第30話 旅立ち前夜☆



 ※



 ゼンが、ゴウセル商会にトボトボとやって来たのは、そろそろ日が落ちかかる前、調度夕暮れになる直前ぐらいの時間だった。


 ゴウセル商会では、今回の闘技会では、闘技場内や、闘技場の周囲で屋台を出す料理人に依頼されて、屋台その物の貸し出しや、調理の補助、売り子等の手伝いの手配や、設営の協力等をしていた。


 今日の、『豪岩(グレート・ロック)』と『流水』の試合の決着で、当然もう闘技場内に観客は残っていないので、場内の屋台は店仕舞だが、闘技場周囲の屋台は、今日の、意外な勝者で終った、午後の準決勝の話や、午前中の見世物として行われた『精霊ショー(仮)』の話題等、盛り上がって話す事が沢山あり、早々に帰宅する者は余りいない様であった為、屋台も遅くまで繁盛していた。


 それは、フェルズにある食堂や屋台、酒場等も同様ので、どこも盛り上がり繁盛していた。


 午前中に行われたギルバートとシリウスの準決勝はその話題の前にかすみ、ほとんどの者がそれを話題にする事はなかった。


 試合時間が短かったせいもその要因の一つだろう。


 そうして、屋台の手伝い等で商会の従業員はほとんど出払っており、ゼンを迎えたのは会長と一緒に試合観戦をしていたライナーだった。


 彼は、日の影になっているからではないゼンの顔色の悪さを見て、すぐに何か、ただならぬ事が少年の身に起こったらしい事は悟ったが、その内容までは流石に分からない。


 ゴウセルは、屋台等に出払っている従業員達から、何か緊急の要請があった時の為に執務室に詰めている。


 そしてこれは、その緊急の事と見てもいい事態の様だ。


 ライナーはすぐにゼンをゴウセルのいる執務室に連れて行った。


 そしてゴウセルの隣りに、いつぞやの様に立ってゼンの話を待つ。二人だけでしたい話でもないと見たからであった。


 ゴウセルは最初、ゼンの姿を見て顔をほころばせたが、彼もまた、少年の複雑な感情を秘めた顔色に、真顔に戻ってゼンの話を聞く態勢になる。


 ゼンはしばらく話しづらそうに、口を開けたり閉じたりしていたが、最後には覚悟を決めた表情になって話し始めた。


「……ゴウセル、オレ、明日ラザン、さんと一緒に…フェルズを出る事に……なったよ」


 ゴウセルは、ラザンとは誰か、フェルズを出るとは何か、意味が分からず、しばらく呆けた顔をしていた。


「会長、ラザンとは多分、『三強』の一人、『流水』のラザンの事ではないでしょうか?」


 ライナーは、ゼンに視線をやりつつ、自分も今一つ事態を把握し切れなかった。


 ゼンが頷いているので、そのラザンでいい様だ。


「あ、ああ、あの”ラザン”か。なんでいきなり、『流水』の話が出てくるんだ?分かる様に説明してくれ、ゼン」


 そう言われてゼンは、自分が今日、青の住宅街にある”幽霊屋敷”の庭で素振りの稽古をしていた事、人目がないので、以前から何回かそこで素振り稽古をしていた事も併せて説明し、そこにラザンが急に来て、彼に稽古をつけてもらった事を話した。


「ああ、あの有名な幽霊屋敷か。ラザンは気紛れだから、そんな事もあるんだろうな」


 ラザンの人となりを多少なりと知っているゴウセルは、『流水』がゼンに稽古をつけた、と言う話には、それなりに納得出来た。彼は気紛れで奇想天外なのだから。


 ちなみに、その屋敷の悪霊(レイス)は、ある貴族の愛人騒動で、と、色々あるのだが、ラザンに一払いで消滅させられた哀れな存在なので説明は省略しよう。


 そして、その稽古でゼンがラザンに気絶させられた事、その介抱をする為に屋敷の悪霊を消滅させ、屋敷内のソファらしき所に寝かせてくれた事、気を取り戻した時に、ゼンの事を褒めて、自分は明日、フェルズを出て武者修行の旅に出るが、弟子として同行しないか、と誘われた事までをところどころつかえながら説明した。


