第37話 フェルズ大掃除大作戦(後編)☆



 ※



 ゼンは、集まって来た子供達の数を数える。


「2、30人はいるかな?(途中で面倒になった)ゾイは人望あるな。かなりみんな真面目に集めて来たみたいだね」


 ゾイは顔を赤くしてテレている。すっかりゼンを信用して、心を許してくれた様だ。


(お腹殴ったけど、あれはお仕置き。必要な事だよね……)


 誰にともなく言い訳をするゼン。彼は子供達のリーダー格なのだし、仕方のない事だ。


「せっかく集まってくれたんだし、少しサービスするか……」


 ゼンは集まった子供達に、”気”を込めた声で話しかけた。


「今回、ゾイと一緒に、ゴウセルの所からの持ち逃げに参加した子は、ゾイの所に集まって。別に怒るわけじゃないから、安心して」


 ”気”を込めた声の真実さは、子供達にも伝わる。


 数人の子供が、心配そうにゾイを見るが、ゾイはしっかりと、大丈夫だ、と頷いて見せる。


 子供達から、ある程度年上の子供達が、ゾイに歩み寄って来る。


 ゼンはポーチから、リンゴに似た、だが大きさが1.5倍くらいある大きな果実を取り出し、空中に放り投げ、それを瞬時に剣で切り分けた。


 正確に八等分された果実を、ゼンはこれもポーチから出した木の皿で受け止めた。


 縦に4等分、横に2等分だ。


「食べていいよ。まず一人1個ずつね」


 皿を近くにいた小さな子に渡す。その子はおずおずと、その実を口にし、美味しいと分かるとすぐにムシャムシャ食べだした。後ろの子にせっつかれて、まだ実の残った皿を、そのせっついた子に渡す。一応行儀よく、ちゃんと一人1個でまわしている様だ。


 その間に、ゼンは次々と実を出し切り分け、その皿を、まだ食べていない子に渡していく。


 3個目を切り分け渡すと、全員にいき渡った様だ。


 なら、集まった子は24人。それに、ゴウセルの持ち逃げに参加したのが10人。今合わせて34人いる様だ。


 多分来なかった子、来れなかった子もいるだろうから、スラムには、まだ結構な数の子供達がいたのだなぁ、と、余り他の子との交流がなかったゼンは驚いた。


 果実の実をさも美味しそうに食べる年下の子供達を見て、ゾイと一緒にいる少年達が羨ましそうに見ているのに、目をやり、ゼンはまた切った実を一切れ、ゾイに渡した。


「お前らは、強制されて、ゴウセルの店の配達物を持ち逃げした事は、ゾイから聞いた」


 ゾイは、ゼンから貰った実を、少しだけ迷ったが、食欲には勝てず、結局かぶりついていた。


 リーダーの裏切りとも取れる行動を、残り9人は唖然として見ていた。


「ゾイは泣いて俺に反省を見せた。お前達は、ゴウセルに謝る気はあるか?今は、ゴウセルの商売の邪魔をしている馬鹿がいるから、またすぐに仕事を再開、と言う訳にはいかないが、もし謝りたい、仕事がまだやりたい、と言うなら、俺がとりなそう」


