第36話 フェルズ大掃除大作戦(前編)☆



 ※



 翌朝も、ゼンが料理した朝食が出された。


「これは、なんだ、ゼン?」


「お米のご飯を、スープに浸した物で、”おじや”って名前の食べ方。昨日のポトフの残りで作ったんだよ。師匠の故郷だと、こういう食べ方もするんだってさ。普通に美味しいよ。


 師匠ってば、鍋物作った後は、絶対これを要求してくるんだ」


「へえ。お米は一応食べた事、ありますが、こういうのはないですね。完全に煮る、”おかゆ”なら知ってますが、あれちょっと柔らか過ぎて、苦手でしたね」


 ライナーはさすがエルフなのか、穀物、野菜系の料理には詳しいようだ。


「もうゼン君は、いつでもお嫁に行けるわね」


 レフライアが真顔で変な事を言っていた。


 なにか料理は、勇者の世界の料理とこちらの世界の料理の情報が、微妙な知識のズレで混ざり合って、多少変な状態になっているのかもしれない。


 皆がスプーンですくって食べ始めると、どうやら気に入ったらしく、瞬く間に量が減っていった。


「……おかわり、あるか?」


「少しぐらいならあるよ」


「私もください」


「私も、ね」


 三人とも朝からガッツリ食べるのであった。


「困ったわね。ゼン君、お嫁さんに貰ったら、私太りそう……」


「いや、なんでお前が嫁に貰った後の事、考えてるんだ?レフライアは俺の嫁さんじゃなかったのか?」


「冗談よ。でも太りそうなのは本当」


「そんなに太る様な食材、使わないけどね」


「やっぱり結婚しましょう!」


「それ以上冗談になってないので、やめた方がいいですよ、ギルマス……」


 朝から賑やかな食卓だった。




「じゃあ、飛竜の交渉に行こうか。自分からも頼んでみますから」


 ゼンが、朝食に使った食器を全て綺麗に洗い終わってから言った。


「ギルマス、竜騎士の泊っている宿は?」


「ギルド本部前の、”緑の狐亭”よ。多分、すぐ分かるわ」


 ライナーとゼンは連れ立って出かけて行った。


 食後のお茶を楽しみながら、レフライアはおかしくて仕方がない、と言った風に笑う。


「ゼン君、老若男女問わずにモテそうな感じに育って来たわね。ローゼンの結婚は、人数制限とかない自由式だから、お嫁さんたくさん連れて来そう」


「気が早過ぎとは思うが、ほぼ同意だ。何か、人たらしな所が昔からあったからな」


「あなたを含め、ね」


 レフライアは悪戯っぽくゴウセルの頬を指で突っつく。


「……否定はしないがね。ラザンなんかも、あれで結構そんな感じだったよな」


「そう言えばラザンって、旅に出てから、恐ろしく強くなったと思わない?」


「伝え聞く情報だけでも、そんな感じだな。もっと、怠けるかと思ってたんだが」


「あれって、ゼン君って可愛い弟子が出来て、いい恰好したくて張り切って強くなったんだと、私は思うんだけど、ゴウセルはどう思う?」


「え~~、あ、う~~ん。どうだろうな。もっと泰然とした男かと思っていたんだが、案外そんな理由で発奮して強くなったのかもな……」


「フェルズにいた時なんか、のんべんだらりとだらしなく暮らしてたのよ、ずっと。


 なのに、それが、旅に出た後の、凄い活躍の数々。私は絶対そうだと思うわ!」


「うん、ちょっと笑えるが、人間なんてやっぱり単純で、そんな動機や思いで頑張れたりするからな。レフライアの意見が正解っぽい」


 二人はその想像で楽しく笑い合う。


「……じゃあ、私もそろそろギルドに出勤するけど……あー、言えないのが勿体ない。早く1週間経たないかしら」


 レフライアが身支度を整え、出勤準備する。


「1週間後って、何かあったか?」


「とっても嬉しい事、教えてあげられるわ。ゼン君のお陰ね」


「へえ……。何か分からんが、楽しみに待つよ」


「うん。じゃあ、行ってきます」


