第二章 互いのズレ

1 残渣の疑問

「本当に、ここで一悶着あったのですか?」


榊達が四国で葬式に出ている最中、遠く離れた東里市では、伊野宮恭助いのみやきょうすけ率いる魔封師達の集団が数日前の榊達が神戻しを失敗した気山町の現場に来ていた。


「そのはずなんだがな……」


伊野宮は周囲を見るが、あたりにあるのは昨日倒れたという大クスノキがほぼ枯れて横たわっているだけで、周囲の変化は特に見当たらない。


「恭ちゃん、ぱっと見は何も無いね。」

部下の一人で伊野宮よりも年長の片瀬仁かたせじんがあたりを見回しながら言う。


「もし審議会が手を出して綺麗にしたとしてもここまで綺麗になることは無いし……」

藤本の話では迷い神が暴れた際に地面はかなりガタガタになっていたと言っていたが、そのような痕もなく、普通の綺麗な無人の寺の様相だった。


「審議会の報告書では何も無しというのが結論だったんじゃろ?」

片瀬は伊野宮に問いかける。

「そう、だから独自で調査しろとのお達しだ。」


伊野宮が錫杖を使って何度か地面をついてみる。土は何年もの間いじっていないような感じでしっかりとしていた。

「地盤も固い。」


本来なら、この手の現場調査は神還師の記録確認の目的で神還師の審議会から魔封師の管理団体に対して行われる。通常の神戻しで何か異変があれば、神還師の代わりに魔封師が迷い神の相手をすることは、以前の横断道での工事現場であったとおりだ。通常通りに神戻しが行われれば、その神戻しは問題が無いかどうかの確認も行っている。


そのあたりの調査確認程度なんか神還師の審議会で行えば良いのでは?とも考えがちだが、このあたりの作業は神還師の資格管理にも影響する範囲ではある。


「確かにこれなら免許にも影響しないと言うのも解らないでもないが、神を殺している自体問題なのに……。」

伊野宮は少し考える仕草をしていた。


先にも話した神還師の免許に関しては、これは全国的に居住地区を変わることが可能になった明治の時代からの対応方法として発足されたシステムである。それ自体の制度は自動車免許よりも古いとされている。免許制の目的としては、目的の地域での活動許可登録を行うための登録者情報をまとめることが目的であるが、原則神還師の活動というのは各地域の『管理団体』の許可がない限り認められなければ、活動における神還師の予期しない破壊などがあった場合、補償されないと言った問題が発生する。その逆も然りで勝手な活動をした場合の追跡を行うために免許制度が存在する。それらの活動は逐次記録されており、今回の神戻しも正規の活動として失敗であっても記録される。そこに魔封師はどのように関わるかと言えば、今回の神還師の活動が記録通りに行われたのかどうかを確認するために神還師にとっては第三者機関である魔封師に依頼するのである。


「神還師の藤本が言うように車もぶっ壊れてむちゃくちゃにされたのならその痕の一つでもあるのにな」

「そうだ。審議会が一度は問題にしたのにこれをそのままお咎め無しにするのもおかしい」


今回の報告は藤本が報告をまとめていた。その内容は神戻しが失敗したこと、更に言えばその迷い神を神還師の手で殺したことが報告されていた。その点は審議会でも問題となり、管理責任者扱いだった神楽寛三が審議会で証言していたのも昨日の話だ。


しかし今回の話ではいくつかの例外と異例の対処がなされた。

以来この件は『未許可の神還師による暴走』と言う話であるのにもかかわらず、何の処罰も行われないという事だった。もちろんこの件で神楽親子と藤本由美には完全にお咎め無しだった。さらに今回の件を審議会は、正式活動とは認めなかったことにより、一切の調査を行わないこととしたのだ。


迷い神を神還師の手で殺したことは神還師にとって禁忌の話であり、それを何も言わないというのも変だ。


「また伊野宮さんの狂言って事は……、」

部下の一人がぼそっと言ったのを伊野宮は睨み返すと、「無い……ですよね」と言い返した。


とはいえ、これではまた天玄山の二の舞のようだ、と思いながらこの状況に対して、何か解らない違和感を感じていた。この現場が綺麗すぎるからでもあるが、伊野宮は倒れた大クスノキに近寄るとその木を見ていた。


「なんで木は枯れて倒れたんだ?」

その木は完全に枯れており、突然枯れたという話だったのはつい昨日のことだ。


「ここの御神木でしたよね。この木。土地神が消えたから枯れたんじゃ?」

「ここの土地神は社を寝蔵にしていたから、土地神が消えればこの木ではなく、社が壊れるはずだ。榊が介入したとしても地脈がある以上……」


伊野宮は突然ひらめいた。

「木の周囲2メートルを、掘ってみるか」


伊野宮の指示で部下は道具を持ってくると、折れて開いた穴の周辺を掘り始めた。既に空いた穴を水平に広げていく作業の為、若干地味ではある。徐々に広がるにつれて、部下は不思議な顔をした。

