第7話 初めてのダンジョン☆





「サリサ、魔術を群れの中心に!」


「OK!一発行くわよ!」


 サリサリサが呪文を小さく詠唱し、遭遇したダンジョン・ゴブリンの集団にファイヤー・ボールをたたき込む。群れの中心にいた1匹にその大き目の火の玉が当たると、同時に爆発し無数の小さな火の玉が周囲のゴブリンにも襲い掛かり、その群れは一気に混乱状態になる。


 普通のファイヤー・ボールの呪文にサリサリサが独自のアレンジを加えたオリジナル・スペルだ。彼女はこう見えても、魔術学校を飛び級で卒業した天才魔術師だった。


 リュウエンとラルクスは呪文が炸裂すると同時にダッシュでゴブリン達に肉薄し、状況を把握出来ていない魔物達を剣で容赦なく切り裂いていく。


 リュウエンはバスター・ソードと言われる大剣を両手で豪快に振り回し、ラルクスはその攻撃範囲に入らないよう十分注意しながら小ぶりの短剣を両手に持ち、敵の急所を正確に切り、あるいは突き刺していく。


 ……結果、そのダンジョン・ゴブリンの群れは最初の混乱から立ち直る事なく、全てリュウエンとラルクスの猛攻の前に全滅したのだった。


「全部で6匹だったかな?初級ダンジョンで出くわした敵の割に数が多かったが……」


 ラルクスがつぶやく。


「魔石は7つ。7匹いた、みたい?」


 ゼンがポツリと言う。彼は両の手の平に鈍く輝く小さな魔石を7つ持っていた。


「「え?」」


 リュウエンとラルクスはギョっと驚き背後を見る。ゼンの存在にまるで気付いていなかったからだ。


 いつのまにか落(ドロップ)ち魔石を回収して二人のすぐ傍に立っていたゼンは、それを二人に見せて確認させると腰の左側につけたポーチに収納し、


「後、これ」


 古びたナイフの様に小さい短剣が2本、それと小銅貨が4枚に牙らしき物が3本。


「……ゴブリンは一番しけた物しか落とさないんだよ。その短剣も小銅貨1枚でしか売れない。溶かして別の物の材料にするらしい。牙は、一応ギルドで回収はするがお金にはならない。昇級の為の貢献ポイントになるらしいが、いくつつくやら……て、いつ全部回収したんだ?俺、全然気づかなかったぞ!」


 リュウエンはラルクスに視線を向けるが彼も無言で頷いている。剣士の自分はともかく、スカウトのラルクスに、少しも気づかれずに行動出来るというのは色々な意味で凄い。


「気配を消すのは慣れてる。スラムで奴隷商の手下とかによく追いかけられたから」


「……ハードな人生歩んでいるなぁ……」


 二人は思わず深い吐息を吐く。


 ゼンはそんな二人を不思議そうに眺める。彼にとっては日常茶飯事だった出来事だ。それ以上でもそれ以下でもない。


「みんなの方が全然凄いと思うけど。魔法も凄いし、剣の攻撃も。あんな怖そうな魔物なのに、あっという間に退治する。オレはただ落ちた物を拾っただけだよ」


 敵が全滅したので安心して歩み寄って来たサリサリサとアリシアは、それを聞いて呆れかえる。


「拾っただけ、とかいう感じじゃないと思うけど。私達は遠目から見てたから何とか分かったけど、この子、リュウやラルクが倒した敵のドロップ品、二人が踏まないように、それでいて二人の動きの邪魔にならない様に素早く拾ってたのよ。凄い技術と気配りだと感心するわ」


 アリシアもニコニコと笑いながら頷く。


「ゼン君いい子だねぇ。お姉さん感動しちゃう」


 当初の心配はどこへやら、意外と早くパーティーに馴染んでいるゼンだった。



 ※



 フェルズから徒歩2時間弱ぐらいの位置に、彼らが現在攻略中の初級ダンジョンがあった。


 ギルドにつけられた名称はロックゲート。


 見上げる程の大きさのいびつな岩に、人が充分立って歩ける横穴があり、そこがダンジョンに通じていた為につけられた名らしいのだが、1から4階まで、ゴブリンやコボルド等の基本的な雑魚しか出ない為、冒険者達には雑魚ダンジョンと言われ、ダンジョン初心者の練習場としては調度いいが、稼ぎとしては余り良くないと微妙な評判のダンジョンだ。


 ただし、間違った認識をしては大怪我をする。


 ダンジョンのゴブリンやコボルド、オーク他、外で生息するこれら雑魚と呼ばれる魔物は、ダンジョンでは強化され、似ているだけの上位種、と言っていい程に強さが違う。


 だからダンジョン・ゴブリン、と頭にダンジョンがついた名称になっているのだ。熟練の冒険者達はDゴブリンやDコボルドと省略するので以降はそれに準ずる。


 ここは中のマップが変化するような型のダンジョンではなく、ギルドで全ての階のマップが公開されている為、攻略する事への冒険心をくすぐられる事もない。


 未発見のダンジョンには、そこを攻略するご褒美のように最初に配置された宝箱の中身を得られるが、ロックゲートの宝箱は当然全て開けられていて、後発にはそれを得る事は出来ない。敵はリポップしても宝箱の中身はそのままなのだ。





