chapter 3.交差

3-1

 広々としているはずの室内はデスクがずらりと並び、壁際は資料や書類が詰まった棚で埋め尽くされていた。 


 そこは、研究所の一室である。


 デスクの上はパソコンの他に専門書が詰まれていたり、整理されて置かれていたりと座っている人間の性格がそれぞれの席に出ている。


 雨宮の席はその中でも一番整理されていた。パソコンの奥には専門書がラックで管理されており、五十音順できっちりと並んでいる。


 その机に、雨宮と三雲と、もう一人の男が集まっている。


 他の研究員は帰っており、三人以外は室内に誰もいない。


 百八十程はあるであろう背丈を縮こまらせ、申し訳なさそうに座る様は三人の中で一際いいであろう体格が形無しとなっている。


 鋭く強い視線を前に送る瞳、通った鼻筋と顔立ちは整っているのだが、強く結ばれた口元とどこか不満げな表情は気性の荒い子供を思わせる、そんな印象が先行する男である。


 先刻多々良と戦っていた、伊達であった。


 三雲と伊達はそれぞれ椅子に座り、パソコンのモニターに目を向けている。


 雨宮はデスクの上に座って、片手にカップアイスを保持したままもう一方の手でマウスを操作している。


 その光景に慣れているのか、男二人は『椅子に座れ』とも言わずに画面の方へ目を向けたまま微動だにしない。


「じゃ、映像流していくんで」


 マウスカーソルが、左ボタンをクリックすると同時に再生ボタンを押す。



 先程の金属音と蹴りの威力はこれが原因か、と多々良は伊達の姿を見つめながら思っていた。


 足先と前腕部、胸部にプロテクターは装着されているも、それ以外は骨組みの金属部が剥き出しのパワードスーツは、見るからに不完全な姿である。


 骨組みの部分には背部に設置されたバッテリーからエネルギーを供給するための配線が透明のパイプに保護された状態で巻き付けられている。


 いまだ室内をスモークグレネードの煙が薄っすらと包む中、二人は同時に動き出した。


 多々良は変わらず半身になり、今回は先程の威力を警戒してか右腕を前に突き出して構えている。


 伊達は腰を浅く落とし、手足を軽く開いた構えで向き合う。


 距離感を図るように、多々良は軽く前に突き出した腕を伸ばした状態で詰めていく。


 互いに拳を放てば当たる距離に入った瞬間、多々良が先に動いた。


 前に出していた右拳ではなく、体を半回転させつつ左のフックを腰を落とし脇腹へ突き刺すように放つ。


 伊達は即座に反応し、腰を上げ腕と脚を合わせる形で防御する。



「フェイントをかけてからの回転も速い、あの野郎は相当強いっす。さっきのフックもアーマーが無けりゃアレ一発で終わってたかもしれない、それほどの威力がありました」


 伊達はモニターに映る多々良の姿を見つつ口を開いた。


「パワードスーツに残ってたデータではパンチの威力はヘヴィ級のボクサー並み、問題はそこにあの硬い表皮が被さってる分、ダメージはそれじゃ済まないでしょうねって事です」


