第13話 恋は堕ちて、愛は昇る
なにがなんだかわからなかった。
ぼくはかかってきた電話をとった。
声は、聞き覚えがなかった。
女の子で、知らない声で、しかし安堵がある。
聞いていて庇護欲がわくというか、ただ、異性であり性欲に根ざしたものではないと思う。
というより、この相手に対して、それは禁忌だと直感できた。
そしてありえなく、電話の相手はぼくの大切な人だ。
「ありがとう」
電話はツーツーと切れた音がした。
なにがなんだかわからなかった。
だけど、ぼくはこの状況が進んでいると感じた。
自殺を考えた。
それもぼくだ。
そして、今は進もうとしている。
その感覚を大事にしたい。
電話での指示で、明、灯が残した見つけるための発信機があることを知る。
生活のクオリティを下げたくはなかったためのこのマンションルームに、一人暮らしは広かった。
灯が来てくれたことでうまった部屋には簡素だが、女の子らしいインテリアが並んでいた。
娘と公言していたこともあり、嘘だったわけだが、はいることもなかったが、来てみて灯の匂いがした。
あぁ、と嗅ぎ慣れた匂いだ、と気づく。
いつも、いつもはいいすぎか、起きたときに鼻孔をくすぐる香水と同じ匂いだ。
顔が熱くなる。
だって、それは、
「あいつ」
とんだ不意打ちだ。
つまりそういうことだろう。
娘は偽りで、愛は正直だった、ということだ。
「あぁ、あぁ、ちくしょう」
面倒な話だ。
障害物競走かよと思う。
なかったはずの障害を勝手に作って、俺達は、勝手に傷ついてた。
「えっと、引き出し、だったか?」
電話の主の言葉を頼りに灯への道を探す。
そうしているうちに、ふと妙に目を引くものがあった。
「日記、か?」
見ている場合ではなかったが、灯に対して腹立ちがあった、そこから見てやれと思う。
○月×日(△)
・嘘をついた
・とっさに考えた未来の娘という話
・元気になってもらいたい
・一緒に住むことになった
・愛を与えたい
・大切な人に
・テツくんはわたしの嘘に付き合ってくれる
・久しぶりに話すテツくんは元気がなかった
記述に目が行く。
久しぶり?
ページをめくる。
○月×日(△)
・最近テツくんは元気になってきた
・わたしの所為とうぬぼれたい
・でも、わたしがなにかできただろうか?
・テツくんにはもらってばかりだ
・大学に合格できたのも家庭教師をしてくれたテツくんのおかげだ
「覚えてねぇ」
え? 記憶を手探りで思い返すが、そうだったか、と覚えていない。
だから、灯は俺を知っていて、好意を抱いていたのか、と納得がいく。
○月×日(△)
・明日は灯としてデート
・楽しみ
・テツくんは『わたし』を選んでくれるのかな
・不安だ
ぼくは、怒りがある。
誰に対して、といえば灯に対してだ、あぁ、それはもう赫奕と燃え盛る大火のような朱色で。
怒りが生まれた。
それに見合う言葉も考えた。
傍から聞けば二股と取られてもおかしくないような言葉だ。
不意に、目に入る。
○月×日(△)
・この関係が始まりで良かった
「あぁ、そうだな」
面倒くさい話だ。
面倒さを良いとする遠回りな痴話騒ぎ。
「それも終わらせる」
明はたしかに架空の人物だ。
架空の娘で、偽りの関係だ。
でもたしかに、
「明がいなかったら、お話にならなかったな」
あぁ、進む、時は戻らない。
「誰も彼も役者ならば」
舞台に登ろう。
この物語にふさわしい主人公は、灯だ。
ぼくは、彼女の行動によって救われたちっぽけな端役だ。
だけど、
「端役が物語を終わらせる、ってのは度肝が抜かれるだろう?」
さぁ、壇上に上がろう。
終りが近い。
この思いに名前はある。
恋が消えて、堕ちてなくなった。
それがマイナス。
プラスは、陳腐な言い回しだが、はっきりしている。
拒み遠ざける狭さから、共に同じ時間を過ごしたいという感情が生まれた。
いわゆる、さてと進む。
「愛だ」
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