2-6
鷲尾と別れてから、俺は食材を買い込んで美奈の家に向かった。
スーパーで買い物するだけでも、いつ奴らが現れるかを気にしつつ動かなければならない。
想像以上に厄介な事に巻き込まれてしまったと、今更ながら気づき始めた。
別れる時も金の問題に巻き込んで、迷惑を掛けた美奈にまた世話になってしまった。
今回の問題は確実に巻き込んじゃいけない。俺が今どれだけ力を持っていたとしてもだ。
せめて事態が終わり出て行くまで、何か役に立てれば――
変わっていないはずの鍵を回してすぐ、柴田は違和感を感じた。
あまりにも反応が軽く、閉め忘れた覚えもない。
柴田はドアの後ろへ姿を隠し、ゆっくりと開けていく。
「入って来いよ。別に撃とうって訳じゃあない」
中からの声に応え、柴田が中を覗き込む。
廊下の先に、ソファに座った男が見える。
昨夜、逃げ延びた男であった。
「あんた、昨日の事務所にいた……」
柴田は中へと入り、玄関に立つ。
「そうだ。昨日とは、今は逆の位置だな」
男はドアを閉める際もこちらを見続ける柴田を、ただ眺めていた。
「美奈はどこなんだ」
「いいから、靴脱いで入って来てくれよ」
ドアを閉め、靴を脱ぐ。その間も柴田は警戒を解く事なく前を見て進む。
廊下を少し歩いた所で、洗面所とキッチンの影から手が伸びてくる。
手には銃が握られており、柴田の左右のこめかみに突きつけられる。
ソファの男含め、室内には似たような服装と背格好をした男達と自分以外はいない事を、柴田は確認した。
「それで止められるとは思わないが、今は人質もいるんでな。大人しく話を聞いて貰えると助かるよ」
「止まるよ。話を聞けば、美奈の居場所を教えてくれるか」
「俺達に協力してくれるならな」
柴田は小さく頷く。
その動作を確認して、座ったまま男が話し始める。
「昨日の事を上に伝えたら、興味を持ったんだ。アンタの力は信じられないが本物だからな、それは俺も体感してるし」
「……待った。聞きたいことがある」
柴田が割って入り、神妙な面持ちで口を開く。
「昨日の……アレは、俺がやったのか」
男は言葉が理解できないという呆けた表情で、柴田を見ている。
「何言ってんだ? 全部アンタがやっただろ。激しい音がして、中に入ったらあの惨状だ。アンタは煙を上げてフラフラしてたんで、情けないが隙を見て俺は逃げさせて頂いたけどよ」
話が終わる前に、柴田がその場に座り込む。
左右に立っていた二人が反応し、銃口を逃さず頭部に向ける。
「そうか……奴は俺を気遣って嘘を、言ったんだな」
柴田は項垂れ、すすり泣き始める。
予想外の反応に、左右の二人は困惑し少し後方へ下がっていく。
「……銃は向けとけ」
ソファの男の指示に反応し、構えは解かずに向け続ける。
「すまない……!! 俺は、なんて事を……本当にすまない……!」
泣き叫びながら額を床に擦り付ける柴田の姿を、男らは気まずそうに眺めている。
「謝って許してもらえるとは思わないが……話を聞くよ! だから、だから美奈を……返してくれ!」
「……今すぐは返せねぇよ。さっきも言ったろ? 俺達に協力してくれれば、悪いようにはならない」
「する! 協力するよ! 今でもいい! 何をすればいい!?」
柴田は顔を上げ、まだ涙を流しつつ前を向く。
昨夜の事を忘れて男が苦笑してしまうほど、必死な姿であった。
「これから俺達と一緒に来てもらう。詳しい話はそこでだ」
「わ、分かった。分かったから一つだけ頼ませてくれ。美奈が無事か、声を聴きたいんだ。頼む!」
再び頭を下げる柴田を見て、男はスマートフォンを操作し誰かと通話を始める。
「――あ、すみません。柴田が人質の声を聴きたいそうです。代われますか? お願いします」
少し間を開け、うっすらと福島の声が聞こえる。
「美奈!! 大丈夫か!!」
柴田が顔を上げ、声を張り上げる。
舞台上で演技をするかのような叫びは、男達の鼓膜を震わせた。
「うるっせ……! 黙ってろ!」
「お前ら美奈に何もしてないだろうな! おい!」
男の忠告も無視して、柴田は叫び続ける。
「くそっ……今代わってやるよ!」
男はスマートフォンを投げつけ、柴田は慌てつつも何とかキャッチし、耳に当てる。
「美奈! 無事か!?」
『……無事。別に何もされてない』
焦る柴田とは対照的に、福島の声は冷静であった。
「ごめん、こんな事になって……」
福島のため息の後ろで、うっすらと何かがぶつかる音が聞こえる。
拉致した男達の笑い声が、遠くで反響している。
『謝んなくていいから、早いとこ話付けに来てよ……』
