5 一族の終焉

通夜からの翌日、本来ならば午前中に告別式となり、そのまま荼毘に付す事が一般的だが、ここでは若干異なる。


早朝から柏家の関係者である杉崎が男数人でやって来る。その格好は榊が何度も夢で見ていた山伏の格好である。

杉崎達は二手に分かれると、杉崎と山伏の計4人を連れて祖母の眠る祭壇の前に座ると鈴をならす。それを合図に手を合わせ、呪詛を唱える。


そしてそのタイミングに合わせて、今回の葬儀を引き受けた柏香織が軒先からやってきたが、その姿は喪服姿でもなければ、杉崎のような山伏姿でもなく、白い上着に赤い袴を着込みその姿は巫女に近い。

柏香織はチヨの霊前に腰を下ろすと、合掌をする。手を下ろし、横を見るとそこには榊家家族が居たが、喪服や礼服姿であり、更に柏の様子を見るだけで関わろうとはしなかった。


「本来はあなた方にも関わっていただきたいんだけど?」

柏香織が静かに呟く。その目と口調は昨日の時とは異なる鋭い口調で冷徹な目であった。

その状況に榊守も理彩も少し畏れた。普段見せる表情ではないからだ。


「悪いがお断りさせてもらう。」


だがここで口を開いたのは父の京介だった。また思いつきか……などと榊守は考えていた。

しかし父の口から出た理由は少々違っていた。


「ここからしばしの間は、我々は行動を共にしない。それは我々榊家は封還衆の一族ではない。今までと同様、これからもだ。」

京介は落ち着いた口調で静かに語る。


「名前の縛りは運命としても、すでに私の両親の時点で封還衆としての血筋は滅びた。それでもまだ余計な理をするならば、今この場はあなた方だけで、好き勝手にしても構わない。ただし今日をもって榊家は柏家とは系譜としての繋がりだけで、あなた方の仕来りには従わない。同時に必要な理はもうこの場で最後にしてほしい。我々はそれを手伝わない。」


柏香織は京介の対応に少し驚いた表情も見せたが、軽くため息をついただけだった。


それはほぼ絶縁のような物だ。ここで柏側がこれ以降の所作を拒否をしても、その状況は変わらない。京介の意思は始めから柏家の葬儀介入に反対であり、柏家が行う『余計な事』には手を出さない主義だった。確かに祖父の葬儀と異なり、全てが全て柏家主導の葬儀ではなかった事は薄々記憶と比べて違和感を感じたが、昨日の冷ややかだった反応も、それが理由だったのだと、改めて感じていた。


「わかりました。確かにこちらからはその意見を否定できないわ。」

柏香織は落ち着いていた。少しほっとしたような表情でもあり、逆にその表情には不適な所もある。


「守君、あなたはどうなのかしら?」


思いもよらない振られ方をして、京介は少し驚いていた。


「……」


そんな息子は最初振られて若干目を見開いていたが、それは一瞬だった。

「今のあなたにとって、お父様の判断は賛成かしら?」


そして家族の目は榊守に向けられる。


「……私も父と同じだ。」

榊守は表情を変えなかった。


「私は最初から神還師としての葬儀を賛成していなければ、柏家の一方的な対応も気に食わない。私の祖母は神還師そちらに尽くした人間じゃない。」


息子の意見に、父親は少し安堵の表情をした。一方で柏香織の表情は変わらないが、杉崎の山伏達の表情は険しくなっていた。しかし榊守は発言を止めなかった。


「……それと、柏家と榊家、両家共に変な期待みたいなものがあり、お互い何か勘違いをしているようなのでハッキリとここで言わせてもらうが、私は神還師なり魔封師なり封還衆なりに興味は無い。一番の興味は『知らない方が幸せだ』と、ひた隠している私の知らない私の過去だ。それが方策として沈黙を守るのが好きなようだが、『あの傷』が残る以上、こちらとしても我慢の限界だ。個人としてだけではない、夫婦としてもな。」