 そう言って9人全員の顔を見渡す。


「俺は、スラムの出だが、今はゴウセルの養子、息子になって、冒険者をやっている。


 まあ、謝りたくない、反省しない、というなら、それはそれだ。解散して、帰ってもいいぞ。馬鹿どもの所への案内はゾイに頼むから」


 ゼンは、話ながら、ゾイに渡した残りは子供達にまた渡した。2週目だ。


「今度も、1個だけとって、他の子に渡せ。皿はこっちに戻してくれ。後で洗うから」


 曲芸の様に、果実の実をポンポン切り分け、子供達に渡していく。ゾイの分だけ今度は足りなくなる筈だが、言ってくれれば直接手渡せる。


「それと、親とかいなくて、生活に困ってる子がいるなら、俺が孤児院まで付き添ってやるぞ。俺は奴隷商じゃないし、まあ、その奴隷商も今日でいなくなるが、な……」


 後半は意味不明で分からなかっただろう。それは仕方ない。


「……ん?」


 突然、がれきをかき分け、大男と小男のコンビが、この場に乱入して来た。


「ガハハハ、なんだなんだ、入れ食いじゃねーか、今日は。俺達は運がいいぜ」


「ですね、兄貴。ガキが歩いてるのをつけた甲斐がありやした」


 いかにも太鼓持ちで下品な小男。残念ながら、彼等はむしろ運が悪かった。


 ゼンは無言で、男達まで一足飛びに近づき、剣で容赦なく斬り捨てた。


「が……?」


 大男、小男は、同時に地面に倒れ伏した。その姿は無傷だ。


「あ?え?今、すげえ、痛みが、なにこれ?」


「い、痛い、いてぇーよぉ!」


 小男は自分が治っているのにも気づかず痛がっている。


「ゾート達とは入れ違いか。運の悪い奴等だな。お前等は、念入りにやってやろう……」


 ゼンは、その後何度も何度も倒れた男達を剣で突き刺した。


 最後には、剣の柄で殴って気絶させた。


「な、なんでそいつ等死なないんですか?」


 ゾイが恐る恐る聞いてきた。


「あー。俺のスキルだ(違うが面倒だしそう言っておこう)


 こんなゴミでも殺すと後味が悪いからな。(もう心は壊れて正気じゃないかもだが)」


 少し残酷な場面を見せられて、子供達はひくかと思ったのだが、逆だった。


 今までさんざん自分達を追い回し、仲間や兄弟、友達をさらわれた事のある彼等は、むしろ気絶した男達を蹴ったり石を投げたりして追い打ちしている子供がいる位だ。


 そして、ゼンを見る目が、もう完全な信頼と、自分達を助けてくれた英雄を見る憧れの視線に変わっていた。


 持ち逃げの残り9人も謝ってきたのは、ゼンの恐ろしさを見た為なのか、果実が食べたい食欲の為か、それとも信頼が出来る相手と見た為なのか、流石にもう複雑で分からなかった。


 とりあえず、9人にも果実を切り分けて与え、もう誰に何個いき渡ったかも分からなくなったので、ゾイに案内を乞う事にした。


 集まった子供の中で6人が、孤児院に入りたいと申し出て来たので、その子達以外は、お土産に豚肉の一塊を渡して解散させ、その6人と、持ち逃げを強要された、ゾイ達を合わせて16人で、ゾロゾロとスラムの中を移動する。


 そして案内されたのが、ゼンが思い出したくない苦い思いをした、”あの”場所だった。


「そうか、ここの”組織”が、ゴウセルの商会の、妨害や嫌がらせをする為に雇われたのか。何の因果なんだかなぁ……」


 かつて、大事な人をさらわれ、取り戻しに潜入した建物。


 そこで返り討ちに合い、それでも何とか死なずに戻っては来れた。大事な人は、取り戻せずに……


「……どうしたの?ゼンさん」


 ゾイに身体を揺さぶられ、追憶にふけっていた想いから帰還する。


「ちょっと、ここには昔、因縁があってな……。もうそれはいい。お前等は、ここで待っててくれ、すぐに済む。でも、一応の用心が必要か」


 ゼンは素早く物陰に移動し、戻って来た時には、さっきの大男以上にでかい、山の様な印象の男を連れていた。


「え……?」


 いったい、その巨体でどこに隠れていたと言うのか、まるで分からないので、子供達一同がざわめく。


「俺の仲間の、ガンボだ。見た目ほど怖い奴じゃないから、安心しろ」


 ガンボはその巨体を器用にかがめ、子供達に挨拶する。


「おれ、ガンボ。ゼン様の命令、絶対だから、お前達、ちゃんと護るよ」


 その顔は、目が小さく穏やかで、なにかノンビリした草食動物を思わせる物があった。


 ニコニコ笑い、小さな子をその片腕1本で手の平に乗せて、高い高いをしたりする。幼い子供達はすぐにガンボに慣れて懐き、その肩や頭の上に登ったりもした。


 年上の少年達も、どうやら無害そうだと安心する。


「じゃあ、俺はあの中に行ってくる。もしかしたら、乗っ取りをかけてる商会の事を証言してもらうかもしれんから、適当に痛めつけてくるよ。


 後、2、3そういう裏組織があるんだろ?ついでに、そっちもまわるつもりだから、手早く済ませるさ」


(1日で周りきれなかったら、明日かな?でも、まだ昼前だ。これ終わったら、メシにするかな……)