 レフライアはゴウセルの頬に軽くキスしてから出かけて行った。


「本当に、昨夜から凄い機嫌がいいな……」


 現役時代の、元気溌剌、天真爛漫なレフライアが戻って来たみたいにゴウセルには感じられた。


「従業員も、今はほとんど減ってるし、ライナーが王都から戻って来るまで、うち(ゴウセル商会)は開店休業状態かな」


 ゴウセルは、王都に行くライナーをまるで心配していなかった。


 それは、ライナーに絶対の信用を置いている事もあるが、全ての流れが今、ゆるゆると良い方向へ良い方向へと流れているのを、なんとはなしに感じるのだ。


「これが、全部ゼンのお陰だとしたら、とんでもない幸福の神様だな。あいつは……」


 座敷童が近いのかもしれません。



 ※



 ”緑の狐亭”は、確かにギルド本部の真ん前に位置していた。


「緑色の狐なんて、いませんよね?もしかして、魔物とかならいるのかな」


「さてね。私は聞いた事ないけれど、世界は広いからね」


 宿のカウンターで、ケインの所在を尋ねると、1階の食堂を指して、あちらにおられます、と言われた。少し遅めの朝食をとっている所のようだ。


 食堂を覗くと、すぐにケインが向こうから気づき、こちらに手を振って来た。


 行って相席の許可をもらい、二人が席に着く。


「おはようさん。昨日はいい物見せてもらったよ。『流水』の弟子、『二強』と渡り合う。いや、ホント、いい土産話が出来た」


「おはようございます。冒険者の先輩であるお二人が、こちらに合わせてくれてただけですよ。


 それより、こちらは、ゴウセル商会の会長補佐をしているライナーさんです」


「おはようございます。ご高名の竜騎士と出会えて光栄です。お見知りおきを」


 しばし社交辞令な挨拶を。


「それで、朝早くに来るって事は、俺に依頼かい?」


「ええ、そうなんです。ライナーさんを、王都まで運んでほしいんです」


「ご迷惑かもしれませんが、よろしくお願いします」


「ふむ。俺としては、上に話つけてくれれば全然構わないが、何か訳有りなんだろ?良ければ聞かせてくれないか?」


 ケインは好奇心旺盛だ。


「実は、自分の義父が、ゴウセル商会の会長なんですが、そこで今、悪質な乗っ取り工作をされていまして、王都の支店で詐欺にあったそうなんです」


 養子縁組の申請はまだだが、もう確定事項なのでそう話しているのだろう。その方が話が早い事でもある。


「あー、なんか聞いた覚えあるな、その話。海沿いの国の、海商連合が、内陸の国のあちこちに、汚い工作をして、小さな商会に乗っ取りを仕掛けてるとか、だろ?」


「竜騎士は、そんな情報も詳しいんですか?」


「ああ。あちこち飛び回ってると、色々聞きたくなくても聞こえて来るものなのさ」


「なるほど。いい情報を教えてもらえました。色々な商会組織を介していて、実体がどこの国か今一つハッキリしていなかったんですよ」


 ライナーはその情報を吟味した上で、うてる手がありそうだと考えた。


「しかし、『流水』の弟子の、義父の商会か。奴等も運がないな。お仕置きするんだろ?」


「まあ、軽く痛い目見てもらおうとは思ってます」


 ケインの話に合わせているのか、ゼンはニコニコ物騒な話をしている。


「運が悪い、どころじゃ済まなそうだな」


 ケインが人の悪い笑みを浮かべ、ゼンは変わらずニコニコしている。


 ライナーは、何故か背中を一筋の冷や汗が流れるのを感じた。


「で、サリスタの竜騎士団には、冒険者ギルドの通信具ですぐ連絡をとってもらえますから、少しお時間を下さい。向こうのギルド経由で了解がとれるでしょう」


「そっちにも何かコネが……いや、『流水』の弟子に頼まれて嫌と言う馬鹿等いないかな?」


「ここのギルドマスター、レフライアさんは、義父の婚約者、俺の未来の義母ですね」


「はあ?!『英雄レフライア』の婚約者って、そんな大物にちょっかいかけたのか!

