第8話 ダンジョン探索の成果☆



 ※



 西風旅団の初級の迷宮(ダンジョン)攻略は、今までになく順調だった。


 今までの半分以下の時間で2階への階段に到着した西風旅団のパーティーメンバーは、上に行くかどうかの決断をしなければならないのだが……。


「どう……するかな?」


 リーダーであるリュウエンは、他のメンバーに顔色を伺うように見回すのだが、彼自身の答えがもう決まっているので、一応の確認に過ぎなかったが。


「今までも2階には行ってる。敵の強さが変わる訳じゃないしな。いいんじゃないか?」


 パーティーの中で慎重論を言い出しそうなスカウトのラルクスが簡単にGOサインを出す。


「……私も反対はしないわよ。でも、何か危ない状況に、少しでもなるようだったら引き返す。それでいいなら、ね」


 サリサリサは一応予防線を張っておく。調子がいいと思える時程、崩れる時は怒涛の如く落ち込むものだ。だから油断してはならない。


 アリシアは大抵反対意見を言う事はないのだが、それでも終始ニコニコ笑顔なのは、積極的な賛成なのだろう。こういうアリシアも珍しい。回復というメンバーの命を預かる役目である彼女は、反対意見を出さなくても楽観論に傾く事はないのだ。それだけ、今の状況がいいと言う事なのだろう。


 ゼンは何も言わない。冒険者ではない、ある意味部外者で素人でしかない自分に意見が求められると思っていないのだろう。実際そうなのだが、それでも今の現状の鍵を担っているのは彼だと言ってもいいのだから、何か言う事があればそれを無視する様な事を西風旅団のメンバーはしなかっただろう。


「じゃあ行くか」


 皆が頷き階段を昇る。迷宮(ダンジョン)において、階段と休憩室は敵が出てこない安全を約束された場所だ。


 神々の『試練』とされる迷宮は、余程特例が適用されるような場所でない限り、共通ルールが適用されているらしいので、ここも当然それに当てはまる迷宮だ。


「シア、ちょっといい?」


 登る途中での雑談はよくある話なので一同はそのまま止まる事なく登り続ける。


「な~に?サリー」


 間延びしたアリシアの声は緊張感の欠片もない。いつもの事なのだが。


「今、ほとんど治癒呪文使ってないでしょ。今日は補助に切り替えを試してみても、いいんじゃないかしら?」


「ふむふむ。具体的に、何をかけるの?防御強化?攻撃強化?速度強化?」


「攻撃がいいんじゃないかと思うの。今は、防御をかけなくてもいい感じだし、速度だと、今日はいつもよりテンポよく進めてるから、逆にそれを崩さない方がいい気がするのよ。


 前衛としては、どう思う?」


「……俺は、悪くないと思う」


 リュウエンは少し考えてから答えた。いつもはアリシアの治癒呪文の為の神力温存の為に、補助呪文は使わずに進めていたが、このままの様子だと、逆にアリシアは何も呪文を使わないまま神力の溜め損になってしまう。それは余りに馬鹿らしい。


 貧乏性な考えだが、こういう術者の魔力、神力のペース配分はかなり大事な話だ。


 ちなみに、余談だが、大自然に宿る魔力源(マナ)を使う魔術に対して、神への信仰心から、神界におわす神々から力を分け与えてもらう神力(アルス・マナ)を使うのが神術として分けられているが、基本はどんな術であれ、それを扱う術者の精神力が胆(きも)となる為、強い神術の使い手が狂信的な信仰心を持った者であったりする訳ではない。


 つまり、良き術者とは、心強く、厳しい精神鍛錬の末に生まれる者で、それは前衛の職業である戦士系の者が、心強く、過酷な肉体鍛錬の末に生まれるのと同系統の話なのだ。


「俺も、状況によって色々と試すのはいいと思うんだが……」


 ラルクスも賛成なようだが、後半、言葉を濁らすのがなんなのか。


「何か他にあるのか?」


「補助を使うなら、ゼンに防御か速度のどちらかを念の為使った方がいいんじゃないか?」


「ああ、そうだな。ゼンは俺達みたいに防御に鎧をつけてる訳じゃない。俺達を補佐してくれる位置にいるし、防御か、それとも今以上に速く動いてもらって危機回避を高めるのも……」