「ガンボ、ちょっとの間、頼むな。変な奴、寄って来たら適当に殴って追い払え」


 ガンボは子供達の相手をしながらコクコク頷く。


 ゼンは、見張りのいる建物へ、まるで買い物にでも来たような、自然な足取りで近づき、見張り二人を昏倒させると、その建物の中に放り込んだ。


<主(あるじ)様、5人一度に実体化させたのは初めてでは?お身体は大丈夫ですか?>


 リャンカがゼンを心配して念話で話しかけてくる。


<少しだけ、ダルいかな?別に、強い魔獣がいる訳じゃないし、平気だろう>


 師匠の厳しい課題に比べたら、何だって楽勝だろうなぁ、とゼンはノンビリ思う。


 こいつらの扱いは、どの程度にすればいいか、正直迷う。


 同じスラムの住人の癖に、スラムの子供をさらう手助けをしてた奴等だ。殺しても誰も悲しまないだろうが、証言がとれるかどうかを確かめなくてはいけない。


 取り合えず、何か叫びながら大勢襲い掛かってくるが、全て一度斬り捨てた。その後で気絶させる。リャンカが治癒してくれるので、無駄な遠慮をしないでいいのが楽だ。


 そして、上の階に行く。


(昔は、あんなに苦労して、そして失敗したのに……)


 ゼンは、人数把握の為に、気で上の階の全域を探知する。そう大きな建物ではない、余裕で………!


 その、ひどく弱った、それでもどこか清浄な、まるで汚濁の中で宝石でも拾った様な、覚えのある感覚。


 ゼンは、自分の、厳しい修行でつちかった感覚を、思わず疑ってしまった。


 それは、一度なくしたものだった。失ったと思い、絶望に涙したものだった。もう決して、取り戻せないと思い……。


「?なんだ、このガキは。下の奴等は何をやって……」


 舌打ちした、その大柄の男の気は、覚えている。確か、ここのボスだった筈だ。


「先生、なんだか分からんが、捕まえて……いや、冒険者の様にも見える。奴隷として売るわけにはいかんか?仕方ない殺って下さい」


 ボスの後ろから出てきた男は、どうやら用心棒かなにからしい。しかも、冒険者崩れ。


「……ランクCってところですか?先輩。俺、D級なんですよ、調度いい相手ですね」


 ゼンは駆け出して、その先にいる存在を確かめたかったが、目前のボスの確保も大事だ。


 もし例の商会関連の商人が、ゴウセル商会の妨害行動を画策して、それを依頼している証言が取れれば(実際は、確証さえあれば魔術で記憶の抜き出しが出来る)、商会の乗っ取り工作の一環としての証拠になるかもしれない、


 多少、犯罪の証拠としては弱いかもしれないが、ライナーのしている調査の補完になる可能性もある。


 後は、幹部連中の2、3人は欲しい所だ。


 まだこの階には人がいる。恐らくは、それが幹部連中だろう。


 まずは、目の前の障害を排除だ。



 ※



 目の前の、D級だと名乗った剣士は、おかしい。確かに隙の様な物がチラホラ見えるのだが、それを突くと、取り返しのつかない事になる様な、特大級に嫌な予感がする。


 用心棒として雇われた冒険者は、自分がこんな非合法の組織の仕事をしている事がバラされるのは非常にマズい、と考えていた。


 ボスに言われなくとも、口封じで殺したいのだが、彼の”危険察知”には、この子供の相手をするのは危険だ、すぐ逃げろ、とやかましい程の警報が頭の中でなり続けている。


 それに、彼の容姿、見た事のない高価そうな鎧、そして、こちらを余裕で待ち受けるスタイル。まさか、と思いたいが、街で噂になっている『流水』の弟子……?


 もし本物なら、自分如きに勝てる相手ではない。どうする?


 迷っている暇など微塵もなく、その子供剣士は鋭い踏み込みで、斬撃を……。


 ボスに容赦なく浴び去られた袈裟懸けの一撃。最早あれは、致命傷で間違いない攻撃だ。早々に雇い主を殺されてしまった。


 続けて、こちらにも流れる様に攻撃を仕掛けて来る。


「チッ!」


 牽制の軽い斬撃を何とか受け止め、男はその小さな剣士の、横っ腹に隙があるのを見つけ、勢いのままに反撃をーーー


 躊躇なく放ったその攻撃を、少年は無理な態勢で受け止めたと思った瞬間に、男の視界は反転する。そのまま背中に強い衝撃、斬撃を受け流され、投げられたのだ!剣を軸に!


