2 唐突な依頼

「呼び出し?どういうことだ?」


榊守は、唐突に話し始めた父親の京介に詰め寄った。


午前中の葬列が終わり、午後の告別式は滞りなく終わった。

そのまま市の外れにある焼き場に向かい祖母の遺体は荼毘に付された。遠方の親戚も多いため、その日のうちにまた菩提寺へ向かい経を上げて、墓に納骨を済ませると、時間はすでに夕方になっていた。榊家の行事も終わり、親戚達も帰路につき始めた。分家である柏家も早々に榊家の祭壇を片付け、四十九日に向けての後飾り祭壇へと変化させる。以降の手配は必然的に榊家が行う事になり、柏家の介入はここで終わる。


――はずだったのだが、


「柏からの相談でな、谷に迷い神が出たとのことで相談したいと言う事だ。」

「それは榊守わたしにか?」

「まあそうだろう。親父わたしでは何もできんからな。」

「昼と全く言ってること違うじゃないか?」


『必要な理はもうこの場で最後にしてほしい。』等といった言葉が完全に浮いてるな……、榊はそう感じた。。


「いや、榊家ウチとしては間違っていない。依頼があっても、ここから先はお前の意思次第だからな。それはお前が決めろ。強制的な命令ではないそうだ」

「なんだいそれ?」

「お前が東里でなんか手伝っているからそこに気になったんじゃないか?」

「特に何もやってはいないがな……」

京介の言葉に守は少し疑問を持っていたが、それでも京介は続ける。


「とはいえ出ても仕方ないだろう。私は神還師じゃないしな」

「それは違うがな……」

京介はポツリと答えた。

「……」榊はその反応を見るとイラっとした。

「そういう所だよ。こっちが榊家ここにも期待していないのはさ。解ってるの?実の子にまで否定されているのわかってないよな?」

「解っていないのはそっちだ。忘れちまっている以上何もならん。」

榊にとっては軽い皮肉だったはずの煽りが怒りに変わった。

榊は京介の肩を掴むと壁に押し付ける。どしんという音に母親と兄弟・理彩は目をそむける。

「こっちも好きで忘れてんじゃないんだよ。柏に勝手に頭いじられて、しあわせ面しているお前らに腹が立ってるんだ」

「その方が幸せだ。」

京介は息子の手を払うと、乱れた身なりを整えた。

「東里の関係者は?」

「宿に戻って準備をしてもらってる。」


神楽達に関しては、京介からの電話の後、柏家からの相談を話した。

神楽寛三は急な事情の為、二の足を踏んでいたが、先日のこともあり、一応手伝うことを了承してくれた。


『仕方ない。君たちのことについても気になることが多い。幸い必要な物は揃っている。ただ……』

『ただ?』

『頼まれたからと言っておいそれと神還師が他の地域で自由に神戻しができるわけではない。そのあたりの取り扱いを柏家が行ってくれるかどうかだ。』

『事前に聞いといた方が良いのか?』

『とりあえずそこの交渉は我々が行う。榊君はどちらかと言えばそういった事情はわからないだろうし、説明がてらに付き添ってくれたら良い』


そんなやり取りの後、神楽達は必要な装備を確認してから向かうということになった。神楽不動産の社有車で四国に来ていたため、必要な装備は常時積まれていたそうだ。

「やるのか?」

「わからん。東里の神還師は協力すると言っているが、俺は何ができるというわけではない。そもそも資格的な物がない」

「神還師の資格か……」

免許の話は以前、神楽寛三から聞いていた。神還師の能力管理の他、過去の実績や保証関係で必要になるという事だ。


「東里の人たちは持っているが、俺は持ってないから特にこれというのはできない」

「そうか……」

「どうした?」

「いやなんでもない。しかしお前、その格好で行くのか?」

京介が榊の普段着を見ながら言った。

「ああ、特に格好には指定も無いしな」

「ちょっと待ってろ」

京介は部屋の奥に入ると、古い箱を持ってきた。そこには『英明、武具類』と書かれていた。

「何これ?」

「昔じいさんが使っていた、法具類と、道着も残してある。」

道着とはいえそれは、黒い袈裟のような物だった。

特に、道具類は密教法具らしきものも含まれていて、

「いや、使い方も知らなければ、そんな道着は東里じゃ着ないよ。必要な道具は東里の人たちが用意している。」


「ここは東里ではないし、この手の話には形が必要だ。とりあえず着るんだ」


余計なところにこだわりやがって……そう思いながら渋々とその考えに従うことにしたが、その道着はほとんど箱に入っていたせいか若干かび臭い。

「全く……」


用意されている道着の全てを着込むことは難しい。祖父の英明は守よりも背丈は低かったので、切り袴や脚絆はほとんど使えなかった。直す時間もないし、糸作業に慣れている母親でもすぐに修正できるものではない。

結局使えたのは直綴じきとつと呼ばれる黒色の上着のような物と手甲てこうと呼ばれる手の甲を守るプロテクタのような物だけだった。それを普通のTシャツ・ジーンズ姿の上に着込む事で形にはなるが、何とも出来の悪い格好となった。

