抜刀

九十九守ツクモリ木枯丸こがらしまるゲット! あとは、芥川くんの差している可不可カフカを奪えば、あたしの目的は果たされる。嬉しいなぁ」


 天野は木枯丸を自分の刀ホルダーに差し、九条先輩の血を振り払ってから、真っ赤な抜き身の日本刀の切っ先をこっちに向ける。


「……思い出しました。ススムさん。あの人が、刀狩り事件の犯人です」


「なんだと!?」


 カフカの衝撃の発言に、ヒーローモードの僕は眼帯で隠れていない右眼を見開いた。


「昨日の夜、ワタシと前の持ち主――マスターが夜道を散歩していると、突然この人が襲いかかってきました。不意打ちで深い傷を負ったマスターは、ワタシだけでも助けようと鞘ごとこの体を夜空に投げ飛ばして……そしてワタシは、ショックで記憶を失ったんです」


 そうか……。だからカフカは、あの夜に飛んできたのか。それを偶然、僕が拾ったというわけだ。


「だが、刀狩りに遭った被害者が受けた傷は、細い穴のような刺し傷だったはずだ。凶器が一致しない」


 僕の問いに、天野は行動で答える。

 自分の剣、おぼろの真っ赤な刀身をつかむと、それを柄からゆっくりと引き抜いた。

 すると、刃が抜かれるにつれ、その中からさらに細い、別の新しい刀身が現れた!

 そして、完全に抜き終わった赤い刀身はガランと音を立てて捨てられると、天野の刀は針を大きくしたような細長い刺突剣となった。まるで、刀の脱皮だ。

 こいつ、刀身を鞘にするという二重構造で、武器をカモフラージュしてやがった!


「どう? これがあたしの刀の真の姿だよ。本当の銘は朧突おぼろづき


 子供がおもちゃを見せびらかすように、天野は朧突を自慢げに構える。フェンシングの構えに似た、片腕で剣先だけをこちらに向け、自身は僕に対して半身のみを見せる姿勢。


「……なぜ刀狩りなどしているんだ」


「芥川くんは知らないの? 九十九守を十三本集めて溶かし、一本の剣を造ると、それに複数の九十九守の恨みや憎しみが宿って……最強の切れ味を誇る刀になるんだよ」


「そのために、罪を犯して刀を集めていたのか」


 天野はにいっと口角を上げる。


「そう。そうして生まれた刀を、地獄をも滅する刀と書いてこう呼ぶの。……『地獄滅刀ヘルメットウ』と」


 ダっサ――――!


「かっけ――――!」


 ヒーローモードの僕のツボに入った――――!

 そんなこと思ってないのに口が勝手に!

 そういう中二病的なものに反応するのはやめて! 恥ずかしいからやめて!


「そんな、そんなわがままのために、ワタシのマスターは狙われたんですか」


 気がつくと、カフカの声が震えていた。恐怖ではない。悲しみでもない。これは、怒りだ。


「そういうこと。可不可あなたでちょうど十三本そろうの。全国津々浦々転校してきたかいがあったなー。だからその刀、ちょうだいよっ、と!」


 水晶なまえの通りキラキラと輝く瞳に歪んだ光を宿しながら、天野は鋭い突きを繰り出してきた!

 速い! 僕は瞬時に鞘に納まったままのカフカで防御する。

 ヒーローモードの僕だから防げたものの、普通の状態だったら間違いなく心臓を貫かれていただろう。

 見ると、カフカの黒い鞘とそこに彫られた彼岸花の紋に、放射状のヒビが入っている。


「カフカ! 大丈夫か!?」


 慌ててカフカの身を案じたのだけれど、彼女ははっきりとした強い意志のこもった声でこう言った。


「問題ありません。それよりススムさん、ワタシを……抜刀してください」


「なっ!?」


 あのカフカが、自分を刀扱いされることを嫌うカフカが、自ら抜刀することを許すなんて!


「……それほどに、前の持ち主が大切だったということか?」


 複雑な気持ちで彼女に尋ねると、予想を上回る答えが返ってきた。


「確かにそれもあります。そして、やっぱりススムさんにワタシの刀身を、兵器だという証を見せるのが怖いという気持ちもあります。……でも! 今はそんなことよりも、ススムさんを失うことの方が怖いです!」


 だって、ススムさんはワタシの大切な人だから!


 カフカのその言葉が、今の僕にとっては何よりも心強かった。ヒーローモード以上の力が湧いてくるのが分かる。


「よく言った! それでこそ俺の恋人だ!」


 僕はカフカを思いっきり鞘から抜き放つ。

 彼女の刀身には、オーロラ色の刃紋が揺らめいていた。天井の向こうの夕陽空にかざして角度を少し変えるたびに、赤に青に紫に白に銀に黄金にと、彼女は様々な光を放つ。


「きれいじゃん」


 自然と、そんな言葉が口から出てくる。ヒーローモードの自分と意見が完全に一致したのは、これが初めてだった。


「今さらただの九十九守を抜いたからってなんになるのよ!」


 もっとカフカを眺めていたかったのだけど、無粋にも天野の突きが飛んでくる。


「ただの九十九守じゃありません! ワタシはススムさんの恋人です!」


「はああぁぁあ――――!」


 カフカの叫びを勢いに乗せて、僕も刺突を繰り出す。

 突き出していく過程でも、カフカの刀身は色とりどりの変化を見せた。

 ぶつかり合う切っ先と剣先。合わせ鏡のようにお互いの突きが衝突する。

 しかしただ一つの違いは、カフカが天野の刺突剣の刀身を縦に両断したということ。

 厚さ一ミリにも満たない刺突剣の切っ先を、まっぷたつにスライスしたんだ!

 モーセの十戒で海が割れたように、カフカの突きを避けるように刺突剣が割れていく。

 そのままカフカの刀身は天野が握っている柄まで到達し、違法改造で解除された安全装置の電子機器をショートさせた。


「きゃあ!」


 柄が破裂したことで、刺突剣を手放す天野。僕がカフカの峰による追撃を加えると、天野は気を失って崩れ落ちた。


「この鞘に刻まれた彼岸花は、お前の墓前に添えてやる」


 カフカを漆黒の鞘に納刀しながらヒーローモードの僕が言った決めゼリフを、そのときばかりはかっこいいと思ってしまった。いや、殺しちゃまずいけど。

 ……まぁ。そんなこんなで、カフカの鍔鳴つばなりの音とともに、刀狩り事件は幕を閉じたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る