(しまった、やっぱりこいつは『流水』のーーー)


 男の意識は、一瞬途切れた。少年の剣で、倒された男は、無防備な喉を横から斬られたのだ。


「ぐぅっ……、俺、死……え?」


 急所の喉を斬られ、生きている人間等いるわけがない。しかし男は生きていた。


「む……がぁっ……」


 横から、死んだ筈のボスのうめき声まで聞こえる。


 喉に手をやると、出血でヌルリとした感触はあるが、肝心の傷がまるでなかった。


「な、なな何だ、これはーーー」


「ちょっと寝てて下さい」


 そして頭に強烈な衝撃。男は意識を手放し、気絶した。



 ※



 それ程その冒険者は強くなかった。この狭い廊下で、雇い主を庇いながら戦うのは、ゼンの素早い奇襲を受けてしまうと難しい。


 ボスを殺されたと思い、見え見えの隙に応じてくれたので、『流水』で受け流し、そのまま強烈な投げへと転化した。


 悪事を働く手助けをしているのだし、一応”1回”で済まして気絶させた。


 懐を探ると、ギルドカードがあった。どうも、現役の冒険者の様だ。ギルドに報告案件だ。面倒くさいが仕方ない。


 カードだけ回収して事情を説明すれば、後はギルドでやるだろう。


 それよりも、ボスだ。


「おい、お前。ゴウセル商会での悪事を依頼されただろう?覚えているか?」


 心臓まで届く斬撃を受けたばかりのボスの顔色は悪かったが、


「な、何の事だ。俺は知ら……」


「そうか、もう一度、痛い目を見たい訳だな。裏組織のボスともなれば、その罪の重さは他の奴等以上だ。10回ぐらい、”死んで”みるか?」


 小さな、年端も行かぬ剣士の脅しに、ボスはすぐさま震え上がった。


 少年が本気である事がその目を見て、幾多の修羅場を潜り抜けて来たボスには分かったのだ。


 彼がどうやって、こちらを死なせる程の攻撃をしているのに、それを完全な治療を……うちの治療士にも出来ない高度な治癒を出来るのか、分からなかったが、それをやる意味は分かった。


 これは、何度も繰り返せる”拷問”なのだ!答えなければ、延々と死の苦痛を与えられるだけ……。


「い、言う、分かった、そうだ!異国の商人だと言う奴等が来て、大金をばらまき、ゴウセルの商会の妨害をして、身動きが取れない様にしろ、と……」


 こんな酷い苦痛を、耐えられる人間がいる訳がない!耐える意味もない!


 ボスは全て、一切合切を語った。


「ゴウセル商会で働いていた孤児達に、持ち逃げの一斉計画を強要したのも?」


「そ、そうだ!あいつらは、子供同士で団結していたからな、スラムの孤児を、大勢捕まえて、奴隷商に売っぱらう、と適当で単純な脅しでーー」


「……それはもういい」


 ゼンは胸糞悪くなる話をさえぎり、ボスの心臓を剣で串刺しにした。


「な、は、話せば、ぐぅ、いてぇ!それはしないんじゃねーのかよ!」


「俺はそんな事、一言も言ってない」


 ボスの顔が、一縷(いちる)の希望で輝く。少年の背後に、まだこの階に残っていた幹部連中がーーー


 少年は振り向きもせずに、抜く手すら見せずに、背後から忍び寄って来た4人を斬り捨てた。


 一斉に倒れる男達の傷は、当然治っていたが、幸運にも、その致命に至る傷のショックで4人は気絶してしまった様だ。


(お、俺も気絶してぇ……)


 泣き言が心中で洩れるが、例え気絶したとしても、無理やり起こされるだろう……。


「お前らは、捕縛され、王都に移送される。犯罪の証言をする気はあるな?」


 それは問いかけでなく強制だ。やらなければ何度でも”殺される”のだ!


 ボスはただ、ガクガクと震え、馬鹿の様に頷くしかない。


「後、まだ聞く事がある」


 ボスはもう泣き叫びたくなる。これ以上何をしろと言うのだ、この悪魔は!


