第31話 旅立ち☆
※
ラザンは、早朝、まだ誰もいなフェルズの表門まで来た。
彼も今日はキモノではなく、普通の皮の鎧だ。冒険者としてあの恰好は、周囲から浮き過ぎる。
門の詰め所で警備に挨拶をし、ギルドに頼んでおいた身分証明書が来ているかどうかを聞いてみたが、もう少ししたら持って来るそうです、と言われ鼻白む。
昨日の夕刻に頼んだのだ、すでに来ていてもおかしくはないのだが。
しかし、とりあえずゼンは来てくれる、と思って間違いないのだろう。
同行を取りやめたのであれば、その話もギルドで取り下げるか、なんらかの伝言が来ていなければ、ゼンの面倒を見ている、という者、ゼンを
それがゼンの言う”守りたい大切な人達”だとしたら、かなり奇妙な話になるだろう。
「そりゃあ、ねぇな……」
だから、ゼンは来るのだろう。
その予想に、ラザンは自分がひどく安堵してる事に気づき、一人でも旅立つつもりでいた孤高の剣士は何処に行ったのやら、等と一人自嘲する。
(俺もやはり、誰かに『流水』を伝授したかった、継いでくれる者が欲しかったって事だな。
案外女々しいじゃねぇか……)
それからしばらくすると、ラザンは、人の気配が近づいている事をすぐに感知する。
(”気”は複数。見送りか?それなりな人数いるが……)
ラザンが気づいた方向を見ていると、ゼンを先頭に近づいてくる者達がいる。
意外だったのは、ラザンの顔見知りがいた事と、会いたくない者もいる事だった……。
やけに若い、冒険者風の少年少女達は、ゼンの言っていたパーティーのメンバーだろう。
ゼンの話にしっくり来る面子(メンツ)だ。
そして、昔ラザンがフェルズに流れ着いて来た時、しばらく色々世話をしてもらった商会長のゴウセルと、まさか何か知ってここまで来たのか心配になる笑顔を浮かべた、ギルドマスター、ここフェルズの名誉領主サマでもあらせられるレフライア・フェルズだった。
※
門の所で人待ち顔をしているラザンに、ゼンは小走りに近づき、
「おはようございます、ラザンさん」
丁寧に挨拶する。
その姿は、小さいながらもいっぱしの冒険者のような、それなりにちゃんとした皮の鎧を身に着けていた。レフライアから小人族用の物を贈られたのだ。
「よ、よお。ゼン……」
何故かひきつった顔をしているラザンの視線は、センの見送りに来ていたゴウセルと西風旅団のメンバー達、ではなく、微笑みながら器用に怒っているギルドマスターに向いているのだった。
「早朝からどこかにお出かけ?『三強』の『流水』様が……」
全て分かっているのにわざと聞く意地悪なレフライアだった。
それも無理なき事なのだが。
仕事をしないA級の最強剣士、という厄介者を抱え込んで今までここ、辺境冒険者ギルド本部を運営してきたのだ。少しの意地悪ぐらい大目に見るべきだろう。
「い、いやぁ、どうだろうな……」
流石のラザンもこのギルドマスターには頭が上がらない。
シリウスとは違う意味で苦手な、数少ない上位者の一人だった。
「ラザンで遊ぶな、レフライア。余り時間もないだろ?」
ゴウセルに言われ、渋々引き下がるレフライア。
「そうね。はい、ラザン。これ、ゼン君の身分証明書。あなたのギルドカードにその内容(データ)が移って、従者が1名いる事の証明になるから、1度カードに触れさせて確認してね」
「お、おう。もしかして、ギルマスもゼンの関係者なのか?」
「そう思ってもらって構わないわ」
「そうなのか。ゴウセルのおっさんも?結構、ご無沙汰してすまないと思っていたが……」
「そっちの話はいいさ。お前が余り仕事してないのは有名だからな。
それよりも、ゼンの保護者が俺で、な。父親代わりのつもりだ。それを、お前が連れて行っちまう訳なんだがな……」
「ありゃまぁ。なんと言っていいやら」
意外な人の繋がり、人間関係だ。
「本人の意思が固いからな。仕方ないと諦めたが、修行とか、くれぐれもゼンによくしてやってくれよ。
ゼンはスラム出の、それだけじゃない色々訳有なんだ。詳しくは本人に聞いて欲しい」
「ふうむ。分かった。俺も『流水』を受け継いでくれるかもしれない大事な存在だ。無下にはしないさ」
それなりに真面目な顔で引き受けるが、
「本当かあ?正直、お前はあんまり信用出来ないんだがな……」
「まあ信用してもらえる様な事は、して来てねぇからな……」
自嘲気味に笑う。
「ゴウセルさん、すみません」
リュウエンが遠慮がちに声をかける。
「ああ、そうだな。紹介しておこう。ゼンが今いる冒険者パーティー、『西風旅団』のリーダー、リュウエンだ」
「どうも……」
『三強』のラザン相手に緊張気味なリュウエンだが、その緊張もすぐに吹き飛ぶ。
「泥棒猫……」
ボソっと、小声でなく普通の音量でアリシアは言った。
「泥棒流水……」
恨みがましいジト目でアリシアはラザンを睨む。中々怖いもの知らずな少女だ。
「……なんだ、この無礼なお嬢ちゃんは?」
「あの、うちのパーティーの神術士、アリシアです。ゼンを、その、弟みたいに可愛がってたもんで……」
「ああ、父親代わりに、お姉さんまでいるのか。ゼンは結構恵まれてたんだな」
アリシアはふくれっ面で、まだまるで納得していないのに、ラザンの無神経な物言いは更に彼女の神経を逆撫でた。
「何も知らないくせに勝手な事言わないで下さい!
