第26話 闘技会(4)☆



 ※



「……疲れた。死にそう……」


 サリサリサは戻って来るなリ、バッタリとその場に倒れ込んでしまった。


 余程疲れたのだろう。


 ゼンがポーチにキャンプ用の毛布を入れたままだったので、それで簡易的な寝床を作り、休んでもらっていた。


「サリー、昼食だけど、どうする~?何か少しでも食べないと体力回復しないよ~。治癒術はそういうの、どうにも出来ないから~」


 アリシアが親友のお世話を、甲斐甲斐しくやっている。


「うん……何か飲み物と、軽い食べ物ある?」


「サンドイッチあるよ~、具は野菜系がいい?食べられるなら、卵とかお肉はさんだのもあるからね~」


 ゼンがトコトコと歩いて、飲み物の入ったコップを運んで来た。


 大き目のでこぼれない様にフタの付いた、屋台で売られている果汁系の物だ。


「飲み物、果物のがあるよ。ちょっと酸っぱいのと、甘いの。どっちがいい?」


「あ~、両方ちょうだい。少し元気出て来たし、起きて飲むから。サンドイッチなら、多分なんでも大丈夫そうかな」


 それからサリサリサは、二食分のサンドイッチと、飲み物も2つとも飲み、むさぼる様に完食した。それだけ消耗していたのだ。


「……はふ、なんとか生き返ったって感じ。あんな無茶、やるもんじゃないわね。3時間通しで、四大属性全部使った魔術の維持なんて、後半フラついたし……」


 調子にのって”土”増やしたのはサリサリサ自身なのだが。


「あの、えと、凄い……と、とにかく、凄い凄くて凄かった!」


 ゼンは上手く言葉に出来なかった様だが、彼がいかに感動したか、圧倒されたかはサリサリサにも伝わったきた。


「ま。まあ、私にかかればこんな者よ。軽い軽い。お茶の子さいさいってね」


 ゼンの直球ストレートな褒め言葉に、サリサリサも思わず顔が赤くなっていた。


「ぷ~~!サリーってば、さっきまであんな弱った様子見せておいて、それは無理があるんじゃないかな~~」


 余りに現金なサリサリサの態度に、アリシアが吹き出して指摘するのも無理ない話だ。


 ここにいる全員がその衰弱ぶりを見ていたのだから。


 なので全員がそこで笑ってしまっていた。


 サリサリサも最初は不貞腐れた顔をしていたが、途中から自分も笑っていた。


「……しかし、あれってどういう原理で出来るものなんだ?


 サリサは精霊魔術は使えないと言ってたと思うんだが」


 ラルクスが心底不思議そうな顔で種明かしを求める。


「あ~、うん。あれは、精霊魔術じゃないわよ。


 でも、呼びかけて来てもらうぐらいは魔術師にも出来るの。


 元々精霊は魔力(マナ)に惹かれる性質があるから、なにかしら魔術使うと、結構近くに寄って来てたりするものなのよ。


 でも、姿は普通の人には見えない。だから私がやったのは、魔術で精霊の遊び場みたいな”場”をつくって精霊に呼びかけ、それを視覚化、つまり普通に見えるようにしただけなの。


 小規模に、なら普通の術士にも簡単に……は出来ないかな?


 ま、まあとにかく、そう凄い難易度の高い物じゃなかった、て事」(つまりそれなりの難易度です)


 と、大まかな内容を伝えてふうと一息つく。


「あ、魔力回復ポーション飲んだ方がいいのかな~。魔力全部使い切った風じゃないみたいに見えたけど~」


 治癒術の使い手としては、親友を色々心配してしまうアリシアだった。


「うん、大丈夫。魔力消費百分の一とかいう頭のおかしな杖を貸してもらってやったから。


 あれがなかったら。見た目だけ派手とは言え、私の魔力容量で使い続けられる術じゃなかったな」


「……それ、性能だけ聞いても凄いな。ギルドでそんな目ん玉飛び出るような代物、買ったり出来ん筈だが……」


 ゴウセルという商人にとっては気になる話だ。


「なんか遺跡で見つかった古代術具(アーティファクト)だって言ってましたよ。


 ギルドの調査隊が発見したんじゃないかしら。それを、更にギルドの錬金術師が手を加えたとかギルマス言ってましたし」


 サリサリサはあの場で聞いた話を思い浮かべながら話す。


「あのハルアって娘っ子か。


 なんか色々やらかしてるとは聞いていたが……。


 下手をするとその古代術具(アーティファクト)、元の機能ごとなくなって、全部台無しになってもおかしくない話だぞ」


「ゴウセルさんも、知ってるんですか?


