第25話 闘技会(3)☆





 ブンッ!ブンッ!ブンッ!ブンッ!


 ゼンはカクレガの前でずっと、リュウエンから貰った練習用の木剣を、ただ一心に振り続けていた。


 昼間の闘技会で見た衝撃の興奮が、中々覚めてくれないのだ。


 ブンッ!ブンッ!ブンッ!ブンッ!ブンッ!ブンッ!


 それに、素振りは、振れば振る程剣が上達するような、そんな錯覚がして、ついつい剣を振るのが止められなくなってしまうのだ。


 それで1回徹夜してしまった事がある。


 目ざとくそれに気付いた旅団メンバーのみんなが、ゼンに厳しくお説教をしてくれたのだが。


 ゼンにはそれは、まるで厳しく感じられず、怒られれば怒られる程、胸がポカポカしてきて困ったぐらいだ。


 結局それは、皆がゼンの事を気遣ってくれる優しさでしかなく、怒られている、というのとは実際には程遠い状態で、そういう事に慣れていないゼンは戸惑い、どうしていいのか分からなくなる。


 ゼンは、自分がまったく知らなかった、知りえなかった、暖かい感情が時々溢れそうになるので、それを持て余し気味だった。


 普通に暮らしている人達は、こんなのが当り前なのだろうか?幸福な自分の状態を持て余したりはしないのだろうか?それが、ゼンには不思議だった。


「そろそろ止めて、寝ようかな……」


 また怒られても、それはそれで魅力的な気もしないでもないのだが、明日は闘技会の準決勝があるのだ。


 寝ぼけ眼(まなこ)であの人の試合を見たくない、という気持ちが強い。


 ゼン自身よく分からないが、あの『流水』のラザンという人の剣は、他の試合の全てが色褪せて見えてしまう程に衝撃的で、剣技とか剣術とか、まだまだ分からない事だらけな素人のゼンなのだが、それでもそれが『特別』な領域の何かだとは分かる。


 その事を考えると、また色々と昂(たか)ぶってくるので、ゼンは頭を振って、カクレガの中へと戻った。


 この頃の夜は、時折嫌な夢を見るのだが、今日は大丈夫だろう。こんなに疲れているのだ。夢なんか見ずに、朝までグッスリだろう、そんな気がする。



 翌朝起きると、ゼンは変に寝汗をかいている自分に気がついた。


(まさか、覚えていないだけで、またあの夢を見たのだろうか……)


 気づくと、右の手の甲の部分に歯型が思いっきりついていた。


 血がにじんでいる。それは当然自分の歯型だ。


 まるで、悪い夢から覚めるために、自分で自分に激しい痛みを与える為のような跡が……


 彼はまだ知らない。今日が彼にとって、どれ程大事な日なるかを。


 今日が、運命の日である事に………


 運命の日が始まる。それがどんな結果となるかは、彼次第………



 ※



【……決まった~~~~!】


 怒号のような観客席の声の波、そして、準決勝から入るようになった試合の実況解説の、観客以上に試合の勝敗に興奮した声。


 準決勝午前の部、『血の魔剣ブラッディ・グラム 』ザルバート対『聖騎士(パラディン)崩れ』シリウスの試合は、恐ろしく呆気ない幕切れを迎えていた。


 いや、迷宮都市フェルズの住民ならほぼ予想通りの展開なのか、ゴウセル同様に、観客席の客達の表情は、「ああ、やっぱりな」という顔をしている。


 一部の観客はやたらと悔しがり、何かを投げ捨てているのは、恐らく試合の勝敗の賭けでもしていたのだろう。


 試合の事前予想が圧倒的にシリウス有利と出ていたので、大穴狙いでザルバートに賭けた気持ちは分からなくもないのだが……。


「なんというか、凄かったな。『剣の威力が』……」


 ゴウセルもここまで一方的に終わると思っていなかったのか、どこか呆れ顔だ。


 ザルバートが開幕早々放った剣撃は、シリウスに躱されたものの、観客席に張られた結界術の防御障壁が破られるのではないかと思われる程のものだった。


 障壁が不気味にきしむ鈍い音をたてて、せっかくの最前列で見ていた観客達が悲鳴をあげ、逃げかけた位だ。


 あれで”不殺の術式”というのが発動しなかったのが不思議な程なのだが、結界の障壁が破れなかったぐらいなのだから、ギルドの想定の範囲内なのだろう。(あるいはシリウスの防御強度が通常より高いのか)


