第11話 不実な三人
・灯:先日はありがとうございました
・桑島:いえ、演劇すごかったです
・灯:そんな、まだまだです
・灯:今日、お時間ありますか?
・桑島:時間があって困ってました
・灯:よかったら遊びませんか?
問いかけにお願いします、と返していた。
明を思い出すマンションにいたくなかった、というのが本音だ。
異性に会うわけだ、そういうことをするであろう女性にだ。カジュアルな格好もできる。
女性に聞く、行動は明に聞くこと等式を結んだ。
「ちっ」
苛立ちがある。頼れないフラストレーションという情けないものだ。
LINEだと、食事とショッピングがプランだ。
ただ、自分の理念で行けば灯と付き合う、というのは気が重い。
直感だ。
短い付き合いだ。あのあとも何回かLINEで話したりはした。
内面を覗いたわけではないが、どこか、こう。
思いに頭を振る。
明への失恋、気持ちを切り替えるいい機会だ。
相手が、ぼくに、どんな感情を抱いていようと。
「パパ、どこ行くの?」
「ママとデートだよ」
言葉にして、明の顔を見たくない。
ストーリー通りなら喜びを、フェイクならなにがしか含んだ感情を。
ぼくにとっての真実は愛しい相手。
思いと裏腹に明は一拍おいた。
「楽しんできてね」
パパ、喜びがある。
「あぁ、そうだな」
不実だ。
明に対しても、灯に対しても、そして――
「――ぼく自身にとっても」
「――えっ?」
なんでもない、とぼくは返す。
あぁ、不実だ。
いっそ土砂降りでもふってくれれば、涙を隠せるのに。
「いい天気だ」
恋人たちが喜ぶ天気に――ぼくは忌々しいと空を睨んだ。
××駅東口で会いましょうということでぼくは上り電車に揺られて携帯をいじりながら待ち合わせ場所に立った。
先んじて内定が決まった友人のSNSを見ていて、ブロックしようかとも思った。
色恋のことだ。
恋人ができた、イチャイチャした、その他諸々チチクリエトセトラ。
明に失恋をしたぼくからすれば、あり得た未来、手に入れられた結末、ともに歩める先行き、全て空想で妄想に終わってしまったぼくからすれば、執着ばかりがある。
健全ではない。
いいことに思いを向けよう。
ぼくはリスクに対して分散ができていた、と考えられる。交際する異性に対してだ。
前提として明の言葉を信じられれば、となるが。
灯と付き合うのが用意された終着点。
明と男女の関係になれないとしても、失うものはない。
ほしいものが得られない、というだけだ。
「父親が、ガキ臭いというのは明も座りが悪いだろう」
自分以外の視点にたてばそう見える。
一番の鏡は相手が自分をどう見えるか、これも明に教わったことだ。
言葉にされたわけではない。ただ、これからもぼくは今のぼくではいられない。
ぼく自身の親父は無口な人だった。ただ、人間としては不器用だなと見える一方で自慢の親父だ。
死んでしまったが。
ただ、親父も親父なりに息子に対して敬意を払われたいと思っていたのかもしれない。
疑問符はつくが、親子だ。ぼくは明と彼女の理想の親父のことを思った。
スタンスを変えよう、と思う。
「明に対しては、いい親父でいよう」
決めた、覆らない。
失恋は終わった。終わったことにした。
――どこかで、身近に、覚えのあるる匂いとともに呼ばれた。
「桑島さん」
上り電車が去ったあとの時刻に灯は現れた。
ぼくよりも灯は年下だが、上品であって下品にはなりえないセンスのいい格好だ。
春先の淡いピンクを基調としたコーディネイトでスカートの濃紺が大人びた印象を覚える。
「かっこいいですね」
服装、と言葉にしてから女の子に対しての褒め言葉ではないな、と思った。
「気合い入れてきました?」
直感だ。そして、言葉にしたことで、ぼくは灯へのいつも感じている感情が変化していることを察する。
「えぇ、わたし、男の子とのデートって初めてなんです」
不用意ですよ、ぼくは余裕ぶる。
「ぼくは――いい人間ではないですから」
「奇遇ですね」
わたしもいい女ではないですよ、灯は笑って続ける。
「いい女の子ではありたいですが」
ユーモラスですね、余裕があるところに男性経験はあるのだろうと推測できる。
虚栄は、ないように見える。
「じゃ、いきましょうか」
そういえば、と思い出す。
灯はぼくに彼女がいると、思っているんじゃなかったか?