「ラザンに才能を認められ、弟子に……は、いいとしても、修行の旅だと?」


 ゼンはコクリと頷く。


 ゴウセルの心境はかなり複雑だ。


 自分が養子に、と望む、息子同然の少年が、今日は色々あって負けたが、『三強』の最強と言っていい剣士、『流水』のラザンが弟子に、と誘いをかけられたのだ。


 他の冒険者に一人として、そんな名誉な話を持ち掛けられた者などいない。皆無だ。


 それ程の評価を受けた事、それ自体はゴウセルとしても嬉しい事だ。


 だが、それが一緒に修行の旅に出る、というのは完全に余計な話だった。


「で、さっき一緒に行く、と言った、て事は、もうお前は決心して、ラザンにも返事をしたんだな?」


 またゼンはコクリと頷く。


 ゴウセルは、それはそれは大きな大きな溜息をついた。


「冒険者志望の一剣士としては、最高に名誉な、いい話だと思うが……。


 一つ、聞こう。お前は、フェルズからいなくなるのが、嫌じゃないのか?


 俺や、旅団の連中から離れたいのか?」


「……そんな事は、全然ない。ずっと一緒にいられたら、と思ってる……」


「なら何故?」


「……オレが、弱いから。今は、足手纏いでしか、ないから……


 もしも、”何か”かあっても、オレはきっと役に立たない!だから、強くなりたいんだ!」


 ゼンの自己評価がやたら低いのには気が付いていたが、これ程思い詰めていたとは、不覚にも気が付いてやれていなかった。


 旅団の4人からはむしろ、何度もゼンに助けられたと聞いている。


 旅団の評価とゼン自身の評価が激しく乖離しているのも気になるところだが。


 足手纏い等でなく、多分連中には、必要不可欠な存在になりつつあるとさえ思えるのに。


 それだけ、西風旅団の4人はまだ若く、冒険者としての未熟さや隙の多さを、ゼンが補って埋めている様に、ゴウセルは考えていた。


 だがゼン単独では弱い、という話も分かるが、彼はまだ若干十歳でしかない、親に甘え、兄弟に甘え、保護されていてもいい年齢なのだ。


 それなのに……!


「……西風旅団の連中は、どうするんだ?」


「これから……話に、行こう、かと……」


 ゼンの憂鬱な様子からも、彼が好きで西風旅団から抜けたい訳ではない事が分かる。


 つまり、もっと同等に、一緒に戦えるぐらい強くなりたいのだろう。


 しかも早く、恐ろしく早く、無理をしてでも駆け足で、途中で躓(つまず)こうともゼンはそれを望んでいる。


 彼を説得する事が、出来るだろうか?


