第5話 レイン、ペイン、レイン
「これは貸しだ」
ぼくは明に対していう。現金を三万円ほど渡す。
「未来のぼくも同じだろうけど、ぼくはお金の貸し借りには厳しい」
自称未来人の自称ぼくの娘、自称明は両手でお札を受け取る。
「ぼくは君がちゃんと返せるという信頼があると感じたから出した」
利子はない、とぼくはいう。
「ぼくの部屋で暮らすことになる。いつまでかはわからないが、そう長くはないとしよう、その間ぼくの部屋の水回りや家事を明、きみに依頼することにしよう」
仕事だ、この発言はぼくにとってみれば部屋の整頓ぐらいしかメリットがない。
むしろデメリットのほうが大きい。
無利子の銀行にお金を預けただけ。何なら明が個人的に使わざるを得ない支出もあるだろう、そうすると長々と居座られる理由ができる。
おそらくは高校生くらいの年齢なんだから稼ぎぐらい自分でとってこい、いいたいが、未来人という設定を使われると困る。というか確実に使うだろう。未来人だから保険がありません、不法労働者にするんですか、と。
明の収入源を世話をするのならば、家庭教師と以前勤めていた居酒屋などがあるだろう。
だが、それをしないのは、信用が怪しい明を仲介してぼくの信頼が下がるからだ。
初めてカネを捨てるかもな、とぼくは思った。
「うん、わかった、パパ」
「パパはやめろ」
それから古着屋へ行き、明のセンスで色々安い服を選んでいたが、センスというものが優れているように見える。
明は自分がキレイ寄りの顔をしているのがわかっている。体のラインもぽっちゃりというわけではない。
自信があるのだろう、線が見えるようなタイトな服も平然と選んでいた。
「ここで着替えてこい」
制服姿で歩くのはぼくが困る。十八時を過ぎてパトカーが通り過ぎるたびに職質を受けるのではないかとヒヤヒヤしていた。
「ど、どうかな」
試着室で着替えた明は困惑するほどきれいで可愛かった。
その次に浮かんでくるのは細さが、壊れそうに直結する危うさだ。明の肩幅が広い方ではないぼくの三分の二ぐらいしかない。庇護欲と脆弱性を感じる。
抱きしめたくなった。それはぼくの性欲かもしれないし、あり得ざる父性なのかもしれなかった。
「きれいだな」
押し留め、ぼくは感想をいう。
ありがとパパ、とでもいうのかと思ってぼくは待ち構えていたが、こない。
顔を見ると、明はりんごのように赤くしていた。
「なんだよ」
変なことをいったか、と尋ねると、少し吃音気味に明はいう。
「そ、そんな事言われると思ってなくて、そ、その、う、うれしくて、うれしくて、ね」
「未来のぼくはドメスティックバイオレンス野郎なのかよ」
「ち、ちがうよ、テツ、哲くん」
ちがうよ、と小さく繰り返した明の手を引く。
「次だ次、手料理を作ってくれるんだろう?」
それから僕たちは近所のスーパーへ行き、明は野菜を多めに買っていた、そして、ランジェリーショップへといった。
「下着は必要だろ?」
「そ、そうだけど、恥ずかしいよ」
「そういうのはぼくだと思うんだが、まぁ、いいさ。店員さんには彼氏が性生活を充実させたい変態野郎ってみられるだけだからな」
「そんなことないよ」
「わかってるさ、そこで否定されると余計肯定しているように聞こえるぞ」
「あ、でも、ママ、パパはケダモノっていってたよぉ」
冗談めかして、フューチャージョークを飛ばす。
「すぐ選ぶからちょっとまってて」
と明はショップへと行きぼくは携帯をいじりながらまっていた。
待つ間ぼくは面接を落とされた何社かにメールを送っていた。
喫茶店で灯にアドバイスされたように、不採用についての具体的な理由について聞くためのアポイントメントだ。
一度テンプレートを作ってしまえば簡単なものである。
ただ返信については、十送ったうちの一社でもあればいいだろうと考えていた。
迷惑メールとして見られない可能性もある、少し立ってから電話をして改めてアポを取るといった方針を取るべきだろう。
それでもぼくは情報を得られなかったら、と考えるとなかなかに道行きが暗い。
十分程して明は帰ってきた。
「おまたせ、テツくん、パパ」
「ぼくはパパじゃない」
もうあたりは日が落ちきって、暗くなり街灯がつきはじめ人通りも多くなってきた。
時刻は十九時を過ぎ二十時のほうが近い時間になっていた。
腹は減っていたが、いつもどおりにありあわせのものと酒を飲んで寝ようかと思っていた。
「あ、雨」
明の声で、同居生活が始まるのだ、と手を引いた。
マンションまではあと少しだった。
雨脚は強い。
お互い荷物を抱えていて走るにはしれなかったから、よく濡れた。
「先、シャワー浴びな」
まるでセックスをするようにいったな、とぼくは思った。
明は疲れたのかパパ呼びするわけでもなく素直に従った。
「さて」
なにか作るかと部屋着に着替えてから久方ぶりの料理にせいを出した。明に頼む形だったが、手持ち無沙汰だし今日だけだ、と考えてだ。
といってもレンチンモノや刻んで炒めただけのものといった感じのが多かったが。
しかし、料理ができあがってもあがってこない明をぼくは気にかかった。
風呂場前に立ち、声をかける。
ザーッというシャワーの音だけが返答だった。
「悪い、入るぞ」
そういって明が倒れていた。
裸体はシャワーのお湯を弾いて赤くなっていた。もとが白い肌なのか赤さが目についた。
ぼくはシャワーを締めバスタオルで、なるべく考えないように見ないようにして、水滴を拭ってやった。
「ごめん、ごめん、テツくん」
「病院行かなくて大丈夫か?」
「薬、あるから、ごめんテツくん」
明と着替えを運びぼくはヒーターをたいた。春の花冷えと雨にあたったからだろう、明には熱があった。
普通は、迷惑な話と考えるだろう。
いきなり押しかけられていつ去るかもわからない家事は任せろ、で、病気が出てお荷物。
ぼくは優しくはない。
ただ、鬼にもなれない。
「飯食えるか?」
コクリとうなずく。ただ多くは食えないだろう、とぼくは判断する。
トーストは結構残りがあったな、と思い出す。
「パン粥、作ってやるから、ちょっとまっててくれ」
まるであべこべだ、詐欺といってもいいだろう。
でも、ぼくはこの報いられるかもわからない献身に心が癒やされるのを感じていた。
娘という話が偽りでもあっても、万が一真であっても。
明がいてよかった、と思う。
ぼくが金を貸して返してもらった友人たちは、もう自分の道を進んでいる。
縁が切れたのだ。
学友たちも就活だ、内定だ、と忙しい。
孤独の季節だ。
今ぼくは明を癒そう温めよう、としているが、案外ぼくのほうが癒やされたし温められているのかもしれない、と思った。
そこに来て気づく。
ベッドは一つしかないな、と。
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