第6話 ゴウセルとレフライア(後編)☆



 ※



 レフライアはその時片目を失い、呪いを受け他の怪我もあって重傷だった。賊は魔族だったらしい、とまでしか分からなかった。レフライア達も一方的にやられた訳ではなく、何人か倒し、敵のリーダーらしき相手に手傷を負わせたが、結局は敗北した。


 敵は自分達の遺体を収納魔法か何かで痕跡すら処分してから逃げ去ったのだ。


 本当に魔族だったのか、それともどこかの国の精鋭部隊の襲撃だったのか、それさえ分からずに事件の幕は下りた。


 それ以降襲撃はなく、敵の目的が何なのかも分からず仕舞いに。


 その時すでに、早くに亡くなった親の遺産を継ぎ、商会を開いていたゴウセルの心境は複雑だった。


 レフライアと仲間達がかなわなかった相手なのだ。自分がいてもアッサリと殺されていただろう事は確実だ。


 だから引退したのは正解だった、という思いと、初恋かなわず、実力差からパーティーを抜けたとはいえ、好きな女の窮地にその場にいたなら、せめて盾にだけでもなれたのではないか、という、妄想じみた後悔、強い慙愧。


 だからせめて、片目の治療にだけでも役に立ちたいと、商会の仕入れにかこつけて薬や治癒術を追い求め、自国は勿論、他国にもその方法を求め苦労したが、全ては、無駄だった。


 聖教会の中央神殿の最高術者、『聖者オルクス』さえもが、使われている術式の体系の違い、呪いの強度もあって、これを癒すのは人の術者には不可能だ、と断言してしまい、治療以前に、呪いの解呪が出来ない為、それが治癒術をはじく効果となり、根本的な治療にすら手をつけられない、という有様だった。


 ゴウセルが世界中からかき集めた各種薬剤、ポーション、民間療法等も、当然のごとく効果のある物はひとつもありはしなかった。


 だがその中で唯一、呪いの効果を弱める魔具のみが、レフライアの傷の痛みの軽減に役立ち、その術式改良により強化された物が、今レフライアの片目を覆う眼帯アイパッチ なのだ。それでも、定期的な痛みと苦痛が起こるのを完全には抑えられなかったのだが。


 そうした苦い過去を思い出しながら、ふと思った不安を口にしていた。


「あの、『西風旅団』の連中は、大丈夫なのかな……」


「大丈夫、とは?才能のある、優秀なのが揃っていると言っていて、くだんのポーター 荷物持ちを預けたお前が何を心配する」


「うん、あいつらは、才能あるとは思うよ。だが、同郷で仲のいい集団というのが、昔を思い起こされて、な」


「………」


「どんなに仲良くても、優秀でも、個々の才能は違う。伸びしろも、な。

 今は同じパーティーでいられても、同じ様に成長していけるかなんてわからない。

 Aまでトントン拍子に上がれる奴、Dで壁を感じる奴、Cが限界だと理解してしまう奴。

 仲がいい程、一緒にいるのが苦痛になる時が来るかもしれん。老婆心ながら、その時あいつらが挫折を味わい、立ち直れない時が来るんじゃないかと……」


「……だから、辞めたのか…?」


 恐ろしく真剣で冷たい声。


「レフライア?」


 ゴウセルはギョっとして彼女を見る。彼女は椅子を横に向け、ゴウセルの方を向いているが、顔は俯いて足元に向け、今どんな表情をしているか分からなかった。


「だから、誰に、何の相談もせずに、急に向いてないって分かったと、笑って言って、あっさりと去って行ったのか?!」


 レフライアは何か重い物を吐き出すように、強い口調で言った。もう二十年以上前の話であるのに、まるで今それが起きた後であるかのようだった。


 だからゴウセルも真剣に答えざるを得なかった。


「……そうだ。俺にはもう限界だった。自分の成長が、亀のようノロい、進んでいるかどうかも分からないぐらいな歩みであったのに、周りが軽々とウサギのスピードで駆け抜けていく。

 それに俺は、耐えられなかったんだよ」


「……みんなも、私も、悲しかったのに……」


「すまなかった、とは、思っている……」


(でも俺は、お前の隣にいて、一緒に歩めない不甲斐ない自分の弱さに、耐えられなかったんだ……)


