2-8

 突入する数分前、多々良はビル付近の電柱に掴まり、柴田の姿をガラス越しに確認していた。


 その周りには、すでに組員らの死体が倒れている。


「確認できた。間に合わなかった、みたいだ」


 歯を食いしばり、ジッと睨みつける。


『悔やんでる場合じゃねぇだろ、しっかりしろ』


 耳元のイヤホンから、武田の叱咤が聞こえる。


 多々良の視線が、室内の動きを追う。


 柴田の向かう先で、ソファの上で体を小さくして怯える福島の姿が見える。


「まだ一人生きてる……!」


 気づいた瞬間に、多々良の体は動いていた。


 熱を発しながら、電柱を蹴って勢いをつけて窓へ飛び込む。



「お前……!」


 立ち上がった多々良の体からは、まだ煙が発せられていた。


 柴田は剥き出しの歯を鳴らし、隙間から威嚇するように息を吐きだす。


 多々良はただゆっくりと、距離を取りつつレーンを離れる。


 足を動かす度に、地面に散乱したガラスが音を鳴らした。


「何なんだ、お前は……!」


 柴田の問いかけに、多々良は答えない。


 ジリジリと、距離が詰められていく。


「俺の……邪魔をするなら……」


 両者が正面から向かい合う形で、足を止める。


 均衡を先に崩したのは、柴田であった。


 銛を突き出し、真っすぐに突きを放つ。


 多々良は体を半回転させ、横へ避ける。


 利き腕側の半身を前にして、その態勢のまま拳を放つ。


 突撃したままの勢いを殺す事が出来ず、顔面へと叩き込まれ柴田が後方へ反る。


 反ったまま銛を横へ倒す形で多々良の方向へと振り、それを避けるために更に横へ移動したことで追撃を防いだ。


 多々良はレーンの方へと戻り、後ずさる。


 柴田は銛を押し出し、何度も突きを繰り出す。


 多々良は体を軽く逸らし、その場から動かずに避ける。


 何度か繰り返した後、突き出された先端の動きに合わせて柴田の元へ引かれる前に両手で掴む。


 力任せで体勢も無理やりだが、背負い投げに近い形で柴田ごと投げ飛ばした。


 柴田の体はレーンの奥へ数回跳ね、そのままピンへ激突する。


 勢いよくピンが全て倒れ、回収しようとした機械が背中に何度も当たっては引くを繰り返している。


 多々良は柴田の近くに落ちている銛を手に取り、真っ二つに折った。


 砕かれた部分から、銛は血の塊に戻り地面へボトボトと音を立てて零れ落ちる。


 目の前に広がる血だまりに舌打ちを一つし、柴田は立ち上がった。


 低く構え、強く地面を蹴りつけて多々良の横を抜けていく。


 素早く地面に転がる死体を一人掴み、投げつける。


 多々良が飛んでくる死体を振り払う前に、柴田が動く。


 ヒレ型の手は死体の腹を貫き、血と肉片をまき散らしつつ多々良へ進んでいく。


 胸元に直撃し、火花を散らす。


 手を抜き取り、すぐさま下がって再び死体を投げる。


 多々良は横へ避け、レーンから離れてボール・リターン側へ向かう。


 柴田は走る多々良へ向かって跳躍し、死体の山を越えて宙で回転しながら突撃していく。


 未だ移動途中の多々良は意表を突かれ、回避が間に合わず激突する。


 体を屈め回転していた柴田の背に生えた棘は、多々良の皮膚を削っていく。


 体勢を崩し、倒れてその場を少し滑る形で下がっていく。


 多々良はすぐさま立ち上がり、体制を立て直そうとする。


 柴田は好機を逃す事なく、ヒレ状の腕を鎌のように振り追撃を行う。


 多々良は横へ跳び、柴田は手で後を追う。


 猛攻を回避しつつ、多々良はボール・リターンの上から球を掴み、勢いよく振り上げる。


 左前腕部に直撃し、皮膚を砕き骨を折る。


「ぐうっ」


 咄嗟に腕を庇い下がるが、今度は多々良が追った。


 振り上げた右腕を更に跳ねのけ、顔面を球越しで殴りつける。


 二、三発殴りつけた所で球の全面がへこみ、後方へ下がる柴田へ投げつけた。


 右腕で球を払い、左腕を庇うように右半身を前に出す形で構える。


 多々良はここぞと前に出て、前蹴りを放つ。


 柴田は左に跳ね、伸びた脚を掴んだ。


