第14話 「ただいま」
「テツくんって、免許持ってたんだ」
「シェアリングカーだ。自前の車じゃないし、ぼくは車は持つ気がないから、これから乗せることは数えるくらいだろう」
「ねぇ」
怒らないの、灯はいう。
「怒ることがあるのか?」
「だって、わたしはテツくんを騙したよ?」
「ぼくだって、灯を騙している」
「たとえば?」
「そうだな、明の名義で貸したときの金額を低く設定していたことだ。本当はもっと高く貸していたんだ」
「それは、かわいらしい嘘だね」
「かわいらしいぼくはきらいかな?」
「ねぇ」
ミクを嫌いにならないで、灯はいう。
「あの子、わたしが好きすぎただけなんだよ。今回のことだって、わたしにだって責任あるだろうし」
「灯に過失はない」
「で、でも!」
「まぁ、きけよ。ミクちゃんにだって過失もないぞ?」
え、と言葉を飲む音を聞いた。
「ぼくたちの始まりのきっかけが、たまたまこういう話だった、というだけだ。ぼくはなにも気にしていない」
ちょっとスリリングで、ちょっと刺激的、というだけ、というと灯は、一度ほうけて、おかしみがわかったのだろう、素の笑顔を魅せた。
「わたしが好きになった人は大物だねぇ」
「あぁ、起業するんだろう?」
「それは」
「嘘から出た真って言葉があるだろう? 逆だ、嘘が真だっていいじゃねぇか」
大昔の人は空を飛べるのは嘘だった、すぐにたきあがる風呂も嘘だった、火が制御できることも嘘だった。
「嘘には魅力がある。だから、真面目ぶって同じことしかいえないやつよりも、詐欺師に引っかかる」
そうだろ? ぼくは皮肉を込めていう。
「未来の娘を偽るぼくのお嫁さん」
あぁ、なんだか、ぼくが思いついた言葉を言えなくなってしまった。
灯も明もどっちも大切だ、あぁ、これはいわなくてよかったかもしれない。
聞こえが悪い、往生際が悪い、そう思えてしまった――運命が悪い。
謎がある。
一つだけ、ぼくにも、あるいは灯にも答えられない謎が。
灯はたしかに発信機を持っていた。
ミクに対しての懐疑があったのだろう、あるいはお遊びとしてイベントを想定もあったのかもしれない。
誰が、ぼくに灯の発信機を教えたのか。
この物語の登場人物は四人になってしまうな。雪下雪路さんは数えなくていい、というか除外する。
ひょっとして、ぼくは独り言をいう。
「ほんとに、明からだったかもな」
「え?」
現在は未来に進んでいく。
未来は過去に進まない。
今は、まだ。
今、僕たちがいうべきことは。
ぼくは先んじて灯より先に玄関に立つ。
言葉をかける。
「おかえり、灯」
主人公は涙する。
「ただいま、テツくん」
ちっぽけな恋物語のように口づけは最後を飾る。
喝采はない。
世界にあまねく多くの登場人物に寄り添う物語は、きっとこのように見られたものじゃない。
いつか明と出会うときに、この物語を聞かせるのはためらわれる。
それでも、口が軽やかになった灯が語るかもしれないし、丸くなったぼくがいうのかもしれない。
パパとママのキューピットは明だったんだよ、と。
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