「……ライナー、事務所に人はいるか?『三強』の話でもある。ギルドマスターを呼んで、後、西風旅団の連中が泊っている宿にも人をやって、ここに呼んで来てほしい」


「……はい。ギルド本部では、人目にどうしてもつきますし、ここの方が確かにいいですね。会議室の方で?」


「そうだ。前と少し似ているな……」


 話の内容は激しく違うが。


「下に人がいなければ、私自身が行ってきます。二か所とも、そう距離がある訳でもありませんから」


「すまんな。あ、それと、このメモをレフライアに。頼む……」


 ゴウセルからメモを受け取ると、ライナーは速足で執務室から出ていった。


「ゼン、俺達も場所を移そう。前の会議室だ」


「うん……」


 頷くゼンの暗い様子は変わらない。


 こんな年端も行かぬ少年が、どうしてそう辛(つら)い道を選ぶのか、ゴウセルの理解を超えた献身に、自分も何に対し、どう行動すればいいのか迷ってしまう。




 ※




「……これで揃ったな」


 西風旅団の4人を連れてライナーが商会の会議室に戻って来た。


 すでにレフライアは来て、ゼンの右隣りに座っている。何故か不機嫌そうなファナがいるのは、レフライアが同行を拒めなかったかららしい。


 闘技会の決勝を明日に控えたギイルドマスターが暇な訳がなく、それを急に呼び出されたのだから無理もない。


 しかし、レフライアが不機嫌になるなら分かるが、それを代弁する様に秘書官のファナの方が不機嫌でピリピリしているのには困ったものだ。


 だがこれは『三強』の一人の去就に関わる事だ。


 知っていて話さないのは、むしろそちらの方が問題だ。


 会議室の長方形のテーブルの奥側に、ゼンを中心に、左のゴウセルとライナー、右側にレフライアとファナが座っている。


 今来た西風旅団の4人は、手前側に、右端からラルクス、リュウエン、アリシア、サリサリサが並んで座った。


 レフライア達を除けば、既視感(きしかん)を覚える光景だ。


「……お茶を入れてきます。場所を教えて下さい」


 急にファナが立ち上がって言う。不満タラタラな顔を除けば嬉しい配慮だ。


 ライナーが立ち上がり、一緒に給湯室へ案内して行く。


 全員に茶がいき渡った所で、ゴウセルは今回の事を説明しようと、口を開くが、上手く説明出来ずに困る。事態は、色々な意味で複雑だ。


 旅団の4人は、今回何故呼ばれたかまるで分からず、ゼンの事で大事な話をと聞いてはいたが、それ以上の説明はなかったので、無意味に緊張だけしていた。


「……会長、私が要点をまとめて説明しましょう」


 ライナーが横から気を効かせて説明役を買って出てくれた。


「すまんな。そうだレフライア、あれ・・ 持って来てくれたか?」


「ええ。ここに置いて、早速発動させるわね」


 レフライアが収納具から出したのは、香炉の様な小さな置物だった。


 ギルマスがその上に手をかざし、気を込めると、中央の石が鈍く青色に光った。


「これで、この部屋の会話はどこにも洩れない。物理的にも魔術的にも盗聴は出来ないわ」


 ゴウセルがメモを渡したのはこの盗聴防止魔具の事だった。


 前回、隣りのトイレに音が筒抜けだったので、用心の為に頼んだのだ。


「……それでは、今日、皆さんをお呼びしたのは、ここにいるゼンと『三強』の一人、『流水』のラザンについての話です。


 『三強』のこれからの行く末に関わる問題なので、ギルドマスターもお呼びしました」


 ライナーが立ち上がって、男性にしてはよく通る高い声で説明を始めた。


 旅団のメンバーは、ゼンの話は分かるのだが、そこに同列の様に、今日試合を見たばかりのラザンの名前が出てくるのが分からない。説明を待つしかないだろう。


「まず、今日、午後の準決勝が終わった後に、ゼンはとある場所で、素振りの稽古……ラザンの動きを真似た事をしていた時に、どういう偶然なのかは分かりませんが、『流水』のラザンがそこに現れ、自分の……『流水』の動きを再現しようとしているゼンに興味を覚えたらしく、自分が稽古をつけてやる、と申し出たそうです」


 ライナーの丁寧な説明は、ゼン本人がするよりも余程分りやすかった。


「そこでゼンは、ラザン本人を相手に受け流しの稽古をし、最後にはラザンの意表をつく奇襲が出来たようです。ラザンは反射的にゼンを吹き飛ばしてしまい、ゼンは気絶した。


 その後、彼はゼンの治療をして、目が覚めたゼンに、自分は明日、世界中を周る修行の旅に出るつもりだが、その旅に、ゼンも自分の弟子として同行しないか、と誘って来たそうです。


