14
憲次は湾岸地区へ再び赴き、歓楽街を歩いていた。
夜の街も休日の昼間は静かなもので、歩く人もまばらである。
狭い路地を歩き、店の前の看板に明かりも灯っていなければのれんすら出ていない店の前に憲次は立つ。
希望島が出来上がる前から、海の上に存在していたかのような木造の建物はこだわりを感じさせる。
ノックもせずに憲次は扉を開き、中へ入っていく。
店内も簡素で、古びた椅子やカウンター以外は壁に貼られたメニューくらいしか装飾も無い。
カウンターでは店主が椅子に腰かけ、新聞を読んでいる。
いかにも、といった風貌の男である。
「二階」
憲次を一瞥だけして、店主は新聞に視線を落とした。
「あいよ」
適当な返事とともに、二階へ上がる。
二階は狭い室内を通路以外は机と椅子が並んでいる。
「あ、どーも」
上がってすぐの席に、男が一人座っている。
「よう」
男が振り返り、憲次に笑いかけつつ会釈する。
馬の様な、面長な男だ。
皺だらけのシャツに古いジーンズという格好で、昼間から酒を飲む姿は軽薄そのものである。
「久しぶりだな」
「いつ以来でしたっけ?」
「あの事件以来だから、直接会うのは六年ぶり」
「娘さん、もう高校生でしょ。お元気ですか」
「お前みたいなゲスい雑誌の記者に、娘の話なんかするかよ」
「あ、酷いなあ」
憲次が座ると、男はコップに酒を注いで差し出す。
「ああ、いい。一応職務中だ」
「相変わらず堅いっすねぇ。そんなんじゃ世渡り上手くなりませんよ?」
男は不満げに注いだ酒を自分で飲み始めた。
「うるせえよ」
憲次は座りつつ、テーブルの上に並んでいた枝豆を掴んで食べ始める。
「あ、食うなら自分で頼んで下さいよぉ……それで、今日は何の用事で?」
「お前んとこのクソ雑誌が追ってる、自警団絡みの情報が欲しい」
「酷い言い様だなぁ、ウチは真摯なジャーナリズムって事で有名なんですよ?」
「んな事ぁいいんだよ。しっかり礼はする」
男がため息を吐きながら、床に置いていた鞄を漁り始める。
ボロボロの手帳を開き、ポツポツと情報を口にし始めた。
発端は一年前、突如新宿警察署の前に激しい暴行の痕が全身に残った男性が放置された事から始まった。
放置された男は殺人事件の犯人で、回復した後に逮捕されている。
その後は希望島でも同じ事象が数件発生しており、手口の共通点から同一犯の犯行と見られている。
全てに共通する点は被害者はいずれも犯罪に加担した、もしくは犯した者である事と、どの件も死者は出ていない事であった。
これらの事件は『悪に正義の鉄槌を下す、自警団の登場』などと憲次の目の前にいる男が自身の勤める新聞社のサイトに記事を上げた事で、一部で話題になりつつあった。
「まあ、こんな所ですかね。被害者は全員半殺しってのが自警団っぽくていいですよね」
「いい訳あるか馬鹿野郎。ま、いい情報だったよ」
話の途中で運ばれてきた焼き鳥をかじりつつ、憲次は資料を眺めている。
「二見さん、情報の報酬は同じく情報でお願いしますよ」
「そうだったな。FEVERの一件、あそこの売人がその『正義の鉄槌』とやらの犠牲者になってる」
憲次は和田の件をかいつまんで説明してやる。
その話を聞き、男は『ああ』と頷く。
「売人は結構やられてますよ。事件に関係することが多いって事ですかね」
「ま、今俺が持ってるのはこれくらいだ。記事にする時は気をつけろよ」
「……少なくないですか? まだ何か隠してるでしょ」
男が不満げな声を上げ、睨みつける。
意に介することなく、憲次はまた枝豆を漁った。
「確証の持てるのはこれくらいって事だよ。お前のはいい情報だったが、もっと深く突っ込んだのを持ってきてくれれば更に話してやるよ」
