パパとママのキューピッド

ゴトー宗純

第1話 死にたい就活生と未来の娘

 ――かつて、ぼくは未来が見えた。

 予知夢や、アカシックレコード、そういうオカルトじみたものではない。

 僕の場合力が及ぶ範囲といっていいかもしれない。

 友人に対して貸したお金が返ってこない、というのはよくある事だ。

 ぼくにはそれがない。

 ゼロだ。

 なぜかといえば簡単でそういう友だちとだけ付き合っているからだ。

 そして、そうした人物は極めて優秀だ。

 金を返せるということは、金を産めるということだ。

 その当たりをつける事がぼくの予知だ。

 そして予知者や、神託を告げる者のジレンマとして、ぼくはぼくの行く道が見えないでいた。

 ぼくは大学四年生の就活生である。

 そして内定をいまだにとれていない、これが今僕が困っている問題だ。

 就活が始まる三年生までは五、六社落ちてもなにくそとリクルートスーツを来て遮二無二面接を受けていた。

 ぼくを丁寧に壊してくれたのは十社目だったか、二十社目だったかは覚えていない。

「君にだけにできること、君が一番になれること、そして金を産むことはなんですか?」

 問いかけに、ぼくは答えが出せなかった。

 おそらく、この答えには正解がない。

 質問を投げかけた面接官は、ぼくの喉から言葉が出るのを待っていた。

 三分、カップラーメンが茹で上がる時間で、面接官はぼくに対する結論を出した。

「本日はありがとうございました、採用の通知はおってご連絡します」

 三日後、ぼくへ不採用の通知が届いた。

「テキトーに答えりゃいいんだよ」

 飲み会で友人にはそういわれた。その友人はすでに内定を決め、大学の卒業も問題なく、学生生活最後の旅行についての計画を喜々として考えていた。

 ハイボールを飲みながら友人はいう。

「逆に聞いてやればよかったんだよ、では御社は私におっしゃった、御社だけができること、御社が一番になれること、御社が金を産むことはなんですか?」

 ってさ、と友人はいう。

「そこで、採用を断るような会社は頭凝り固まりブラック企業なんだから、断ってもらってありがとうって感じ」

 でもそれをいえるのは、友人はいう。

「てつ自身が答えを持ってなきゃいけない」

 友人の理屈はわかる。

 自分はこういう意見ですが、あなたはどう考えていますか、というコミュニケーションだ。

 相手の意見だけが知りたい、というのは一方的でテイカーだ。利潤を追求している企業としては与えないでもらおうとするばかりの人材なんていらないだろう。

 それからぼくは考えた。

 ぼくだけができて、ぼくが一番になれて、金を産むことは何か、と。

 答えは出なかった。未だに答えは出ていない。

 手応えもない、拙いながらも答えてから、質問したこともある。

 だが、飲み会のときの友人が言ったブラック企業は多かった。

 だから、ぼくはいつしか問いかける言葉をなくした。

 そうすると、ぼくは言葉を吐き出すことが難しくなった。

 できないことでノイローゼになった。

 電車に乗るまでの時間に線路を見ることが多くなった。

 おいで、おいで、と幻聴が聞こえる気がした。

 アナウンスが聞こえて、ぼくははっとして空いている終電に乗る。

 暗いアパートに帰り、着替えてベッドに倒れ込む。

 明日は家庭教師のバイトがある。

 明日は金曜日だ。

 そういえば、採用の通知が、もう何社目かを覚えていない、届くはずだ。

 いつの間にか届いていた。格安携帯電話の通知にぼくは気づいていなかった。

「ははっ」

 不採用、きっとこのまま、面接を受けた数と同数挑戦しても採用することはないんだろう。

 ぼくは決めつけた。

 それで、なにか幸福になることもなく、ただただ、ぼくはぼく自身の不足を責め、苛んだ。

 決めつけたぼくは、――死を選ぶことにした。

 ぼくは誰もが通る最後を必要とした。


 担当している子に勉強の指示をして、アルバイト会社に体の不調を理由に仕事を休むことを告げ、ぼくは気が楽になった。

 ぼくの死は、転落死を考えた。

 場所は大学だった。

 自殺という不名誉を四年近く通った学び舎に残すというのは、不孝であることは重々承知している。

 けれども、ぼくはよく頭が働かなかった。

 楽になりたい、救われたい、という思いがついて回った。

「ハイカットぉ!」

 映画研究会の言葉が耳に残る。

 元気そうな一回生くらいの子が元気よく返事をし、彼らは作品を作る。

 価値を自分で作っている。

 もう、いい。

 もう、ぼくは価値なんてない。

 誰かの視線があった。ぼくは煩わしさがあった。気にせずに校内に入る。

 開放されている屋上に立つ。

 簡単に超えられる鉄柵がある。

 自殺が起きるなんて、微塵も考えていない作りだ。

 そういえば、と鉄柵を超えて気がつく。

「遺書、書いてねぇや」

 ぼくが死んで哀しむ人たちは、生きている以上あるだろう。

 ぼくがこういう選択をした疑問を解消できれば、いつか気が晴れるかもしれない。

 遺書を書きながら、ぼくは涙を流していた。

 もう、何もわからない。

 わからない。

 だから、

 だから――――


「待って!」


 ぼくは鉄柵越しに彼女を見た。

 高校の制服を着た女の子だった。女子に可愛い制服という評価されているブレザーを着た女の子はローファーを地面に打ち付けて駆け寄ってきた。

「待って、待ってよ!」

 ぼくは気圧され、そして魅入った。

 ショートヘアの黒い髪はつやがあり、走ったためちょっと上気した赤い頬と反するように色白な顔。

 壊れそうな細い体つきで息を切らせながら、その女の子はぼくを見上げていた。

「死なないで」

 お願いだから、ここまではあまり耳に入っていなかった。

 次の一言でぼくは自分の感情を驚愕に塗り替えられた。

 ぼくの二十二の生涯で一番の驚きだった。


「死なないでよ、パパ!」


 ……

 …………

 ……………………

 …………………………………………

 ……………………………………………………………………………………

「はっ?」

 ほら。

 やっぱり、ぼくは未来が見えていない。

 バランスを崩しかけて、慌てる。

 ぼくをパパと呼んだ、ぼくの年齢とそう変わらないような女の子も慌てる。

 ぼくはまず彼女の話を聞いてみることにした。

 酔っ払って援助交際でもしたのかと思った。

 彼女はいう。

「わたしは、明。未来から来たの」

 パパの死を止めるために、聞いて、ぼくは思った。

 ぼくにも未来があったんだ、と。

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