 

 あの商会の上は、間抜け揃いなのか、調査不足なのか、どちらにしろ、とんでもない結果を我が身に招き寄せる事になるな……」


「多分、調査不足の方です。義父達の婚約は、表向きは伏せられていましたから。俺との養子縁組も、内々の話だったんです」


「それじゃ、相手には同情するしかないな」


「形はどうあれ、悪事を働く者に同情する余地なんてありませんよ」


「違いない。色々際どい事してるみたいだし、自業自得だな……」


 なごやかに話される二人の会話は、どこまでも普通で、ゼンも終始変わらずニコやかだが、ライナーにはそれが、嵐の前の静けさの様にしか思えなかった。


(そうか、表に出さないだけで、この子は、今、物凄く怒っているんだ……!)


「じゃあ、ギルドに行って、許可の件、話してきますから、ケインさんは午後に?」


「ああ。メシ食ったら出たいと思ってる。それでいいかな?ライナーさん」


「ええ、構いません。ご面倒をおかけしてすみませんが……」


「いやいや。飛竜なら国内は何処でもそう時間はかからない。面倒なんてまるでないさ。


 俺やサリスタの竜騎士団も、今回の事に関わるメリットはゼロじゃない。ゼンとはもう知らぬ仲でもないしな」


(確かに『流水』の弟子と、その義父…商会の会長の危機。そしてその婚約者はギルマスターで、フェルズの名誉領主。もしかしたら、この話がおおやけになっていたなら、奴等はこちらに近寄りもしなかったのではないだろうか?)


 並べて考えると、敵に回したくない者の人間関係が、ゴウセルを中心に形成されている。


 商会関連だけにでも、ハッキリしない噂、という形で流すべきだったかもしれない。


 ゼンは立ち上がって、ケインへと手を差し伸べる。


「俺は、他にもやらなくてはならない事があるのでここで。飛竜のシリルにもよろしくと伝えて下さい」


「あいつは、ゼンと最後に会いたがりそうだがな、仕方ない。『流水』殿は多忙だ。分かっているさ」


 ケインも立ち上がり、ゼンとガッシリと固い握手を交わす。


(普通に頼んでも了承は取れただろうが、ここまで良好な関係なら、サリスタの竜騎士団とは他でも何か協力をしてもらえそうだ。覚えておこう)


 ライナーは会長補佐としても、冒険者の一スカウトとしてもこの大事な情報を頭の片隅に縫い留めておく事にした。



 ※



 ギルドのカウンターに行くと、ギルマスに面会を頼む必要すらなく、サリスタの竜騎士団に了解を取った旨の書類、ギルマス印を押された物が二人に手渡されたのであった。


「さすが、用意周到ですね」


「会長に関係する大事な件ですし、手抜かりはしないでしょう……」


(いつでもこうだといいんですけどね……)


「じゃあ、まだ時間ありますし、そこでちょっと情報提供をお願いします」


「うん?構いませんが……」


 二人はギルド内にある食堂の隅に席を取る。


(しかし、さすがにゼンは見事ですな。気配を極限まで薄くして、人はいるがそれが誰かは分からなくしている。うるさい勧誘対策か……)


 『流水の弟子』は最早、フェルズ内の冒険者で知らぬ者はモグリ、と言ってもいいぐらいの有名人だ。


 ゼンの背の低さという分かりやすい特徴もあって、何も対策していないとすぐ人だかりが出来ただろう。


「……で、情報提供とは?」


 ライナーは注文したお茶をすすり、一息ついた所で質問した。


「昨日の、ゴウセルの商会の、嫌がらせや妨害行為をしている奴等。


 それと、荷物を持ち逃げした少年達、特にリーダー核的な子の情報が欲しいですね」


 ゼンは淡々と要点を尋ねる。


「裏組織は、フェルズのスラムが治安が行き届いていない事をいい事に、複数そちらに存在していまして、特定は難しい。スラムに関係ない奴等も、スラムの方に拠点を持っていたりするんです。