 でなければ、無辜(むこ)の市民の大量虐殺が起きていた訳なのだから。


「今度から、魔剣の持ち込みの類いは規制した方がいいかしら?」


 と某ギルマスが冷や汗を浮かべ呟いていたのは、誰も知らない知られちゃいけない~、聞かなかった事にした方がいい真実の一つだ。


 結局のところ、ザルバートが放つ攻撃は全てシリウスに躱され、シリウスが、明らかに手加減したっぽい剣の一振りを魔剣で受けたザルバートは、遥か場外の彼方にまで吹き飛び、闘技場の端の壁に突き当って、そこで止まった。闘技場の壁は流石に丈夫だった。壁、最強。


 その激突の衝撃で気絶したザルバートは、当然、5分以内に競技舞台まで戻って来る事はなかったのであった。


 そして決着にかかった時間は、その5分を覗けば1分もかかっておらず、文字通り秒殺であった。


 戻って来ると思って、剣を構えて待っていたシリウスが、待ちぼうけで哀れな位であった。(忠犬シリウス)


 規定の試合時間は40分であったのを、準決勝から1時間と、前より20分長くなっていたのだが、この場合ではそれがまるで無意味だった。


 これから昼まででまだ3時間近くある。準決勝なので、1時間弱試合、1時間は引退した冒険者の試合解説講座、その後は客同士で、その試合談義で盛り上がったり、で間がもつだろう、というギルド側の計算は完全に当てが外れた状態となった。


 時間がある程度余るのは仕方ない。観客だって承知の上だ。今日は2試合しかないのだから。


 問題はそのメインが余りにも短く終わってしまった事だった。


 イベント運営をするギルド側の完全不手際だった。出てこい、運営!


 いや、この場合文句はザルバートに言うべきか?気絶中。ならシリウス?まあ、それはそれとして。


(あちゃぁ。これ、どうするのかしら……?)


 領主観覧席で他人事に考えていたギルマス・レフライアは、


【え~、マイクテス、マイクテス】


 と、勇者からこういう場合に言うといいと伝えられた謎の呪文を、場内放送で流した解説役の女性が、


【緊急呼び出しです。ギルドマスター・レフライア様、ギルドマスター・レフライア様。おりましたら、最寄の関係者会議室までお越し下さい。繰り返し、放送いたします~~】


 各国来賓に囲まれた席で、色々吹き出しそうになったレフライアは、


(おりましたら、っていない訳ないでしょうが、あの子達ときたらもう~~~!)


「部下からの呼び出しのようで、すみませんが、失礼いたします……」


 ひきつった顔に謎の愛想笑いを浮かべたレフライアは、ファナを引き連れて、凄い勢いで闘技場の運営区画にある会議室まで早歩きで移動した。(また認識阻害のマントを羽織っていたので客には気づかれず?に移動した)


「あなた達、なに考えて私なんか呼び出してるの!?」


 レフライアの額に怒りのバッテンが浮かんでいたのは言うまでもない!