 それと、ゼンを連れて行く場合、ゼンを自分の従者として身分証をだしてもらう、とかなり具体的な話を出していますので、彼は本気の様ですね。」


「「「「!」」」」


 旅団全員が、それに激しく反応した。


 ライナーは、それに手で抑えるような素振りをみせ、説明を続けた。


「ラザンが、明日の早朝に出発するのはもう決定事項の様です。


 何でも、早く出発しないと大きな障害が現れる、とかなんとか。」


 レフライアとゴウセルはそれが何か分かって頷く素振りを見せる。


 彼を、強敵(ライバル)と言うよりも、尊敬出来る兄貴分の様に慕(した)っている、忠犬めいた性質を持つある騎士の事を考えて。


「それで、ゼンはもう、彼と同行する事を決心し、ラザンにも返答した、とこれが現状です」


 ライナーは説明を終えると、静かに着席した。彼の役目は終わりだ。


「え……待って待って!それってゼン君、フェルズを出て、その『三強』の人と旅に出ちゃうって事?!」


 アリシアの動揺と反発的な反応が早い。立ち上がって、テーブルに身を乗り出してゼンに詰め寄っている。


「駄目!そんなの駄目、絶対に駄目だよ!!」


「シア、反対なのは分かるけど、落ち着いて。そんな頭ごなしに言ったら、何も話せないわよ……」


「でもでもだって、サリーはいいの?ゼン君まだ小さいのにこんなに幼いのに、修行で世界を周るなんて、絶対馬鹿げてる!」


 全然語尾が伸びてない。アリシアは本気の本気で反対してるのだ。


「いや、私もまるで賛成じゃないけど、女と男の子だと、色々違うのよ……」


 サリサリサは、アリシアをなだめつつ、昔から自分はこういう役目だなぁ、つい最近もあった気がするのに、としみじみ思っていた。


「リュウ君もラルクも、まさかそんなのに賛成したりするの!」


 怒りの矛先が男性陣にも飛び火した。


「……パーティー・リーダとしては反対なんだが。ゼンがいなくなるのは、単に戦力が下がる意味以上に大きなものがあると思うからな。


 だが、難しい事を簡単に聞かないでくれ。


 剣士で、男なら、『三強』の弟子なんて話は、飛びついてもなりたい物なんだ。


 俺と『流水』だと、戦闘スタイルが違い過ぎて、なるのに躊躇(ためら)うが。そもそもそんな話来ないから、仮定でも大それた話だ……」


 『三強』の中で強いてリュウエンと近いタイプ挙げるなら、悲しいかな『豪岩(グレート・ロック)』のビィシャグが一番近いのだ。


「今はそんな事どうでもいいの!(←恐ろしくひどい)


 『三強』が強いとか、名誉とかじゃなくて、ゼン君が、あの鬼みたいに強いのにヘラヘラしていかにもだらしなさそうなオジサンに、イジメられながら世界中を旅するなんて、世界三大残酷物語に載せてもいいぐらいな悲劇を阻止できるはどうかの瀬戸際なの!


 もっと真面目に考えて!!(←更にひどい)」


 アリシアは元々頭に血が昇ると冷静さを失い暴走しがちな傾向があったが、これはその欠点が悪い方向へ極端に走ってしまった一例なのだろう。


「ま、真面目って……」


 初めてアリシアにそんな事を言われて涙目になるリュウエン。


「アリシア、リュウは真面目に考えて答えているよ。リーダーとしての苦しい立場も分かってやれよ。


 俺も賛成はしたくないが、積極的に反対するのも躊躇(ためら)うものがあるんだよなぁ……


 それと、『流水』のラザンに対して、妙にひねくれた印象があるみたいで気になるんだが。


 まあ見た目は確かにそんな感じもするが、なんで世界三大残酷物語級にいじめられて旅するのが、アリシアの中で確定済なのか気になるぞ……」


 ラルクスは男だから、ではないがリュウエンの肩を持つ。これでは余りにもリュウエンがあわれだ。


「……ゴウセル、当事者であるラザンは呼べないの?」


 レフライアは旅団仲間の痴話喧嘩と思えなくもない光景をよそに、ゼンをはさんでゴウセルに尋ねた。


「あいつに定宿はない。決まったねぐらを持たないのが信条、とか言ってるのはお前もよく知っているだろう?