 で、こちらに妨害行為等を仕掛けているのは、恐らくは、奴隷商と関係のある組織だとは思います。それ関連で見た覚えのある奴がいましたから。


 持ち逃げの子供は、恐らくその組織に強制されるかしたんだと思いますよ?」


 ライナーは、ゼンが何をするつもりか、までは分からないが、余り派手な事をすると、せっかくの彼の輝かしい『流水』の弟子の経歴に傷がつくと思い、恐れた。


 それでも、ゼンの要望には出来るだけ答え、分かる限りの情報は教えた。


「大丈夫ですよ。”一人”も怪我人を出さずに全部済ませますから。


 特に、スラムの子供達は、俺には他人事じゃないですし、”そんなに”手荒な真似はしないつもりです」


「そう……ですか?」


 怪我人を一人も出さずに揉め事の解決等出来るのだろうか?


 相手は暴力が専門の裏組織の連中だ。勿論、ランク持ちの冒険者の敵にはなり得ない強さだろうが。


 ゼンの言葉の端々に、何故か不穏な響きを感じるのだが、彼はもう未熟なポーター 荷物持ちの、無力な子供ではない。


 今や大陸中にその名を轟かす英雄、『流水』の、たった一人の弟子。一人前の冒険者なのだ。

 

 D級というランクも訳あっての物だし、一般人に比べたらD級でも十二分に強者だ。


 彼を止められる者等、『二強』の去ったこの地に、あえているとしたら、ギルマスぐらいのものだろう。


 ライナーにはこれから王都でなさなければならない大事な役目がある。心配しても仕方がない。ゼンはもう自分以上に強いのだから……。


「じゃ、俺は、軽くスラムの方を下調べしに行ってきます」


「分かりました。私は……必要な物は全部ポーチにありますし、この辺で時間を潰してケインさんを待つ事にします。くれぐれも、無茶な真似はしないで下さいね」


「ライナーさんが心配する様な事は”絶対に”起きませんよ。


 いってらっしゃい。王都での、オークションや調査とかの成功を祈っておきます」


 ゼンは如才なく答えると、にこやかにその場を去って行った。


(向こうの心配よりも、確かに、王都での調査やら、こちらの方が色々ありそうですね。気を引き締めて行きましょう)


