2-7

「っしゃあ! ストライクぅ!」


 全て倒れたボウリングのピンが、マシンによって引き上げられていく。


 先刻、柴田と鷲尾が集まっていたボウリング場のビルに黒いスーツに身を包んだ組員達が集まっている。


 室内はライトも点灯し、あまつさえスピーカーからは流行りの激しいロックミュージックまで流れている。


「電気、まだ死んでなくて良かったっすね」


「ん? ああ、管理会社をウチの系列に変えるだけだからな。しばらくしたら再開するし、それまで試運転ってヤツで遊ばせてもらおうや」


「っすねー」


 スーツの男達は三十代前後が中心らしく、その中で一番若そうな金髪の男が軽い返事と共にボールを投げた。


 それと同時に、後方のボール・リターンにストライクを叩き出した球が返ってくる。


 ガターを出した男に他の黒服が野次を飛ばす様を、福島は冷めた目でソファに座ったまま眺めていた。


 視線を目の前にあるテーブル側に戻すと、まだ十代であろう青年達が向かいのソファに座ってボールを一心不乱に磨いている。


 どこの世界も、下っ端は大変なんだな――などと冷静に思っていると、青年らの横にがっしりとした体格がスーツの上からでも分かる、大柄な男が座った。


 歳は四十程で他の組員らより地位も上らしく、青年らは男が座ると同時に立ち上がり、その状態で球を磨き続けている。


 浅黒い肌と四角い顔の中心に寄ったパーツがゴリラの様な男で、福島へ大きな口の端を釣り上げて笑顔を見せた。


「すみませんね、お嬢さん。若いもんが騒がしくて」


 異様に白い歯と優しく掛けられた声が、福島を更に委縮させる。


「いえ……」


「我々もね、こんな形を取りたくなかったんですが……まあ、アイツが来ればすぐ済みますから。待ち時間にお嬢さんもどうです?」


 大柄の男はレーンの方を指差し、笑う。


「そんな気分でも無いんで……遠慮します」


「ん、そうですかあ……それは残念。では、お飲み物はどうです? 我々としても別に拘束しているつもりは無いんで、お気を楽にして欲しいんですよ」


 黒服に囲ませて、ほぼ無理やり脅して連れてきたくせに良く言うよ……と、福島は思いつつも、喉の渇きには勝てず首を縦に振った。


「おい、ガキ! お前人数分の飲みもん二人で買ってこい。あ、お嬢さんは何にしましょう?」


「あ、じゃあミネラルウォーターで……」


 高圧的な態度から即座に笑顔に変わる男に、福島は寒気を感じつつ答えるしかなかった。


 青年二人は『はい』と元気よく返事をし、エレベーターへ向かう。


 しかし、彼らがボタンを押す前にエレベーターは鈍い音と共に、上昇している。


「おい! 遊びは終わりだ。準備しろ」


 音に気付いた男の一声で、室内の空気が変わる。


 組員はすぐに福島の近くに寄り、それぞれ無造作に拳銃を取り出す。


「安全装置外して、しっかり弾もう一回確認しとけよ」


 全員が確認を終え、エレベーター側へ銃口を向ける。


 先程まで銃口の先にいた青年らは、すぐに組員らの端に寄って短刀を取り出す。


 男は彼らの後方に立ち、福島の方へ向き直って変わらぬ笑顔を見せる。


「ああ、ご心配なく。少し脅すだけなんで……すみませんね物騒な雰囲気出しちゃいまして。飲みもん、すぐ用意するんで」


 男が言い終わると同時くらいに、室内に流れていた音楽もこの場に似合わない軽快なポップスに切り替わる。


 あまりにも非現実的な状況に、福島は頷く事も無くただ体を強張らせて、ただ前を見つめていた。


 機械音が停止し、エレベーターが開く。


 ゆっくりと、扉から柴田が両手を挙げて現れる。


 怯えた表情で組員達を見回し、正面に向き直す。


「じゅ、銃を下ろしてくれよ。ちゃんと来たんだからさ」


 震えた声での懇願は、組員にも仕切っている男にも届かなかった。


 銃口は、向けられたままだ。


「ウチのモンはどうした、同行するはずだが」


 男は組員へ声を掛ける時以上に低く、凄みのある声で問う。


「あ、ああ……ションベンしてから来るってさっき言ってたよ」


「全く、あのバカ共が……アンタに話がある。こっちに来てくれ」


「そ、その前に! 美奈は無事なのか! それを確認させてくれ」


 男が声を掛けると、組員らは福島の姿を見せるために横へ移動する。