「「「レフライア様~~~」」」


「「「「ギルドマスタ~~」」」」


 と、今回の闘技会運営を任されていた冒険者ギルド職員の、泣きついてくるスタッフ一同。


 なんだかんだ言って、頼られられると弱いレフライアである。


「また、なにかこうビシっと演説でもかましてくださいよ~~」


 試合そのものが短すぎたので、引退した冒険者の試合解説講座なんてしたら、逆に野次や文句が飛びそうでもう使えない。


「あなたねぇ、解説に選ばれたって、浮かれまくってた癖に、もう……


 こういう予定外な緊急の場合も想定してないでどうするの?」


 基本は決まりきった業務を遂行するだけの、冒険者ギルド職員だ。


 魔物関連なら色々想定外も対応出来るが。


 ここフェルズの冒険者ギルド辺境本部は、表の事務、カウンター業務は女性職員が、荒事の現場、解体、その他の力仕事は男性職員が、と役割分担が二極化しているので(完全に、ではないが)、今回のイベントスタッフはほぼ女性職員が切り盛りしていた。


 3年に1度のイベント、前回のスタッフは、引退するか別の場所のギルドに移っていたのが災いした様だ。突発的な事態に慣れていない娘が多過ぎた。


「でもでもだって、こんなの想定の範囲外過ぎますよ~~~」


 AAA トリプルエーという、S級に一番近いクラスの冒険者が秒殺されるとは、中々想定しづらいのは理解出来る。

 

「大体、私だって、ただ話なんかしてたって、場をそんなに長時間もたせられないわよ。来賓の方々ほっといて、そんな見世物まがいな事してるのも……」


 そこでレフライアは、ある事を思いついた。


「あの娘ならあるいは……」


 これしかないだろう。現状で出来る事は……。


「人をやって本部の特別保管室から……今は、副ギルマスのロナルドがいるから、この杖を出して来てもらいなさい。許可証は今書くから」


 レフライアはパパっとその場で事情と杖の持ち出し許可を許す旨(むね)を書いた許可証を作り、たたんでその場にあった封筒にいれると、職員の一人に渡す。


「ファナ、あなたは、私が手配した特別室に行って、あの”娘”を呼んできて。至急ね」


 誰を連れてくるのか、こっそり耳打ちして。




 ゴウセル達の個室観覧席でも、観客席の不平不満のどよめきが聞こえてきていた。聞こえなく調整は出来るが、今それをしても状況が変わる訳ではないのでしないだけだ。


「ギルドマスター、呼ばれてましたけど、どうするんですかね?」


 リュウエン達は、なんとなくゴウセルに話を聞いてみる。未来の旦那だし。


「いや、どうするんだろうなぁ。ここまで想定外の事が起きると、客に入場料の返却とか、は無理か。損害が凄い事になるし、な」


 ちなみに、今日の闘技会入場券は、午前の部と午後の部に別れている。


 勿論、午前午後のセット販売もある。汚い。流石、運営、汚い。


 商売人としてゴウセルも腕を組み考える。


「多分、間に合わせで、何か見世物とかやるとかで誤魔化すぐらいか?」


 この空気でそれをやらされる奴は可哀想だがな、と注釈をつけて。


 そんな事を言っていた矢先に、認識阻害のマントを羽織ったファナが、また勝手に鍵を外から開けて入ってきた。そして、


「”サリサリサ”さん、ギルドマスターがお呼びです。一緒に来てもらえないでしょうか?」


 ギルマスのご指名サリサさんでした!


「はあ?私に?何か激しく嫌な予感しかしないんですけど……


 ……うん、行かない方がいいと、私の鋭い直感がささやいているわ!」


 サリサリサも危険を避ける勘は、ゼン程でなくともそれなりに良いのだ。


「まあ、来られないのでしたら多分、冒険者資格の剥奪などもあり得るかと……」


 ファナは平然と職権乱用な事を言う。ギルマスの教えは脈々と受け継がれていた……。


 そこでゴウセルの隣り座るライナーが、何故か激しく咳き込んでいた。


「なんだ、飲み物が気管にでも入ったか?」


「そ、その様です……」


 ゴウセルに背中をさすられながら、かろうじて答える会長補佐なライナー君。


「それに、貴方にとってはかなりいい取引になると、私(わたくし)は愚考する次第なのですが……」


 ファナはとても意味ありげだ。


「……分かった。ともかく、話だけでも聞いてくるわ」


 逃げても無駄だと悟ったサリサリサは、妥協案として聞くだけ、と言っているがそれで済む訳がない。


「行ってらっしゃい、サリ~~~」


 アリシアはニコニコご機嫌だ。これから親友に課せられる試練に気づいていないのだろうか?