 決意するライナーは、その影に潜む者には微塵も気づかずにいた。



 ※



 ゼンはしばらく歩いて、人目のない裏路地を見つけ、その物陰に身を潜める。


「そう言えば、奴隷商なんて、嫌な物があったの忘れてたよ。どうせだから、フェルズは”大掃除”をしようかな……」


 ゼンは一人小声で呟くと、従魔達の内の二人を実体化させた。


 ゼンより大柄で、体格もいい少年は、背中にとんでもなく大きなバスターソードを背負っていた。その大柄な体格で窮屈そうにゼンの前で片膝つく。


 白いローブに身をつつんだ、ゼンより小柄な少年は、オドオドしながら主(あるじ)の前に片膝をつく。


「ゾートは、この地の奴隷……」


<主(あるじ)様、あたしもあたしも!あたしもお外でお役に立ちたいですの!>


 ゼンは顔をしかめて、もう一人の従魔の要求をどうするか検討する。戦力は、多いに越した事はないか……。


「じゃあ、ミンシャも」


 ゼンの前にもう一人、小柄で犬耳の、碧髪の少女が実体化する。リャンカと同じメイド服を着ている。


「改めて命令だ。ゾート、ミンシャは、この地の奴隷商を潰す。


 適当に暴れて来い。死人は出すなよ。リャンカは俺の中にいてもらうから、後でそちらに行って、治療をしてもらう」


「セインはその補助(サポート)だ。幻影術に認識阻害も重ねて、二人が誰か、分からなくしてくれ。自分も、人には見えない様にな。戦闘はしなくていい」


 白ローブの、透き通る様な白い髪の少年は、自分が戦闘をしなくていいと、安心するも、小心者なので、オドオドと落ち着きなく頷いた。


「ミンシャ、セインに偶然でも人が近づかない様に注意してやってくれ」


「はいですの」


 ミンシャは外に要望通り出られてご機嫌の様だ。ニコニコと天真爛漫な笑顔を見せている。


 外見からは、このゼンより小柄な少女が7人の従魔の中では一番の強者、最強だと分かる者はいないだろう。


「奴隷商の場所は、俺の頭の中にあるが、もしかしたら、前と場所が変わったり、増えたりしている可能性もある。聞き込みして、確認してから事に当たってくれ。


 と、そうだ。セインは、奴隷紋を解除、消去する事が出来たよな?」


 セインはオドオドしながら頷く。


「違法奴隷なら、奴隷紋は消して解放してやれ。スラムで捕まえられた者も一緒にな。


 何か、突発的な事が起きたら、念話で知らせろ。危なくなったら回収するからな」


 3人それぞれが素直に頷く。


「じゃ、行ってくれ。俺はスラムの方に行くから。リャンカは悪いが、中から治療を担当してくれ」


 命じられた3人は立ち上がり、小走りに路地裏から出て行った。


<主(あるじ)様の命ずる事に、不満等とんでもない。謹んで、お役目拝命いたしましたわ>


 リャンカはむしろ嬉しそうだ。


<他の二人も、今回は出番がないだけだ。その内外で遊ばせる機会もあるだろう。我慢してくれ>


 残りの二人からは不満は出ない。聞き分けてくれて助かる。


(ガエイと合わせて4人の実体化か。それなりに消耗してる、かな?)


 自分の”気”の状態を確かめながら、ゼンもスラムへの道のりを歩き始めた。



 ※



「街の方は変化が微妙にあったけど、こっちはまるで代わり映えしないな」


 スラムの、みすぼらしくも小汚い、色々壊れかけた建物の残骸の群れ。


 後からの知識だが、ここら辺の建物が壊れたのは、かなり前の”魔王”が、フェルズ近くに来て暴れたからだとか。


 地震の様なものが起こり、ここだけでなく、フェルズ全域に被害が及んだそうだ。


 都市内部の復興の、一番最後にまわされたのが、この地だったのだが、再建にかかる前に、もうこの地には、災害の被害を受けた、さまざまな人々が住み着いてしまっていた。災害とは無関係な者も、大勢が住み着いてしまっていた、


 復興するにも住人を追い出すのが難しく、再建のしようがなくなってしまい、それが行き場をなくした者達が集まる恰好の地として、更に貧しくか弱い者が連鎖的に増えてしまい、今日(こんにち)のスラムとなり果ててしまったのだと聞く。


(”カクレガ”は、まだあるかな。もしかしたら、誰か住んでいるかもな……)


 ゼンは、スラムに着いてからは気配を消さず、その中を歩いていた。そうすればすぐに


「おうおう、何だ?良い物持ってるじゃんかよ!」


 こういう馬鹿が釣れる。4人程のガラの悪いチンピラ連中がゼンを囲んでいた。


「お前達は、ゴウセル商会に何かした組織と関係があるか?」


「あ~~~、何言ってんだ、このガキは?いいから持ってる物、その鎧、全部置いていけや!」


 反応がない。手応えはない。


「なら、2回でいいか……」


 ゼンは腰の剣を抜き、躊躇なく、その男の胸、心臓の位置を正確に貫いた。


「あ?あぁぁ~~ぎゃぁ~~~!」


 胸を刺された男は、その強烈な痛みに尻餅をつき、その場に倒れた。


 だがその胸に傷はない。


「え?なんで?確かに刺されて、凄く痛くて?俺、なんで生きて……」


 混乱する男に構わず、ゼンはもう一度剣を振るう。今度は袈裟懸けに、心臓まで届く位置まで斬り込む。


「や、やめ、なんで、また、いってぇ~~~~!」


 男は悲鳴を上げるが、そこにはまた無傷の男がいるだけだ。男はショックの余り、失禁して、それでも余りの痛みで動けなかった。傷はないのに!