古い袈裟文庫もあった。入っていたのは、何らの法具のようだが、使ったことのないものばかりで守にとっても意味がわからない物ばかりだ。

「中途半端に入れられているから相当傷んでる……」

ただ中を見ていると気になる物もあった。

「これは……」

それは風水に使われる銭剣と丸鏡だった。銭剣はよく見ると5円玉を使っており、昔の中国映画を思い出す。鏡は何かと使えそうだと思い、袈裟文庫に入れて首から提げた。


「それで、槍があれば昔の爺さんに似てくるがなぁ……」


京介の言葉に少し疑問を持った。

「槍?神還師は防御メインで攻撃はしないだろう」

「実際に槍で攻撃するというわけではない。榊家の神還師において槍は精神の柱であり、神移しの道しるべとなる霊槍でもあるんだ」


京介が写真を見せる。

そこには端整な顔立ちで槍を持つ袈裟姿の祖父が写った写真だった。


「初めて見るぞ、それ」

「ほとんどの写真は爺さん自身が捨てたよ。最近整頓していたらこれだけは残っていた。神還師に関する記録は残していないからな」

「残していないのは何故?」

「お前の腕の火傷の後にほぼすべて爺さんが焼却処分した。ほとんどの道具はウチでは何もできないから、柏家に渡してある。特に……」

「特に?」

「奉納舞踊もお前のために全て辞めたからな。お前の事故の後に爺さんも頭をやられて体の自由が利かなくなったこともあって、柏の総代も断絶には納得したけどな。」


奉納舞踊?事故でやめた?突如祖父の道着から重要な話が溢れて処理が追い付かない。


「待ってくれ、今聞くには話の内容が濃すぎる。」

「時間は待たんだろうな。」

「訊いても語らんくせに」

「私は語らんよ、訊かない方が幸せと考えるからな」

「当事者に訊けという事か?」

「そうだな、槍を保管しているのも柏家だ。総代の婆さまに訊けば良い」


そんなことをしていたら神楽の車が着いた。


榊が玄関に出て、神楽達を迎えると三人の反応は微妙だった。

「何それ?」藤本が怪訝な顔をする。

「着ろってうるさくてな。」


「しかも、カビ臭」ミキが鼻をつまむ。

「言うな」


「良い格好だ。昔の英明さんを思い出すな」

寛三だけはその反応が違っていた。

「そりゃどうも」

「さて場所はどこかな……。」

「柏家が誘導します。特に車は必要なければ一台にしますが。道具は?」

「大丈夫。あなた以外の装備は一通り持ってる」

藤本が車から米軍用のペリカンケースを持ち出す。普段東里の神還師で使っているのと同じもので榊にとっても見覚えのある物だ。

「じゃあ大丈夫だな。」


榊達は外に出ると杉崎が現れた。

「なんだその格好は?」

山伏姿の杉崎が中途半端な榊の格好を見て怪訝な顔をする。

「その質問の答えはもう済ませた。」

榊は飽きた顔をする。

「で、場所はどこに?」

「私が連れて行く、全員揃っているか?」

「ああ。歩きか?」

「車に乗ってくれ」

杉崎が道路に止めたワンボックスカーに案内し、榊達は乗り込んだ。

「遠いのか?」

「南の滝ヶ谷たきがたにの方だ。」

「滝ヶ谷って紅猪の滝べにいのたきの方かい?結構山奥だな」

「今回の案件は迷い神の案件だが、暴れ神になる前に対処したいとのことだ。」

暴れ神と聞いて少し神楽達の意識が張り詰める。先日のこともあるため、慎重な状態ではあった。

「迷い神の地軸はどこか判っているのですか?」

藤本が杉崎に尋ねる。

「地軸については判っているが、その場所は最近山火事の関係で、消失している。新しい御社おやしろを作る予定ではあるが、すぐに実行できない。」

「なるほどな。だとしても総代なら?」榊が杉崎に尋ねる。