 それに、今はうるさい ・・・・奴に捕まりたくないだろうから、余計に居場所が分からん様にしてると思うぞ。


 後、ここにあいつがいても、多分何の役にも立たない。逆に、お嬢ちゃんの怒りに油を注ぎかねないんじゃないかな……」


 サリサリサが懸命にアリシアをなだめているのを見て、ゴウセル自身も色々とこの事に文句、不平不満はあるのだが、自分以上に冷静さを欠いている者を見ると、多少は自分の怒りもやわらがない事もない事もない。どっちだ?


「ゼンは……?


 なんで今、お前の事で修羅ばっている光景見て、ニコニコ笑ってるんだ、ゼン?」


 ゴウセルは思わずゼンの正気を疑ってしまった。


 それぐらい、ゼンが上機嫌に笑っている様に見えたからだ。


「あ。うん。ごめん、その……


 オレ、もしかしたら、誰にも引き留められないで、みんなに笑顔で送り出されたら、むしろ寂しいだろうなぁ、って思ってたから……


 止める人がいて、嬉しいって言っちゃうと、不謹慎?、なのかも、しれないけど……」


 ゼンの、内心の心情そのまま素直に出した言葉に、アリシアは更に熱暴走(ヒートアップ)してしまう。


「やっぱり駄目!うちの、こんな健気ないい子を、あんな極悪非道で卑劣で惨忍で、非情で血も涙もない悪の権化みたいな究極悪役なオジサンにはあげられません!」


「シアはゼンの父親じゃないんだから……。


 娘を嫁に出す父親状態みたいになってまあ、滑る様に、よく知りもしない人の悪口をそう次から次へとまくし立てられるわね……。


 逆に感心しちゃうわよ……」


 サリサリサはこんな場合なのに思わず苦笑してしまう。


「でも本当に、『三強』の中で、あの人だけが、凄く怖い人だ、って思えるんだもの……。


 みんな闘技会の試合の事で盛り上がってたから、口にはしなかったけど……」


 一瞬で皆が黙り込んだ。


 戦闘職なら見抜けるかもしれないラザンの本質に、ただ勘だけでそれを言い当ててしまうアリシアの鋭さは怖い位であった。


 そこで、ゴウセルから、ゼンが今回ラザンと修行に出る事を合意した理由、自分の足手纏いにしかならない弱さをどうにかした一心で、強くなりたくて承諾したが、それは決してフェルズや自分達から離れたい訳ではない、逆に守れる様な力が欲しいからだ、と補足が入って、アリシアがまたまた更に感激したのはさておき。


「……じゃあゼンは、その……自分が納得出来る様な強さになれたら、俺達の所に……フェルズに戻って来る、と」


 ゼンは尋ねて来たリュウエンにコクリと頷く。


「それが、”最速で強くなれる道”か。まるで殺し文句だな」


 ラルクスは少し呆れた様な顔をしている。ゼンを大人の知恵で誑(たら)し込んだような印象を覚えたからだ。アリシア程ではないが、ラザンに嫌悪感が湧いた。


 リュウエンは、自分の中で渦巻く様々な思いにはとりあえず蓋をしてゼンに言う。


「ゼン、これだけはちゃんと聞いて欲しい。


 俺達は、誰一人としてお前を足手纏いだと思った事は、最初に迷宮(ダンジョン)に潜った時から一度たりとしてない、って事を」


 それを聞いてゼンは神妙に頷いた。


「でもお前が、自分の弱さが許せない、なんて思いこんでしまう気持ちも、分からなくはないんだ。


 それだけ魔物と戦う冒険者は過酷な稼業だ。いつ、誰に何があるかも分からないからな……」


 ゼンはそれを聞いてまたあの悪夢の光景を思い出しそうになる。


 あの夢の事だけは、誰にも話していない。何故か、話したら絶対に駄目だと思えたからだ。


「だから、出来るだけ早く帰って来て欲しい。俺から言えるのは、それだけだ」


 それは、ゼンの旅立ちを認める言葉だ。


「でもリュウ君……」


「アリア、俺達だってみんな、3年前に同じ様な状況だっただろ。


 十二歳の時に、アリアは王都の教会に神術の修行に、ラルクは違う街の冒険者養成所に、サリサは王都の魔術学校にそれぞれ旅立って行った。


 俺だけは村に残って剣術私塾で修行を続けていたが、それぞれがバラバラになって2年間過ごしたんだ。(アリシアとサリサリサは同じ王都だが違う場所なのは確かだ)