 ※



「これは、魔力消費が百分の一になる特殊な魔具の杖よ。


 それで、貴方には、何か会場の観客の不満をやわらげ、準決勝の代わりになる程度には派手な見た目の魔術を披露してもらいたいのだけれど……」


 レフライアは随分飾り気のない、シプルな見た目の杖をサリサリサに見せるが、


「~~~想像以上に無茶な話でした無理でしたお断りします」


 丁寧に頭を下げ、脱兎の如(ごと)く逃げ出そうとしたが、ファナが回り込んでいる!有能秘書からは逃げられない!


「……でしたら、報酬としてその杖がそのままいただけるんですか?なら、喜んでやりますけど」


「それこそ無茶言わないで。これは普通に、国家予算とかに匹敵するぐらいの価値はあるわ。


 遺跡で見つかった古代術具(アーティファクト)に、うちの錬金馬鹿が勝手に手を加えて偶然生まれた、間違いなく世界にただ一つの”宝具”よ。(やったのはハルアさんです)


 でも、必要な時にだけ、貸し出してもいいとは思っています」


 言外で、ボス戦の様な危険で生還率の低い戦闘の場合、と言っている。


「~~~正直、それでも私一人だと無理っぽい気がします。C級~D級ぐらいで、魔術増幅(マジックブースト)を使える術士って、何人か集められませんか?」


「心当たりがなくもないけれど、貴方、自分を基準に考えられると困るわよ?」


「大丈夫です。最初に増幅(ブースト)かけてもらえたら、術の維持はこちらでしますから。


 あ、後、その認識阻害のマント貸して下さい。後で無駄に騒がれたくないので」


 サリサリサは腕を組み、ふんぞり返って「やってやろうじゃない!」と無茶な依頼を引き受けたのであった。




 そして……


 場内放送で集められた6人の魔術師が、本来準決勝の場所である中央舞台に、マントのフードを深く被って顔を隠したサリサリサを囲むように配置され、それはこれからなにか舞でも踊るのか、と観客達に淡い期待を持たせる。


「本当なら金返せ、とか怒鳴りたい所だが、もう時間潰せるなら何でもいいよな……」


 と、そこで試合解説をしていたギルドの女性職員の声が場内に大きく響いた。


【これから、ギルド期待の新星による、ド派手な魔術ショーをお見せいたします。皆さま、ご期待ください~~~】


(あの子、解説になると妙に変なノリを出すのね。なんで、ド派手とか期待を煽るような事言って盛るのかしら。もうこういう役割やらせられないわ……)


 苦虫を噛み潰したような気分になったが、それを今顔には出せない。


 領主観覧席に戻ったレフライアは、「どんなものが見せていただけるのか、期待が高まりますなぁ」とかおべんちゃら言ってる来賓に適当な相槌(あいづち)で誤魔化していた。



 ※



(派手って言うと炎とか雷、いやもう土以外なら何でも有りだ、適当にやろう。


 威力とか考えないでいいんだし、派手……派手ねぇ。


 私は精霊術士じゃないけれど、ただ呼び寄せる位は出来る。


 ともかく呼んで、視覚化で普通の人にも見える様にして、精霊達に、術とたわむれてもらおう。よし、コンセプトは決まった)


「じゃあ行きます。増幅(ブースト)お願いします……」


「「「「「「はい!」」」」」」


 呼び出された6人の魔術師が声を合わせる。


 複数でやる集団術式、というのは何処の魔術学校でもやる、基本的な術式だ。


 それも、6人が6人とも冒険者歴のそれなりに長いベテラン、失敗する要素はなかった。


(問題は、この子が何をやって観客を少しでも満足させられるか、にかかってる……)