「……お前らもだ」


 何が起こったかも分からず、ただただ混乱し、立ち尽くしていた男達も、正確に二度、ゼンに急所を斬られ、刺された。


 剣を振るった時の、わずかな出血はあるが、男達は全員無傷のまま、その場に倒れ伏していた。全員が、2回死んだ、死んでもおかしくない斬撃を受けた。


 だがそれは、ゼンの従魔、治療士でもあるリャンカのスキル、”完全治癒”で、致命の傷すら治せてしまうのだ。蘇生は流石に出来ないが。


 2度も死の恐怖と苦痛を味わらせられた彼等の心は折れ、壊れかけていた。


「少しは反省して、まともな道を歩むんだな……」


 ゼンは捨て台詞を吐き、その人の残骸には見向きもせずに先を急いだ。


(確か、この先に、スラムの子供が集まる秘密の場所が、あった筈だ……)


 建物の残骸で入り組んだその先に、ゼンが覚えていた場所があった。


 彼自身は、子供がグループを作って無意味な派閥等を作るのには関心がなかったので、ほとんど行った事のない場所だった。


「いるな……」


 思っていたよりも少ない。7人程度か?


 ゼンは、がれきに腰かけ、何を話しているのか笑い合っている少年達に、無造作に近づいた。


「……なんだ、随分いい物っぽい鎧なんかつけてるチビが来たぞ。誰かの知り合いか?」


 少年達の中心にいた、リーダーっぽい少年が、周りの子供達に尋ねる。皆が首を振る。


 ゼンはそんな事には構わない。


「お前、もしかして、ゴウセルの所で働いていた、”ゾイ”か?」


 少年が、何故自分の名前を?と顔に疑問を出していた。


(最初から当たりか。手間が省けていいな)


「だ、だったらなんだ、このチビィ!文句あっか!」


「ああ、文句ありありだな。なんで、ゴウセルの配達仕事で、持ち逃げなんてした!?」


 ゼンは少しだけ怒気を混ぜ、迫力ある声で尋ねた。


 耐性等ないであろう少年達は、それだけで腰が抜け、その場に倒れ、立ち上がれなくなってしまった。ゾイもだ。


「な、ななな、ど、どうだっていいだろう、あ、あんな偽善者の、安い仕事なんて……」


 ゾイは気力を振り絞って、ゼンに言い返す。リーダーをするだけあって、少しは度胸があるようだ。


「どうだっていい?ゴウセルが偽善かどうかの方が、どうでもいいだろうが!


 安かろうが何だろうが、ズラムの子供を雇ってくれる所なんて、他にあるのか!


 お前達がした事は、この先の、他のスラムの子供達全員の未来に関わる話だぞ!


 お前達が持ち逃げした、それこそどうでもいい物で、この先ゴウセルに雇われたかもしれない子供達の”安い”を賃金を、ずっと肩代わりしてくれるって言うのか!」


 ゼンは、言っている内に、内に秘めた怒りが抑えられなくなって、怒気が少しずつ漏れ始めていた。


 それだけで、恐怖の余り、ゾイも、周囲の子供達も動きが凍り、皆が失禁していた。


「……言え。一人二人が何かを持ち逃げする事ぐらい、ままある話だ。


 お前達、全員に、”それを”やれと言った奴等が、そそのかしたか、命令したか、知らんが、いるんだろ?それを言え!」


 自分達よりも、背が低く、小柄な少年から放たれる、とんでもない威圧に、誰もがガタガタと震え、言葉等出せなかった。


 ゼンは、震えるゾイの首元の汚いシャツを掴み、片手で釣り上げた。


「スラムにいる子供達、全員集めろ。ゴウセルの所で持ち逃げした奴は勿論、他にも、いる子供全員だ!


