12

「君達の組織に、特殊案件の捜査は全て管理出来る様手を打っている理由は、分かるかね」


「ええ。我々はその為の対策部です」


 会議室は横に広く、スペースを埋め尽くすかのように円卓が設置されている。


 そこで十人程の男達が無表情のまま、出口側で糾弾されるべき席に座る三雲に視線を向けている。


 スーツが大半だが、一部は警察官僚らしく制服を着用している者もいる。


 男達の手元には『エヴォルストラについての調査結果報告書』と表紙に記された資料が用意されているが、厚みは無い。


「理解している結果が、これかね」


 警察官僚の男が、資料に指を落とし音を立てる。


「奴らの情報は限られています。我々はその中で対抗手段を生み出している事をご理解頂きたい」


 音の方へ視線を向け、相変わらず表情を変えず三雲が反論する。


「とはいえ、始動して数年でもこれでは困るな」


「やはり警察との連携、協力を得るしかないのでは無いでしょうか? 捜査に人員を増やせますし、効率的です」


 四十程の、痩身の男が口を開く。


「奴らと遭遇、または訓練を受けていない警官を連れて捜査をしろと? 現状増員を計画はしていますが、対抗策を模索する中で遭遇経験の無い人間を投入するのは現実的ではありません」


「ならば自衛隊ならどうだ? 有事の際の訓練を受けているんだし、君の班は出身の者も多いだろう」


 頑強な、角刈りの男が割って入る。


 黒のスーツを着ているが、どう考えても迷彩服の方が似合いそうな男だ。


「我々の対峙する者に近しいとはいえ、即実戦投入は難しいでしょう」


 彼らの狙いが透けて見え、三雲は少々苛立っていた。


 突如現れた脅威に対し、様々な分野から精鋭を選び対抗手段を作り出す――その為に結成された特殊捜査班は、警察にも自衛隊にも属さない第三の機関として機能している。


 その第三の機関として、分離し過ぎた事が彼らとして厄介らしい。


 両者ともに自身のコントロール下に置いておきたい、という思惑があるのだろうが、三雲からすればそんな議論をしに来た訳ではないのだ。


「ではあの化け物――エヴォルストラと渡り合えるのはいつです?」


「君達に割く予算も、無限では無い」


 三雲へと投げかけられる言葉が、更に苛立ちを募らせる。


「ボディアーマーの強化、弾丸の威力向上等を現在行っています。それと、雨宮研究員によるパワードスーツの研究も進んでいます」


 研究経過の資料を各々が眺める中、一番年齢の高いであろう男性が三雲に視線を向ける。


「彼らの存在が判明してから六年。捜査班が本格始動してから二年ほど……その間確認された数は十三体」


「はい」


「その内、対策班の撃破数は何体かね?」


 資料に記載されているはずの事を、男はあえて口にした。


「二体です」


 三雲は動揺を見せず、はっきりと伝えた。


「記録映像を見る限り、交戦開始すぐに自壊している様に見える。これが撃破と言えるかね」


 男が言い切るかどうかの所で、奥にいた馬面の男が口を開く。


「更に、だ。他は行方不明か、あの四体目によって倒されている」


先程まで反応しなかった三雲が、唇を噛みしめる。


「君たちの撃破数が、まぐれで無い事を証明して欲しい所だね」


 馬面の横にいた眼鏡の男がため息交じりに呟く。


 三雲はそれを受け、小さく息を吐いて前を向いた。


「分かりました。それと、私からも質問を一つよろしいでしょうか」


「何だ」


「何故、第三班……希望島担当の私を会議に呼ばれたのです? 第一班と第二班の、首都防衛担当は収縮が必要ないと?」


「君、何が言いたいのかね」


 鍛えられた肉体がシャツの上でも分かる、見るからに武闘派といった男が怒気の混じった声で言い放つ。


「現在開発中のパワードスーツ、雨宮研究員からの情報では試験運用のみを我々の担当とし、配備は第一班にと上層部からの通達が来たと言われたので」


「それは……」


 眼鏡の男が、言葉に詰まる。案外痛い所を突かれたのだろうと思いながら、三雲は一気に自分の言葉を口から走らせていく。


「現在、エヴォルストラによる犯罪が多発しているのは本土では無く埋め立て地である我々の管轄です。そして、四体目の行動範囲も同じく本土では無い。パワードスーツの配備が急がれる班はどこか、今一度再考願いたい」