 今日の朝早く、ロックゲートに着いた一行は、入り口前で入場管理をしている二人のギルド職員にギルドの身分証と、ゼンの為の許可証とを見せる。二人の内の一人が元冒険者らしく、老いて尚衰えず、といった感じの眼光鋭い老人だった。

 

 入場管理の片方が元冒険者なのは、時々ランクに達してもいないのに迷宮に挑もうという無鉄砲者が出るので、それらを警戒してどの迷宮でもそういう構成になっているのだ。


 二人のギルド職員は、幼いゼンの容姿を見て驚き、ゼンの許可証に押されたギルマスの印を見て再度驚く。


「確かに。でも随分幼……いや、若いポーター 荷物持ちだが、そんなに量を持てるのか?」


 と念押しで聞くので、ゼンが左腰につけたポーチを指し示す。


「これ、魔具のポーチ。かなり性能いい、らしい」


 そこでやっと納得して通してくれた。気を付けて行け、とわざわざ注意までしてくれる。若いパーティーに幼いポーター 荷物持ちだ。心配になっても仕方ないだろう。



「さてさて。今日はともかく、1階で様子見するか……」


 と、おっかなびっくり、とでもいう風に始まった迷宮探索だったのだが、生まれて初めて見る魔物や、それを相手する冒険者の立ち回りに、最初こそ驚き、色々戸惑っていたゼンなのだが、倒した後に敵から落(ドロップ)ちる戦利品(主に魔石)を見せられ、これらを回収すればいいのだ、と教えられると、後はもうなんの世話をする必要もなくなってしまった。


 ゼンは、魔物に遭遇すると一行の邪魔にならない脇の位置で待機し、サリサリサの魔法を撃つタイミングや、その射線までも見て、撃ち終わった後は魔力温存の為にほとんど連射する事はないと自分なりに判断して、リュウエン達の後方にひっそりとついて行き、足元に落ちた戦利品が彼等前衛陣の邪魔になるとしっかり理解した上で、二人の攻撃の邪魔にならない様に這うような低姿勢で素早く動きながら、ドロップ品を拾い集める。


 数度の戦闘でそのコツを、もう掴んでしまった様だった。


 確かに迷宮において、自分達が倒した敵のドロップ品に足をとられ、あるいはつまずき、踏みつけ、あってはならない隙を見せてしまい魔物の攻撃を受けてしまう、というのは間抜けな話なのだが結構ある事なのだ。


 普通に戦場で倒した敵の死体につまずき、流れた血で足を滑らせるようなものだ。


 なので、リュウエンとラルクスは、足手纏いを連れての戦闘とかやり辛い事になるだろう、と当初予想していたのに、いざ蓋を開けてみると、むしろいつもより数段快適に戦闘出来ている自分達に驚く事になるのだった。



 ※



 度重なる戦闘。


 いつもの敵との戦闘であるのに、段々と戦闘効率が上がって、いつもより何故か早く、楽に戦闘が出来ているのを前衛二人は不思議がっていたが、後衛である少女二人は、ゼンの気配を消してとらえづらい動きに注目している内に分かってしまった。


 ただ気配を消して戦利品を拾うだけかと思われたゼンが、むしろ時折その気配を見せて自分という存在をアピールしたり、敵に横合いから小さな小石を投げたりして魔物の注意をそらしたり、牽制したりしていたのだ。


 敵の攻撃が絶対に届かない位置からのその行動は、リュウエンとラルクスには、目前の敵が横を見たり足元を見たりと、攻撃する絶好の機会となり、いつもより隙だらけの敵に、いつもより快適な足場での攻撃となっていたのだ。


 サリサリサは呆れて開いた口が塞がらない。アリシアは凄い凄いとはしゃいで喜んでいる。いつもより怪我も少ないので、治療を担当する彼女はかなり楽が出来ているのだが、それで喜んでいる訳ではない。



 1階の安全地帯である敵の出ない、入っても来ない部屋(冒険者達は休憩所と呼んでいる)にたどり着いた西風旅団のパーティーは、その場で持ってきた水筒で水を飲み休憩しながら、冒険者達には必要な当たり前の知識をゼンに教え始めた。


「……聞きたい事があるんだけど」


 ゼンが片手を上げ言う。学校で教えをこう生徒のようだが、ゼンは知らないので意識してやっている訳ではないようだ。


「はいは~い。何でも聞いてね。知ってる事なら教えちゃうから」


 前日の買い物辺りからもそうだったのだが、アリシアは年上のお姉さんぶって教えられるゼンという弟的な存在が出来て大喜びのようだ。妙にテンションが高い。


「……魔物とかの狩りって、解体して素材の剥ぎ取りをするって聞いた事があるんだけど、ダンジョンの敵って、倒すと光の粒子になって消えて、そこに魔石とかお金とか落ちるんだけど、これって何なの?」


