4 思いもよらない再会
「あ、いた」
神楽ミキは会場である民家の付近にいた榊守を指さした。
榊が実家に着いてからおよそ1時間後に西川市に入った。藤本が本州を、寛三が四国を運転していたが、特に迷うことなく西川市に予定通り向かい、車を別の場所に置いて会場に向かう時も迷うことはなかった。そこはやはり、過去にお世話になったと言っていた寛三のこともあり、よく覚えていたという事であろう。
一方で榊守は、地元の西川市で縁のないはずである、東里市の神楽親子と藤本由美に遭遇するとは思わなかった。見慣れた親子が榊を指さしていたのだ。
神楽寛三が榊に深々と頭を下げる。
「このたびは本当にご愁傷さまでございます。」
「わざわざ東里から……ありがとうございます。」
神楽に反応に榊も頭を下げる。
「ここは君の実家か?」
「ええ、亡くなったは祖母です。こことは何か縁が?」
榊の質問に神楽寛三は答える。
「まあな。君の祖父にあたる榊英明さんと神楽家はちょっとした付き合いでね。東里市でも神還師の榊家というのは少しは名が知れている。今回葬儀を取り仕切る柏さんともね。今回は東里市の審議会の代表として少し付き合いのあった神楽家が挨拶に来たという感じかな。」
「なるほど、であれば特に説明は必要ないですね。」
榊は納得した表情を見せたが、神楽ミキにはそれは知っていたのではないかという疑念を思い浮かばせていた。
「守さん、準備の方を。あら、あなた方は確か東里で……」
喪服に着替えた理彩が深々と頭を下げる。榊は3人に妻を紹介したが、理彩の方は先の気山町の暴れ神の際に藤本医院で会っていた。藤本については普段とは異なり、落ち着いた格好のため、違和感を感じると思われたが、場所が場所で、場面が場面であるだけにそこまで違和感はなかったようだ。
軽く挨拶すると、寛三が榊に訊いた。
「一つだけわからないことがあるんだが、榊家は一度血が絶えたと聞いていたが」
「なぜ私が力を持っているかでしょう?まあ、その話は別の時にしませんか?」
榊が答える。
「明日もこちらに居るのでしょう?今夜はどちらに泊まられるんですか?」
「そうだな。明日以降どこかで会おう。」
榊守は東里からの来客に一言言うと、一旦家に入った。
「守、ちょっときてくれないか?」
京介に呼ばれた榊はチヨの霊前で手を合わせている弔問客のそばにいた。
「山口さん、孫の守です。」
喪服姿で髪を下げた女性が振り向く、若干泣いたのであろう眼が若干赤いのはさておき、その表情に榊はふと思い当たる節があった。
「ご無沙汰です。このたびはご愁傷さまです。」
山口と呼ばれた女性は深々と頭を下げる。榊も同時に下げると山口は名刺を取り出した。
名刺には『西海放送 報道部 山口真理子』と書かれていた。
榊も自分の名刺を渡すが、まだこの山口という女性が何者なのかがわかっていないようだ。
「失礼、東京での全国会議で会ったかな?」
榊は名刺の西海放送が海原テレビと同じ大日本テレビの系列局の一つであることは知っていた。榊は山口が高校時代だけではなく、仕事上であったかどうかについて記憶を巡らせていたが、余り覚えがなかった。
「いえ、私はまだ全国会議に出るほどの器ではありません。榊先輩。」
その言葉で思い出した。
「もしかして、奥山さん?」
「相変わらず、『誰の記憶にも残るが、本人は知らない』人ですね、先輩は。」
奥山真理子(おくやままりこ)は榊が高校時代放送部の一年後輩だった。番組制作に興味を持ちアナウンスなどの花形ではなく榊などともに編集や撮影などの裏方に回ることが多かった。
「山口ということは結婚を?」
「はい、2年前に。榊さんも結婚されていたんですね」
「まあね。しかし、ウチの祖母を取材していたのはなぜ?ここ数年は認知症で記憶も混濁していたはずなんだけど」
榊は山口に尋ねる。山口の視線が一瞬だけ動いたのを見逃してはいなかった。
「実は昔あったある事件、……というか出来事について、取材していたんです。」
「事件?そういうことにかかわったことはないはずだが……。」
「狛江谷(こまえだに)集落ってご存じです?」
「狛江谷?名前は聞いたことはあるが……」