 力を込めて投げ飛ばそうとするが、多々良は体を回転させ軸足側を跳ね上げて回し蹴りを繰り出す。


 左腕の再生がまだ完全ではない柴田は、防御出来ない頭部を守る為に掴んでいた脚を離し後ろへ跳んでかわす。


 未だ再生中の腕を忌々し気に見つめ、舌打ちをする。


 距離を詰める多々良の姿を見て、柴田が打って出る。


 跳躍し、体を丸め空中で回転しながら突撃する。


 先程は意表を突かれ受けた攻撃だったが、多々良は冷静に棘の当たらない範囲まで下がった。


 その動きは、柴田の狙い通りであった。


 着地と同時に地面を蹴りつけ、右腕を突き出し突進していく。


 掌からは銛が形成されている途中であった。


 先の攻撃に意識を向けさせて、無防備の顔面を貫く――二の矢を放つ事に成功した柴田は勝利を確信した。


 着地直後の多々良へ向かって、銛が一気に伸びる。


 しかし、その切っ先が顔面を貫くことは無かった。


 銛が当たる直前に、多々良が目の前から消えたのである。


 柴田が予想外の状況に驚いている中、がら空きの左側頭部を強烈な一撃が襲う。


 その攻撃が何によるものなのか――正体も分からずに、柴田の意識はそこで途絶えた。


 多々良は姿を消したわけでは無かった。銛が届く直前に全身を過剰なまでに振り回して回避し、その態勢から胴回し回転蹴りを放ったのである。


 相手に背を向けてから放つ隙の大きい技だが、左腕で防ぐことが出来ない事を先の回し蹴りで確認していた為、多々良は決め手として繰り出した。


 柴田の二の矢による突撃すら利用した、多々良の技が勝負を制した。


 回転蹴りの体勢から倒れるように地面へ近づく体を両腕で支え、後方へと跳んで地面へ両足で着地する。


 反撃を警戒しての行動だったが、柴田は倒れたままであった。


 息を整え、ゆっくりと柴田に近づいていく。


 横に立ち、尻尾を展開する。


 尻尾の先は以前の蜘蛛男に突き刺した拳と同様に赤く熱を発し、柴田の胸部へと埋まっていく。


 外皮は赤黒い液体へ変化し、再び熱を放ちながら徐々に人の姿へ戻る。


 抜き出した尻尾の先に、黒い物質が刺さっている。


『多々良! そっちにヘリが向かってる! 急いで逃げろ!』


 武田の通信が耳に入るも、既にヘリのホバリング音が窓を揺らしていた。


「逃げ切れない……緊急処置を使う。非常事態用の集合場所に待機していてくれ」


『お前――! くそっ!』


 通信が切れ、多々良は自分の腿へ黒い物体を当てる。


 当てた皮膚の部分が液状化し、肉体の中へ飲み込んでいく。


 もう一方の脚から、金属製の注射器を取り出す。


 カバーを外し、針を皮膚の隙間から首筋に打ち込む。


 痛みに小さく呻き、窓の方へ目をやる。


 ヘリから垂らされたワイヤーは風に揺れているが、隊員らが降下してくる気配は無い。


 まさか――と、多々良が思った直後であった。エレベーターが開き、スモークグレネードが投げ込まれる。


 破裂音と共に、煙が上がり即座に室内へ充満し始める。


 多々良の横を通り過ぎていく隊員らの足音だけが、彼らの気配を感じさせた。


「警察です。もう大丈夫です、我々が誘導しますので――」


 福島に向けての言葉が聞こえる中、多々良は別方向に意識を向けていた。


 明らかに他の隊員と違う、機械の駆動音が近づいてくる。


 音の主は福島ではなく、多々良へと向かってきていた。


 ダン、と強く地面を蹴った音がした。


 多々良は、音の主が跳躍したのだと即座に気づき、咄嗟に防御態勢を取る。


 柴田とは違うタイプの、鋭く重い一撃が多々良を襲う。


 構えていた腕に当たりダメージは少なく済んだが、その威力は多々良の力を込めて地面を踏みしめていた脚を後ずさりさせる程であった。

 

 福島の確保の為に窓を開けたのか、徐々に煙が晴れていく。


 多々良の前に、骨組みだけのパワードスーツを装着した隊員が姿を現した。


 互いの姿を確認した瞬間、両者が動いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る