ゼン君は、全然恵まれてなんかいないんだからもう!」
すでに涙すら出ている。
「私達の方が先に出会って、一緒に冒険して、楽しくやってたのに!
これからもっとずっと幸せにしてあげられたかもしれないのに、後からしゃしゃり出て来たのはオジサンなんだから!」
サリサリサがアリシアの涙をハンカチで拭き、鼻をチーンとかんでやっている。
「アリシア、抑えろよ。一応ゼンの晴れの門出、みたいなもんなんだからな。
どーも。スカウトのラルクスっす。よろしくはしないでいーんで」
態度が悪い。挨拶や自己紹介ではなく喧嘩を売っているようだ……。
「私は、魔術師のサリサリサリです。あんまり無茶な修行とかしないで下さいね。ゼンはうちの、未来の前衛なんだし」
皆、敵意むき出しだった。
「あ、ああ。俺は大切な仲間を横からかっさらう悪役って訳か、了解了解。まあ仕方ないか。
ん?そういや、舌噛みそうな名前のお嬢ちゃん、昨日の午前中、精霊を遊ばせた見世物の中心にいた術士だろ?」
「げ、なんで知ってるんですか?」
舌噛みそうな名前とか言われた上に、昨日の見世物魔術の首謀者?とバレていて、ゼンの事もあって余計不機嫌そうな顔をしてしまう。
「知ってるんじゃなく、”見えて”たからだ。あの程度の認識阻害なら、ちょっと気合入れれば見える。『流水』は伊達じゃないかいからな」
ラザンはヘラヘラと笑う。
「しかし、F級パーティーって聞いてたのは俺の間違いか?ちょっと見た感じでも、そんな下のランクにいる様なパーティーには見えないんだが」
「事実だ。つまり、まだまだ前途有望な連中なんだ。若手のトップと言っていいかもしれんな、こいつらは」
ゴウセルは、一応旅団メンバーとラザンが揉めない様に後ろから注意して見ていた。
積極的に止めるつもりもない様だが。
「成程。流石、ゼンのいるパーティーって訳だな」
レフライアがそこに言葉をはさむ。
「ちょっと。そろそろ人が出てくる時間よ。
3位決定戦がなくて、決勝は午後だから、早起きする物好きは少ないだろうけど、せめて門の外に出て、道の端で話しましょ。馬車も、そこで待機ね」
レフライアは、一緒に連れて来た馬車の御者に合図する。
「おいおい、なんだ、その馬車は。まさか俺らの為に?余りいらん世話は……」
「馬鹿ね。ゼン君の為よ。あんただけなら、私としては、出ていこうがどうしようがどうでも良かったんだけど……。
それに、まさかあんた、ゼン君連れてチンタラ徒歩で行くつもりだったの?」
「ああ。歩くのもそれなりの修行だ」
「修行は、ここでないどこか遠くに着いてからにしなさい。
歩きでなんて行ったらあんた、途中で絶対にシリウスに捕まるわ。鎧を脱いだ彼の脚力はあんた並よ。分かってる?」
「う”……。それは確かに……」
ただフェルズを出る事だけ考え、追走された時の事などまるで予想していなかった。
「だからこの馬車で、転移門(ゲート)のあるサリスタまで送る。
御者はうちの職員だから、報酬とかそういうのは気にしないで。
転移門(ゲート)に着いたら、どこか適当な所に転移なさい。転移門(ゲート)は、A級以上の冒険者なら通行許可が下りるし、転移門(ゲート)の使用料ぐらい、あんた隠し持ってるでしょ?