「昔と違って総代は神移しはやっていない。となりの西信町にしのぶちょうの神還師に協力を依頼して対処してもらってる。」

「未だにここは御上の息が掛からない地域なのですか?」

寛三が口を開く。

「確かにあなたの言うとおりだ。昔と同様、内川町は我々柏家がそっちの言う『審議会』として機能しています。榊家は神還師からは手を引いてますからね。」

フンと榊は息を漏らして目をそらす。『コッチは知らない』と言うような態度だ。


車は山の中の広場みたいなところに到着した。

すでに何台かのワンボックスが止まっており、用意された焚き火に人が囲まれていた。

「総代、連れてきました。」

総代の柏香織もその中の一人にいた。

「ありがとう杉崎。状況は説明されましたか?」

「大まかなところは」

「判りました。神楽さん、突然の対応申し訳なかったわ」

柏香織が深々と頭を下げる。

「いえいえ、こちらこそありがとうございます。」


「作業の前に確認です。」

寛三が柏香織に話す。

「本来、我々神還師は自分の所属地を離れて緊急時における神移しは認められていません。事後対応で必要な処理と諸処への申請と対応をお願いします。」

寛三はじっと柏香織を見た。葬儀の時と異なり、その顔には芯がある。

「判っています。すでに協力の連絡は私から東里の審議会にも連絡済みです。それとこの町には正規の神社庁の機関は無く、我々柏家が魔封師、神還師両組織の諸管理を行っています。最終的な確認と手続きは、明日柏家で行います。」

「判りました」

寛三は一礼すると、ミキ達のところに戻った。

「話は確認できた。予定通りやろう。」


榊は杉崎に最新の状況を確認するように伝えて、柏家との打ち合わせにはいる。

迷い神は現在、谷の一角に導き終わっていた。動きは判らない迷い神について、包囲結界を用意して、じわじわとその範囲を狭めていたそうだ。杉崎の話の通り、地脈となる軸が無いため、神楽の持っている和櫛を使うことにした。


藤本はペリカンケースを持ってくると装備を広げた。

「私はバックアップに入る」

榊はそう言うと装備品のLEDライトと防御グローブを手にはめた。

榊のそばに杉崎が寄った。

「お前がバックアップとは珍しい。道着が泣くぞ。」

「好きで着てるんじゃあない。中途半端に啖呵たんか切った親父のツケみたいなもんだ」

「それと、気付いてるか?」

「何が?」

「魔封師は俺たちだけじゃない。他のも混じってるみたいだ」

榊がキョロキョロと周囲を見回すが、それらしい物は見えない。

「隣町の同業者か?」

「否、隣町がここまで大きく出てこない。露骨に現れているのが気になる。」

「東里の方にも連絡済みだって言ってたな……、だとすると審議会が監視を持ち出しているな」

「東里の神還師か?」

「いや、あんたと同業だ。東里の伊野宮恭助の一団だろう」

「何かしでかしたのか?」

「佐山から聞いてないのか?この間……」


話そうとしたところで、神楽達が榊を呼んだ。

榊はその声に反応して杉崎から離れると神楽の元に向かった。

杉崎は柏香織のそばに近づく。

「大丈夫なんでしょうかね?」

「問題ないでしょう。必要なことは、あのお嬢さん達がやれるわ。」

「周辺の魔封師が気になりますが」

「彼らには一切の手出しは無用よ。目的があの子であってもね」

柏香織は神楽達と向かう榊の背中を見ていた。


「『暴走』すれば予定が早まるだけよ。」

柏香織はポツリ呟いた。

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