榊は首をかし下ていると、
「20年以上前に大雨で流された、この町の南にあった集落だ。」
京介が横から割り込む。
「そうです。平成元年に発生した土砂災害で集落のほとんどが失われた狛江谷です。」
「それとウチの祖母は何の関係が」
「チヨさんは狛江谷出身なんです」
そうなのか?という顔を榊は京介に向ける。京介うなずいただけだった。
「狛江谷に住んでいた関係者というのはほとんど居なくて、ようやく確認できたのがチヨさんだったのです。」
「なるほどね。だが、異論がある。狛江谷出身とはいえ、ウチの祖母(ばあ)さまがあの集落を出たのはたしか戦後すぐで、平成に入るまでの間に狛江谷には誰も住んでいなかったはずだけど……」
榊はそのまま山口を見る。山口の表情には特に変化はないが、最初の段階よりもその表情には悲しみよりも少し冷静さを持っていた。その表情が榊にとっても少し気になっていた。
「守、すまないが他の人も待っているから、その話はまた後日聞いたらどうだ?」
英介の介在で話が止まった。それもそうだということで、また話を聞きたいと山口に話すと、本社にいるとのことで、また日をおいて会うことにした。
榊はふと京介を見ると、『そんな顔するな』的な仕草を見せる。
「山口さんって結構美人よね……」理彩が榊に呟いた。
「そういう付き合いじゃない。高校の時の放送部の後輩だが……、やはり女性は綺麗にはなるね。」
榊の言葉は妻の疑念の気持ちにあっさりと返していた。
一般弔問客への対応が終わった後、そのまま通夜が始まった。通夜そのものは、柏家の希望とは異なる普通の通夜だった。檀家の寺から住職が訪れ、経をあげていくスタイルは変わっていなかった。式そのものは実家の和室で行われたが、軒先を解放し弔問客を迎えるスタイルだった。
「こんなスタイルは、もう最後だろうな」京介がぼそっとつぶやく。
「時代的にもここまで派手なことはやりづらいだろうな、もっと簡略化されるんだろうし、こんな葬儀自分の代では断って、身内だけで静かに行いたいな」
横で聞いていた榊は若干ふてくされた表情ではあった。こんなところでいう話でもないと思いながら通夜は終わり、そのまま会食へと流れた。
通夜が終わった時点で、神楽親子達も山口も退席していた。
また、佐山も会食に参加していた。
「遅かったじゃないの?」
「ちょっと東里で残務を。色々と気になる話もあったので。」
「審議会か?」
榊はさっき会った神楽達を思い出す。
「少し異なりますが、守様の話ではありません。」
佐山もあっさりとしている。榊は注がれたビールを飲む。
「佐山さんもあんまり守さんを巻き込まないでくださいね。」
理彩が佐山を諭すと、佐山は少し腑に落ちない顔になる。榊は少し吹きそうになる。
「佐山には私から頼み事があったのよ。」
三人の様子を見た柏香織が彼らの席に入り込む。
「この間の『暴走』の件ですか?」
「まぁ、そうね。東里にもその力の存在は知れ渡ったと思うし、色々と問題になってるみたいね」
柏香織が落ち着いた調子で榊に言うが、その言葉の意味は重かった。
「そういえば東里からも来ていましたね審議会の代表が。」
「……来ていたのかい?東里から」
柏香織の手が止まった。佐山は榊をチラッと睨んだ。
「ええ、英明(えいめい)爺さんと柏家に縁のある人だといっていましたけど……」
柏香織が佐山をチラッと睨む。佐山の表情は変わっていない。
「もしかして、すれ違いになったのかもしれませんね。また明日伺うとは言ってましたから。」
「そう……、解ったわ。」
柏香織は少し表情を明るくしたが、少し疑念を持つ感じだった。それは柏家としての観点からであろうかどうかは、榊もわからなかった。
「ちなみにその方というのは、東里であなたのお世話になっている方かしら?」
「はい。玄条寺の神楽家です。」
「そうでしたか。守君がお世話になっているとはいえ、どこの神還師か少し不安でしたが、神楽家なら少し安心しました。明日また会えそうね。」
「なら良いですが、神還師としては未熟なところも……、ただ今回は藤本も来ていたな。」
「藤本……!」
