第24話 闘技会(2)☆
※
「クックック……」
「……卿は、何笑っているのだ?」
「これが、笑わずにいられか。前評判的にも、ギルマスが主役(メイン)だったが、開催の挨拶”だけ”で、色々一切合切全部持っていかれちまったんだからな」
『流水』ラザンは、闘技場の廊下、競技区画に入る直前の場所で、腕組みながらもおかしくて仕方がない、と身体を震わせて笑っているのだ。
「……別に、ギルマス殿にそう言った意図はないであろう。この演説を観客が喜んでいるのは確かだが、内容はとても立派なものではないか。
あの事件で確かに、魔族の印象は地に落ちたも同然。だがそれは、この演説で払拭された。フェルズの同僚には魔族も何人かおる。出場する冒険者の中にも。下手をすれば、その試合に野次(ブーイング)が起きる可能性とてあったのだ」
『聖騎士(パラディン)崩れ』シリウスは、真面目腐った顔付で、彼の生涯の強敵(ライバル)たる『流水』ラザンに対して、まるで年上の教師が出来の悪い生徒に言って聞かせるように言うのであった。(無精髭をまばらにはやしたラザンの方が年上なのは言うまでもない)
「まあな……。いや、別に俺は、ギルマスの演説やその内容にケチつける意味で笑ったんじゃないさ。この奇妙な状況を笑っただけだ」
ラザンは、何やらシリウスが説教じみた事を言い出したので、彼の誤解を敏感に感じ、自分のなんでもない心境を説明するだが、どこまで通じるやら。
「ふむ。確かに、な。1試合も始まってないのに盛り上がり切っているのだから、これから試合をする者は、やり難い事この上ないであろう」
「まあ、それも、試合が始まれば変わる。自分達が何を見に来たのか、嫌でも分かる。こういう時はあのデカブツも役に立つ。あれは、一般人には果てしなく分かりやすい”強さ”って物だからな」
かの万年3位を皮肉る。
「ほう。卿が『豪岩』を褒めるとは珍しい。いつもひどい事しか言わんくせに……」
やはりこいつは苦手だ。
剣の腕がどーの、とかではなく、自分と波長が微妙にズレている気がするのだ。
そもそも彼は何で今ここにいるのか。
『聖騎士(パラディン)崩れ』はDブロック、自分はAブロック、調度正反対のブロックに配置された。つまりやり合うのは決勝までお預けなのだが……。
「あん?誰も褒めてねーよ。一般人に分かりやすい強さ、と言っただけだ。なにせ俺のは、分かり難い強さだからな……」
そう言って、身をひるがえすと、『流水』は闘技場の長い廊下を戻って、選手控室の方に歩いていった。彼はシリウスと同じシード選手だ。まだ出番ではない。
(話せば話すほどズレが広がる気がするな……)
「分かり難い、のではなく、理解出来ぬのだと思うが……」
シリウスもまったく逆側の選手控室へ戻るのに、闘技場の競技区画の真ん中を突っ切って行った。
彼は流水と逆のブロックに振り分けられている。
つまり、わざわざ反対側からラザンの姿を見つけて、遠く離れた主人の匂いをかぎ分けた忠犬の様に、しっぽを(心の中の)振って話をしに来たのだ……。
※
闘技会の勝敗のルールは、
選手が敗北を認めて降参した場合。
試合の舞台上から落ちて、5分以内に復帰出来なかった場合。
選手一人一人に付与された魔術の防御膜(物理、魔術両面)を削られ、一定以上のダメージ数値を出されてしまう事。(この判定は審判の判定にゆだねられる)
相手を殺してしまった場合。の4つが敗北の条件だ。
後は試合が規定時間(40分)をオーバーした場合、その勝敗は審判の判定にゆだねられる。
これが、大まかなルールで、即死級のスキルや術等がある場合は、それを封印(自粛)してもらう。
闘技会において、相手の命を奪った時は即負けで、場合によっては罪に問われる事もある。(故意の場合は殺人だ)
闘技会は、純粋に技や術の優劣を競い合う場であり、人殺しの技術を誇示する場ではないのだから。
