幕間05 ある愛の壊し方、さて罪は喪失によって贖われべきか、はて?

「桑島さん」

 知らず、笑顔が浮かぶ。

 恋をしているのだろう、私は。

 どうやって私の恋を邪魔する芥虫を、砕いて刻んで焼いて削いで漬けて烟して潰して切って凍えさせて縊って結んで開いて嘲って割いて抉って切り落として炙って痺れさせて千切って引っ張って乾かせ餓えさせ並べて見せて溺れさせ折って極めて投げて殴って蹴って突いて抜き取って干からびさせ破裂させ食わせて病ませ怯えさせ崩壊させ犬にして捨ててジュレにしてカバーにして沈めて詰めて敷き詰めて爛れさせ腐らせ灰にして、あぁ、灰にしたら、終わりになってしまうなぁ。

 生物として、結果的に喜んでしまうのが許せない。

 思ったとおりに殺したら、結局子供を残そうとする本能で気持ちよく射精しちゃうじゃない。

 悪魔だ。

 こいつは芥虫でも認めない。

 芥虫でも世界に許容の価値があってしまう。

 だから、悪魔だ。

「―――――――ぁ火ヰ――――――だ――――――――」

 悪魔だから言葉がわからない。

 悪魔に耳を貸してはいけない。

 悪魔を許してはならない。

 表情は人間の顔をしているように見える。

 こんなどこにでもいそうな男を、灯はかけがえがない、と思っている。

 それは、


「許せない」


 私の悪魔祓いは、まず、スタンガンで始まった。

 チェーンロックを外す動作は、まず扉を一度引いてからでなければ、自然にはできない。

 だから、不意打ちを食らわすのは丁度の良い格好だった。


 でも、それはお互い様だった。


 魚眼レンズで確認をしなかったのは、ミスだ。焦った。

 いると思い込んだ先には空を切る。

 玄関のドアを背に、悪魔は私の突き出した腕をとってひねり上げた。

「―――――――――ォ斗ぁ――――――――」

「ストーカー、ストーカーです!」

 灯が愛してくれない同性ということは私にとってはコンプレックスだったが、使えるとあれば女という弱さも武器にできる。そこに恥なんかない。これは悪魔祓いの聖戦だ。

 だが、悪魔は醜怪なまでに悪辣だ。

 捻り上げられる痛みに堪えながら目を向ければ携帯端末のカメラも集音も行われている。

 端的に、今の行動を記録させてしまったのだ。

 私はどうして、いやどうやってこの場所がわかり、灯をさらおうとこの悪魔がやってきたのかがわからない。やってこられるわけがないが、やってきてしまった。

 だから、はっきりとした理由があるはずだ。

 でも、わからない。

 人が集まるのは得策ではない。

 灯が離れてしまう。

 灯と一緒にいられないのは、私には耐えられない。

 長期的にこの悪魔が灯に取り憑くのは防げない。

「――――ィ雨ヱ」

「うるさい!」

 落ち着け、聞こえてしまう。

 人間にしてしまう。

「落ち着け」

「うるさい、うるさい、うるさい!」

 ぼくは灯に会いに来た、感情が奔る。

「あんたなんかに、あんたなんかが、あんたなんか!」

「君が灯を愛しているのは、その、わかる」

 なにが、わかるというのだ!

「拉致して監禁するくらいには、愛しているんだろう?」

「そんな、言葉で、私の愛をくくらないで!」

「灯が、望んでいる、事か?」

 問いかけないで!

「望んでるわけ無いでしょ!」

「君がしたい、愛し方か?」

「そんなわけ無いでしょ! 一緒にいたい、一緒にたいだけなの、わたしを、わたしだけを見てほしい」

「それはできることか? 灯がそれをしたいと望んでいるのか?」

 やっぱり悪魔だ。

 悪魔は論理的に思考を崩す。

 でも、と自分を見てしまう。

 私は野蛮人のように感情を振り回して、愛を謳った。

 悪魔はそれを独占欲と魔術のように固定した。

「生物には二つ種類の面がある、簡単なことだ」

 与えるものと、奪うだけのもの。

「ギバーとテイカーともいわれるな。だが、勘違いしていけないのは、片面しかない、と捉えることだ。どちらもあることだ」

 ぼくから見て、悪魔はいう。

「きみはテイカーに見えるが、灯に与えている所もある」

 灯はきみを嫉妬している。

「それの、どこが」

 私はそれを灯が私を見てくれる理由だと価値と感じていた。打ちのめされて今は虚無にしか思えない。

「灯がいっていたことだ、物事には両面がある。嫉妬は足りない自分を克己させる努力の原動力、とも見方を変えれば思えるだろう」

 じゃあ、言葉にする。

 あぁ、壊れていく。

 悪魔が壊れて、人間にしてしまう。

 悪魔のままならば、私は抗えた。

 人間は人間の言葉を聞いてしまう。

 人間は人間の言葉しか聞こえない。

「私はどうすれば満たされるのかな」

「あぁ、そうだな」

 与えなさいと、桑島哲はいう。

 傷つけることも、与えるといえるなら私は桑島哲を傷つけるためだけに事実をいう。

「灯、桑島哲を桑島テツだと思っているよ」

「ほら、与えられた」

「傷つかないの?」

「名前を間違えたり、不名誉なあだ名を付けられたこともある、まぁ、テツくんというのは愛称だと思っているよ」

 好きではないけどな、桑島哲は気づけば拘束が解いていた。

「それより、中に入れてくれないか? 灯に会いに来たんだ」

 あぁ、許せない。

 私は桑島哲を許さない。

 愛を奪って、

 愛を与えた桑島哲を離さない。

 異性、というカウントでいけばファーストキスをしてしまったのが、恋敵で、異性というカウントでいけば初恋だった。

「最近は」

 よくキスをされる、桑島哲があっけにとられた表情が憎らしかった。

「男の人とキスするのは、初めてよ」

 どう、と、私は感想を聞いたつもりだった。

 桑島哲は感想を答える。

「まったくもってドキドキしない」

「灯とのキスは寝ているときだったのに?」

「これから灯とドキドキしたいから、ドキドキをとっておきたくてね」

 きみにドキドキはしたくないな、困ったような笑顔を、私は、壊したかった。

「部屋にいる。縄で結んでいたいだろうから、優しく解いて」

 私の顔なんか見たくないだろうから、目が熱い。

「ごめんって、あなたから伝えて」

「わかった」

 桑島哲が、私の部屋に足を踏み入れた。

 音が、聞こえる。

 雨の音だ。

 だから、だろうか。

 人生で、同性に対しても、異性に対しても、起こった初恋が。

 敗れて、終わった、その惜別が奏でた涙の音だと思ってしまうことが。

 とても、自然なような気がして。

 私は声を上げて泣いた。

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