榊守は理彩の手を取るとしっかり握り静かに言い放つ。理彩も厳しい表情は変えていない。


「柏家と今の榊家、どちらも私に対して真実を隠し続けるのであれば、それ以上の理だろうが、嘘だろうが、どちらにも従う義理はない。」


これには父の京介もいい顔はしていなかったが、柏香織も同様だろうな、と内心申し訳ない気持ちになりながら、柏の方を見ると少し異なっていた。

柏香織の表情は落ち着いていたが、片頬に一筋の涙を流していた。


「それもそうよね……」


柏香織は軽くため息をつき涙を拭う。

「杉崎、時間が無いから始めるよ。」

振り向かず、険しい表情の杉崎に檄を飛ばす。


柏香織は霊前の前で手を組み呪詛を唱え始める。大まかな内容や意味はわからないが、それは封還衆の技の一つである、還しの呪文であろう。本来ならば神還師が迷い神を土地に戻す為に必要な呪詛ではあるが、 死者に向けて行うのは異例というわけではない。


――神還師が死ぬ事、それには重要な意味を持つと言う。


土地神とやり取りを行い続ける神還師は、やり取りと行えば行うほど土地神から信頼を得る。その信頼の積み重ねが神還師としての能力を向上させるという。これは以前、神楽寛三から聞いた話だ。だからこそであろう、神還師が免許制である事も若干納得できるところではある。経験の積み重ねは魔封師も同様で、神を封じることも土地神からは一目置かれることになる。


寛三の話では、神還師はその能力と知識を免許制で管理しているのだという。神還師や魔封師は常に迷い神の暴走によって破壊的な状況が発生する。その復元や保証といった範囲を決めるために用いられたのが免許制度と言う事だ。この制度のお陰で寺社での保障が軽減された分、土地に定着しないフリーランスの神還師なども増える事となり、その門戸が若干開いたように感じたが、その人口は限りなく少ない。


神還師の免許制については、後々追って話す事になるだろう。今は祖母の霊前の前で柏香織の還しの呪文は続いている。仏教やお経を唱える事さえ、一般人にとって何を信じてるのか微妙になり始めているこの現在で、柏家の行っている行動は、残された榊家にとっては微妙であり、京介がこのことに関係を持ちたくないというのもわからない話ではない。わかりやすく言えば一つの時代の終焉みたいなものだ。榊家を取り巻いていた過去のしがらみともいえる神還師を捨てる事は重要な意味を持つ。それだけ榊家が神還師にこうも冷淡ドライなのは家系に関してだけではない。家系図だけでは読み解けない血縁的な面においても理由がある。


榊家の家系は榊守の曾祖父である榊玄徳さかきげんとくと祖父の榊英明さかきえいめいの間には血縁関係が無かった。元々子供のいない家庭だった事もあり、祖父を養子にしたのだ。それにより、榊家は事実上、神還師という縛りから解放された。ただし、分家だった柏家の力は強くなり、現状としてこんな力関係になってしまっている。そんな祖父の英明には玄徳のような神還師としての能力は皆無と聞いていたが、何らかの能力と柏家のバックアップにより、神還師としてのなりにはハマっていたようだ。


ただし、その形も英明一代のみで終わった。力を持たない京介も神還師の仕事を引き継ぐ事はなく、英明自身もその力を誰かに引き継ぐと言う事はなかった。そして英明が亡くなってから約10年近くが経過しても、まだこんな事に縛られているのかと思うと残された家族としても良い感じではない。


――ただ、その中には例外も存在している。英明の孫である榊守が、魑魅魍魎が見える能力を持っていた、……ではなく持った、という事で若干の流れが変わった感じになっていた。しかしその能力は新しい榊一族にとっては厄介の産物だった。榊京介とその妻は、息子の突然開花した能力を封じ込みたかった。しかしそれはうまくいかず、そしてその力を柏家によって引き出す事もなく、現在に至っている。