 でなけれが、ゾイはどうにかなってしまうぞ……」


 ゼンは、どうにか威圧や漏れ出る怒気を抑え、それからゾイを引き寄せると、軽く腹を殴った。


「がぁっ!ググッ……うぇ……」


 ゾイは、今日せっかく食べた物を全部吐き出してしまった。それ位腹が痛く……?


 殴られた時の痛みや衝撃はあったのに、それが今はない。


 ゼンはゾイを放り出すと、剣を抜き、地べたに這いつくばるれぞ少年に剣先を向ける。


「ゾイを殺したくないなら、今すぐ集めて来い!」


 残りの6人は、始めはそろそろと、途中から脱兎の如くその場を走り去った。


「お前がいいリーダーなら、あいつ等は子供を集めて来るだろう。


 ……見捨てられたら、どうする?」


 ゾイは答えない。答えられない。この、自分よりも小さいのに、幼く見えるのに、冒険者の様にとんでもなく強い少年が何を望んでいるのか、皆目見当がつかないのだ。


「な、なんなんだ、お前は?何がしたいんだよぉ?」


 後半は泣き声になっていた。


「言っただろ。お前等に指示した奴を教えろ、と。どうせ、子供全員が、人質とか抜かしたんじゃないのか?


 ”だから”、全員、保護する。その上でなら、安心して話せるだろ?」


「そ、そんなうまい事言って、どうせみんな、奴隷商に売るつもりだ!騙されるか、チクショウ!」


「俺も元々はスラムにいたんだがな。まあ、一人で暮らしてたから、知らないのも無理はないがな……」


「お、お前が、スラムに?う、嘘つけ!」


 怒鳴るレゾには少しも構わない。


「もう3年ぐらい前だ。ずっと端っこの方に住んでた。ガラクタ置き場の近く。いつも何でも逃げて走って暮らしてた……。


 俺もその頃、ゴウセルに……雇ってもらって、それから色々あって、今は冒険者だ……」


 なにもかもが懐かしい。


「3年?ゴウセルの所……?……まさか、お前、あの『超速便』とか言われてた?」


「うわ、懐かしいな。まだそんな呼び名、覚えてる奴がいるなんて……。


 そんな風に、昔は呼ばれてたよ」


 ゼンは剣を鞘に戻すと、がれきに腰かけ、子供を集めに行った少年達を待つ姿勢を取る。


「ほ、本当に、スラム出なのに、ぼ、冒険者になんて、なれるのか?!」


「色々苦労はしたけどね。ゴウセルに、冒険者を紹介してもらって、始めはポーター 荷物持ちしてたよ」


 ゼンからは、今まである、危うい程に激しい怒りはもう感じられなかった。


 楽しかった昔を思い出しているせいだろう。むしろ親しみやすい、暖かな雰囲気が、少年から放たれているのだった。


「お、お、俺も、本当は!ゴウセルの仕事、ずっと続けたかった!やりたかった!でも!でも!」


 ゾイは、我知らず涙が後から後から零れ落ちていた。


「大丈夫だ、俺が守ってやるよ。だから、教えてくれ。


 全員で一斉に持ち逃げ、なんて事をお前等に強制した、その馬鹿どもの事を……」











*******

オマケ


隠す意味はないので、ゼンの従魔紹介


コボルト犬鬼のミンシャ:最初で最強の従魔。犬耳。碧髪ですの口調。元気溌剌、天真爛漫。主が大好き。

ラミアのリャンカ:治癒術士、特殊な呪術師。致命の傷でも瞬時に復元治療出来るスキル持ち。

ユニコーン一角馬のセイン:おどおど。少年。魔術師、幻術士。

影狼(シャドウ・ウルフ)のガエイ:スカウト系。暗殺もいける。影から影への転移スキル。影の中に潜む事が出来る。

剣狼(ソードウルフ)のゾート:大剣士。寡黙だが気さく。(名前が手抜き)

ロック鳥のルフ:少女:小さい。子供。空飛ぶスキル持ち。(名前が手抜き2)

岩熊(ロック・ベアー)のボンガ:ゆったり。のんびり。大きい。大槌使い。

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