「あ~、それな。分かる分かる。俺もダンジョン初めて潜った時ビックリしたぜ」


 リュウエンがまったくもって同意だ、と頷いている。ラルクスも、


「知識で知っていても、あれは初めて見ると驚くな」


 サリサリサも苦笑いしている。


「丁度シアの専門分野ね。先生、講義を始めてください」


 アリシアはまさしく、待ってましたと言わんばかりに大喜びで説明を始めた。


「それは、世界中にあるほとんどの迷宮、というものが神々によって造られた、人種(ひとしゅ)への『試練』だからです!ばばぁ~ん!」


 自分で効果音まで入れるアリシア。


「例外があるのはね。悪い魔導士が、自分の拠点を、人が来ない様に既存の迷宮を参考にして造って要塞化して、自分はダンジョンマスターとして最深部の部屋にいる場合とかがあるの。

 後、力ある竜がお宝を集めて、それを奪われない様に迷宮を造った、とか。


 そういう例外を抜かせば、ほとんど全てが『試練』の迷宮なの。で、この迷宮の中は、普通の空間じゃない。地下に降りていく風に出来ていても、実際にはその地下に迷宮はなくて。上に向かうのでもそう。別の亜空間に、入り口だけが普通の空間に繋がってて、そこに入ってる状態なの。


 で、大事なのは、この迷宮という空間内には、独自の『システム』があります。


 その一つが、ゼン君も言った、敵が倒した後消えて、戦利品が落(ドロップ)ちるシステム。便利だよね。解体とか必要なしに魔石が取れるし、必要以上に血を見ないで済むし。


 敵が消えるのは、迷宮内に吸収されて次の魔物を生む為の素材(リソース)になっているんだって。私達が迷宮内で使う、魔術や闘気術とかの魔力源(マナ)も吸収されて、そういった力が循環し、利用されて次の魔物が再生(リポップ)される様に出来てるの。


 でも、お肉とか毛皮とか色々取れる魔獣とかだと、戦利品が少なくて、外の魔獣よりも利益が少ない、とか不満持ってる冒険者もいるみたい」


 アリシアは鼻高々で、得意げに次々と説明する。


「………え、と。その『試練』て、なに?」


 しばらく考え、それらの情報を飲み込むながらゼンは、根本的に気になった点を質問した。


「う~~ん。これ本当は、司祭様とか大神官様とかに聞いて欲しい話なんだけど、一応概略は説明しておくね。


 『試練』とは、『人種(ひとしゅ)』が、『神』へと『進化』する為のもの、です」


 人種(ひとしゅ)っていうのは、人間、亜人、獣人、魔族。頭が良く、普通に言葉を解する種族の事ね。そういう意味だと竜もそうなっちゃうけど、竜は例外で、竜人の方がそれにあたるみたい」


「??神…様?迷宮クリアすると、神様になれるの?」


 アリシアの答えを聞いて、ゼンはむしろ混乱した感がある。


「大雑把に言ってしまうと、そうなの。詳しくは、神の教えの原典。『始まりの書』に書かれてるんだけど、私じゃ余り上手く説明出来ないし、凄く長くなっちゃうと思うから。ここまでね。ゼン君には誤解なく、ちゃんとした位階の人から聞いて欲しいから……」


 申し訳なさそうに言うアリシア。


「う、うん……?」


 ゼンもとりあえず頷くしかない。


「シアはちょっと固すぎ。もっと適当でいいのよ。


 つまり迷宮ってのは、神様が人種(ひとしゅ)の鍛錬がしやすい様に用意してくれた訓練場所で、それを制覇(クリア)していくと段々強くなって、で上級迷宮だの最上級迷宮だので、アホみたいに強い魔獣を倒して制覇(クリア)したりしたら、もう人外としか言いようのない強者になるの。


 それがS級(ランク)を超える伝説の冒険者達。世界中でも十人以下の化け物よ。行方不明の人とか多いから、正確な人数を知られてはいないのだけれども……。


 強くなった人間が、神に進化するとかなんて、それこそ何千年何万年も経たないと分からない事でしょ」


 サリサリサは何故かちょっと怒った感じで、アリシアの話を簡略的にまとめ、話を締めくくる。











*******

オマケ

一言コメント


リ「ついに俺のバスターソードが光って唸る!」

ラ「(光ってなかったが)なんか調子いいな」

サ「(光ってなかったわね)初めての迷宮探索とは思えない順調さね」

ア「光らせて欲しいなら光系神術使う?あ、ゼン君凄いよね。将来有望!」


ゼ「……」(出発間際に会ったゴウセルの様子が変だったので心配している)

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