彼女に【う○こ】と言わせたくて

レム睡眠

第1話 死の宣告と目標

「非常に申し上げてづらいのですが、余命一週間です」


 大学病院の小さな診察室に、沈黙が走る。心臓が一瞬キュッと縮んだように思ったが、直ぐに落ち着きを取り戻した。僕の眼前には申し訳なさそうな顔をする若い医師と、その隣に同じく憂い顔を見せる看護師1人が立っている。


 突然の余命宣告。家族と抱き合って泣いたり、悔しい顔をする役者を、画面越しで何度も見たことがあるが、果たしてそんなに悲しいモノなのだろうか。まあ、僕にはその家族も、悔しく思う理由もないのだが。


 僕は医師の発言を聞き、深い溜め息を吐いた。特に悲しいとか、虚しいとか、そういう気持ちは無かった。ただ、どう反応するのが正解なのか分からなかった。


 身体がどういう状態なのか、それと今後の診療の説明を受けた。病名は長くて覚えられなかった。急性なんとかだ。死ぬ時は突然で、それまでは普段通り生活できるそうだ。


 病院を出る時はそこに居合わせた全員に見送られ、話を聞いていた知らないお爺さんにも、涙ながらの別れを告げられた。

 外は既に、太陽が沈みかけていた。家を出たのは早朝だ。

 一駅の距離がある帰宅路が、やけに短く感じた。


 

 家に付いても、死ぬ実感は湧かない。鏡を見ても、そこにはいつも通りの僕がいる。死んだ処で変わるものはあるのか? 精々、この部屋の使用者が変わるだけだろう。


 やり残した事もない。それは何目的無く生きてきた代償だ。やり残した事が生まれる程、努力をしていない。僕の軌跡は、何処にも残らない。


 一晩中、死について考えた。案外不安なのかもしれない。死んだら何処に行くのか。まさか異世界転生ではあるまい。

 ただ、一週間神を敬って、次の世では俺Tueee!できるように懇願するのもいいと思った。

 

 しかし、徐々に不安の念が浮かんできた。誰一人来ない葬式、死んだ後の自分、何も残せない人生。悪い方にばかり思考が傾く。死神の足音が、近くに幻聴となって現れる。


 残された時間で、何ができる?


 ......何か、目標が欲しい。


 結局、一睡も出来ないまま夜が明けた。

 不意に扉を開く音を耳にした。


「ほら晴、いつまで寝てるの?」


 高く明るい声が部屋に響く。真っ白な天井を映していた視界に、人の顔が飛び込んできた。


「もう起きてるって」


 僕はいつも通りぶっきらぼうに返答して、身体を起こした。


 隣には、見慣れた人物が立っている。佐藤聖奈(さとうせいな)だ。12年も関係を持つ女性で、所謂幼なじみというやつだ。

 僕が両親を失った6年前から、毎朝家に起こしに来て朝食を作ってくれたり、一緒に登校したりする。


 聖奈は相当清楚で、下ネタ嫌い、常に清潔である。一度不意に、聖奈の前で下ネタを吐いてしまった事があったが、その時のゴミを見るような目が脳裏に残っており、絶対に下ネタは言わないと誓った。そんな彼女の後ろ姿を見て、僕はハッとした。


 脳内に、光線が走る。遂に目標を見つけた。くだらないと思われるなら結構。これしかない。



 僕は彼女に、う○こと言わせる!







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