 頭を下げ、反論も聞かず会議室を出ていく。



 会議室を出て部下の待つエレベーター前へ向かう三雲が、前に現れた男に反応し足を止める。


「獅子原さん」


 名を呼ばれた男、獅子原真が微笑みつつ頭を軽く下げる。


 百八十程ある身長と、痩せた体躯は会議室の男達とは違う雰囲気を醸し出している。


 三雲と同年代程の若さと爽やかな笑みが、更にその印象に拍車をかけている。


「どうです? 会議の方は」


「散々です。貴方からも、若者をいじめないで頂きたいとお伝えください」


 三雲の本音を聞いて、獅子原は笑みが苦笑へ変化した。


「遅れてきた私に、そんな権限はありませんよ」


 三雲がその返答に、珍しく頬を上げる。


「資料は皆様にお渡ししています。獅子原さんも何かあれば連絡を」


「ええ。では」


 獅子原が会議室に入っていくのを見つめ、三雲は向き直ってエレベーターへと向かう。


「お疲れ様です」


 エレベーター前で待っていた部下の男が一礼し、コートを手渡す。


「ああ。基地に戻る前に雨宮の所に寄りたいんだが、構わないか?」


 三雲が伝え終わるかどうかの所で、ポケットが震える。


 『憲次さん』の文字を見て、部下に車のキーを放り投げる。


「すまない、先に行って車を回しておいてくれ」


「はい」


 キーを受け取った部下が乗ったエレベータの扉が閉まるのを見届けながら、通話ボタンを押した。


「手を引く気に、なりましたか?」


 三雲の期待していた返答は帰ってこず、代わりに耳を疑う言葉を憲次は告げた。


 連続女性変死事件の犯人――蜘蛛男の正体であった。


「その名前、どこで」


『お前の反応からして、ガセネタ掴まされた訳じゃあないみたいだな』


「答えて下さい、どこでその名を」


 冷静さを欠いた、焦りに満ちた速度で憲次の言葉を遮る。


『その件についてと、事件の犯人について話したいんだ。お前時間あるか?』


「……ええ。十六時以降であれば」


『決まりだ。最寄り駅で合流して、犯人のお宅拝見って流れで行こうぜ』


 憲次は既に、犯人の自宅まで情報を得ている。


 三雲は最早驚くというより、何者がそこまで調べ憲次に話したのかが注目すべき点として思考を割いていた。


「了解です。では」


 通話を終え、震える指先で三雲はエレベーターを呼んだ。



 会議室内に、資料をめくる音が響く。


 枚数は少なくとも、そのどれもが有益な情報である。


 三雲を詰めていた者も、ただただ読み進めていた。


「情報はとても役立ちますが、あの様な増長を許し続ける訳には行きませんね」


 眼鏡の男が、不意にため息交じりで呟く。


「三班は警視庁主導での選定でしたね。その辺り……どうお考えです?」


 角刈りの男が嫌味たっぷりに、少し笑いながら話を振る。


 警視庁関係の人物らの表情が、一瞬にして曇った。


 不穏な空気が流れ始める中、扉が開く。


「遅れてしまい、申し訳ありません……お話の途中でしたか?」


 獅子原が場に似合わぬ笑顔のまま、入室する。


 先程までの緊張感が、ゆっくりと冷めていく。


「いえ……お座りください」


 すっかり落ち着いてしまった痩身の男が着席を促す。


「失礼します」


 着席し、資料に目を通す。


「やはり、第三班に増員等の対応が必須ですね。ほとんど彼らの収集した情報だ」


「そうは言っても、彼らは急場の増員に否定的です。我々としては捜査の連携・協力の体制を強化したいのですが」


「それはこちらも同じですよ。装備の強化に関しても、我々の技術は重要なはずだ」


 再び不穏な空気になりつつある中、獅子原は資料を閉じ顔を上げる。


「それでは、警視庁側は更なる捜査の支援を。防衛省側は装備の強化に対し技術的な支援をしていきましょう」


「それは、現状維持と言う事で?」


「いえ、第三班の強化を進めたいという事です。ここ数年で異形の存在――我々がエヴォルストラと呼称している存在による事件の数は増加傾向にあり、その大半が希望島で起きています。今、危機に晒されているエリアは間違いなくあそこです」


 淡々と現状を語る獅子原に、誰も横槍を入れる事無く聞き続けている。


「希望島には研究施設もあります。あそこは科警研からの優秀な人材を多く配置していますが、特殊兵装の研究を行っているチームは一つのみ……ここに技術提供を行って頂きたいのです。この兵装さえ成功すれば量産化も可能ですし、今後自衛隊での対処なども可能になるかもしれません」


「……それは、まず彼らにモルモットになって貰うと?」


 角刈りの男が言葉を濁す事無く問う。


「人聞きが悪いですね」


 獅子原は口元を抑えて少し笑い、話を続けた。


「彼らの望む知識・情報を提供すると思って頂ければ。彼らにはまだまだ頑張って頂かないといけませんから。あ、だからあまりいじめないであげて下さいよ? 三雲君が嘆いてましたから」


 最後の一言で全員が苦笑する。


「では、話を続けましょうか。彼らの支援項目について纏めてあげましょう」

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