全てを聞かされてはいないらしく、至って冷静に呆れかえっている声が聞こえてくる。
「ああ、分かった。すぐ行くよ」
柴田が通話を終え、ゆっくり立ち上がる。
「話は終わったか? それじゃあ一緒に来て――」
男は言葉を言う前に、異変に気付いた。
目の前が真っ赤になり、熱波が全身を襲う。
柴田の全身が、燃えている。
「なっ……」
左右にいた男達も熱波を受けて後ろへ吹き飛ばされるも、慌てて立ち上がり銃を向ける。
引き金を引く前に、男達の体からは血が噴き出す。
柴田の全身を包む炎の中から、ヒレ状の大きな手が飛び出ている。
手の先は男達の胸元から肩口まで切り裂いて、血で濡れていた。
二人の男が、後ろへ倒れる。
柴田を包む熱の壁は消え去り、その姿は異形へ変化していた。
「……お、おい! 今俺を殺したら女の居場所は分かんねぇぞ!?」
ソファから立ち上がる事も出来ず、男は悲鳴に似た声を上げる。
その言葉を意に介する事なく、柴田は腕を眺めていた。
指先が音を立てながら、縮んでいく。
ヒレ状の手は人に近い形状へと変化し、感覚を掴む様に指を動かす。
「へぇ、ある程度自由に変わるみたいだな」
その場に最早自分しかいないかの如く、感嘆の声を上げている。
「おい……おい!! 聞こえてんのか!」
男は何とか声を張り上げるが、柴田の視線が向くと体が固まってしまう。
そんな姿を見て、柴田は嘲笑の笑い声をあげた。
「アンタに聞かなくても、もう場所は分かった。だから、もういい」
その言葉を聞くと同時に、男は激しい痛みを胸に感じる。
自分の体を貫いたのが柴田の投げた槍状の武器だと気づく事は無く、男の意識はそこで途切れた。
項垂れる男の姿をしばらく眺め、近づいていく。
突き刺さった槍を引き抜くと、先端は魚の尾を模した形をしている。
「ははっ、いいデザインじゃん」
煙を放ちつつ、肉体は元に戻っていく。
――さて、待ち合わせの場所に向かわなきゃな。
「多々良、奴らが動いた。おそらく犯人に動きがあったんだろう」
多々良は高校から少し離れた、オフィス街にあるビルの屋上に立っていた。
下を見下ろすと、バイクを停めスマートフォンを見ている武田が見える。
『了解。着替えの準備が出来てないから、このまま行くよ』
武田のスマートフォンには希望島の地図がノイズ交じりで映っており、赤いマークが移動を始めている。
「制服で? 気を付けろよ……万が一変身が解けて姿を晒せば、何もかも終わりだからな」
『分かってる。ルートを教えてくれ』
本当かよ――と放ちかけた言葉を飲み込み、武田はマークの動きを追った。
指令室はオペレーターの報告と、それに応答する通信先の音声が飛び交っている。
「三雲隊長と調査班は現在急行中、指令車からモニターで戦況を確認して指示をする形になります」
『今現場から移動中だ。反応からして昨夜の逃した相手だろうが、今回は暴力団の関与もある。場合によってはそちらとの衝突も覚悟しておいてくれ』
『了解』
三雲の発信に、突撃部隊の面々が一斉に返事をする。
「突撃部隊の皆さんは二分程で到着予定、現場確認の後突入をお願いします」
壁面のパネルには波形の発生場所が地図上で立体的に拡大され、ヘリであろう赤いマークが移動している。
発生地から少々離れた場所で、指令車と呼ばれた三雲の乗る車両の青いマークも動いている。
「ねえ! 伊達はどこ!」
雨宮が室内に入って来るなり、叫ぶ。
「伊達さんでしたらもう出動済みです。どうされましたか?」
オペレーターがぐんぐんと距離を詰め寄る雨宮へ冷静に答えた。
「あのバカ、私が作ってる試作品持ち出しやがった! ちょっとごめん」
オペレーターの手元にあるマイクをオンにし、顔を近づける。
「伊達! お前マジでいい加減にしろよ! それはまだ試作品なんだよ!」
『試作品だからって動かない訳じゃない、動作は確認済みだぞ』
若い男の声であった。どことなく面倒そうに返答している。
「そういう問題じゃないんだよ!」
『動くなら使う! 四の五の言う前に奴らに効くのか、効かないのか確かめられりゃ問題ないだろ! 実地試験だよ!』
雨宮がこの世で最も大きいと思えるほどのため息を吐き、マイクをオフにした。
「実地試験を許可、その代わり壊したら許さんとだけ伝えて。馬鹿過ぎて喋る気にもならん」
「は、はあ……」
雨宮が項垂れる横で、ノイズ交じりに発信が聞こえる。
『三班、現地到着。これより攻撃に移る』
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