15

 ショッピングモールの三階に、シアターはある。


 シアタースペースの前に広がる通路は中心が吹き抜けで、下の階を見下ろしながら歩くことが出来る。


 多々良は人々が行きかう姿を足を止め、手すりに寄りかかり眺めている。


 しばらくジッと見つめた後、不意に鞄から先ほどのDVDケースを取り出す。


 女性の死体が腹から血を流している横で、小太りの男が立っている場面が大きく映っているジャケットは、妙に鮮やかである。


 ケースを開くがDVDは入っておらず、中にはコンパクトPCが入っていた。


 多々良は意に介せず、同梱されたケーブルでスマートフォンと接続し画面を開く。


 フォルダーを開き、ファイルを確認していく。

 

 一枚目は希望島の全景、更に開くと拡大された一角にマーカーがひかれた画像がいくつも用意されている。


 海浜公園駅周辺や湾岸地区、昨夜の工場地帯の地図も用意されている。


 マーカーと共にメモ書きもあり、どれもかなり正確なものであった。


『自宅付近から離れた並木道、人通りは少なく襲撃に最適か。木々を移動してのルート別ファイルにて説明アリ』


 並木道が行き着く先として印を付けられている場所は、絵里の家である。


 ルートを確認するように、多々良はゆっくりと指でなぞった。


「よく纏まってんだろ」


 武田が横に並ぶ。


「うん。いつも助かるよ」


「感謝しろよ、結構時間かかったんだ」


「ああ、もちろん。感謝ついでにお願いがあるんだけど」


「何だよ」


「寄りたい所があるんだ、まだ時間はあるから」



 絵里はブラックコーヒーに砂糖を二杯入れつつ、壁に並ぶ絵を眺めている。


 店内は絵里たちと小夏らの二組のみになり、工藤はエプロンを脱いで小夏たちの席で談笑している。


 店内に流れる穏やかなBGMも相まって、ゆったりとした時間が流れていた。


 そんな中、井出は大きな口を開けて慌ただしくパフェを食べている。


 同様に小夏も食べ進めているが、絵を描く側でもある為井出と違って時折作品についても質問をし、工藤はそれに答えていた。


「絵里は食べないの?」


 井出がパフェを食べ終え、カフェオレを一口飲み尋ねる。


「ん……これ飲んでから、かな」


 周囲を少し確認し、絵里が答える。


「気を遣わなくてもいいよ。今頼めばすぐ出せるし」


 工藤が気づき、席を立ってカウンターへ伝票を取りに行く。


「そう? じゃあ、頼もうかな」


「了解」


 伝票を手に戻ってきた工藤に、絵里より先に井出が手を挙げる。


「ごめん、あたしフレンチトースト一つ」


「お前まだ食うのかよ!」


「まだまだ入るね!」


 そう言いながら更にメニュー表へ目を落とす。


「胃袋どうなってんだよ」


「じゃあ、私もパフェ食べようかな」


 絵里が井出の持つメニュー表を覗き込みつつ、工藤に告げる。


「了解」


 伝票に二人の注文を記し、店主の元へ向かう。その途中で、夏生が袖を掴み引き止める。


「工藤君、あの方達は?」


 夏生が絵里達へ視線を向ける。


「ああ、同級生だよ。小学校が一緒だったんだ」


「へえ」


「あ、この際だから昔の話とか聞かせて貰おうよ」


 小夏がパフェを完食し、伸びをしながら提案する。


 夏生も乗り気らしく、身を乗り出す。


「何でそうなるんだよ」


「いいっすよ!」


 井出が振り向いて、満面の笑みで答える。


「何で即答なんだよ」


「ドッジボールで顔面当てて泣かせた話からする?」


 以外にも絵里が表情も変えずに乗って来る。


「二見さんまで!? 勘弁してよ……」


 工藤が驚きながら苦笑している。



 記者と別れ、外へ出るころには陽が落ち始めていた。


 情報の交換や現状の報告などをダラダラとして、予想より時間を潰せていた。


 憲次は駅へ向かい、再び本土側へと電車に乗り移動する。


 本土と希望島を繋ぐ橋に近い、後導駅に降り立つ。


 休日の夕方でありながら人は少なく、静かな駅であった。


 改札側へ歩いていくと、三雲がホーム内のベンチに座り、待っている。


「よう」


 手を挙げ、軽く挨拶をしながら近づく。


 三雲の表情は険しい。


「情報、誰から頂いたんです?」


「焦んなよ……ちゃんと話してやる」


 三雲の真横に座り、鞄を漁り始める。


「これ、貰ったんだよ」


 数枚の資料が挟まれた、クリアファイルを取り出す。


 三雲は無言で受け取り、中の資料を軽く眺めて息を呑む。


「お前の反応を見るに、マジでガセじゃないんだな」


「……これ、誰が」


 資料を返し、いまだ信じられないという目で憲次に問う。


「昨日、骸骨みたいなのいたろ。あいつが俺に託したんだ」


 憲次は鞄からボイスレコーダーを取り出し、また手渡す。


 三雲は再生ボタンを押し、耳元に当てた。



 異形同士の戦いから一時間ほどが経とうとしていた頃、憲次は新条駅を降りゆっくりと歩いていた。


 ただ茫然としつつ歩き続け、家に近づいていく足が止まった。


 ホッケーマスクを着けた、黒いスーツの男が立っているのだ。


 憲次は煙草を探しているのを装い、ポケットに潜ませていたボイスレコーダーを起動する。 


「アンタ、二見憲次だな」


 男の声は、唸るような低い声である。


 しかし、その声を発していた者より身長も低く見え、印象がかなり異なる。