 リュウエンがラルクスの意見に賛成しかけるのだが、そのゼンが、最後尾にいたのでサリサリサのローブの端をつまんでチョンチョンと引く。


「ゼンが今の話に何か意見があるみたいだけど?」


 ゼンの意図を了解したサリサリサがすぐに男性陣にその旨を告げた。


 そしてゼンは遠慮しながらも、疑問に思った事を口にする。


「……その補助って、気配消すのに、影響しない?」


「あ~~、そうだ。スカウトのくせに何言ってるんだ、俺は……」


「もしかしてマズいのか?」


「うん。補助ってのはつまり、一時的に力を分け与えて強くする訳だからな。当然その分、存在感も増してしまうんだ。だから、速さが身上のスカウトでも、安易に速度強化してもらうのは、状況次第では止めた方がいいと、冒険者養成所の教官も注意してたのにな……」


 ラルクスは、いつも間違いのない行動を心掛けているが故に、余計今のは失言だったと落ち込んだようだった。


「まあまあ。まだやってなかったんだから、そんな落胆する必要ないでしょ」


 サリサリサはあえて軽い口調で慰める。やり終わった後ならともかく、事前で気づいた手落ちなら、落ち込むのは余り意味のない話だ。


「うん、私も同意。そういう時の為に、こういう安全地帯で相談してるんだから。大丈夫大丈夫。ラルクは防御の薄いゼン君の事を心配したから言ったんだし、それで落ち込んだら、むしろゼン君が困っちゃうよ?」


 実際ゼンは少し困り顔だった。余り表情を出さないゼンだけに、本気で困っているのだった。


「……うん、悪い。変な気、使わせてしまったな。こういうのを後引きずらずにやっていかないと、冒険者なんてやってられないからな」


 リュウエンは自分が口出す事なく穏便に済んだ所で、丁度上の階が見えたので皆に知らせた。


「話まとまった所で上の階到着だ。今のうちあわせ通りに、魔物に遭遇したら。アリアが俺達に攻撃強化、かけてくれ。あ、後、今思いついたんだが、最初にサリサが魔術撃ちこむのもやめてみないか?攻撃強化でどれぐらいの効果があるか見てみたいし、もし手こずるようなら、俺達がいったん引いて、とどめをサリサの魔術でやってもらうってのはどうだろう?


 単にいつもと逆のパターンになるが、攻撃のしかたがいつも同じだと、それが上手くいかなかった時が怖い。攻撃の連携に何通りかの種類が欲しいと、漠然と思ってたんだよな、俺」


 階段出口に敵がいないかを確かめながらリュウエンは言う。


 それに、どうやら皆も同じような事を考えていたのだろう。全員、賛成、と声をあげる。


 余裕がある時に色々試すのは、決して悪くない話だ。その余裕を生み出しているのが一人のポーター 荷物持ちであるのはおかしな話だったが。



 ※



 夕闇迫る時刻。迷宮都市フェルズの門近くでゴウセルは、西風旅団のパーティーが帰ってくるのを首を長くして待っていた。


 と、言う程長く待っていた訳ではないのだが、本人的にはそういう気分だったのだ。自信満々で送り出したつもりだったが、それでも一抹の不安はある。冒険者に不測の事態はつきものだ。何がどう悪く働くかはその時の運次第。


 ゼン、という不確定要素がどういった方向で西風旅団に作用するかは、現役の冒険者ではないゴウセルに言い切れるものではないのだ。


「お……?」


 等と、ゴウセルが悪い結果について考え、暗い気分になりがちだった丁度その時、西風旅団が門からフェルズに入って来たところだった。


 だが何故か、西風旅団は余り疲れた様な感じがない。普通冒険者は街に帰って来た時には、精も根も尽き果てて、といった感じに疲れ切った顔を見せるのが普通だ。魔物との戦いとは、それだけ体力も精神力も削られる過酷な労働なのだ。