なので、参加選手の安全を保障する為に、この闘技場にかけられた魔術、神術による特別な処置が施されている。
過剰な威力の術を即座に封印する術式と、選手の武器にかけられた不殺の術。致死性の一撃は、闘技場全体にかけられている同一の術とでその威力を
この術が発動した場合、攻撃側が即、敗者となる。
試合前に、選手自身には、魔術の防御膜が一人一人に付与されていて、そのダメージ判定は、審判の持つ魔具に伝わり、表示される。
何処までが勝敗決定の数値になるかは、個々の選手次第、それを判定する審判の判断次第、となっている。(ダメージが限界数値に達しても試合を継続出来る化け物が、このフェルズには3名は確実にいるのだから)
つまり、闘技会の試合とは、この防御膜の削り合いであり、いかに効率よく防御膜を削り(致命的でない)一撃を浴びせられるか、相手を試合継続不能まで追いつめられるか、が試合の勝敗を決める。
尚、当然、ギルド専属の優秀な治癒術士が、万一の場合を想定して複数待機している。
過去に死者が出た例はないので、安全は絶対に近いと言えよう。
※
ギルドマスター、レフライアの見事な演説、いや、開催の挨拶の興奮も冷めやらぬまま、闘技会は開催された。
闘技会のメイン(参加条件無しの無差別級)の試合日程は3日だ。
最初の1日で全試合のほとんどを消化し、2日目に、準決勝2試合を行い、決勝に残る2人を決める。
3日目は、午前に3位決定戦、午後が決勝、となる。午前(3位決定戦)は客が結構少なかったりする。花形は優勝決定戦なのだから仕方がない。
他の、職業別や、ランク別、等の競技試合は、ギルドの訓練場を会場として行われる。
そちらは観戦しないので、ゼン達にはどういう内容のものになるかは分からない。
メインの試合は、初日は舞台が4つ設置され、東西南北に別れた4つの場所で、4つのブロックの勝ち抜き戦が行われる。
A、B、C、Dの4ブロック。初戦は8戦。4ブロック合わせて32試合が行われる。
準決勝までいくのに4試合の勝ち抜きが必要となる。
1ブロック15人いて、1人がシード選手だ。Aのシードは『流水』、Bは『豪岩』、Dに『聖騎士(パラディン)崩れ』がシードとなっている。Cブロックは省略で。
ゴウセルに言わせると、いつものパターンだと順当にいって『三強』が勝ち残り、ラザンとビィシャグが準決勝を戦い、決勝に残ったシリウスとその勝ち残った相手が戦う。
それは、ほぼラザンで確定だと言う。
ビィシャグはラザンの『流水』の剣技と、究極的に相性が悪く、どう間違っても勝ち目はないだろう、と。
ゴウセルの予想はともかくとして、闘技会の試合は順当に進んで行った。
闘技会は、戦奴と魔獣が戦う見世物のショーとは違う。
どう客を喜ばせるか、どう客に受けるか、という事を考え、派手なパフォーマンスとショーとしての盛り上がりを計算されたものと、闘技会の、冒険者同士が日頃の鍛えた技やスキルで相手を打ち負かすそれは、実は結構地味で、淡々とした物が多い。
客の受け等気にしない、自分の勝利のみを目指す戦いは、時にあっさり数秒で終ったりするものもあれば、実力伯仲の者がぶつかり合えば、延々勝負がつかず、見応えの少ない泥仕合に発展する事さえある。
(これがランク上位の者であれば、見応え充分の好カードとなる)
試合時間は決まっているので、審判によって必ずどちらかの勝利は決まるのだが。
結局のところ、見て面白い、と感じれる様な試合を出来るのは、やはり高ランクで手堅いスキル技を習得し、それを有効的に使える、技量の高い者であり、そこに人気が集中するのも仕方のない事であった。
「ゼン。あの黒髪を頭の後ろで縛った、女性の様な奇妙な髪型をしている男。あれが『流水』のラザンだ」