「その、奥の部屋に、治療士がいるな、女の。名前はザラ……」


 何故に今ザラの名前が出て来るか、皆目見当もつかないが、ともかくボスは頷く。もう痛いのは嫌だ!


「彼女は、スラムの敵である、こんな組織に協力するぐらいなら、自分で死ぬ、と言っていた。覚悟を決めていた。そのザラが、何故生きている?」


「な、なんでそんな事まで知って……」


「いいから答えろ!」


 喉元に剣を向けられ、答えない訳にはいかない。


「そ、そうだ。あいつは、どんなに交渉しても、いい条件を提示しようとも、応じようとはしなかった。だが、なにかに躊躇(ためら)い、すぐには自分を殺さないでいた。その時……」


 ボスは、目の前の”少年”を見て、気づいてしまった。この子供は、まさかあの時の……?


 剣先が喉に浅く刺さる。


「話を続けろ!」


「そ、その時、ば、馬鹿な子供がザラを取り戻しに、この建物に忍び込んできていた!それが、うちの連中に見つかり、ふ、袋叩きにあっていて、ザ、ザラは、鎖で繋がれているのに、急に暴れて、「あの子に手出しするな」、と……」


 ボスは、自分が虎の尾を踏み、目前の脅威の怒りをさらに煽ると分かっていても、話さない訳にはいかなかった。


「……続けろ」


「お、俺は、これがザラとの交渉材料になると気づいた。だから、あのガキを生かしたいなら、ここで、この組織の治癒術士をやれ、と。もし、ザラがこの先自殺したら、あのガキを殺して、お前の後を追わせてやる、と、く、口約束だけの契約だが……」


 少年は、怖い程に無言で、ボスはただそれが怖くて話し続けた。


「それからガキをいったん解放したんだが、捕まえて、ザラが妙な気を起こさない様に、人質として確保したが方がいいと気づき、捕まえておこうとしたが部下は間抜けにも、ガキに逃げられていた……」


「………」


「い、一応、スラム中を探させて、やっと見つけたガキは、ゴウセルに雇われていた、3年ぐらい前だった。ひ、人質として、何度か確保しようと手下を向かわせても、そいつはすばしっこくてとても捕まらず、いつの間にか、フェルズからいなくなっていた……


 お、俺は仕方なく、さもガキがまだスラムにいて、いつでも捕まえられると思わせて……」


「もういい。ところで、分かっているよな?俺がその時の”ガキ”だって事に……」


 ボスは泣き、よだれを垂らしながら狂った様に頷いた。


 無論、同情等、微塵もしない!


 ゼンがボスの胸に放った連撃の突きは、自分でも何発繰り出したか分からない位の、すさまじい物だった。思いっきり奴の過去の罪、今の罪の清算と、自分の怒りを一緒にした。


 それで少しだけ発散したが、まるで足りない。しかし、これ以上やっては証言など出来ない廃人が生まれるだけだ。


<リャンカ、こいつの”今の苦痛”の記憶だけ消せ。狂われても困る>


<はい、主(あるじ)様。今の攻撃は凄かったので、消さないと正気ではいられませんね>


 リャンカの念話は、なぜか楽しそうで嬉しそうだ。


 ゼンはまた、”気”で建物の中を探知する。ザラは奥の部屋で一人だ。他に、この階にまだ隠れてこちらの様子をうかがっているのが5人程いた。


 『流歩』で高速移動し、5人全てに一度致命の一撃を浴びせてから昏倒させた。


 奥の、ザラが捕らわれているいる部屋には鍵がかかっていたが、剣で鍵の箇所を斬り壊し、その部屋へと足を踏み入れた。


 小汚い部屋。その端に、ザラがまるで犬の様に首輪と鎖で繋がれ、朦朧(もうろう)とした様子で壁に寄りかかり、床に直に座っていた。


 周囲に、水や食べ物が置いてあるが、余り食べた様子はない。ひどく衰弱した感じだ。


<リャンカ、彼女は?>


<命に別状はないようですが、栄養状態が悪く、健康体とは言えません>


「そうか、でも生きている……生きていて、くれた……」


 それも、自分なんかの為に、誇り高い信念を捻じ曲げて!