「どんな感じだ?」

伊野宮が不思議な顔をした部下に尋ねる。

「この木の根ですが、ふつう木の根って繋がってますよね」

「普通はな。」

「でもこれ、ところどころ輪切りみたいな状態になってます。」


部下が出てきた木の根を見せる。木の根自体はありふれたもので、それが途中で切ってあるという風にしか見えないが、その断面は平らに切れており、更に掘り起こしたことにより、木の根は更に散り散りに散らばっていた。


「見つかったな」

片瀬が伊野宮に言うとその表情はまだ厳しい。


「ああ、木が枯れたのも倒れたのもよく分かったよ。」

「しかし、不思議だな。」

伊野宮が片瀬の方を向く。

「そこまで行える神還師や、審議会にも解らないような隠し方ができる『団体』なんてこの辺りじゃ聞かないな。」

「そうだな、この樹を倒さないといけない状況を作り出したもの問題だが。」

伊野宮が一息ついて

「この件にも、多分絡んでいるんだろうな……。」

「『柏家』か……」


伊野宮達は一度検証をまとめるために、『無縁屋』に戻った。店に数人が残り、調査報告をまとめると、武装と装束を脱いでぱらぱらと普段着へ戻っていった。

伊野宮が、ペットボトルに入れた飲み物と、プラスチックのコップを数個出すと軽い談話と共に宴会となった。店の広場で老若が集まり話していると、自然と店も休業状態にしていた。


話は自然と榊の話題になった。

「その玄条寺ん所の榊というのがいきなり神を殺すなんて事あり得るのかい?」

「そうだよ、その榊というのも本当に四国にいたっていう、伝説の神還師の関係者かどうかも知らないんだろう」


その質問に伊野宮自身はあまりいい顔はしなかった。実際の所、ここにいる彼らは別件で出られなかった片瀬以外は天玄山におり、榊を封じようと敵対してその力を見ているはずなのだが、何かの力によって、そのときの記憶は全て消されている。


「それについてはほぼほぼ間違いない、今回のあの痕を見てもあそこまでの力、神楽家には持っていない。」

コップの飲み物を飲むと、伊野宮はふと片瀬の方を見た。あの時天玄山にいなかった片瀬は、伊野宮の天玄山のなれの果てを聞いていたが、そのことを彼らの表に出したりはせず、ただの伊野宮の『戯言』としてくれた。

片瀬は伊野宮の気配と仲間達の果てを見ながら、その原因がなんなのかについても伊野宮からは具体的な話は無いが、とにかくヤバイ話であることは理解してくれている。


「仁さんは、昔柏家の魔封師とも一緒に仕事をしたことあるんでしょ?どんな感じでした?」

伊野宮から話を振られた片瀬は少しドギマギした。

「どんなと言われてもな。昔と言っても榊の関係者がいたわけでもないし、場所も違う。」

片瀬は飲み物を若手に頼んで注いでもらうと、持っていたたばこに火をつけた。


一息ふくと、出来た灰を落として伊野宮の沈黙を確認しながら喋り始めた。


「……わしは恭ちゃんのように歴史とか、学術的な話はあんまり知らんが、柏家と榊家というのは昔の先輩達から見てもかなりのクセモノ達だと聞いたことがある。彼らは我々とも違う独特のモノを持っとる。」


片瀬の会話の区切りから起こった沈黙に伊野宮達はさらに畏まった。雑談の中での片瀬の会話の周りに、いつの間にか沈黙が訪れていた。その場にいた誰もが片瀬の話に耳を傾けていた。片瀬は視線だけ左右に目配せるとその沈黙に気付いたのであろうか、たばこを口に入れて深々と吸うと長く吐いた。


「わしが柏家を初めて見たのは15年前。阪神大震災の時だ。ここ数年の大事おおごとと言えばこれが一番でかい。」

伊野宮は静かに見ていたが、片瀬がこんな神妙な顔をするのは珍しい。

「大地震はいつも慣れない。その状況は地獄だった。一匹二匹じゃない、あちらこちらに暴れ神が居て、なんとか命からがらで助かった人間達を襲うんだからな。あればかりはいつも慣れん。」


人が突然消えたり住めなくなった土地は迷い神が多くなる。震災や大災害は特にそれが顕著に表れる。

災害などによって土地を追われた土地神達は、必然的に迷い神となり、最悪の場合暴れ神となる。土地神が人と共にある以上、その状況は必然的に発生する。暴れ神が人を襲う場合があるのは先の気山町の話もあるが、人の命が危うくなることもある。震災関連死の中には、それは暴れ神によって命を落としたという話が少なからず含まれているらしく、それが表面に出ないのは、轢死や溺死、心臓発作などの外的要因死に似ているため判断には難しい。