「なんでもお見通しだな。そうか、転移門(ゲート)か」
「そう。あそこは、使用者の秘密は絶対厳守で守るから、そこから何処に行くかはもう探れなくなる」
「そいつぁ、ありがてぇな」
確かに、これが安全確実に忠犬から逃れる最適解の様だ。
「だから、とりあえず、まとめて門を出なさい。私達は見送りだけ。あんたはゼン君と手続きして」
そして一行は門から出ると、門の出入りが混雑した時や、一時的な荷馬車の休憩場として作られた、門の少し離れた場所にある空き地へと行く。
しばらくするとラザンとゼンが門から出て、こちらへとやって来た。
「わざわざこんな所に来てまで、別れの挨拶か?俺ぁ、急いでると言った筈だが……」
無神経なラザンに、さすがのレフアイアも激昂する。
「あんたそれ以上言ったら殺すわよ!
この子達がどんな思いをしてゼン君の見送りに来てると思ってるの!少しぐらい時間とってあげなさい!
大体、私が手配した馬車に乗れば、あんたが歩いて行くつもりだった何倍も速く先に行けるわよ!無粋な事ばっかり言ってないで、黙って見てなさい!」
「さいですね。悪ぃ、つい気が急いちまってな……」
「ラザンさん、すいません、オレ……」
「いや、問題ない。悪いのは確かに俺だ。ゆっくり別れを惜しんで来い。しばらくは会えなくなるんだからな。
ああ、それとーー」
ゼンが向きを変え行こうとするのをラザンは呼び止めた。
「もう俺は”ラザンさん”でなくもう師匠だ。お前はその弟子。単に師匠でも、ラザン師匠でもどっちでもいいが、そう呼ぶ事に慣れろよ」
「あ、はい!師匠!」
ゼンは笑顔で言うと、ゴウセル達の所に駆け寄って行った。
「うぉ……」
「なに?うつむいて気分悪い?死ぬ?」
「いや、死なんがな……やっぱりこう、”師匠”、なんて呼ばれると、心にグっと来るものがあってな……」
「この脳天気……」
レフライアは呆れ返る。
「しかし、我が弟子はモテモテだな。随分と愛されてる様で何より」
「気楽に偉そうに言って……。私、予言するわよ」
「あん?なんだ、ギルマスは、予知系とかそっちのスキル持ちだったか?」
「なくても分かる。あなたが、ゼン君を送り出す番が来たら、絶対にあなた、別れ難くなってるわよ」
「いや、普通そうだろ?」
(俺は心のない人非人か?)
「普通にじゃなく、よ。もしかしたら、行かないでくれって縋り付くかも……」
「いやいや、あり得ねぇよ、さすがに……。多分……」
何となく自信がなくなって来るラザンだった。
「……ラザンさん」
見ると、リュウエンがラザン達の所に走って来ていた。
「これ、その、ゼンに足りてない所とか書いた、俺たちなりのゼンの強化メニューとか、指導方針とか書いた物なんで、修行の参考にでも……」
ラザンは、リュエンから渡された数冊のノートに書かれたそれを、パラパラと大体読むと、リュウエンに返してよこした。
「これは、ゼンに渡してやりな。俺ぁ、そんな細かく指導とか出来ねえよ」
「でも……!」
「まぁ一応内容は読んだから、参考にはするが、それよりも、ゼン本人の方が、それ、ありがたいと思うぜ。
素振りとか見てても思ったが、あいつ結構黙々と自主練するタイプだろ?」
「確かに……」
「なら、そういうの他にもあるだろ?いい門出の祝いになるだろうさ。行って渡してやりな」
「ありがとうございます!」
リュウエンはラザンに大きく頭を下げ、またゼン達の所に戻って行った。
「意外と気が効くわね」
「悪ぃ。俺に学習要項だのなんだの細かく考えるの苦手なだけだ」
「……本当に、最低な男ね、あんたは!」
「いやあ、そう褒めるなよ」
「褒めてない!」
※
ラザンの所に行き、戻って来たリュウエンは仲間達と話し、色々とゼンに渡す事にするのだった。
「ゼン、これ受け取ってくれ。ラザンさんに渡したら、ゼン本人に渡す方がいいって言われて」
リュウエンから渡された数冊のノート。
中を見ると、ゼンの今鍛え足りない場所はどこか、どういう鍛錬をすればいいか、等が細かく書かれている。
ところどころ筆跡が違うのは、リュウエンとラルクスが共同で作った物だったからだ。
「……こんなに、色々考えてくれてたんですか……」
何か、暖かい物がゼンの心の中に沸いてくる。
「こっちはね、私とサリサで、まだ全然書きかけだったんだけど、冒険者の基礎知識とか、後、世界全般の知識とか、ね。