 ゼンはザラの首輪を、彼女の首が傷つかない様に慎重に切り離し、その、彼女を長年繋ぎとめていた薄汚い鎖と首輪を粉々になるまで斬り裂いた。


「ザラ……」


 呼びかけても、彼女は起きない。


 ゼンは、ただ無心でザラを抱きしめた。痛くない様に、苦しくない様に細心の注意をは払いながら………。


「……すまない、俺なんかの為に……」


 ゼンの瞳から涙が零れ落ちる。抑える事が出来ない。後から後から……。


 これは、悲しい時の涙だろうか?それとも、嬉しい時の?


 涙がザラの胸元に落ちて濡らした。


 その時、ザラの口元が、わずかに微笑んだ様な気がした。


 気のせいだろうか?それとも、いい夢でも見ているのか。


 ゼンは、ポーチから大き目の、野営用の毛布を出して、慎重にそれでザラを包んだ。


 本当は、そのやたら汚れた服を脱がしたかったが、流石にそれは、と自重した。


 そして、毛布でくるんだザラを、抱きかかえ、外へと運ぶ。今中には動ける者はいない。


 背丈のまだ低い、子供でしかないゼンが、女性とはいえ年上のザラをいわゆるお姫様抱っこするのは、かなり無理があったが、ゼンの鍛えた腕力と”気”で強化した身体には、別段それ程の負担ではない。


 外に出ると、大荷物を抱えている様に見えるゼンに驚いて、待機していた子供達とガンボが駆け寄って来る。大雑把に事情を説明して、ゼンはザラをギルドに運ぶ事にする。


「俺が、帰って来るまで、少し待っててくれ。そうしたら、昼メシにしよう。


 ガンボ、頼めるな?」


 ガンボは頼もしく、胸を叩いて頷いている。


 ゼンは、『流歩』を駆使して高速移動し、あっという間にスラムから去って行った。


 ゼンが、スラムから普通の市民街へと場所が移ると、流石に人が多い。


「すいません!通して下さい!急病人です!」


 決して嘘ではない。病気ではないが、ザラは衰弱している。


 ゼンの、”気”を使った、誰もが気づくよく通る声に反応して、道行く人々が、道の端に寄ってくれた。


 ゼンはそのまま、成人女性を抱えているとは思えない程の速さで移動して行く。


「あれって確か、『流水』の弟子……」


「あの子、昔ゴウセル商会にいた『超速便』の子供じゃ?」


 ゼンが駆け抜けて行くその後では、同じ様な事を言う者が続出し、そして気づくのだった。


 かつて『超速便』として、少しばかりの間、街で噂になった少年と、『流水』の弟子として帰って来た少年が、同一人物であった事に。


 ゼンはそんな他人の反応等どうでもよく、ただ、今はザラを早くギルドへと運びたかった。


 本来なら、医者に連れていくべきかもしれないが、ゼンは医者の場所等知らず、それに、確か冒険者ギルドには、『術士保護法』という物があった筈だ。


 それがどういう法なのかは知らないが、ザラは治癒術士だし、きっと保護対象になる筈だ。


 ゼンの考えは間違っていなかった。


 だから、ギルド本部に駆け込み、ゼンがその状況を説明すると、ザラはすぐにギルドの治療室(冒険者を対象とした緊急医療設備)に保護され、その安全は保障された。


 ついでに、スラムの裏組織にいた、用心棒な冒険者の事も、ギルドカードを渡して説明しておいた。


 後は、待っている子供達に合流して、昼食を食べさせたら、教会に行って孤児院の場所を聞こう。


 そこでシスター達に渡してもいいが、責任上、孤児院まで行って6人がちゃんと受け入れてもらえるか確認しよう。

 

 孤児院が、もう収容人数満杯だったらどうしようか。まずそんな事はない、と思うが、その時は……。孤児院に多額の寄付、とかでどうにかならないだろうか?


 とにかく、行ってみるしかないか……。



 ※



 心配は無用だった。


 ゼンが料理した、余りに美味しい昼食を食べさせてもらった6人は、ゼンやガンボと離れたくない様子だったが、ここは涙を飲んで別れるしかない。しばらくしたら、元気にやっているか様子を見に行く事にしよう。


 昼からは、3つの奴隷商を、”大人しく”させて来た、と言う、ゾート、セイン、ミンシャ達と合流し、ガンボにはゼンの中に戻って貰うと、スラムにある、という裏組織を4人であらかた潰した。過剰戦力だが嫌な事は早く済ませよう。


