16

 全てを聴き終えた三雲が、無言でボイスレコーダーを憲次へ返す。 


「で、どう思う」


「正直、驚いているとしか。ここまで会話が出来ると思ってませんでしたから」


 三雲は表情を変えず、淡々と告げる。


「そのお陰で情報は手に入った。ま、悪くない結果だな」


 軽い返事を返す憲次に対し、三雲は苛立ちを隠せない。


「情報は正しいとしても、信用するのは危険です。向かいながら話しましょう」


 二人がベンチを立ち改札を抜けていく。


 駅を出てすぐ、商店街が遠くまで続いている。


 穏やかな雰囲気の中へ、穏やかじゃない二人は進んでいく。


「我々も、奴らについては未だ解明出来ていない部分が多すぎる。意思疎通に関しては特にです」


「元々人間だって話だろ、会話が出来ると考えるのが普通じゃないか?」


「その考えが甘い、という事です。肉体の変化に合わせて精神にも何らかの作用が働いている可能性が高い……事件の事を知っていれば、良くご存じかと」


 蜘蛛の糸が広がる、異様な現場が憲次の脳裏をよぎる。


「新種の薬物ってのが怪しいのは、そういう事か」


「だからこそ、意思疎通が出来るだけで信頼するのは早すぎます」


「そりゃあ、話を全部信じられる訳じゃあ無いが」


 歯切れの悪い返答に、三雲があからさまに苛ついた表情をする。


 それを察して、憲次がため息をつく。


「そんな分かりやすく怒るなよ。アイツの出方を見たい理由はちゃんとある」


「勘、なんて言わないで下さいよ」


「言うかよ。さっきの音声にも少し出てたが、あいつは俺に会いに来た時と戦ってる時でえらくサイズが違った。あの見た目からして、奴も犯人と同い年か下か……といった感じだな」