「それを耐えうる耐久性は備わっている。骨組みと腕のアーマーだけでこれなら期待できるな」


 映像を停止し、防いだ腕と脚を見ながら三雲と雨宮が言葉を交わす。


「当たり前っしょ、私が造ったんですから」


 不満そうに告げ、雨宮が再生ボタンを押す。



 防御されてすぐに、多々良は体を回転させ先程フックを放った腕で裏拳を繰り出す。


 片足を上げた状態であった伊達は後方へ跳び、回避する。


 空を切った拳を振りぬき、勢いそのままに横蹴りを放つ。


 伊達は足を地に着け、両腕で蹴り足を掴む。


 掴むと同時に、伊達の体は動いていた。多々良を背を向け、体を沈めていく。


 抵抗する間も無く、多々良の足先は肩に担がれていた。


 体を持ち上げながら、力任せに引っ張っていく。


 気づいた時には、多々良の体は前へ投げ飛ばされていた。


 一本背負いを、伊達は足を掴んで行ったのだ。


 地面に激突する直前、多々良は掌底をするように手を叩きつけ直撃を防ぐ。


 その動作を見る事無く、伊達は更に動き始めていた。


 掴んでいた脚の上を跨ぎ、足首を掴む。


 関節技――多々良も戦いの中で掴んで骨を折る等の場面は多々あったものの、己も相手も技として繰り出した例が無かった。


 明らかに今までの相手と違うタイプだと、多々良は驚きと共に感じていた。


「ちいっ」


 腰を落とされる前に、掴まれていない脚で伊達の足先を払う。


 倒れることは無かったが、体制を崩した瞬間に全身を回転させて掴まれている足首を無理やり引きはがす。


 仰向けになった状態で、後ずさる形で距離を取った。


 伊達が振り返り、前蹴りを放つ。


 地面を転がる形でそれを避け、多々良は窓側へ移動して立ち上がる。


 蹴りを出した足を地に着け、伊達は多々良の方へ回転して向き直す。


 勢いを乗せた一撃を叩きつけられる、伊達はそう思った時には動いていた。


 地面を蹴りつけ、前面へ軽く跳ぶ。


 その状態で体をほぼ水平に倒し、畳んでいた両足を多々良に向け伸ばす。


 ドロップキックは、綺麗に多々良の胸部へ直撃した。


 食らった勢い、より過剰に多々良の体は後方へ吹っ飛ぶ。


 手ごたえが無い――伊達が違和感を感じつつ受け身を取る頃には、多々良の体はガラスを割って外へはじき出されていた。


 多々良は伊達の一撃を受けると同時に後方へ跳ね、威力も削った上に外への脱出まで果たしたのであった。


 多々良は尻尾を壁に突き刺して、落下を止めビルの壁面を駆けあがっていく。


「……くそっ! 奴が逃げた、ヘリで追えるか!?」


 窓の外へ顔を出し、登っていく多々良の姿を視認する。


『こっちは被害者を保護している、無理は出来ないな……付近に待機している地上班に追わせる』


 ヘリにいる隊員からの返答に、悔しそうに窓枠を伊達が叩く。



「その後、地上班を向かわせるも補足出来ず。被害者は無事療養中」


 映像を停止し、雨宮が話し始める。


「私の成果を勝手に持ち出したのがお前って点を含めて本当に許せないけど、おかげで珍しい戦闘データが取れたのも事実なんだ。まあ、多少は認めてやる」


「雨宮が認めたとしても、お前の行動は到底許されない」


 三雲の冷たい声が、更に続ける。


「起動テストとして基地に運ばれてきた試作機を無断で持ち出し、あまつさえ戦闘に持ち込んだ。もしお前が試作機を壊していれば、対抗手段を失っていた可能性だってあった」


「まあ、そこまで頭が回る奴だとも思えませんがね」


「……それはそうだな」


 雨宮が口を挟むと、三雲は同調し頷いた。


「返す言葉も無いっす、今回は……」


 伊達が椅子に座て項垂れていると、三雲が肩を叩く。


「焦るのも分かるが、先走り過ぎるな。特殊犯罪対策課は、お前だけのチームじゃないんだ」


「……はい」


 雨宮はしおらしい伊達の姿をせせら笑うと、持っていた溶けかけのアイスを一掬いして口に運ぶ。


「んで、こいつの処罰はどうするんです?」


「しばらく謹慎だ。反省は、しないだろうから頭冷やして休んで来い。ただ、いつでも復帰出来るようにしておけ。お前の抜けた穴は一班や二班で埋めるわけにもいかないからな」


「了解です」


「よし、もう行っていいぞ。上には俺が報告しておく」


「はっ! 失礼します!」


 伊達は大げさなまでに姿勢を正し、一礼してから部屋を後にする。


「……現状、奴以外は試作機を稼働させて戦闘を行った人間はいない。あの四体目が出た場合、俺は迷わず奴を復帰させる」


 出て行く伊達の背を眺めつつ、三雲は目の前でアイスを食べる雨宮に告げる。


「だと思いました。ムカつくけどそれには賛成です、今回のデータも実際あると無いとで今後の動きが大幅に変わるレベルの功績です。調整もすぐに取り掛かりますよ」


「頼んだ」


「うーっす」


 軽い返事と共に、雨宮はようやく椅子に座りパソコンに向き合った。


 三雲は席を立ち、スマートフォンを操作して電話をかける。



「そうですか。それは致し方ありませんね」


 大きな黒い机を前に、獅子原は座っている椅子を揺らした。


 机の他は壁際に本棚、応接用のソファとテーブルのみが広々とした室内にポツンと置かれている。


 シンプルながら、必要なものは揃っている印象であった。


 獅子原はスマートフォンを片手に、残念そうに表情を歪めている。


『今後四体目が出た際、試作機による交戦経験があるアイツを即復帰させるつもりです。獅子原さんにはその辺りの手回しをご協力頂ければ、と』


「構いませんよ。伊達君には、これからの更なる活躍を私としても期待していますから」


 獅子原は塞がっていない側の手で、机の上にあるファイルを開く。


 捜査員らの経歴が詳細に記されたファイルを開き、伊達慶伍(ダテ ケイゴ)隊員のページで手を止める。

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