ニコリとしていた柏香織の表情がこわばった。佐山は柏香織をじっと見ている。
「どうかされましたか?」榊が柏香織の表情に問いかける。
「藤本さんはどういう方かしら?」
「地元の病院の娘さんですが、一応神還師としての能力も持っていますが、主に防御の為の道具開発を中心としていますね。」
「娘……。」
柏香織は少し黙り込む、あごに人差し指をつけて榊たちとは視線を反らして、いくつかの考えを巡らせていたようだ。
「大叔母様?」
榊の一言に柏香織はハッとする。
「まぁ、含めてまた明日ね」
柏香織はまた席を離れる。
その挙動を目で追いながら、榊は静かな表情になる。
会食も終わり、柏家の関係者も自宅に帰る。静かになった仏間から離れて、榊は自分の部屋に入ると東里から持ってきたノートパソコンを動かす。報道で残していた残件処理を行うために家のネットワークにつないでメールソフトを立ち上げる。いくつかの取材予定は上司の手配で変更されていたが、取材相手の連絡先などは代理の担当者には伝えられていなかったため、連絡先をメールで伝える。幸い担当は後輩の井川トオルだったので、若干の融通は効きそうだ。
メール履歴には取材依頼の連絡が転送されている。情報集約を行うデスク担当が取材するメールを最終的に決めるが、取りこぼしの可能性もあるという事で記者にも転送されている。
榊は余り分類はしない性格のため、ごちゃ混ぜになった受信フォルダでもあまり気にしない。榊としてはその方が調べやすいと言っている。
細々とした処理が終わり榊はパソコンを閉じると、鞄から一冊の黒い手帳を取り出す。
その手帳は普段使用しているものではなく、手帳というかメモ帳のようだ。何年も使い古している感があり、ページをめくると日記のよう日付と共に一言メモが連なっていたが、それは毎日ではなく、不定期に綴られている。最後に書かれていたのは気山町の神戻しの前で、そこには箇条書きで書かれている。
『夢:山中の森、山伏、血まみれの人』
榊は似たような悪夢にうなされるたびに記録を続けていた。そして事あるごとにこれらの記録を見直して、読み直している。その分最近夢を見る回数は増えているが、それは榊にとっても好都合ではあった。科学的な証明はないが、これらのパーツ要素から忘れた記憶について思い出しやすくなるのではとも淡い期待を持ってはいるものの、キーワードで縛ることで他の夢が出にくくなるのではという危惧もあったが、そのあたりは特に気にしてはいなかった。
この手帳の存在は佐山にも恐らく知られているはずであろう。特に何かを話すことはないが、佐山からすれば『そんな悪夢が嫌なら神還師になるな』というのが本望だろう。
しかし、榊の望みは何かを脅かすといったことではなく、榊自身が自らの内心にあるモヤモヤとしたものを解決させたい、というその一点だけである。その中で、榊守がなぜ魑魅魍魎の類が見えるのか?という疑問に対して、納得した理由がなければ、経験した本人は完全にその記憶に実感がないからだ。
だがその反面、明らかに周囲はそのことを忌み嫌っているのも事実である。結局自分で解決する以外に方法はないが、前述の通り、そのすべてを知るものが年追う毎に減ってきている。
手帳の最後の方にページをめくっていく。最後の項目には過去の記録から出てきた共通のキーワードを記入し、他キーワードとの関連性や関係性、さらには独自で行った調査の結果を記入している。
そこに書かれていたキーワードに、榊は注目する。
『狛江谷集落』
山口がチヨに取材していた狛江谷という言葉に引っかかっていた。
それは自身も今日聞いた時よりもさらに前に、キーワードとして手帳に残していた。しかしそれ以上に、チヨが狛江谷出身だったということは榊守にとっても知らなかった事であった。榊にとっては第三者の口から狛江谷というキーワードが出てきたことは何かの偶然ではないかと気になるが、それ以上疑問は広がることは今日の時点では無かった。
榊は手帳に祖母のことを追記すると、手帳をしまい、そのまま理彩のいる客間に戻った。
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