「よう、あんたは……骸骨みたいな奴でいいのか? だとしたらいい戦いだったぜ」


「……どうも」


 もう少し驚かれると思ったのか、骸骨男は拍子抜けしたのか困惑の混じった礼を返した。


「あんたさっきより縮んでないか? あの姿に変身すると変わるの?」


「悪いが質問に答えている時間は無い。俺は」


 近づこうと足を踏み出した骸骨男へ、憲次は拳銃を向ける。


「おい、近づこうとしてんじゃねえよ化け物野郎」


「それをしまえ。俺にハッタリは通じない」


「何だよ、この豆鉄砲じゃお前は殺せないってか」


 軽口を叩きつつ、目を離すことなく更に踏み出し突きつける。


「違う。そいつには弾が入ってないだろ」


 憲次にとって、予想外の答えであった。カマをかけているのかと考えていると、察したのか骸骨男は口を開く。


「アンタを調べたんだ、悪いな」


「何だと」


「六年前の事件がきっかけだろ。アンタはあの時に――」


 憲次は言い切る前に、空の拳銃を靴元に落とす。


「降参だ。良く調べてるじゃねえか」


 両手を挙げ、降伏を示す。


「アンタに頼みたい事があるんだ、話をしよう」


 骸骨男が踏み出した時である。憲次は足元の拳銃を蹴り上げた。


 骸骨男の眼前まで来た拳銃は、寸前で弾かれ地面へ落ちる。


 乾いた金属音と共に、憲次は踏み出し拳をまっすぐ放つ。


 憲次は逃走の手段として『攻撃』を選んだ。警戒する様子を感じなかった事もあり、予測できない行動から動揺を誘えれば――という賭けであった。


 賭けは、負けであった。


 放たれた拳は後ろへ下がった骸骨男には当たらず、空を切る。


 そのまま空ぶった腕の肘を突き出すも、しっかりと両腕で防がれてしまう。


 接近した状況から、足の甲を蹴りに行くが、足を上げて避けられる。


 骸骨男は上げた足を戻す勢いを利用し、体重を乗せ憲次を押し返す。


 再び、距離を取る形に戻った。


「落ち着いて、話を聞いてくれ」


「ふざけた事抜かすな! お前は何だ!? 話すならそこからだろ!」


 憲次は息を整えながら唸る様に言葉を吐き出した。


「悪いがそんな時間は無い。俺はこれを渡しに来たんだ」


 骸骨男が後ろへ後ずさり、電柱の陰から鞄を取り出す。


 中から透明なクリアファイルを取り出し、突き出す。


「これだ。受け取ってくれ」


 憲次は恐る恐る近づき、受け取る。


 骸骨男の手にはビニールの手袋が着けられていて、指紋の採取は出来ないだろうなと憲次は見つめながら思った。


 資料の内容はかなり詳細まで記されており、そこに犯人の名前すら記載されていた。


 予想外の展開に、憲次は資料を食い入るように見つめて読んだ。


 お構いなしに、骸骨男は話し始める。


「信用できないなら、記載しているこいつの家に行けばいい。何かは見つかるだろ」


「何で、これを俺に」


「調べた刑事の中で、アンタは一番信頼出来そうだった。俺は協力者を探している」


「その候補が、俺って訳か」


 骸骨男が頷く。


 男の恐ろしい正体を知りつつも、憲次は余りにも嘘のない返答を繰り返す姿に興味すら湧き始めていた。


「それで、俺に何を頼みたいんだ」


「メッセンジャーを頼みたい、出来るか」


「それくらいなら簡単だ」


 てっきり化け物と戦えとでも言うかと思った――と、憲次は安堵の笑みを浮かべた。


「アンタも見たと思うが、あの犬みたいな奴ら……あいつらの大将に手を引いてくれと伝えてくれ」


「何?」


 憲次の顔から笑みが消える。


「アンタ知り合いなんだろ? 彼らの装備では奴を倒せない」


 骸骨男の言葉を手で遮る。


「だから手を引いてください、って言えば聞くと思うか? 見通しが甘すぎるだろ。第一、お前が奴と本当に敵対してるかも俺は分からないんだぞ? 伝えたいならそれ相応の覚悟ってのを、見せろ」


 ガキの使いじゃないんだぞ、と憲次は付け加えた。


 骸骨男は少しうつむき、考え込んでいる。


「分かった。一日だ……奴をアンタらの元に明日連れてくる。必ず」


 再び真っすぐな返答が返ってきた。あまりに正直過ぎる骸骨男の言動に、憲次は心配になってきていた。


「信じられるか。とりあえず、こいつは担保として奴らに届けるぞ」


 憲次がクリアファイルを自身の鞄へ放り込む。


「構わん。何なら、そのポケットの中で録音している音声も聞かせてやればいい」


 間抜けなまでに正直な男ながら、油断は出来ない。奇妙な奴だ、と憲次は笑った。


「それには気づいてんのかよ。透視能力でも?」


「残念ながらそんな物は無い。動きから察しただけだ」


 真面目な訂正が入り、憲次はもはや呆れていた。


「冗談だよ。お前の要望は一部始終レコーダーで伝えてやる。その代わり、約束が守れないなら俺はお前をあいつらと地の果てまで追いかけてやるからな」


 憲次の出した条件に、骸骨男は頷く。


「追いかける必要はない。奴を倒せないなら、死ぬって事だからな。その時は俺の死体を解剖して奴を倒す糸口でも見つけてくれ」


 妙に冷めた答えが返ってきて、困惑する憲次を残したまま骸骨男は鞄を手に跳躍し、屋根へと上った。


「とにかく、俺は奴を倒す。それだけだ」


 屋根を飛び移りながら、去っていく。


 その姿を見ながら、憲次はレコーダーのスイッチを切った。

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