 俺達も多分1回だけ会った事あるっていうか、見ただけ、な感じな人だけどな」


 仲間内で苦笑する。訓練場の雑な案内を思い出して。


「ああ。何度か魔具の取引で会ってるし、レフライアが、その娘の事でやたらと愚痴るんでな。


 大きく成功する事もあるが、失敗するのも多くて差し引きゼロになるとか。


 クビにしたくても、そうしたら多分生活力なくて、ただ部屋に籠って一心不乱に研究するタイプだから、ギルドが見捨てたら家の中で餓死して見つかりそう、とか」


「?今だって、自分の家から通ってるんじゃ?」


「いやそれが、ほとんど研究棟に、勝手に住み込んでるって話だ。


 それと帰る場所は、ギルドの職員用の寮だな。


 あそこは食堂とかも完備してて、栄養のバランスちゃんと管理する腕のいい調理師がいるって話だ。


 寮に帰ってないと意味ない話だが、クビになったらそこも追い出される事になるしな」


「なるほど」


「でも、ま、面倒見のいいギルマス様は、口ではクビクビ言ってても、実際には見捨てたりしないさ。錬金術師だって、そうそういるもんじゃないし、な」


 ノロケか、ノロケなのか?とか思わないでもない一同。


「そうですね。そもそも術士自体、全然いませんからね」


「え、そうなの?」


 驚いたゼンは言って、まだ親友の面倒を見ている神術士と、先程、闘技場の観客全員の度肝を抜く程の術を使った魔術師を見る。


「ん?ああ、そうか。ゼンはうちのパーティーでしか仕事してないから、ここ基準で考えてるのか。ここは、他と比べたら、呆れる程に条件のいいパーティーなんだよ」


 リュウエンが肩をすくめて言う。自慢ではないが事実だ。


「そうそう。だから、俺も安心してゼンを任せられたし、な。


 いいか、ゼン。この世界で、魔術、神術、精霊魔術、錬金術、治療術、色々あるが、人間にその適正……才能ある奴はめったにいない、全体の2割ぐらいか。しかも、大抵の場合が女性だ。


 なんでかはよく分かってないが、術士の割合は、女性が8割を占めている」


 人間全体のたった2割が術士適正を持ち、その内の8割が女性なのだ。


 なので、術士がいるパーティーの方が珍しく、全員前衛職の超攻撃特化なパーティーだって多いのだ。


「だからギルドは術士に色々便宜を図っているし、優遇もしてもいる。ギルド独自の保護法なんてのもあるが、まあこれは今は知らなくてもいいか。


 エルフとかは例外で、精霊と通じ合える者が多いから、精霊魔術の使い手はかなりいる。精霊術の使えるエルフの男女比率はそこまで極端ではないが、それでも女性の方が多い。


 逆に、獣人族が術士適正が低くて、戦士系の適正がやたら高い。有名なパーティーの前衛は獣人族が占めてたりする事もある」


 しかし、結局のところ個々人の資質に左右されるものだから、エルフで強い剣士もいるし、獣人族で凄い魔術師もいたりする。


「魔族とかでもそうですよね~~」


 アリシアも適当に話に混ざる。


「ああ。魔族は魔神の加護もあるからな。エルフの魔術版みたいな感じか。


 魔族は戦士系も悪くないから、魔法剣士とかいたりする。魔族も、女性のが魔術師は多い。


 だから、歴史とかで見ても、その名が歴史書に記されるほど活躍した術士は大体女性だな。伝説の魔女、とかもそうだし」


 先程のサリサリサの魔術の補助(サポート)など、場内放送で呼び集めたのが、この広い闘技場で冒険者だってかなりな数が来ているのだが、それでも来たのはたったの6人なのだ。どれだけ術士が少なく貴重なのかが分かる。