「……十代、という事ですか?」


 三雲が驚きを含んだ声を上げる。


「俺も驚いたよ。ただのガキの争い……って訳では無いだろうが、俺やお前を欺けるほどあいつに狡猾さは感じない」


「演技の可能性もあります」


「お前も聞いたろ? あいつがそんな頭回る奴だと思うか?」


 三雲は返答に詰まった。音声の返答からも、その事は十分に感じていた。


「そういう点も踏まえて、だ。奴が約束を守るか見てやろうと思ってる……まあ、お前らに手出しするなとは言うつもりも無いけどな」


「……悪い大人ですね、つくづく」


「うるせえよ。あのガキだけに任せっきりで犠牲者が先に出るなんて、ありえねぇからな」


 憲次の表情が途端に険しくなる。三雲は懐かしさを感じたのか、薄く笑みを作った。


「……我々の遭遇してきた化け物は、会話など出来る理性を感じない存在でした。そこに現れたのが奴です」


 骸骨男の存在は、三雲らにとっても予想外であった。


 怪物同士で戦い、倒せば去る。三雲達隊員を襲う事は無く、その行動は更に困惑を呼んでいた。


「ただでさえ解明できていない事だらけなのに、奴に関しては謎が多すぎる。憲次さんのおかげでそれが増えました」


 三雲が先ほど渡されたファイルを手に持つ。


 『謎』を持ってきた憲次は、わざわざ見せつけるその姿に苦笑した。


「でも、謎を解明するのは奴らを殺す為です。脅威であることに変わりはなく、信用することは出来ません」


「……奴があの犯人を倒して持ってきてもか」


「当然です。利用できるなら利用する、それだけですよ」


 冷静な口調で、ただ真っすぐ目的地を見据える三雲の横で憲次は軽口も叩けず口を噤んだ。


 商店街を抜け、閑散とした住宅街へ進んでいく。


 どの邸宅も手入れが整っており、憲次は数駅先の歓楽街と様子が違い過ぎる風景を少々居心地悪そうに眺めた。


「ここです」


 三雲が足を止め、指さす。


 庭付きの、洋風の邸宅はまるで映画のセットのような美しさであった。


「へぇ、デカい家だねぇ」


 見上げつつ、憲次が感嘆の声を上げる。


「中に人がいない事は確認済みです。鍵はこちらに」


 三雲は手袋をはめ、ポケットに入れていたケースから鍵を取り出す。


「おいおい、お前ら許可なしにそんな事も出来んの」


 無人の一般宅へ令状もなしに乗り込む。普通の捜査では考えられない暴挙すら、三雲らの捜査班はたやすく行っている。


 憲次はその事実を知っても、驚きより納得に近い感情が上回り始めていた。


「羨ましいね、俺もその組織に入れてくれよ」


「憲次さん……」


 三雲が呆れ果てたという声を出して憲次を睨みつける。


「冗談だよ。相変わらず通じねぇな、お前は」


「今までで一番笑えませんでしたよ。行きましょう」


「悪かったよ、行くか」


 憲次は少し前に出て、三雲へ手を差し出す。


 その意図に気づいて、鍵を隠すようにして握りしめ門を開けて扉へ向かう。


 憲次は落胆のため息を吐き、後方をついていく。


 三雲が鍵を差し込み、回す。


「ここから何が出てくるか、お前らと奴の情報が正しいのか……しっかり確かめようぜ」


 憲次の呟きと同時に、扉は開かれた。



 一角のみ騒がしかったカフェの中が、更に騒がしくなったのは十五時を過ぎた頃だった。


「ここ、すっごいデカいパフェ食べれるんだよ!」


 店長が挨拶をする前に、井出が相変わらず大きな声で話しつつドアを開ける。


「お前声がでけぇんだよ……静かに入れよな」


 武田が呆れつつ、扉を抑えて多々良を迎え入れる。


「まあまあ……すみません、三名なんですが」


「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」


 店長がにこやかに対応する中、工藤は多々良を見据えていた。


 視線に気づいた多々良は、普段通りの笑顔を向ける。


「あれ? 二見先輩!」


 真野が席を決める前に、絵里の方へ歩いていく。


「真野さん?」


 名前を呼ばれただけで、その場を跳ねそうな勢いで喜んでいる。


 小夏らが不思議そうに見ているのに気づき、井出が立ち上がり真野の頭を掴む。


「ああ、こいつは私らの後輩です! 小学生みたいっしょ」


「ガキ扱いしないでください!」


 頭を振って井出の手を払おうとしている姿は、まさしく子供であった。


「可愛らしいですね。うちの姉も負けてませんけど?」


「そんなとこで張り合うな!」


 小夏がすかさず抗議を挟む。


 怒りながらパフェを食い、フォークを噛んで睨む姿は、こちらも子供である。


「おい、真野! 適当に頼んどくぞ」


 入口すぐの席に座った武田が、真野へ声を掛ける。


「パフェとコーラ!」


「マジで小学生かよ」


「僕はカフェオレで頼むよ」


 多々良が鞄を置いて、席を立つ。


「おい、お前は自分で言えよ」


「絵を見たいんだ。ごめん」


「……ったく、お前ら変なの来ても文句言うなよ」


 文句を言いつつ、武田はメニューを手に自身の注文を考え始めた。


「お。メガネ君じゃん! 何時間ぶり?」

 

 井出が真野の頭から手を離して、多々良に振る。


「三時間くらいですかね……って、その呼び方やめてくださいって」


 困惑の視線を横に流すと、絵里と目が合った。


 多々良と絵里は軽く会釈し、何かを思い出した絵里が鞄からポストカードを取り出す。


「メガネ君、これで場所覚えたの?」


「あ、そうです」


 最早あだ名にツッコミすら入れず、返答した。


「えっ、絵里に見せてもらって覚えたの? ストーカーじゃん」


「怖っ」


 井出と真野が大げさに口を押さえて後ずさる。


「ち、違いますよ! 絵が気になったんです!」


「派手だ、とか言ってなかった?」


「それ含めて気になったんですよ。絵画を見に行くタイミングなんて僕は中々無いですから」


 多々良は苦笑しつつ、飾られた絵を眺めに行く。


 工藤はゆっくりと多々良の方へ向かい、横に立つ。


「こんにちは。よく眠れた?」


「いえ、そんなに。いい絵ですね」

 

 二人の前には、紅葉を描いた作品が飾られている。


 鮮やかな紅色のカンバスの前、互いを見ることなく二人の男は並んでいる。


「君に言われても嬉しくは無いな」


 工藤の言葉に反応し、多々良は少し声を上げて笑った。


「手痛いなあ……じゃ、本題だけお伝えしますね。僕は今日終わらせるつもりです」


 初めて二人が互いの方を向く。


 工藤は強い怒りを視線に混ぜているが、多々良は笑みを変えず浮かべている。


 気味が悪いまで変わらない態度に、工藤は苛つきを隠せなかった。


「そう怒らないでください。どうなるかは、貴方の動きによりますから」


「……言ってくれるね」


「お伝えしたいことはそれだけです。しばらくはここでゆっくりさせて頂きますね」


 多々良はそれだけ言い残すと、絵里達の席に改めて挨拶に向かった。


 先程の会話を一切感じさせないその姿に、工藤は恐怖すら感じた。


 先手を打たなければならない――今はっきりと頭に浮かぶものは、それだけであった。


 工藤と多々良は互いに視線を交わすことなく、ただ時間だけが過ぎていった。

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