実は、昨日、ゴウセルさんにも指摘されて、慌てて書き始めた物だったから、残りも朝、少し足したんだけど……」
これも、数冊のノートだ。
リュウエンやラルクスの物とは違う、綺麗な文字、整理され読みやすい様に書かれたノートの半分は丸っこい文字で書かれている。そちらはアリシアなのだろう。
「……あ、ありがと……」
なんだか言葉がうまく出てこない。また、心の中になにかが……
「俺からはこれだな」
ゴウセルは、小さな物を一つ、持って来た。
それは、ずっとゼンが
「お前から返された後で、ライナーと中の物は出して、別の物を入れ替えておいた。
旅に必要そうな物、保存食とか色々とな。二人用の圧縮テントも入ってる。
後、リュウエンの木剣と、俺がお前に貸してた短剣、あれは改めて入れておいた」
「え……」
「これはポーチごとお前にやる。返さないでいいからな」
ゴウセルは優しく笑って、それをゼンに手渡した。
「オ、レ、こんな、貰えないよ、だって、高いって……」
「いいんだよ。旅立つ”息子”に金を惜しむ親なんていない」
ゼンの、心の中に沸いてくる暖かい物が、一気に決壊した。
ゼンの瞳から、何かが溢れて流れ落ちた。
「え?あれ?な、に、これ……」
ゼンは、自分が涙を流している事が分からなかった。
”涙を流した事”がなかったから、自分のこの感覚は、知らないものなのだ。
自分の瞳から、何故水分が大量に流れてくるのか分からないのだ。
「ゼンく~~ん!」
ゼンの涙を見てアリシアもまた改めて悲しくなってしまった様だ。
そして、他の3人も……。
サリサリサは、涙ぐんで赤くなっているのを見られたくないのか、顔をあさっての方向に向けていた。
リュウエンも男泣きに、激しく泣いていた。
ラルクスも、ゼンの方を見ない様にして泣いていた。旅立ちの別れに、涙は似合わない、そう思っているから。
ゴウセルもまた泣いていた。ゼンと、色々語り合った夜も泣いたな、と思い出していた。
レフライアももらい泣きしていた。
何故か馬車の御者をするギルド職員も泣いていた。
この場で泣いていないのは、ラザンだけだった。
「いやぁ、俺、清々しい程悪役だな……」
苦笑いは出るが、彼はこれからゼンとの旅を始める側だ。涙を流す役ではないのだ。
「……じゃあ、行くね」
別れ難いが、時間は無情だ。待ってはくれない。
ラザンとゼンは、レフライアの手配した馬車に乗り、フェルズを離れる。
行先は、転移門(ゲート)のある街サリスタ。そこについたら、更に遠くへと旅立つ事になるだろう。
馬車が、少しずつ速度を出し、フェルズを離れ始めた。
ゼンは、まだ自分の出来る事、し残した事はないだろうかと考え、馬車にあった後ろ窓を開け、まだ届く距離のある内にと、大声で叫んだ!
「オレ、オレ、必ず戻って来る、戻って来るから!行ってきます、みんな!
”行ってきます、父さんっ!!!”」
多分その声は、ちゃんと届いただろう。
茫然と立ち尽くす、ゴウセルの姿が見えたから………
馬車は順調に速度を速め、すぐにその姿も見えなくなっていった。
「……師匠、オレ、泣いた事なんて一度もなかったから、かな?
涙が溢れて止まらないんだけど……」
「……そんなに悲しいのか?なら、戻ったっていいんだぞ?」
ラザンは心にもない事を言う。
「そうじゃない、そうじゃないんだ。もう悲しくない。みんな、オレに色々してくれたから。だから、胸がぽかぽかして、嬉しいんだと思うのに……」
「ああ、涙を流した事がないのなら、それも知らないのか。
ゼン、涙は悲しい時だけじゃない、嬉しい時も出るんだぜ。覚えときな……」
ラザンは馬車の窓を流れる外の風景に目をやりながら、素っ気なく言った。
「そっか、そうなんだ。まだまだ知らない事だらけだなぁ……」
ゼンは、笑顔で流れる涙を手で拭い、それでも流れてくる涙に、こんなに涙流したら、喉が乾かないかな?と一人呟く。
そうして少年は、まだ見ぬ世界へと旅立って行った………
(to be continued )
*******
オマケ
ゼ「この後、修行編ですか?師匠!」
ラ「俺ぁ、知らんな。それより、北と南、どっちに行くか、だな。極寒の地か、砂漠の国とか。これから夏だから北か?」
ゼ「師匠、なんでそんな極端に走るんですか?」
ラ「その方が、面白ぇだろ?」
ゼ「オレには分かりませんよ……」
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