(と言う事は、そうか、あいつら、初心者なゼンを気遣って、浅い階で力を使わず、流し気味に探索をして帰って来たのか。そりゃそうだ。基本、足手纏いな子供を連れて迷宮(ダンジョン)攻略などというものが、そうそう上手くいく訳がない。手堅い判断だ)


 すぐ向こうもゴウセルに気づき、笑顔でやって来る。


(こういうのは気を長く持って、徐々に慣らしていかないと、上手くいくものもいかなくなるからな……)


「お疲れ様だな。慣れないメンバー構成で疲れただろう。今日は俺が食事とか奢るから、食堂で一緒に食うか。ギルド内でなく、別の食堂行ってもいいぞ」


 ゴウセルとしては、いらぬ苦労を背負わせたツケを払うような気分で提案したのだが、少し様子が変だ。


「……あの、ですね。食事を一緒にするのは構わないんスが、奢ってもらう必要は、ないかなぁ、なんて……」


 普段強気で、ある意味図々しいリュウエンにしては、奢りを遠慮などするのは意味不明だ。


 ともかく合流してギルドに向かう。後ろで終始笑顔のアリシアがゼンと何か話をしている。ゼンも何となくだが、ゴウセルにはいつもより機嫌がいいように感じられた。


「無茶なお願いして悪かったな。探索が上手く行かなかったようなら、前もって言ったように賠償金払うから。ギルドであそこのダンジョンの討伐任務受けたんだろ?普通あれは3日ぐらい期限あるもんだが、もし万が一規定数にいかない場合、お前らが違約金を逆に払うことになるし、な。遠慮なく言って……」


「あの……。そうじゃないんですよ、ゴウセルさん」


 リュウエンが言い辛そうにしているのを見て、ラルクスが話す事にしたようだ。


 ギルドに着くと、ゼンはサリサリサとアリシアが付き添ってギルドのカウンターに向かう。


 多少なりとある戦利品の換金に行ったのだろう。たとえ少しでも、ポーチの中に溜めておく意味はないので、ゴウセルには普通の行動に思えたのだが……


「今日の探索なんですけど……」


 食堂の席取りに別行動になったのだが、何故かラルクスまで言い辛そうにしている。


「そんなに言い辛そうにする程駄目だったのか。まあ当たり前だよな。でも出来れば、少しだけ長い目でみて。使い続けて欲しいんだけどな、俺としては。何だって最初から上手くいく訳じゃないんだし……」


 端の方に空いている席を見つけたゴウセル達はそこに座ると、


「すみません、ゴウセルさん。逆なんです!」


 ラルクスが何故か謝って来る。何が逆なのか、とゴウセルの疑問が高まる。


「探索、上手く行き過ぎたんですよ。まあ、いつもと違うやり方なんかを試した為、というのもあるんですが、むしろそう出来たのは、ゼンのお陰と言うのに尽きる話で……」


「???」


 探索が上手く行った、というのは分からない話ではない。たまたま今日、彼等の調子が良かった、とか、そういうのはままある話だ。新戦法を試した、と言っているし、彼等は今日偶然、

迷宮(ダンジョン)攻略のコツを掴んだ、という事かもしれないが。


 だが何故そこに、単なるポーター 荷物持ちに過ぎないゼンが関わって来るのか、ゴウセルとしては理解に苦しむ。荷物がなく軽くて戦いやすかった、というのはあるだろうが、そんな話は別にゼンでなく、どのポーター 荷物持ちでも変わらない話だろう。


 とその時、


「えーー、何で今日だけで、いつもの3倍近い数の魔石があるんですか?討伐任務の指定数を軽く超えてますよ!」


 妙に通る声で、素材や魔石の受け取りカウンターの女性職員が何故か騒いでいる。

 

 何事かと見てみると、それは正に今話題にしていた張本人……ゼンが相対しているカウンターであった。そしてそのカウンターの上には、変な風に山盛りになっている魔石があった。


 あんな山盛りにして、崩れてカウンターから落としたらどうするのか、とゴウセルはどこかホワホワと弛緩した気分になって考えていた。完全他人事のように。


 他のギルド職員が二人ほど応援に駆け付け、なんとかその山をこぼす事なく回収していた。


(安い魔石でも、ああも山になると壮観だなぁ……)