柏香織が呪詛を唱え終わると、様子を見ている榊守の方を向く。


「守君、あなたが最後の言葉を掛けなさい」


周辺の目が榊に向けられる。

榊は礼服の上着を脱ぐと理彩に渡すと、榊は少し首元を緩ませてから、左手の袖のボタンを外す。袖をまくろうとしたが、それは一瞬考えてやめた。片袖だけ緩めた状態で、榊は霊前に向かう。


「掛けやすい体勢で構わないわ。」

柏香織は言うと座っていた場を離れた。

榊は数珠を持たずに、右手で霊前の香炉に焼香をすると、人差し指と中指を立てると唇に当てた。そして左手を棺に向けてかざすと、目を細めて呪詛を唱えた。


遺練抜未絶恨ゆいれんばつみぜつこん還世廉精恨解壊かんぜれんせいこんかいかい


――未練を断ち、恨みを壊し捨て世に還す。この世の未練を絶つことを促したこの呪詛は、榊家が迷い神に対して唱える、最期の呪詛で、榊守が覚えている神還師としての術だ。

榊は唇に当てていた右手で目の前で三度印を切る。そのまま左肩に添えると、そのまま左腕をなぞり左手の甲までなぞる。一瞬静止した後、組んだ手をゆっくり離す。左右においてあった蝋燭が静かに揺れる。

榊が一息つくと、柏香織を見た。


「それでいいわ」


柏香織がニコリとして言うと、榊守はその場を離れ、家族の元に戻る。そのタイミングを見て、杉崎達が、棺をそのまま外に出していく。


外には祭などで山車を転がす台車が置かれていた。台車に棺を乗せて、雨に備えて簡易な透明ビニールで覆う。台車には色とりどりの糸が四隅に付き、更に糸に隠れて台車が引ける頑丈な糸が結んである。

ビニールの上から更に棺にかけていた布をかぶせると、山伏達は棺の四隅に付き、杉崎がその列の前に立つ。


杉崎は手で印を組み、声を高らかに呪詛を唱える。四隅の山伏が手に持った鈴を鳴らす。

杉崎は用意してあった籠を持つと中にある紙の切れ端のような物を目の前に蒔いた。それはあの世で金の役割をするようなもので、土地神に対するお礼を含めていた。その紙は若干柔らかい素材でできていて、水に濡れるとそのまま繊維が崩れボロボロになっていた。

そして杉崎の合図と共に、台車は動き出した。


――『還師骸来々、礼節無礼来期守護堂々』


杉崎と山伏達は、棺を引きながら歩き始める。今までの土地神との断りや相談に対する礼として守った町を半日かけて練り歩く。ただし、その動きは前の英明の時と変わり、家の周囲と菩提寺である寺を回る短いルートだった。


その列はほぼ町内の一般の人にも見られていた。そこには昨日通夜に伺っていた、参列客も含まれていた。

「流石だな……」

その斎列を見ていた礼服姿の神楽寛三はつぶやいた。

「こんなこと、私たちもするの?」

高校の制服姿の神楽ミキがその列を見ながら呟く。

「この土地だけさ。こういった葬列は東里ではできない。審議会的にもこういった葬列は認めていないし、このあたりはまだ昔ながらの田舎だからできるんだろう。」

寛三はミキの言葉に返した。

「相変わらずよね……、人の事まで考えていない様は」

藤本由美は鋭い顔で葬列を見ていた。

「どういうこと?」

ミキは藤本にその答えを聞こうとしたが、その厳しい表情に答えを聞く事ができなかった。そのことを神楽寛三も、何も言わなかった。

ミキは藤本の対応が、この西川市に来てからおかしい事には薄々と気づいていた。


しかし、ミキがその理由に気付く事はその後無かった。

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