18
肉体の変化に際して生じる熱波を互いに放ちながら、ビルからビルへと飛び移り続けていた。
多々良は武田から得たルートへ、工藤をうまく誘導しつつ移動する。
掴み合いを繰り返し、埠頭へ辿り着く。
いくつもの倉庫が並び、遠くにはコンテナも見える。
倉庫の屋根に着地した二人は、異形の姿で対峙する。
多々良が距離を詰める前に、工藤は方向転換し別の倉庫へ飛び移る。
振り向き、不快な笑い後を上げ背中の脚を地面に突き刺し、裂く。
落下していく工藤を追い、多々良が裂かれた穴から侵入していく。
それが罠だと気づいたのは、落下し始めた瞬間であった。
倉庫内全体に張り巡らされた糸が、巨大な巣となっている。
逃れられる訳もなく、しっかり中心の糸へ落ちていく。
「ざまあないな!」
工藤が唸る。
もがく多々良に、糸が更に絡まっていく。
「君が人を避けてこの場所を選ぶって事は、なんとなく分かってたよ。でもまさか仕掛けておいた罠にここまで綺麗に嵌ってくれるとはな……嬉しいよ」
くっくっと喉を鳴らしつつ、糸の間を自在に工藤が這っている。
多々良は動くことをやめ、接近してくる工藤に視線を向けた。
「君はここで待ってなよ。俺は作品を作るのに忙しいんだ」
「……何が作品だ。殺人に美的な物など無い」
吐き捨てる様に呟いた言葉を聞き、工藤が素早く多々良の目の前まで移動する。
「何だと?」
「もう一度言おうか? 人を殺すのに美しいもクソも――」
全て言い切る前に、多々良の顔面へ拳が叩き込まれる。
「全く、君は美術というものを本当に知らないんだな。愚か極まりない!」
更に一発。
「粋がった割に、やられっぱなしとは悲しいね。何も分かってない君に構っている暇は無いんで、行かせてもらうよ」
工藤が背を向け、屋根の穴へ向かっていく。
「作品にする前に、ここに死体を連れてきてやるよ。美しい物が何か理解してもらってから、お前を殺す」
「……それで、話は終わりか」
多々良の言葉に反応する前に、激痛が工藤を襲った。
肩を、鋭く白い何かが貫通している。
多々良から伸びた細い骨が、鎖状に連なり工藤を捉えたのだ。
骨は肩を貫いたまま、横へと薙ぐ。
工藤の体はぐい、と揺れそのまま地面へと糸を絡ませながら落下していく。
多々良自身も骨を操り、周囲の糸を切り裂き脱出している。
「残念だが、お前の作品は完成しない」
尾てい骨部分から伸びていた骨は、巣を切り刻んでいく。
切れた糸が垂れ下がっていく中、立ち上がろうとしている工藤と距離を詰める。
「俺が、ここでお前を倒す」
埠頭の入り口に、武田が乗ったスクーターが滑り込む。
トランシーバーを手に、警察無線を聞き周囲を確認している。
『希望島太平洋側埠頭にて爆発音ありとの報告。付近の車両は至急現場へ急行してください』
続々と了解の返事が返ってきている。
「時間がねぇぞ、多々良……!」
時間がない事は、多々良自身が一番理解していた。
周囲に垂れた糸は、巣が崩壊しても残っている。大きく動けば糸が絡まり、不利になることは目に見えている。
立ち上がった工藤を前に、多々良は利き手である右手を前に出し構えた。
工藤が構える前に、多々良が仕掛ける。
前に出ると同時に縦拳を出し、体重を後から乗せていく。
工藤が軽くのけ反って避けたのを逃がす事なく、振りぬいた勢いで腰を捻って
左拳を放つ。
避けられた左腕を突き出し、肘打ちを放つ。
工藤が腕を上げ防ぎ、その上に多々良が更に右肘を振り下ろす。
力づくで腕を下げ、がら空きの胸に掌底を打ち込もうとするが、工藤は背の脚で防御した。
多々良が舌打ちするのが先か、蜘蛛の脚が手を弾き胸部を突くのが先か、多々良の体は後方へ吹き飛ばされる。
壁に激突した多々良へ工藤が追撃の糸を放つ。
糸の弾丸は何発も撃ち込まれ、多々良の硬化した皮膚を削り火花を散らす。
多々良の体が前のめりに倒れ始め、工藤は地面を強く蹴り接近する。
それが罠だと気づいたのは、膝が眼前に迫った時であった。
倒れる動作から膝を折り、その状態から飛び膝蹴りで迎撃したのだ。
直撃した顔面が後方へ跳ね、そのまま倒れていく。
工藤の体を飛び越えた多々良は、着地と同時に再び跳びあがり後方で倒れた工藤の体をまたぐ形で立つ。