「震災発生から2日後に俺たち東里の魔封師が先に神戸に入ったが、都市部はほぼ壊滅状態だった。今でこそそういう傷跡みたいなモノは少なくなって普通の町の様相にはなってるが、火事や倒壊によって神戸はひどい有様だった。」


そんな暴れ神から被災者を守りたいが、同時多発的に発生した状況下では、地元の神還師達だけでは力不足になる。

そこで、災害の時、神還師や魔封師達は被災地に向かう場合がある。有志達による神還師や魔封師の団体がボランティア名義で現地に入り、地元の神還師と協力して対処することがある。それは土地神保護を優先とした作業であって人命優先の話では無いが間接的には人命救助にはなる。


「同じようなタイミングで現地入りしたのが、四国柏家だった。あそこは一団をとりまとめたのが女性だった。確か柏香織という人だ、結構若手同様に働いていたから結構元気な婆さんというイメージだった。」


片瀬はふと立ち上がると、店のフロアにあった書籍の棚から一冊のアルバムを持ってきた。


「確かに柏家の魔封師というのは、我々とは違う呪詛や法術を持っていたが、それらは形は違えど似通ったモノだ。あの頃、いろいろな魔封師達が居て各団体それぞれが独特の格好で混じっているんだ。それはそれで混沌としていたが。その中でも柏家は抜きん出ていた。」


『阪神震災救援』と書かれたアルバムのページを片瀬はめくり一枚の写真のあるページで手を止めた。そのページを皆に見せる。それは、集会所での一シーンを撮った写真で、山伏の衣装では無く、白い装束の一団を撮った写真である。写真の左側には一人の老婆が一団を見ており、老婆を中心に囲んでいた。老婆の姿は黒々とした髪で凜々しく、腰も曲がっていない。これが柏家総代の柏香織であろう。


「この婆さんが柏香織と言ったな。この一団をまとめてるところを見る限りだとかなりの能力者か戦略家なのだろう。今も変な噂を聞かないという事は、15年程度じゃあ死なないって事で、まだ健在なんだろうな。」

「でも単純に、そんな能力の違いなんてハッキリとは出ないだろう。修行の量とか違いはあれど……」

若手の一人が意見した。

「そう思うのも解らんでもないが、実際のところ奴らの能力が抜きん出ているのには、修行だけではないと思うな。」


「どういうことですか?」

「神還師では禁じ手だが、昔から魔封師達の中では、自分の中に神を取り込んで能力を上げると言う方法があるだろう」

「それは魔封師だって禁じ手ですよ。結構危険だし、今は道具への取り込みまでしか認められていないんですよ。それでも十分に仕事できるはずです。」

「そうですよ仁さん。まさか柏家は今でも……?」


「わからん。だが一人だけ、彼らの中で少し異質な存在がいた。こいつだ。」

片瀬が指したのはその一団と柏の間にいる銀髪の青年だ。柏香織の横につき香織と共に一団を見ている。横顔しか見えないが、その表情は若くはあるが、どことなく影を持った雰囲気だ。

「名は確か佐山とか言っていたが、こいつの存在が奇妙だった。あり得ないほど仕事には冷静沈着だった奴だ。他の魔封師仲間が居てそれなりの経験者や歴戦の強者だっているのに、佐山はそれの更に上をいっていたよ。」

伊野宮は改めて写真を見た。何度かこの資料は読んでいたが、詳しい説明は今回が初めてだった。


伊野宮はその写真をじっと見ていたその瞬間、横を見ていた佐山の目が、目を離した間にそのまま自分を見ているように感じたのだ。


再度目をそらした後で写真を見ると元の目に戻っていた。

「本当にこいつ人間なのか?」

「さぁ、どうだろうね……。」


片瀬はそのアルバムをそのまま閉じると元の本棚に戻した。

そのタイミングで電話のベル音が聞こえた。店の電話が鳴り、伊野宮が出る。

「無縁屋です。……はい、私です。報告書は出来ましたのでメールで送りますが……、はい。今夜、……場所は?判りました確認します。」

伊野宮は受話器を下ろすと、全員に振り返り言った。


「この中で明後日まで時間がある者はいるか?」


その一言に一部の物は手を上げる。そこには片瀬仁も含まれていた。

「何かあったのかい?」

「上から、今夜四国の西川市に向かってくれと連絡をもらいました。西川市の魔封師の団体からで、状況偵察に協力しろとの事です。」

「あんまり良い話じゃ無いけど、なんで東里の我々に?」


「聞けば、噂の榊の一族が柏家を手伝うと。ソレを東里の審議会がどこかしらから聞いたみたいで、急遽調査をお願いしたそうです。移動に5時間掛かるからこのまま行く。各自準備してくれ」

伊野宮の檄が走った。

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