「ゴウセルさん、ちょっと!現実逃避してないで、聞いて下さいよ!」


 隣に来て肩を揺さぶられ、やっと正気に戻るゴウセルだった。



 ※



「……つまり、なんだ。ゼンが足元の整備?とかしつつ、敵の気をそらしたりなんかして、前衛には戦いやすい状況を整(セッティング)え、 特に陣形や連携の上手い、頭のいいコボルドなんかは、逆にゼンの存在に翻弄されて陣形や連携がズタボロになり、狩りやすい敵になった、と。


 その上最後の階で出てきた大蝙蝠(ジャイアントバット)は、持たせた短剣で器用に近づいてきた所をバッサバッサと斬って倒した、と」


「スラムで取る鳥よりよっぽど簡単。向こうから近づいてくれるから、ギリギリを狙うと、向こうもかわし様がないみたいだった……」


 ゼンがご機嫌?なのは、本来戦闘で出番のないポーター 荷物持ちでありながら、一応魔物である大蝙蝠(ジャイアントバット)を倒すのに貢献出来た為らしい。あの山盛りな魔石も、大蝙蝠(ジャイアントバット)の数が多かったかららしい。防御が硬い敵ではないので、ゼンの短剣でも何んとか斬れはするだろう。


 確かに大蝙蝠(ジャイアントバット)は、大きさ的には迷宮(ダンジョン)に出る他の雑魚敵よりは余程小さい。(と言っても、大人の頭ぐらいの大きさで、羽をいれると普通の鷲や鷹等の大型鳥類と同じような大きさの魔物だ)


 この大蝙蝠(ジャイアントバット)は基本、それ単体では出現せず、コボルドやゴブリン等の群れと一緒に現れ、空中から地上の魔物を支援する厄介な敵だ。


 上空をフラフラ浮いている様に飛んでいる為、魔術や矢等が当て辛く、突然、地上の魔物との戦いに集中する冒険者の背後等に急降下して、爪や牙で奇襲攻撃をしてくる。

 

 一撃で致命傷を狙える様な魔物ではないのだが、他の地上の魔物との同時戦闘では決して無視して侮れるような敵ではない。


 どうも、その厄介な魔物を、気配を消したゼンが、リュウエン達前衛が戦っている背後に降りてきた所を逆に奇襲的な短剣の一撃で仕留めたり、羽を斬って墜落して飛べなくなった所を、サリサリサやアリシアが杖の物理攻撃でとどめを刺したりした、と。(落ちて飛べない大蝙蝠(ジャイアントバット)に魔術は必要なかった)


 ゼンの話を聞くと簡単に倒した様に聞こえるが、決してそうではないのは、現役時代に戦った事のあるゴウセルには分かる事だった。そしてそれは、西風旅団の面々にも分かっている事だろう。


 地上の魔物に集中したいのにその気をかく乱され、大蝙蝠(ジャイアントバット)を追えば逆に地上の魔物に背後を取られ、と。この連携で全滅やそれに近い痛手(ダメージ)を受けて帰って来る初級クラスの冒険者は決して少なくない。


 いつもの3倍近い報酬を得て、色々普段は食べないだろう高めな料理が並べられて祝勝会状態のテーブルを見ながらゴウエンは思う。


 明日予定している、レフライアとの食事はもっと豪華な物を頼まなければ、と。


 ゴウエンはまた現実逃避していた………。










*******

オマケ


リ「なんと、今まで行ってなかった4階まで行けてしまった!結構余裕だったぜ!」

ラ「あ~、うん。そうかもな。何か色々勉強になったよ……」

サ「私ももっと呪文のアレンジや、使い方、その場で選択とか、色々考えないと」

ア「みんな向上心あるね。私は祈るのみだよ」<(密かに教会から聖女候補と目されてる人)


ゼ「……コウモリ退治、面白い……」(何か気に入ったらしい)

ゴ「あ~あ~。聞いてない。俺は明日の準備で忙しいのだ。またな~」(そそくさと走り去る)

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