 柴田を見る福島の目には、呆れと恐怖が混じっていた。


「美奈! 大丈夫か!」


「平気……」


 福島の姿を見た柴田の表情は、安堵ではなく怒りに満ちていた。


 その目は、血走っている。


「大丈夫じゃあないだろ……! 憔悴しきってるじゃないか…」


「えっ?」


 明らかに様子のおかしい柴田の反応に、福島のみならず男達も困惑の色を隠せずにいた。


「おい、確認したんだからこっちに……」


「黙れ!!」


 手を下ろし、柴田は拳を握り鬼の形相で叫ぶ。


「お前ら……よくも美奈を……皆殺しだ……!」


 柴田の体を突如、熱の壁が覆いつくす。



 俺の体は燃えるように熱く、同時に全身が変化に合わせて激痛に襲われる。


 だが、いい気分だ。確実に自分の中にある力が溢れ出している。


 俺はこの力に選ばれたんだ。だからこそ、美奈を脅した奴らを……目の前のアイツらを……俺は、殺す!!

 


 熱の壁から見える柴田の全身を赤黒い液体が包み、姿が変わっていく。


 異様な光景にたじろぐ組員達の後方で、福島が絶句している。


「……撃て!!」


 男の怒号と共に、若い組員らが発砲する。


 しかし、柴田の体に届く事は無く、熱波に触れて弾丸は一瞬で消し炭へと変わっていく。


「ありえねぇ……何なんだ、ありゃあ……!」


 周囲の動揺をよそに、熱波は徐々に薄くなり、変貌した柴田が姿を現す。


 福島の部屋で変身した際とは違い、すでに片手は人型に変化している。  


「化け物が……!」


 柴田はゆっくりと、距離を詰めていく。


 恐怖を煽られ、対面している組員らの拳銃を持つ手が震えている。


 福島はその様子を見て、自分の置かれている状況を徐々に理解し始めていた。


「……撃ち続けろ!」


 組員の中心に男が並び、拳銃を構える。


 しかし、その指が引き金を引く事は無かった。


 男の顔が、柴田の投擲した銛型の武器に貫かれていたからだ。


 ゆっくりと倒れこんでいった男の体は、銛の先が床に刺さり、地面へ辿り着く事無く頭から血を垂れ流している。


 その姿を見た福島の叫びが、合図となった。



 ああ、今ならはっきり分かる。


 最初の変身―― 事務所の奴らを殺した時は全くコントロールも出来ずに、ただ力任せに引きちぎってるだけだった。


 だが、今は違う。俺は完全にこの力をモノにしたんだ!


 銃も効かない! 今までなら歯が立たなかったコイツらも、蹴散らせる!


 まるでスーパーマンだ! これは役じゃ無い、俺は! 選ばれたんだ!


 鷲尾、この力の使い方を教えてくれて感謝するぜ。


 この力は、最高だ!



 先程のポップスが終わり、また明るめのロックが流れ始める頃には、すべてが片付いてしまっていた。


 柴田は組員らをなぎ倒し、赤子の手をひねるように骨を折り銛を急所に突き立てる。


 ただそれを繰り返すだけで、その周りは死体の山が築かれていた。


「美奈……終わったよ」


 一仕事終えたと言わんばかりに息を吐き、柴田は座ったままの福島の方へ向き直る。


「どうよ、この姿!  まるでヒーローだろ? 力も強くなったし、こんな武器まで作れるんだぜ!? 最高の気分だよ……」


 両手を大きく広げ、気持ちよさそうに歩く柴田に対して、福島は小さく悲鳴を上げた。


「こ、来ないで……」


「何だよ? 怖がることはないぜ、全部終わったんだから」


「来ないで! 化け物!」


 福島が振り絞った悲鳴に、柴田は足を止める。


「お、おいおい……何だよその言いぐさは。俺はお前を助けに来て……ちゃんとその通りになったろ!?」


 ノイズの走った叫び声を上げ、唸る。


 銛を握った手が震えている。


「何だよ……俺は選ばれたんだぞ! その素晴らしさを分からないなら……お前も……!」


 腕を振り上げた瞬間であった。


 後方のガラスが割れ、突入してきた『誰か』が転がる。


 その音に反応し、柴田は振り返る。


 レーンの方へ侵入した後、立ち上がった姿に見覚えがあった。


 骸骨の様な男――多々良が柴田と向き合っていた。


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