その姿勢から体を下ろし、背に生えた蜘蛛の脚を掴み容赦なく引きちぎる。
脚は血の塊へと戻り、地面と多々良の手に跡を残す。
工藤は悲鳴を上げながら、多々良の背を蹴り自身の体から離す。
互いに体制を立て直し、また向き合った。
『非常事態発生、作業中の皆様は焦らずに避難を開始して下さい。非常事態発生――』
休日で、ほとんど人気のない埠頭内に警告の音声が鳴り響く。
作業をしていた何人かが外に出て、困惑しつつも離れていく。
武田がスクーターを翻し、埠頭を離れていく。
音声がうっすらと聞こえてくる中、多々良が先に動く。
「かああっ」
息を吐き、連動させる形で腰を低く落としていく。
両腕を畳み、右腕は後方へ下げている。
表皮の隙間から見える筋繊維部分が放熱し、炎が揺らぎ始める。
確実に今までとは比べ物にならない、強烈な一撃を予感させたその姿を前に、工藤は地面を蹴り跳んだ。
天井から垂れている、切断された糸を掴み揺らす。
ツタからツタへと飛び移るサルの如く、工藤は移動を繰り返した。
警戒を解くことなく、多々良は擦り足でゆっくりと中央に移動していく。
どの方向から攻撃が飛んできても、すぐに対応できる位置を選択する抜け目のなさは、工藤を苛つかせた。
次の一手を、工藤は糸を固めて作り上げていく。
細長い、槍のような糸を手に多々良の頭上にぶら下がる巣の残骸に掴まる。
狙いを定め、槍を手にしたまま落下していく。
猛スピードで多々良の頭頂部へ突き立てられる為に伸びていく槍は、目指すものでは無く地面のコンクリートにヒビを走らせた。
微かな落下時の音と、自身への殺気にも似た気配を感じ取り、多々良は炎を巻き込みつつ体を回転させ間一髪の所でかわしたのだ。
遅れて降りてくる工藤が体制を立て直す前に、多々良が動いた。
後方に畳んでいた右腕を突き上げると同時に、上体を起こしていく。
燃え上がる炎が連動して噴射し、多々良の全身が一気に立ち上がる。
更に勢いを増した拳は、工藤の胸部へと打ち込まれる。
ガードすら許さず、中心に叩きつけられた一撃は工藤の体を大きく揺らし、のけ反らせた。
ガクン、と項垂れた工藤の体は多々良の拳の上で静止する。
しばしの静寂の後、その体がずるりと落ちて床に仰向けで倒れこむ。
「しいっ」
短く息を吐き、多々良が体制を立て直して工藤の横へ移動する。
工藤の頭部を見下ろし、片足を上げる。
そのまま躊躇うことなく、多々良はその頭を踏み砕いた。
赤黒い血と共に脳漿が飛び散る。
――その一連のイメージを見た多々良が、ハッとして後ずさる。
工藤の頭は潰れておらず、未だ倒れたままでいる。
小さく安堵の息を吐き、もう一度近づき膝をつく。
全身の炎が右腕に収束し、拳に熱が籠っていく。
工藤の硬化した皮膚が割れた、胸部の中心へ拳を差し込んでいく。
出血も無く、肉体の中へただ入っていく。異様な光景であった。
工藤の肉体が変化し、皮膚は赤黒い液体へと戻っていく。
液体は多々良の拳へ集まり、工藤の体が変化していく。
拳を抜くと同時に、工藤の体は完全に人の姿へと変化した。
外傷とシャツの破損が見えるが、普段通りの姿である。
多々良の手には、黒い小さな棒状の物質が握られている。
確認した後、力を入れ握りつぶす。
潰した拳から腕に、赤黒い電流が走る。
電流が消えると同時に多々良の全身も変化を始め、液体は体の中へ溶け込む様にして人としての姿を形成していく。
多々良のシャツも所々破れ、傷跡が見えている。
ズボンのポケットからスマートフォンを取り出し、慣れた手つきで武田へと連絡を入れる。
『終わったか?』
「ああ。とりあえずは」
『急げよ。もうヘリがそっちに行ったぞ』
多々良がその場で数回飛び、体を揺らす。
「何とか飛べそうだよ。すぐに離脱する」
通話を終えて、低く屈んで勢いよく地面を蹴りつけ、跳躍する。
軽々と屋根の穴を飛び越え、外へ出た多々良はフェイスマスクをポケットから取り出し被る。
警告音が鳴り響く中、うっすらと聞こえ始めたヘリの音を聞き、屋根から屋根へ駆け抜けていく。
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