3 神移しに至る理由

榊と神楽達の東里の神還師一行は、柏家から指示された現場に向けて歩いていた。

先頭を榊が歩き、寛三・ミキ・藤本の順番で一列に歩いている。


「結界で囲っているといっても、直径1キロって結構広いんだけど」

神楽ミキが広さと道の悪さに不満を漏らす

「あんまり狭めると暴れ神になりかねんからな。程よくギリギリの範囲なんだろう。都会と違ってこのあたりなら隠れやすい物がたくさんあるし」

寛三が周囲を懐中電灯で確認しながら女性陣の不満に応える。

「とはいえ、前の工事現場での捜索よりはまだ判りやすいのが救いでしょう」

榊もとりあえずのフォローをする。

「わかりやすいとは言え、近づかないと判らないのは一緒なんだから、結局あなたの『眼』が頼りなのよ」藤本が榊に突っかかる。


苛つく理由もわからないでもない。葬式が終わった後で、神楽達はゆっくり四国の料理を楽しもうとして、店を調べていたところに仕事の連絡が掛かり、更にその依頼主が当の榊だったわけだから、折角の四国の旅が仕事だけで終わってしまうことが本人達にとっても不服であろう。「相応の礼はする」と言うのが榊と柏の対応ではあるが、柏の場合はほぼ通常の神還師での事案処理での融通程度で榊の場合も神還師関係ならば、ただの仕事の応報でしかない。

その程度の話ではあるが、榊家の葬儀参加自体も審議会からの依頼とはいえ、残業も手当のつかないような案件であることも事実だ。その影響が榊に飛び火するのは仕方ない。


そんな迷い神を感じやすい榊を先頭に歩かせ、迷い神の方向を確認していく。一行は何度か立ち止まりながら榊とミキ・藤本の迷い神の感度を元に歩く。すでに場所は榊の神還師以上の感知能力でほぼ判っている。


「しかし大丈夫なの、私たちだけで」


藤本の疑念に榊は無言だった。

「いくら緊急とはいえ、実例も知らない私たちにやらせる事よ。よくよく考えたらコレってあなたのことが一番の問題になってるみたいだし」

藤本は榊に突っかかる。

「なんとも言えんな。あの総代も私に何か変な期待があったみたいだがな」

榊が呟きながら後ろを見ていると、ミキが少し浮かない表情をしている。


「何か気になるのか?」

寛三が問いかける。

「なんか変な気分なんだよね。迷い神以外に何か感じているような。」

ミキの反応は別だった。榊はそのことが少し気になった。


更に歩いて、ミキ・藤本の感度にも反応する範囲に近づくと、一旦止まった。


靄らしき物が少しずつ形になっていく、榊にはそれが一つだけ見えていた。前の時のように大量というわけではないので、極端な気分の変化も少ない。


榊は手と指で二人に指示をすると二手に別れる。前方をミキ・藤本、後方を榊・寛三で振り分けると、榊達は少し小走りになる。対象から半径5メートル以内に入り、背後に入る。藤本達も前方で迷い神を確認すると榊の動きを確認する。