格好のいい灯との食事は、まぁ、ずれたものだった。
ラーメン。
激戦区だし、美味しいのもわかる、ただ出会いが洒落たカフェだったからラーメンを食うというのはイメージとは違った。
ただ、女性性を感じることはあった。
灯の髪は短い。
ただ、梳いたらそっと落ちる健康的な髪をかきあげながらラーメンを食べているところとか、啜る音を立てず食べるところは、見ていてどきりとする。
白い首を見てしまう。
熱いラーメンを食べているのだからだろう、首はほのかに上気して赤くなり、妙に艶めかしかった。
「のびて、しまいますよ」
微笑んでさえ、ぼくを見る。
恥ずかしさはある。
体面を取り繕うためぼくは、灯に従ってラーメンを啜る。
会計の段になって、ぼくが支払う。
「そんな、悪いですよ」
「いえ、これは投資です」
あなたは返してくれる人です、ぼくはいう。
「恩に感じてくれたら、返すことを期待しますよ」
ニコリと笑顔を向ける。
今は、向けたい相手は灯だけだ。
脳裏に、明を思ったとしても。
灯の顔の陰りに――ぼくは気づけない。
ジュンク堂で本を探した。
「本屋で本を買うって当たり前の体験が難しいですよね」
灯は読書家でもあるのだろう、ぼくとしても本を読む習慣はある。
灯の読むジャンルは神話やファンタジー作品らしい。足を踏み入れる速度も軽い。喜びを表しているようで可愛らしかった。
「いろんな人生がありますよね」
それがわたしには不思議なんです、と灯はいう。
「いろいろな人がいます。別段、疑問を覚えることはないんじゃないですか?」
ぼくは否定を投げかける。
奇妙な問いかけだ、馬鹿らしい、と一笑に付したとしてもおかしくはない。
ただ、楽しくはない。
否定することで、思いをのぞかせてもらおうと、ぼくは煽ったのだ。
「同じ存在はない、ソッチのほうが難しいんじゃないかって、わたしは思うんですよ」
わたしは病弱でした、とラーメンの会計後に薬を飲んでいたことを思い返す。
明もぼくの見えないところで薬を嚥下していた。
関係性が本当なら不自然の容姿にぼくは既視感を覚えた。
「神様がこの世界を作ったなら、わたしの弱さも神様が作った、弱いようにわたしを作った」
それがよくわからないんです、と笑いながら言葉にする。
「わたしは苦しみました、同じように苦しんでいる人もいる、強くなれ、病気に負けるな」
かけられる言葉にわたしは理不尽さを感じました、と灯はこぼす。
「両親を恨んだこともありました」
明に恨まれることもあるのか、と思ってしまう。
「神様は問題を作る存在なんでしょうね」
いっとき神様の本を読んでいました、と灯は笑う。
「子供っぽいでしょ? 自分の境遇の理由を、理由ばかりを求めていたんです」
いわれたって納得なんてできないのに、ぼくは聞きながら納得できないという点に共感を覚えた。
「工場では同じようにものを作る、日本の教育では平均化された人材を作る」
価値は均質でなければ価値がない、灯は本を買い、ぼくたちは階下のカフェで腰を下ろす。
「すべてが同じなら、衝突がない。だから、わたしは神様は衝突がほしいんだって解釈しました」
悲しみがほしい、怒りがほしい、恨みがほしい、悦びがほしい、でも、と灯は反対のことをいう。
「悲しみは慈愛、怒りは正義、恨みは成長、悦びは幸福、コインの裏表みたいに、神様はいい面と悪い面があるだけなんです」
神を恨んだっていい、神を信じたっていい、灯の言葉が耳に残る。
「幸福も不幸も、見方、信じ方で変わってくるだけなんです」
そう思えるようになったのって最近なんですけどね、灯はいう。
「ある人と出会って、思えるようになったんです」
考えは面白い。色々応用ができそうだが、考えに酔っているところはありそうだ。
イノベーターのジレンマだな、指摘はしないがぼくは思う。
明の言葉を思い返す。
この女性がぼくを変える。
その宣言に不信はない。なくなった。
そして、灯を変えた、という人物に、そう、嫉妬を覚える。
灯の言葉借りれば、愛情、なのだろう。そのように裏返る。
そろそろ――デートも終りが近い。
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