リュウエンが指さす先に、確かに不思議な雰囲気を放つ、黒髪の剣士が、ゼンが見た事もない服を着て立っていた。他の冒険者とは、色々な意味で一線を画する男だ。
「リュウさん、あの人、なんか変な服、着てるけど」
「あれが、彼の故郷の普段着らしいな。キモノ、とかだったかな。いつもは普通に皮の鎧で、冒険者っぽい恰好なんだが、闘技会だとあの服で出ているって聞いたな」
「でも、あの服って防御は大丈夫?」
普通に布の服にしか見えないのだ。そこを心配するのは当たり前だった。
「魔物ならともかく、人が相手なら、防具なんていらないんだとさ。実際、彼が人から傷をつけられた事ははめったに、いや、まるで見てないな」
「でも、前回は負けたって聞いたけど?」
ゼンの指摘は鋭い。
「俺の聞いた話だと、シリウスが聖騎士のスキルを連続発動して、それに剣の合わせ技で強引に倒したと聞く。俺も見たいんだけど、あのメモリーキューブ高いんだよなぁ……」
リュウエンは嘆く。自分達に、年上で気軽に会えて頼み事が出来る冒険者がいれば見せてもらえる事も……、と考えた所で、前に実力判定してもらったレオ検定官を思い出した。
今度ダメ元で頼んでみよう……。
それからゼンは、ラザンの流麗華麗な『流水』の剣技に魅せられたのか、食い入る様にラザンの試合ばかりを見入るようになった。
「リュウさん、あの人ずっと、なにか木の枝みたいなの咥えてるの、なにかな?」
「あれは……知らんな。聞いてもまともに答えてくれんらしい。噂だと、彼の故郷、極東の風習かなにかじゃないかって話だ。おまじないとか呪術関係か?」
ゼンが質問魔と化しているのが妙に面白かった。
「あの片目つぶってるのって、ギルマスみたいに目が悪いの?」
『流水』試合風景を見つつ、疑問は山積みだ。
「いや、そうじゃない。あれはハンデなんだとさ。弱い相手とやる時は、片目つぶってやっているんだ」
「なにそれ。相手馬鹿にしてる。性格悪いわね」
サリサリサが口を横からはさむ。確かに、馬鹿にしているのだろう。そこは否定出来ない。
「ゼンも片目隠してみろ。生まれつきそうなら、まだ慣れとかでどうにかする事も出来るが、急に片目を失くしたら、視界は半分になるし、敵との距離を測る遠近感もおかしくなる。
つまりよっぽど相手と差がないと、そんな事は出来ないって事だ。
ギルマスはその上、呪いでかなり痛むらしいからな。引退するのは当然だ」
ゼンは言われた様に片目隠して歩いてみようとして、見事にバランスを崩して転んだ……。
それを見て、悪いと思っても皆が笑ってしまう。幸福な光景だ。
※
途中、昼休憩をはさむ。
闘技場のあちこち空いた場所には、色々な種類の食べ物の屋台が所狭しと並んでいる。当然、許可を取っての物だ。
闘技会期間中は、この屋台の出店許可も激しい競争で、客席の入場券と同じ、抽選で当選した、運のいい業者しか出店出来ない。
しかし、味の悪い料理等では、客に見向きもされないので、出店希望を出すのは何処も味に自信のある人気の店の職人が出す屋台だ。ほぼハズレはない。
ライナーとラルクス、そしてアリシアが買い物係となって色々な食べ物を山ほど勝って戻って来た。
テーブル席の方で2組に分かれて食事する。
旅団の4人と、ゴウセル商会の2人にゼンだ。
途中、貴賓席からどうにか逃げ出して来た、レフライアとファナまで加わっての賑やかな昼食となる。ファナのみが余り嬉しそうではなかったが……。
これもまた、日常の幸福な風景だ。
やはり、こういうのに慣れていないゼンは思ってしまう。
自分はここにいていいのだろうか?これは、幸せな夢に過ぎず、自分はあの、暗くよどんだスラムの隅で、膝を抱えてまどろんでいるだけなのではないのか?と。
だか決して夢は覚めず、自分は大事な仲間と、家族同然な人達と笑って過ごしている。この幸せは、本当に本当の本当なのだろうか?