 死の恐怖が刻み付けられ、リャンカに暴力を振るおうとすると、その記憶が蘇る様に暗示まで刷り込まれた彼等は、もう悪事等絶対に”出来なく”なっている。


 後は、”大人しく”なる様に一室に閉じ込められ、文字通りに”折りたたまれて”いた奴隷商達を、リャンカに治療してもらい、こちらは改めて脅す。


 ゼンの姿は、セインの幻術で、大人で中年の、迫力のある甲冑の剣士、風に見せていた。容姿は分からない様にして、正体不明っぽくしている。


「な、ななな、何が目的で、私達にこんな無法な真似を?!」


 治療されて元気を取り戻したのか、わめく奴隷商の胸をサクっと剣で突く。すぐ治る。


「俺らは、これからここで、新しく奴隷商を始めるお方に、お仕えしている者だが……」


 ゼンの声も、迫力のあるドスの効いた声に変換されている。


「お前等全員邪魔なんだとさ、だから、さっさと店たたんで、どっか適当な所に行け!


 命だけは取らんと、寛大な雇い主は仰せだ。ありがたいなぁ~、慈悲深いなぁ~」


 なんとなくゼンは師匠の真似をしてみる。あんまり似てない。


「ふ、ふざけるな、訴えてやる、こんな無法がフェルズで通用するとでも……」


 ザクザク痛い所を的確に突く。


「おー、勇気あるなぁ。で、無傷のその身体でどこに何を訴えるつもりなんだ?」


「ぐ……がふっ……そ、それは……」


「逃がされたのは違法な奴隷ばかり。つまり、『私達の大切な違法奴隷を逃がし、怪我や傷を一切負わせていない優しい賊』を、どうか捕まえて下さい、と」


 ゼンはワッハッハッハとわざとらしく大きな声で笑う。これも意地悪で余裕な、大人の笑いに変換されるだろう。


「まあ、出て行く気がないなら頑張るんだな。これから毎日来て、出て行く気になるまでお前達を”殺し”続ける。でも死ねないがな。せいぜい頑張れや」


 最後に念押しで心臓を一刺し、わざとゆっくりと剣を抜く。


「じゃあ、引き上げるぞ、野郎ども!」


 ゾートは無言で頷き、ミンシャは可愛く、分かりましたですのー、と言っている。これ、ちゃんとどうにかしてあるんだろうな?


 セインに目をやると、大丈夫、とニッコリ笑っているから大丈夫なのだろう。


 これを残りの2軒でも繰り返す。


 ゼンは、正直悪党のフリをするのは、精神的にとても疲れたのだが、仕方がない。


 これで、奴隷商達が素直にフェルズを出て行ってくれるといいが。(居残る程図太い人間が果たしているのだろうか?)


 もし新しい奴隷商がフェルズに来る事があれば、もう少し穏当な方法で追い出す事にしよう。



 ※



 ザラは、もう限界だった。


 あれからどれぐらいの年月が過ぎただろうか?


 ずっと窓のない一室に閉じ込められているザラには分からない。


 運ばれて来る、薄汚い悪党共の食物や水など、飲みたくない、食べたくないが、飲食をしなければ人は死ぬ。


 そうしたらあの子が………


 もう記憶が曖昧で、うすぼんやりとしか覚えていない。


 でも、あの、死にかけた、名前すら持たない少年を治療し、治るまでずっと付き添った日々は、余りにも楽しく愛おしき大切な時間。


 二人で暮らそう、と自分に言ってくれたあの子を死なせたくない……


 自分の危険も顧みずに、この組織の建物の中までザラを助けようとして、来てくれて、男達に容赦なく殴られ、蹴られていたあの子を、死なせたくない……


 ただその一心で、ザラはしたくもない治療をし、術を使った。


 そして、食べたくもない物を食べ、飲みたくもない物を飲む、ただただ苦痛しかない、籠の中の鳥生活。


 それは、ザラの心に負担しか与えず、ザラはどんどん弱っていった。


 もう当初の目的すら曖昧で、この無意味で簡素な生活を続けていくには、余りにもザラは疲れていた。


 時に、無理やり食物を口にねじ込まれ、水も無理やり飲まされたりもしたが、それすらザラは吐き出す様になってしまった。


 ごめん、ごめんね……


 謝る相手の顔すらもう思い浮かばない。


 ただただ、罪悪感だけが雪の様に降り積もる。


 そしてーーーーー


 ああ、誰かが泣いている……


 とても、とても悔やんでいる……


 私の為に……?