 ゼンにもそういう日が来たんだと、思うしかないだろ」


 元々、違う街の冒険者養成所に行かせる、という話があったのだ。


 結局その話が形を変えて戻って来たような物だ。


 色々納得しがたい事もあるが、ゼン本人の決意が固いのでは、もう自分達にはどうしようもない。


 ゴウセルも思いとどまる様に話をしていたが、彼の決意は揺るがなかった。


「アリシア、ごめん。オレ、なるべく早く帰って来れる様に頑張るから……」


 アリシアの傍まで来たゼンは、改めてアリシアに頭を下げる。


 ゼンの修行の旅に、一番反対し、涙したのはアリシアだからだ。(ゴウセルは男として、大人としてアリシアの様になりふり構わず反対出来なかった)


「うわーんっ!やっぱり反対だよう、あの怖い人にゼン君が壊されないか、私心配でたまらないよ~~!」


 アリシアはゼンを抱きしめてまたさめざめと泣く。


 ゼンはただ困った様に、自分より背の高いお姉さんを慰めるのだった……。



 ※



「……シアとゼン、仮眠室に寝かしつけて来ました。


 あの子ってば、ゼンに抱き着いたまま離さなくて、泣きつかれて眠ってしまって……」


 まるで大きな子供だ。


 でも、サリサリサは、ああいう所も自分は真似出来ない、アリシアの美点だと思う。


「後で私も、アリシアの横に寝かせてもらいますね」


「俺達は、ここの応接室のソファを借りる。毛布があれば何処だって寝れるのが冒険者って物だからな」


 結局4人は宿に戻らず商会で夜を明かす事にした。


 明日朝早くにゼンを見送るのに、宿に戻る気分にはなれない様だ。




「じゃあ、私達はギルドに戻るけど、ゴウセル大丈夫?


 あなたも凄くつらそうだけど……」


 レフライアは思わずゴウセルの頬を撫でて言った。


「ああ、つらいはつらいんだが、大人が弱音を吐くのはどうにも、な……。


 それはそれとして、明日の闘技会決勝って、結局どうなるんだ?」


「一応、試合はする様にあの二人には言い含めてあるわ。


 優勝とかはどちらも辞退しそうだけど……。


 多分、後で自分達だけで再試合をしようとでも思っているんだわ」


 相手はその時いないとも知らずに、とギルマスは呟く。


「色々面倒な事にならない様に、明日の朝の事は手配するつもり。


 ゼン君の身分証もあるし。ラザンの言葉通りなら、申請書が来てると思うから」


「ギルマスは本当に多忙だな」


「お勧め出来ない役職ね」


 少し二人で笑い合って、ゴウセルは心持ち気分が楽になった。


 レフライアはファナと二人で例のマントをつけてギルドに戻って行った。


「俺達も、家に戻るか。


 寝たい気分じゃないが、酒飲んで、それで寝過ごしたら目も当てられないからな……」


 ライナーは頷き、帰宅の準備をする。


 今回の闘技会は、なんでこんなに波乱ずくめだったのだろうか。


 そして、ゼンと出会ってから数カ月の、楽しくもあり辛くもあった日々を思うゴウセルだった……。











*******

オマケ


ア「ゼン君どうして行っちゃうの、ラザンのバカ間抜けあんぽんたん……」Zzzzz

ゼ「……」(抱き枕状態で固まっている)

サ「随分ハッキリした寝言ね。器用だわ……。

 私も、あんたがもういる状況が、当り前になってたから、色々困るわ。出来るだけ早く、帰ってきなさい…」

 

ゼ「……うん」


リ「正直、寂しくなるな……」

ラ「まったく。『流水』様も、余計な事してくれるなぁ……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る