 あの時も言葉には出来なかった苦い想い。


「……悲し、かった…のに……」


「すまない……」


 ゴウセルとしては、謝るしかない。てっきり、お互いもう笑って話せる過去になり、風化したと思っていた。あの時の自分の痛切な想いが蘇ってくるような嫌な感覚がする。


「よ、酔ってるのか?あのお茶、まさかアルコール入ってたんじゃないだろうな。お前も、ギルマスの激務で疲れているんだろ?」


 立ち上がって顔を伏せたレフライアの肩に手を置く。


「……そろそろ行く。お前も仕事が残ってるだろうし、俺も……」


 と言いかけた言葉が凍る。伏せたレフライアの前の床に、小さな水たまりがあった。そしてそれは、今もすこしずつ大きくなっている。彼女の瞳から流れ落ちる涙のせいで……


「……あたしは、悲しかったんだ、苦しかったんだ!お前に置いて行かれて!取り残されて!」


「え?えぇ?」


 レフライアはいつものギルマスとしての凛とした、大人の女としての態度ではなくなっていた。まるで幼子に戻り、我がままを言ってるようだった。


 不意にレフライアが顔を上げる。涙でグチャグチャになった顔。今も涙は止まらない。


「……好き、だった…のに、お前は…お前は……」


 その後は言葉にならない。ゴウセルの腹に頭を当ててただただ泣きじゃくる。子供の様に、幼子のように……


「……えぇ??」


 意味が分からない。混乱する頭で、それでもレフライアが泣き止むように背中をポンポンと優しくたたく。それは、昔、叔父に見せてもらった、赤子を泣き止ませる仕草だった……



 ※



 ゴウセルは、やっと泣き止み落ち着いた感じのするレフライアと別れ、酒でも飲みたい気分だったが。クセでいつの間にか自分の商会に戻ってきていた。


(そういえば、昼も夜も食ってない。なのに空腹を感じない……)


「随分遅かったですね。ゼンの一件、相談は上手くいかなかったのですか?」


 執務室にまだ残っていたライナーは、当然ゼンの事を聞いてくる。


「あ、いや、そちらは、別の方向で、上手くいったというかなんというか……」


「??なら会長は何故、そんな途方に暮れた顔をしているのですか?」


 ゴウセルは、疲れ切った様子で執務室の椅子に、倒れ込むように座る。


「……なにがどうしたか、意味がわからなくて、な……」


「商売上のトラブルでも?いえ、そういうのがあればあったで、会長はうまく対処するでしょうし、何なんですか?」


「あー、うー……」


 しばらく意味不明にうなった後、恐る恐る聞く。


「……お前は、とっくに終わったと思っていた初恋が突然実ったら、どうする?」


「え?急に何を……。ああ、ギルマスの話ですか!ようやく……」


「は???何でお前、そんなすぐに分かるんだ?もしかして何か知ってるのか?」


「……会長は、色々な事に鋭いのに、自分の事になると途端に鈍くなるんですよね。それ、商売上の欠点になりそうなんで、直した方がいいかと……」


「今そんなどうでもいい話は置いとけ。何を知ってる?」


 端正な顔したライナーは溜息一つ。


「前々から、ギルドの職員の人等と話してたんですよ。ギルマスは、妙齢の女性です。就任した時はまだ若かったですし。で、結婚の申し込みとか婚約の申し出とか、もうひっきりなしにあったんですよ。貴族がフェルズの利権狙いで、とかキナ臭い話もありましたが」


「……全然知らんかった」


「うちがまだ規模小さくて、やたらと忙しい時期でしたから、それはまあ仕方ないかと。で、ですね。それらをギルマスは全て全部断って、今に到る訳なんですが……」


「ですが?」


「ギルマスというのは激務です。おまけに彼女は、形式上とはいえ、このフィルズの領主でもあります。文官達がほとんどの政務をこなしていても、どうしても確認事項とかあって、いつも目も回る様な忙しさなんだそうですよ」


 書類や資料の山の執務室を思い出す。


「そう、なんだろうな……」


「なのに、ギルマスは一つの事にだけは絶対事項として。何があっても時間を空ける様に、秘書や職員達に厳命しているそうです」


「ほう。そんな大事な要件があるのか。なんだろうな」


「あなた。馬鹿ですか?」


「はぁ?!」


 思わず怒声が出る。


「あ、すみません。今のは失言でした。改めて、会長は頭の働きが悪……」


「丁寧に言い直すなよ!勿体ぶってないで、その厳命とやらの中身を言え!」


「『もしゴウセル商会のゴウセル会長が来た場合、いかなる仕事があろうと、高貴な客が来ようとも、私はゴウセルと会って話をするので、それを妨げる事は許さない。緊急事項等があった場合等は、副ギルドマスターに全権を一任するので、彼に従うように』との事。まあこれは、ギルド内での秘密事項なんですが、私にもツテはありまして……」


