「……甘じょっぱくて、美味しいわ」


「だよね?俺もこれ、ただ甘いだけじゃない所が好きなんだ」


 ゼンが、ザラと好みが合ったのが嬉しいのか、ニコニコ笑い、果実を頬張る。


「……私も、ただ甘いだけじゃないけど……」


 なにか意味不明な独り言を、ザラは小さく呟いていた。



 ※



 ゼンが、西風旅団の泊っている宿に着くと、彼等は、宿の中庭にいると言う。


 行ってみると、そこでゼンに言われた”目”の強化を練習している様だった。


 皆、そこに設置されたテーブルを囲んだ椅子に座っている。


 サリサが杖の先に魔力だけで形成した炎のようなものを、杖の先に灯している。


 ラルクは涼しい顔で、その炎を見つめている。もう完全に出来るようだ。


 リュウは、ぐぬぬぬとか唸りながら、炎を見つめている。かなり力を入れないと見えないのだろうか。


「おはよう、みんな」


 訓練中の皆の所にゼンは歩み寄って声をかけた。


「よう、ゼン。もう1日かかるんじゃなかったのか?」


「お、おはよう、ゼン。これ結構疲れるな……」


「おはよう、いい天気で、こんな所にいるのが馬鹿らしくなるわね」


「ゼン君!おはよう~~!」


 アリシアだけが立ち上がって、ゼンをぎゅーっと抱き締めた。


「えーと、その立派に成長した胸を押し付けるのやめてくれないかな、アリシア。色々困るんだけど……」


「ああ、ごめんなさい~~。じゃあ、お腹の辺りで~~」


 胸に当たらない様に、お腹の所でぎゅーするアリシア。


「いや、もう本当に勘弁して欲しい……」


「シア、はしたないからやめなさい!」


 サリサが引きはがしてくれて助かった。


「リュウさん、身体に力入れなくてもそれ、出来る筈だよ」


「そうなのか?どうにも力が入ってしまってなぁ……」


 そこら辺は、やっぱり慣れだろう。ゼンも色々考えている。後で教えよう。


「ゴウセルの件は、ライナーさんが王都に行ったので、一応借金対策は、そこのオークションで稼ぐ事になりました。


 後、詐欺の方も調べると言ってましたから、もしかしたら、借金の方は、その調査次第では帳消しになる可能性もあります」


 ゼンは、ゴウセルの件の状況を、分かりやすく丁寧に説明した。


「詐欺の調査か。ライナーさんも大変だな」


 彼等はライナーがエルフでスカウトなのを知らない。調査等はむしろ得意分野だ。それに、ガエイもつけた。


「だから、色々諸々、その結果待ちですね。こっちでゴウセルの店にちょっかいかけてたのは、大体処理が終わったので、1日早く来れました」


「処理……」


 何か不穏な響きだが、誰も深くツッコまなかった。賢明だ。


「俺も、ギルドカードもらったので、ギルドでパーティー登録しましょう。


 それから、適当に山の中に行きませんか?考えている事があるので」


 ゼンがギルドカードを皆に見せる。わざわざレフライアが手渡ししてくれたカードだ。


「カード、本当に、Dランクにしちまったんだな。勿体ない……」


 リュウが、ゼンのカードに刻印されたランクの文字を見て切なそうに言った。


「どうせすぐ、みんな一緒に上がりますよ」


 とゼンは軽く言う。そう言われるとそうなのかな、と素直に思えてしまうのが怖い。


「ちょっと待って~~。部屋に荷物取りに行ってくるから~~」


 アリシアがいつもの間延びした声で、宿の中に入って行った。


 なんとなく、あの声を聞くと、ああ、帰って来たんだなぁ、と思えるのが不思議だ。


「私も、ね」


 サリサも続く。


「野営とかするのか?」


「とりあえず、日帰りですね。食料とか、もし取れなくとも俺がポーチに色々持ってるので大丈夫ですよ」


 ゼンは、いつもの様にポーチに手をやる。


 さて、どうしようか、と改めてゼンは考える。


 何故か『西風旅団』の装備等は、色々ツッコミどころが多い。


 女性陣は比較的まとも、というか、無難だ。少し手を加えた方がいい所もあるが、大きく変更しなくても大丈夫だろう。


 問題は男性陣の方だ。


 失敗し、大怪我を負ったと聞くので、そのせいで、色々変えたのかもしれないが、ゼンが見るに、それは諸々の要素がマイナス方向にふれている。


 どうにか説得して、装備を変えてもらおう、と思うゼンだった。











*******

オマケ


ザ「ゼンて、モテるんでしょう?」

ゼ「え、あ、うん、そうだね。修行したから、かなり持てるよ。重い物でも」

ザ「……そんな事、聞いてないわ」

ゼ「え”?」


ア「ゼン君ゼン君、久しぶりだよ~~」

サ「一昨日話したじゃない……」

ア「話数的には、久しぶりだよ~~」

サ「メタネタやめなさい!」

リ「まあなんだかんだ、久しぶりな気するよな、ここ」

ラ「……うん、お前等が似た物カップルなのは、知ってた」

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