 自分は、補助(サポート)とは畑違いと思った者や、面倒で行かなかった者もいたりはするのだが。


「ただ、生き物は大なり小なり、魔力自体は持っているものだ。


 それは生きる生命力と魔力源(マナ)は同質の物だから。


 戦士が使う闘気、気もそうだな。

 

 戦士は体内でで闘気(マナ)を使い身体強化したりする。


 術士は自分の魔力(マナ)を体外に出して自由に操作が出来る、って感じだ。


 で、生活魔術、日常魔術とか呼ばれる簡単な術なら、そこらの主婦でも使っていたりするんだ。マキに火をつける小さな火種を出したり、ひと塊の氷を出したり。


 多分、ゼンもコツを掴めば、それ位は出来るようになってもおかしくないぞ」


 ゴウセルは、ゼンに根本から詳しく話して聞かせた。全く知らない様であったからだ。


「というか、それ以前にここら辺の知識も。教えてあげて欲しかったんだがな」


 チラと旅団メンバー達を見やる。


「あ~、すいません。そこら辺は私らが教えておくべきでした。つい、剣士志望だと、そっちに教育が偏りがちで……」


 サリサリサとアリシアが揃って縮こまる。


「俺もライナーと、日常的な事は教えてたつもりだったが、色々抜けてる知識とかがあると思うんで、すまんな。


 ゼンも、疑問に思った事とか、どんどん俺達や旅団の連中に聞いていいんだからな」


「あ、うん、じゃない、はい」


 ゼンは素直に頷く。


「それと、そういうの含めて、もう俺の家に来た方が、帰宅してからの時間を学習とかに使えるんだぞ。お前が、俺に迷惑かけたくない、とか遠慮深いのも分かるが、そうしてくれた方が、時間が有意義に使えるし、生活だって安定する」


 これは前に言った事の繰り返しだが、どう考えてもゼンがスラムで一人暮らしを続けるのがゴウセルは不安なのだ。


 ゼンは今、それなりの収入のある身だ。もし、その事に気づいたスラムのチンピラやゴロツキに目をつけられ、そのねぐらを襲われたりでもしたら。


 ゼンなら最終的にはそうした事も独力で何とかしてしまいそうだが、それは単なる結果論でしかない。事前に避けられるなら、避けられる環境に身を置く方がいいのだ。


「ライナーも俺の屋敷って言う程立派な物じゃないが、そこの別棟にある建物に住んでたりするんだぞ。他にも社員寮とかもそこにある。


 旅団の奴らの世話になって宿暮らしってのは勧められないが……。


 お前らも、いつまでも贅沢に宿暮らしを続けるのは、長期的に見て余りいい選択じゃない。


 どこかの寮の部屋を借りたり、あるいは、それなりの集団なんだから、一軒家を借りたりとか、そうやってやり繰り上手な冒険者はやっているぞ」


 ゼンは話題が西風旅団の方にズレたので、内心ホっとした。


 決して嫌なわけではないが、やっぱり幸福過ぎるのは落ち着かない、というのがゼンの本心だ。


「あ~、それは分かるんですが、俺達、特に料理がそれ程出来ないんで、今話に出たギルドの寮みたいに食堂とかあるんなら考えますけど」


 それに洗濯、掃除と色々やる事はある。それなら充分収入があるのだから、と面倒で宿暮らしを続ける冒険者は確かに多いが、それでは後々装備を新調したりする時や、迷宮攻略に必要な高い魔具を買う時などに、肝心のお金がない、という事態に陥(おちい)る。