「は?はぁ??はぁぁ???」


 そして思い出す。自分が行った時、いつもすぐに通しくれた秘書の微妙な微笑み。ギルマスって案外時間があるんだな、と呑気に考えていたアホな自分。


「い、いや、仮にもフェルズの領主でもある辺境本部のギルドマスターが、そんな私事に職権乱用していいわけが……」


「彼女、元々自分がギルマスになることは、強硬に固辞してたんですよね。でも結局、この条件を飲んでもらえるなら、と条件付きでの就任だったそうです。ちなみに、これも極秘事項で……」


「お前の有能さは分かったから、もういいよ!

 ……俺は、これからどうしたらいいんだ……」


 途方に暮れ、頭を抱えてつぶやく。


「え、それは、今までの事を詫びて、求婚すればいいと思いますが?」


 ライナーにはパーティーを抜けた時の話はしていないので、ギルマスになってからの二十年、彼女と会合を重ねながら何も、1ミリも恋愛系の進捗がなかったゴウセルの呑気なだらしなさの方を言っているのだろう。


「い、今更、そんな事出来るか?!」


「今更って、だってお互い独身で、会長の四十二という年齢は初婚としては遅い話ですが、別に今更でもなんでもないでしょうが」


「え、いや、だ、だって、あ、あいつだって四十で、もう子供をもうけるのにもきつい年齢になってきてるし……」


「会長、まさか……いえ、もういいです。レフライアギルドマスターは、一見普通の人種に見えます。あの呪いと激務のせいでいつも疲れてやつれた感じで、目の下にクマとかあって、それでフケてるように見えますが、実際はギルマス就任当時とそれ程変わっていません。

 私が確かめた訳じゃありませんが、彼女にはエルフか獣人か、いずれかの長命種の血が流れていると思われます。多分エルフですね。美人ですし。彼女自身が知らないのなら、曾祖父とかもっと前の祖先になるかも、ですが。

 それで、ですね。純粋のエルフのように、何百年も生きるのとは違うと思いますが、恐らく会長より長生きすると思いますよ?」


「えぇー!」


「子供、いくらでも作れますね」


(意味が分からん。俺に何故今日に限って、なんで今まで知らなかった情報が怒涛のように押し寄せてくるのか。俺が悩んだ月日はどうでもいい。だが彼女に辛い想いをさせてきた、長い月日を思うと、それをどう清算すればいいのか……)


「結婚するしかないでしょ」


「お前、心を読むスキルでも持ってるのか?!」


「そんなまさか。単に会長が分かりやす過ぎるだけだと……」


 ライナーはニコニコ笑って、ギルドマスターと結婚する事による、商会への良い意味での経済的な利点を一つ一つ並べて、結婚しない馬鹿はいませんね、と冷静で正し過ぎる生々しい意見を述べていた。




 それから二日後、レフライアと改めて高級レストランで会う席を設けたゴウセルは、色々と二人で話し合った結果、とりあえず婚約をする、という形に収まった。


 闘技会の近い今の時期に式を挙げるのは難しい。このお祭りが終わって落ち着いてから発表、ということになるだろう。


 ちなみに、祖母がエルフだった。彼女は耳を幻影の魔法で隠し、身内以外には見せないようにしていたとか。孫は知らなかった。レフライアが自分の血筋を知ったのは、ギルドマスターに就任した後の、手紙のやり取りからで、彼女がそれから、気の長い〇〇成就計画を練り、実行していた事をゴウセルは知らない……


 世の中には知らない方が幸せな事は、確かに存在する!











*******

オマケ

こぼれ話


レ「スカウトである君に、重要な任務を与えます。~~商会に潜入し、会長に泥棒猫(女)が近づかない様にする!後、ついでに彼の商売のサポート!」

ラ「なんでそんな専門外の、アホで気長な任務を!折角エルフの里を出て、冒険者になった末路がこれですか?」

レ「反論は許しません。断るなら冒険者の資格は剥奪、フェルズから追放処分とします!」

ラ「職権乱用!横暴だ!」(泣


問題の夜


(………やば!これ、任務の話だ!)


途中から普通に会長補佐してた、ラ〇〇ー君でした。

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