いくら頬をつねっても夢は覚めず、そこに自分がいる幸福を実感してしまうゼンだった……。
※
他のシリウスの試合、豪岩の試合は、ラザンの試合と時間がズレていたので、2試合見れたのだが、一通り見て、ゼンはそれで満足してしまったようだ。
シリウスは安定して強く、ビィシャグは安定した馬鹿(力)だ。
他に、他国から来た注目選手も何人かいた筈なのだが、気がづけば全員敗退していた。
「あの、剣で受け流すって、なんで相手の剣が、吸い付いたみたいになって、剣と一緒に投げられるのかな?」
ゼンは本当に流水ラザンに夢中だ。
「詳しくは分からんが、多分、気を操作して、何かをしている、としか俺には言えないな」
「ふむー…」
とうなって考え込む。
「後、あの人、歩きが変なんだけど……」
「歩きが変って、どう変なんだ?」
リュウエンには分からない。
「時々、場所が飛ぶんだ、前だったり横だったりに、ただ歩いてるだけに見えるのに……」
「ほう……」
リュウエンも、準決勝進出が決まる今日Aブロック最後の試合を、じっくりと観戦する。
流石にこの試合は、ラザンも両目を開いている。
普通に、ゆったりと歩いているように見えるのだが、時折その動きが揺らぎ、気づくと微妙にラザンの位置が変わる事がある。
「確かに……。これは、『流水』独特の歩き方、”歩法”なのかもしれんな。しかし、よく気がついたなぁ……」
自分等、剣の動きにばかり気を取られていた。
観察眼、目の付け所が違う、と言ったところか。リュウエンは感心するばかりだ。
1日目の試合が、ようやく全て終わった。
ゴウセルの予想通り、Aブロックは『流水』のラザン、Bブロックは、『豪岩』のビィシャグ、Dブロックは、『聖騎士(パラディン)崩れ』のシリウス。
「……Cブロックは?」
ゼンが、皆スルーするCブロックの勝者を尋ねる。
「おお、そう言えばCブロックがあったか。……どうやら、地元のシードを降した、隣国の
ゴウセルが少し感心した顔をする。
「有名な人?」
「ああ、まあ。本人より、どこかの遺跡で見つけたっていう魔剣の方が、な。隣国のギルドは、昇級が甘いからな。
なんで来ちゃったかなぁ……。
ビィシャグ相手なら勝てたかもしれんが、相手がシリウスじゃ、クジ運悪いとしか言い様がない……」
どうも、彼の敗北は、もうゴウセルの中で確定済らしい。
そして、大方の予想は残念ながら裏切られないのだ。
*******
オマケ
ゴ「俺の嫁は完璧。俺の予想も完璧」
ラ「会長、近頃調子に乗り過ぎな感じがしますね…」
レ「やっぱり抜け出して来て正解よね。向こうだと、変に上品な物出されて、全然食べた気がしないもの」
フ「私は、ああいう上品な物も、ギルマスに合うと愚考いたしますが……」
リ「やっぱりすげぇな。生で3強が戦うの見れるとか、今年の運使い果たしたのかも…」
ラ「まあ同意だな。後で記録したクリスタルなんて、いくらする事か。今後の参考になるし、経費の節約にもなる。お得過ぎだな」
サ「…凄いのは分かるけど、暇だわ。門外漢だし仕方ないわね。暇潰しに、上空で魔術を爆発させたら花火とか思うかしら?」
ア「サリー駄目だよ~。花火は夜だし、ちゃんと色つけて、綺麗なの見せなきゃ、ね」
ゼ「…凄い、ともかく、凄い!」
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