「突然ごめんなさい、私は神還師の神楽ミキです。」

ミキが大声で叫ぶ。


「私たちは彷徨うあなたのために来ました、姿を現してください。」

榊達は迷い神が靄から形を作り始めたことを確認した。その姿は狐に近い姿だった。

「何があったのですか?」

狐は何も言わない。ミキは藤本を見ると首を横に振った。

「あなたのことを聞いています。火事で寝床をとつせん奪われたと聞いています。ソレで間違いないですか?」

狐は小さくコクンと頷いた。

「火事で焼かれた寝床は直しますが、少し時間が掛かります。」

狐はその黒いつぶらな瞳でミキをじっと見つめる。

「なのでその間だけはあなたの軸を移させてください。」

狐はまた小さくコクンと頷いた。


それを確認してから、持っていたバッグから古い和櫛わくしを取り出した。


神楽は櫛を両手で挟み、拝みの姿勢をとった。


――「御神みかみの安らぎ、

   御神の源、

   何時何時いつなんどきいかなりし時も、

   御神を守りし安らぎをあたえしもの」


手を合わせて神楽は目を閉じたまま呟く。


――「御神の安らぎ、

   犯す人の過あやまちに償いを、

   戻れぬ安らぎを、

   与える償いを」


神楽の言葉に櫛が光りだす。狐が光に包まれてそのまま櫛に吸い込まれていった。


「とりあえず、終わったな。」寛三が言うと全員が再度集まった。


榊は柏家から渡されていた無線機で神移し完了を伝えておいた。

「素直な神様で良かった。人間と仲良かったんだ」

ミキが移した和櫛をなでながらニコリと微笑む。それに反応して少し光ったような気がした。

「長居は無用だ、このまま柏家と合流……」


榊が言ったその時だった――。


突然周囲の空気が重く、暗い雰囲気に変わった。

「これは……」

その変化にいち早く気付いたのは、神楽ミキだった。ミキは自分の周りの気配が、急に重く感じる様になった。榊も空気の変化に気付いていたが、微妙であった。


「神楽、これまさか……」

「……さっきとは違う、急に重くなってやって来た」

ミキは両手で頭と耳を押さえ、その重い空気が何かを察していた。


「藤本!緊急だ、信号弾を撃て!」


榊に促されて、藤本はペリカンケースから船舶用の信号弾を取り出した。ひもを引くと発動するタイプの物で、夜空に向けて撃ち放った。


信号弾は、爆破の跳躍で笛のような音を立てながら小さな照明を上昇させ落ちていく。


これで柏家側にも伝わるはずだと考えた榊は、無線で柏家を呼び出す。

「何かありましたか?」

雑音の中から柏香織の芯のはっきりした声が聞こえた。


「急に周囲で何か重たい気がうごめいてきた。」

「重たい気?」

「恐らく怨霊か亡霊の類かもしれない。」

しゃべりながら榊はもしやと思い当たる点があった。

榊はそのまま無線機でしゃべり続ける。

「さっき言っていた山火事には犠牲者はいたのか?」

榊が察したのは、この変化の主が死者ではないかという説だ。

人間の場合でも、未練があるような人間の場合はすぐすぐに成仏しないもので、その例が夜な夜な歩くなんて言う話もある。

「その情報は聞いていない。もしかしたら情報が出ていないかも」

柏は落ち着いた調子で繰り返す。その辺りはまた後で確認してもらえるとして、榊は更に続けた。

「こっちは移動が難しい。すぐこっちに来れますか?」

「杉崎たちを送りました。5分ほどかかります。それまでは守君で何とかならない?」


――その期待には応えられない。榊はこの状況は最悪だと考えている。


一方で神楽ミキは、この空気の源流を探った。ところどころ風が邪魔をして正確な距離が解らない。

「神楽、近づいてきているか?」

榊はかなり気にしている。

「多分、どんどん強くなってる。」

「簡易結界を準備しよう。」寛三の提言で藤本がケースから簡易結界を取り出した。以前使った物と同じ物だ。


「榊、あんた対応出来るんじゃないの?」

「は?」藤本に言われて、榊はキョトンとする。

「この間の天玄山と大工町の件と多分似てる。」

「この間の?」

「覚えてないの?」


榊は何のことなのか微妙に判っていなかった。さっきの信号弾に対して柏家が現れてくれる方が一番方法として正解だ。そう思っている間にも、どんどん近づいてきている感がある。榊は袈裟文庫に入れていた祖父の神還師道具を手で漁った。幾らか行くときに外した装備もあり、使えそうな物は皆無に近い。仕方ないので、入れていた長さ60センチ程度の銭剣を取り出して構える。


「その銭剣は?」

「祖父の物ですが、特に使い方はわかりません。」

「そいつでは何も出来ないかもしれん」

「どういうことで……」


……榊が言葉を最後まで言う前に、榊は地面から飛んでいることを感じた。


亡霊とも言える闇の塊が、結界の外にいた榊を横から押し飛ばした。飛ばされた榊は何も抗うことは出来ずそのまま近くの木に飛ばされた。




「間に合ったが、状況は芳しくないな」


数分前に東里市から来た伊野宮恭助率いる魔封師の集団は双眼鏡で、谷の様子を覗いていた。

「向こうの話だと、神移しは問題なかったみたいだが、山火事だから亡霊も発生していたらしい。」

同行した魔封師の一人が答えた。

「だとすると、見られるのかな……。榊の能力」

伊野宮は少し考えていた。


「多分ないな」


伊野宮の反応は意外ではなかった。

「やっぱ恭ちゃんもそう思うかい?」

片瀬仁も伊野宮と同じ考えのようだ。

「どういうことですか?」

「ここは東里じゃなくて榊家の本拠でもある四国西川だし、全く場所が違う。」

「場所が違うなんて神還師には関係ない気もしますけど。」

「もちろん関係はない。榊の場合は神還師の免許を持ってるわけじゃないし、気山町の時の能力を出したら事は色々と面倒だろうな。柏家にも目をつけられて、更に東里の人間にも目をつけられて、アイツも良い迷惑と感じているだろうに……」

「そんな風に見えますか?」

「これ以上波風立てたくはないだろうに……」

「それを本気で信じるんですか?」

「そんなわけないだろう。」


「それに、榊がああやって時間稼ぎのようなことをしてるのを見てるとなんとなく判ってきたこともあるんだ。あいつがものすごく冷淡ドライすぎる理由も。」

「ドライすぎる理由……」


「多分、あいつは自分の持っている能力の事を部分的にしか知らない。その時だけ人格が変わっているような感じだ。それだと違和感が全て納得する。常にあいつはその時々に応じて普段の榊と、能力者としての榊が何かをきっかけに切り替わっている感がある。」

「そんなわかり易いものかね?」

「その切り替えのタイミングは普段の榊からじゃない。殆ど身の危険からだと思うが……。」


「恭ちゃん、まさかその榊って奴は……」

片瀬仁はハッとして伊野宮を見る。伊野宮の表情は片瀬の疑問が正しいという表情だった。


「そう、榊は多分『神還師の禁忌』を破ってる」

その一言で場の雰囲気が急に凍り付いた。

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