 6人が中央の術者、サリサリサに魔術増幅(マジックブースト)を同時にかける。それは中央で重なり合わさって、更なる効果を上げる。


(そっか、こんな時なのに思い出しちゃった。私が生まれて初めて魔術を使ったのは、泣いてるあの子を笑わせる為だったって……)


 いつも優しい、天使のよう私の親友……


 中央の術士がまばゆいばかりの光を放つのを、観客達はただただ、静かに息を飲んで見守っていた。


 これから起きる事がただならぬ事である事を予感して。


 最初に、緑の風が巻き起こった。その中で、羽根をはやしたシルフ風の精霊 がはしゃいで飛び回っている。


 次に、炎があふれ出た。勇ましき風貌のサラマンドラ火蜥蜴達が、炎の中を楽しそうに泳ぎまわっている。


 雷が、鳴り響き、周囲全体へと広がっていく。ボルト雷の精霊はいたずらっ子の様だ。周りの他の精霊達にちょっかいをかけては逃げ回っている。楽しく笑いながら。


 氷雪の嵐を呼ぶ。それは周囲の精霊と競い合って楽しむセルシス氷の精霊だ。


 炎と氷が戯(たわむ)れるように交わって、ウンディーネ水の乙女が現れた。最初戸惑っていた彼女も周囲の精霊達と一緒に踊りだす。


 様々な自然現象、さまざまな精霊達、それがまるで全員が家族のように仲良く、華麗に、鮮やかに、飛び、泳ぎ、踊り、走り、それぞれがバラバラでありながら、混然一体となったパノラマショーは、闘技場の闘技箇所全体にまで広がり、皆が嬉しそうにこの状況を楽しんでいた。


 レフライアが思いついて、またファナを伝言に走らせる。


 しばらくして、観客と闘技区画をへだてた結界障壁が消え、精霊達は観客席まで広がって遊びだした。


 炎や雷って、危ないんじゃないのか?と思って恐る恐る手を伸ばした勇気ある観客がいた。


 だが精霊達が客に害をなすことはなかった。


 炎の精霊はほんのり暖かい、雷の精霊は少しだけピリっと来る、氷は、ちょっと冷たい、それだけだった。


 安全だと分かると、大人も少数いた子供も、手差し出して、率先して精霊達と遊びだした。


「ここまでやったんだから、仲間外れは寂しいわね!」


 サリサリサが新たに術を加える。


 大地に向かって杖を向けた先で、ノーム 地の精霊達がポコポコ地面から無数に湧いて出た。トンガリ帽子のおチビさんだ。そして、土くれから生まれた武骨で素朴なゴーレムが、腕や肩、頭にまでノームを乗せて、闘技区画全体で不器用に踊りだした。


 突然地面から木が伸びた。ドリア―ド 樹の乙女達が現れ、彼女達もゴーレムの上に加わった。


 全ての精霊が笑っていた。楽しんでいた。


 それは観客達も一緒だった。大人も子供も、貴族も平民も冒険者も、人間もエルフも魔族も獣人も、皆が笑い、楽しく精霊達と触れ合っていた。


(何これ?四大精霊全部いるじゃない。あの子、使えない属性がないっていうの?)


 サリサリサが成した、とんでもない術式に6人の術士達は驚きうろたえながらも、彼女達も勿論楽しんでいた。楽しくない訳がない。自然に笑みが浮かんでしまう。


 呼んでもいないのに、浮かれて誘い出されたのかハルモニウム音の精霊達が現れ、さまざまな楽器を鳴らし、吹き、歌を歌い、それに合わせ踊り、人間が聞いた事のない音楽、曲、歌を披露してくれていた。