「女子、二人もいるのに、料理駄目ってどうなんだ?」


 少し呆れ顔なゴウセルだが、女子なら料理が出来る、と安直に考えるのもある種の偏見だ。


「え……と。スイマセン。私もシア……アリシアも壊滅的に料理駄目で、術方向に才能全部いっちゃったんでしょうかね。ホントすいません……」


 なんとなく立つ瀬がない二人。何故か謝ってしまう。


「食堂ある寮って、そんないい所あったとしても、とっくに埋まってるだろ。いっそ、ギルドの専属になるって手もなくはないが……」


 その場合、自由に仕事を受けたりは出来なくなる。生活は安定はするが、色々不自由な身にもなるのだ。


「しかし、こんな風に俺が口出しするべき問題じゃないよな。お節介が過ぎたか」


 ゴウセルは彼等の親でも保護者でもない。


 パーティー外の者が口を出すには繊細な問題だ。彼等には彼等のやり方がある。


 それを黙って見守るのも大人の勤めだ。


「いえ、俺達の事を思って言ってくれているのは分かりますから、色々考えてみます」


 リュウエンが綺麗にまとめた。中々難しいな、と内心思いながらも。


「と、こんな事話し込んでると、すぐ昼なんて過ぎちまうな」


 ゴウセルは今更気づく。もう試合開始が近いのでは、と。


「あれ?なんか、午後の試合開始、1時間遅らせる事にしたって言ってましたよ。


 場内放送とかで流してませんか?」


 サリサリサは不思議がる。先程、運営会議室で聞いたばかりの話だ。


「いや。聞いてないな。聞き逃す事はない筈だが……」


 その時をまるで狙いすましたかの様に放送が始まった。


【あ~、、マイクテス、マイクテス。午後からの準決勝の試合は、1時間ズラして、午後2時から始めたいと思います。皆さま、ご了承くださいマセ。繰り返し~~】


 そう話している後ろで、「何でもっと早く放送しないの?延期決めたからって安心して放送しないんじゃ、まるで意味ないでしょうが!」と怒鳴っているギルマスの声が聞こえていた。


「……どうやら昼、今日は、運営スタッフと打ち合わせしながら食べてるみたいだな。道理でこっちに来ない訳だ」


 ゴウセルは乾いた笑いを見せる。あれじゃ、内情がモロバレだろう、と。


「つまり、午後の試合で午前の試合の再現でも起きやしないかと危惧してるのか。


 気持ちは分かるが、あれ程極端にはならんだろう。


 万年3位なんて言われちゃいるが、ビィシャグだって、ここまで勝ち残れる程の実力なのは間違いない訳なんだがな……」



 ※



 そして時刻は午後二時。


 中央の闘技舞台で向かい合う二人の男。


 『豪岩』ビィシャグ。


 褐色の肌、3メートル近い背丈、体格も大柄で、闇夜に出会ったら、確実に逃げ出すだろう凶悪さ。


 鍛え切った筋肉ではち切れんばかりの身体に、サイズが合うのがないのか、適当にプレートメイルをばらして張り付けた様な雑な鎧は上半身の胸のみだ。


 その腕に持つ巨大な戦斧は、別になんの効果付与もされていない、単なる大きさだけの特注品だが、彼がふるうとそれは、強大無比な凶器へと変貌する。


『流水』ラザン。


 適当に伸びたボサボサの黒髪を雑に頭の後ろで縛り、女性がやるような髪型になっている。


 無精髭、始終皮肉げにニヤけた口元。何故か口に咥えた木の枝らしき物。


 服はゆったりただ羽織っているようにしか見えない、故郷の様式だという絹布のキモノ。


 剣は腰に差した、妙に頼りなく細いカタナ。


 奇妙に対称的な二人は、どちらも嬉しそうにニヤニヤ笑っている。


「今日こそブッ殺す!」


「お手柔らかに、大将……」











*******

オマケ


ビィ「今日こそブッ殺す!」


ブーーー!


解説「おーっと、ここで試合終了の判定が下されました!」


ビィ「は?ま、待て、一体何が?!」

審判「ルール復唱、『相手を殺してしまった場合』は?」

ビィ「……敗北」


解説「厳正な審査が下された模様です!それでは皆さま、次はまた3年後、さようなら~~~」

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