第2話 娘の言い分と未来の出会い
【時刻は午後十五時になりました】
モダンという言葉は昭和から平成にかけてあったと思う。令和の現在でも使えるモダン味のある喫茶店に入る。彼女が先導しながらぼくたちは玄関が見えるテーブル席に座った。
ぼくは制服を着た女の子を見ながら率直な疑問が浮かぶ。
(ぼくとこの子の関係を親子と思えるかな)
ぱっとみて、ぼくと年齢に大差はない。制服を着ているから十八歳以下といったところだろう。
ぼくにも恋人がいた経験もあるし、性交渉もしている。
その元恋人が妊娠した、という話は聞かないし、仮にそうだとしたらぼくは四歳でセックスしたということになる。バカらしくて話にならない。
頼んだコーヒーが届くまでぼくたちは無言だった。
切り出したのは、ぼくからだった。
「その、ぼくがパパっていうのは」
どういうこと? とぼくはまずそこが気になった。
未来から来た、という発言はあまり考慮する気はない。
人は空を飛べないし、かめはめ波だってうてない、ゴム人間にだってなれないし、当然過去に遡ることは情報の中でしか行えない。
それよりも現実的なのは、ぼくが身に覚えのない交流があったか、悪くすれば詐欺だって考えられる。
顔を見る。
ぼくを見ていないが、伏し目がちにカップを見ている。湯気が立つカップにスティックシュガーを一本入れて、細い指でゆるくマドラーを握って軽やかに混ぜる。
一口のみ、ぼくの質問に対しては無言。
じれったいが、ぼくもコーヒーを飲むことにした。
喉に流れ出すタイミングで彼女は言葉を告げた。
「わたしはパパとママの娘なんだよ」
それは、ぼくは舌の上で踊る苦味とともに言葉を吐き出す。
「それは、何かの間違いじゃないかな。君の歳がいくつかわからないけど、ぼくの歳はわかっている」
「二十二歳だよね」
若いなぁ、と妙な感慨深さで彼女はいう。
「今日はパパがわたしに、わたしと出会う最初の日っていってたんだ」
「いった覚えも、SNSで発言した記録もないんだけど」
だって未来のことなんだもん、と目の前の少女はいう。
では、と未来について聞いてみる。
「君がぼくの、その、未来の娘ということになると、早くても十六から十八年後で技術革新が起きると思うんだけど、それこそ現在から未来に逆行できるような」
ぼくは彼女の話を技術によって到達できるもの、と仮定した。
三つ問いかける。
「イチ、どこの国がいつ頃起こした技術革新なのか?
ニ、どのくらいの価格で提供される技術なのか?
最後にサン、君が未来から来たっていう証明はどうやってできる?」
ぼくの問いかけは彼女にとって有利な質問だ。
ぼくを納得させるために投じた質問だからだ。そしてなぜ有利かといえばぼくが確かめようがない答えを用意できるからだ。
ただし、それは三番目の問いかけには含まれない。
だから、ぼくが本当に聞きたかったのは三番目の答えだ。それまではこの未来から来たという少女のお話を聞くのがぼくの余裕で、それから先がぼくの真剣さだ。
少し冷めたコーヒーを彼女は口に含み、舌をなめらかにした喉から言葉が届く。
「わたしが十歳くらいのときに米国が時間遡行物質と制御デバイスを開発したんだよ」
「ふぅん、で、値段は?」
金の話は大事だ。そこから信憑性が読み取れるところもある、お遊びの感はあるが。
彼女は答えを口にする。ぼくは彼女の言葉を自然と繰り返した。すべての前提が正しいなら苛立ちがある。
「実験体に志願した?」
彼女の話ではプロジェクトは当初順調だったが、物質を過去に転送することも容量に制限はあるものの転送できたのだが、人間のサイズからだととたんに難しくなったのだという。
「だから、実質タダ!」
「笑いながらいうことか!」
嬉々として話す彼女にぼくはダンとテーブルを叩き苛立ちを吐き出した。
「もう一つ疑問が湧いた」
誰が君にそんなことを吹き込んだんだ、とぼくは答えと予感している答えとそれに聞いて起きる感情の未来が見えた。
「パパだよ」
憂鬱な、答えだ。
「どうしてきたんだ?」
「パパが死んじゃうからだよ」
わたしが過去に来たのは、彼女の言葉を聞くと同時に瞳を見てしまう。
ゆらぎのない瞳が鏡のように見えた。映るぼくの心象を移すように、彼女は言葉にする。
「あのとき、わたしが止めなかったら、パパは、パパ、てつ、てつくん、てつくんは死んでた」
感情を整理するようにぼくの嫌いなあだ名を繰り返す。
涙すら流す。安堵からこぼれた涙滴がどのような意味があるのかわからない。わかれないぼくは疑念を残す。
真偽はどうあれこの娘は現在のぼくを知らないのだな、と思いぼくは現在の自分のことを話す。
「未来のぼくは一回しか自殺未遂をしなかったんだと思う、こんな暗い話を未来の娘に話すのもどうかと思うけど、君が止めてくれたんだとしても、ぼくが何回も繰り返さないとどうして思えるんだい?」
就活の苦労をいう、年下のしかも娘に話すことではない、と思う。
けれど、ぼくには自信がなかった。
「君は猫型ロボットが未来から来る話を知っているかい?」
未来でもやっているよ、と彼女が返し、長いコンテンツだと単純に思う。
コミックの話を前提に置き、ぼくは話す。
「君が安心して未来に帰れるにはぼくはどうしたらいいんだ?」
信頼しているなら彼女を気遣った前向きな言葉。
不信を覚えているなら率直に関係の拒絶する言葉だ。
【時刻は午後十六時になりました】
流れるテレビのアナウンスで一時間が流れた事を知る。
コッチコッチコッチコッチ、と振り子時計のなる音に今になって気がつく。
話を途切れさせるコーヒーはカップの中にはもうない。
耳は目の前の少女がしゃべる言葉を一言一句欲していた。
「この店、さ」
集中していたはずだが、はぐらかしとも取れる言葉に緊張が緩む。
「思い出の店なんだって」
パパと、彼女――明がいう。
「ママの」
ヒトロクマルサン、明は出入り口に指を指しぼくの視線を誘導する。
囁かれるように運命を口にする。
「携帯をイジりながら、ママはやってくる」
扉は開き、女性が入ってくる。
明にそっくりな、そして、少し大人びた女性だった。
「これが、三番目の答えじゃ、ダメ、かな?」
伺いを立てるような困った笑顔にぼくは目に焼き付けた。
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