 そんなに泣かないで、私は、大丈夫……よ……




 それから、何かとても暖かい、力強い腕で抱きかかえられ、どこかへと運ばれる夢を見た。


 見た事もない綺麗な街並み、大勢の人が通る道の中、そこを、信じられない様な速さで運ばれる、そんなあり得ない夢を……



 ※



 見た事の無い天井。見た事の無いベッド。見た事の無い部屋……。


 これは、夢の続きだろうか……?


「あ、気づかれましたか?良かった……」


 優しい顔立ちで、ギルドの職員の制服の上に白衣をまとった女性は、ザラが目を覚ますとすぐに駆け寄って来て、ザラの容態を見る。


「一応、体力がわずかでも回復する術をかけましたけど、あくまで気休め程度のものなので、この粒を、飲んで。栄養を術で凝縮したものなの。まだ、普通の食べ物は辛いでしょ?」


 ザラは、状況がよく分からないのだが、その女性にとても信頼出来るものを感じて、素直にその粒を受け取り、一緒に渡された陶器製のコップの水で飲み干した。


「あ、これ、ただの水じゃなく、果実が混ざって……?」


「そうよ。それにも、多少の栄養分が含まれているギルド特製の果実水なの。美味しいでしょ?」


「ギルド?あの……私、どうしてここに?」


「あなたを、スラムの組織から助けだして、ここまで運んでくれた冒険者がいるのよ。ここは冒険者ギルドの治療室。私は、ギルドの専属治癒術士、マルセナよ」


「マルセナ、さん……。冒険者が、何故、私を?」


「事情はよく知らないけれど、あなたの知り合いみたいよ。凄く必死な顔で、運んで来たあなたを、くれぐれもよろしく頼む、って」


「え……。全然、心当たりがないんですけど。私は、スラムを出た事ないので、冒険者なんて見た事も会った事もない筈なんです」


「そうなの?でも、もしかしたら、ずっと前に会ったのかもしれないわ。


 だってその子は、しばらくフェルズを離れて、師匠の冒険者と一緒に修行の旅に出ていたんですから」


 マルセナは、それを我が事の様に誇らしく話す。


「『流水』の剣技を使う師匠が凄い達人の冒険者で、大陸中で二人は活躍して来たの。その子も、『流水』の弟子、と言われて、世間では英雄として騒がれているわ」


「その、子?もしかして、子供なんですか?」


 ザラの胸がざわつく。動悸が激しくなる。まさか、そんな訳ない。あり得ない。


「そう。見た目はまだまだ全然子供よ。なのに、大人顔負けに強いの!」


 マルセナは見た目よりもミーハーなのか、とても興奮して、頬を憧れに紅く染めて強く言う。


「……子供。嘘、でも……」


「後でまた様子を見に来るって言ってたから、きっと、少し待っていたら来るわよ!」


 それから、マルセナは、その少年がどんなに凄いのか、どんな活躍を大陸でして来たかを一通り説明してくれた。


 ザラには分からない。マルセナが話す少年は、なんだか余りにも人間離れした強さを持つ、冒険者の中でもすでに上位に近いのでは?とまで言われる程の強者だ。


 でも、ザラを運んで来てくれた少年の背格好やその様子を聞くと、どうしても”あの子”にしか思えないのだ!


 そんな事が、あり得るのだろうか?確かにあの少年は、普通のスラムの子供とは、少し違う印象のある子供だった。でも、だけど……。


 それからしばらくした後、誰かが、この治療室を訪れて来た。


 マルセナの、なんだか興奮して、少し甲高くなっている声がする。それは、まさか……?


 ザラのベッドの所まで、その小柄な少年はゆっくりと歩いて来て、少し困った様な、でも懐かしい、面影のある、その顔で、ザラを見て言った。


「俺、今ちゃんと名前があるんだけど、名乗った方がいいよね、ザラ……」












*******

オマケ


ミ「全然出番ないですのー」

ラ「私は主様と、ずっと一緒~~」

ゾ「……」

セ「お役に立てたなら、光栄です……」

ボ「子供達と遊べて、楽しかった」


ゼ「悪役のフリ疲れるなぁ。もうやりたくないよ……」


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