「呼んでおいてその態度、マジで相変わらずですね」
「お前もな。そこらの女のケツ追いかけて記事にするのが本職のくせに、何がジャーナリズムだよ」
互いに焼き鳥を貪りながら、文句を垂れ合う。
駅から少し離れた、オフィス街に目的地はあった。
赤い屋根が周囲の灰色が並ぶビル群の中でひと際目立っている。
絵里と井出は、店の前で外観を眺めていた。
「おっ、やっぱここじゃん! 前から気になってたんだよね」
「本当、色々調べてるんだね」
井出はスマートフォンをいじり、ずらっと店名が並んだメモを見せる。
「ほら、ここに名前入ってるでしょ」
絵里が覗き込み、店の名前を見つけて感嘆する。
「いやー、おしゃれしといて良かったね」
井出はラフながら明るい色が基調の服装を、絵里は薄い色を中心にゆったりとした服装をしている。
普段なら気にせず遊ぶ井出も、記憶をたどり『すっごいお洒落なお店だから!』と絵里に釘を刺していた。
「ってか、昨日おすすめしておいたやつじゃないじゃん!」
「いや、まず買ってないから……」
井出が昨夜ショッピングモールで真野と選んで勧めてきた服は、絵里にとっては派手過ぎたらしく、こっそり棚に戻しておいたのであった。
「えー、似合うと思ったのに」
「ああいう明るいのは香苗の方が似合うよ」
「いやいや、あたしは……違うな」
「なにそれ」
ゆるい会話を続けたまま、二人は店の扉を開けた。
店内には客が数人入っており、エプロンを身に着けた工藤はカウンターにいる店主からコーヒーを受け取っている所であった。
「お、工藤。約束通り来たよー」
井出が手を挙げ、軽く振っている。
店主の視線に気づき、絵里が軽く会釈した。
「おう、いらっしゃい」
工藤が奥の席を指さすと、意図を理解した井出はそそくさと移動して席に座り、さっそくメニューを開いている。
絵里は座ることなく、壁に並ぶ作品を眺めている。
女性をモチーフにした作品を中心に、森や街を描いた風景画も飾られている。
色鮮やかな作品達は華やかに壁を彩っている。
「あ、すみませーん! カフェオレ一つ!」
井出が店主へ注文を大声で伝える中、工藤が自身の作品を眺めに近づく。
「こう見ると、意外と色々描いてるんだよな」
「私、そこまで詳しくないけど……いい絵だと思うよ」
絵里が絵を見つめたまま、伝える。
「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいよ」
「すみませーん! フルーツパフェ一つ!」
「頼むの早いな!」
「いやー、お腹空いちゃってさ」
井出が満面の笑みで答えるのに対し、工藤は肩を落とす。
「頼むから絵を見てくれよ……」
落胆を隠せないまま、カウンターへと戻っていく。
「絵里も何か頼んだら?」
「ん」
井出に促され、席へ座る。
絵里が座ると同時にドアが開き、小夏と夏生が店に入って来る。
「おお、いらっしゃい」
「お邪魔しますね」
「おーっ、飾ってるじゃん!」
丁寧に挨拶する夏生の横を小夏がすり抜け、作品の方へ向かう。
どっちが妹か分からねぇな――と、工藤は喉元まで出かかった言葉を収めた。
「工藤君、パフェ終わったら休憩していいよ。友達も来たしね」
店主が騒がしくなってきた店内を見て、工藤に声を掛ける。
「えっ、大丈夫ですか」
「お客さんも少ないし、後はこっちで出来るからさ」
「すみません……お言葉に甘えます」
深々と頭を下げる工藤に店主が微笑む。
「あ、工藤! 私にもパフェ一つ!」
「お前容赦ねぇな!」
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