 それは正に、その場にいる全ての人々、精霊達が全員参加する一大祭(パレード)りだった。


 喜びの声は、想いは、輪になって広がり共鳴してさらに強くなる。


 まるでここが、精霊達の楽園アスガルドのようであった………





 終わりは突然だった。夢のような時間はあっという間に終わりを告げ、気付けば時間は正午を少し過ぎていた。


 精霊達は全員、手を振って笑いながら別れを惜しみ、消えていった。それぞれの場所に帰ったのだ。


 術の維持を解き、全てが終わった、とホっと一息つくサリサリサのいる場所、正面に、息を飲む程美しい、透き通った、一人の少女が立っていた。


「……え”?」


 サリサリサの感覚に間違いがなければ、それは精霊王(ユグドラシス)だった。


 王には性別はない。サリサリサに合わせて女性体、彼女と同じ年齢ぐらいの姿を見せているだけだ。


(やばっ!使役した訳じゃないけど、勝手にあんなに大勢精霊達を呼んで、私叱られる?!)


 身を低くして、ビクビクして怒りの言葉を待つサリサリサに、精霊王(ユグドラシス)がそっと手を伸ばす。



<人の子よ、私の大勢の子供達(精霊達)と仲良く遊んでくれて、ありがとう。礼を言います……>



(あれ?怒られない?逆?)


 精霊王(ユグドラシス)の手が、サリサリサの被ったフードを外し、その額にそっと口付けをした。



<貴方に加護を。いつかまた会いましょう……>



 にっこり微笑んで、精霊王(ユグドラシス)は静かに、少しずつ薄くなり、消え去って行った。


 しばらくボーっと余韻に浸(ひた)っていたサリサリサだったが、ハっと正気付いて、慌ててフードを被り直す。


 実際、数秒であったし、精霊王(ユグドラシス)がフードの効果を知って、同じ術式をサリサリサに一時付与していたので、サリサリサの顔は誰にも分からなかった。


 サリサリサは精霊王(ユグドラシス)の相手で精一杯だったので気づいていなかったが、彼女の術を手伝(サポート)てくれた6人の所にも、四大精霊の王が現れ、それぞれの杖に、その術士が得意とする属性の加護を授け、精霊王(ユグドラシス)と一緒に去って行った。




 しばらく会場全体が、怖い程の静寂に包まれていた。


(あれ?受けてたんじゃないの?まあ、いっか。ともかく退場しなきゃ……)


 サリサリサは、会場に向けてペコリと頭を下げると、6人の術士と退場しようと動いた時、会場全体が轟(とどろ)き割れんばかりの歓声に溢れ、物凄い状態になった。


【す、すご、凄い術、凄過ぎます!私、感動して涙が止まりません!うぅ、う、エグエグッ……。素晴らしい光景を、ありがとう!皆さま、彼女達に盛大な拍手を、お、お願いします!】


 実況解説の女性職員は本気で泣いていた。彼女の周囲のスタッフ達も同様だった。


 言われて観客達も気づいたのだろう、皆が立ち上がって、涙を流しながら拍手をしていた。


 手が痛くなろうと構わず、それだけでは自分達の思いが伝わらないと思ってか、大声で叫ぶ者もいた。


 とにかく凄まじい歓声と拍手の嵐だった。


 ギルドマスター・レフライアの開催の演説の時すら越える、とんでもない祝福と賛辞の雨あられ、感動で泣いていた。


 精霊達とすごした幸福感で泣いていた。泣き笑いしている者もいた。


 万来の拍手と喝采、歓声が木霊するなか、この闘技会で一番の盛り上がりを見せた一時が終わった。


 この時見れた素晴らしき光景を、忘れる者は誰一人としていないだろう。


 誰もが一生涯の一番大切な記憶と、想いとして、それを心の中にしまい込んだ。


 大切な”宝”として………











*******

オマケ


サ「つっかれた~。もうやらないもう出来ない!」

ア「ふふ。なんかサリーが初めて使った術、思い出しちゃった~~。すご~く、良かったよ~」

リ「…お疲れ様だな」

ラ「…おつかれ」


ゼ「うん、とっても、良かった……」

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